九州大学医学部生体解剖事件

昭和20年5月17日から、6月2日の間に8人のB29搭乗米兵を犠牲にした生体解剖事件。
発案者は九州帝大卒、病院詰小森見習士官とされる。指揮及び執刀は石山主任外科部長。
第1回 全肺摘出、代用血液実験。(海水を四倍に薄めて使用)
第2回 胃、心臓摘出、肝左葉切除、
第3回 癲癇に対する脳手術 
第4回 代用血液、縦隔手術、肝臓摘出。
全員術後ただちに死亡。

2ヶ月後終戦

21年7月13日GHQにより関係者が戦犯容疑で逮捕される
石山、容疑を認めないまま福岡刑務所土手町刑務支所にて自殺

23年8月27日軍事法廷による判決
軍関係
絞首刑1名 終身刑3名 重労働7〜20年5名 
九州大学関係
絞首刑3名 終身刑2名 重労働3〜25年9名 無罪2名

摘出した肝臓を食べたという疑惑事件 5名すべて無罪

2年2ヶ月後、マッカーサーは再審減刑をおこない、絞首刑の判決を受けた九大関係者は
全員重労働に減刑。15〜45年


参考『生体解剖−九州大学医学部事件』上坂冬子著(毎日新聞)