怪人二十面相

04

6某日12 痛テテの遠藤は幸吉

怪人二十面相の頭部をウッカリ造ってしまう。 二十面相は、乱歩がアルセーヌ・ルパンをイメージして造ったキャラクターである。しかし、実はサーカス出身の遠藤平吉なのだから、あまり西洋紳士じみないよう心掛けた。なかなかイヤらしい顔に出来上がったと思うが、時として、小学生に捕まってしまう悪党だという事は、この際、横に置いておいた。だいたい今時の小学生と違って、人殺し一つしない男である。考えてみると、こんな悪人ズラにしてしまうのが申し訳無いような人物である。 二十面相といえば明智小五郎。登場当事は、講釈師の神田伯竜に似ていると書かれていて、いかにもノンビリした人物だったが、時代と共に、だんだんキリッとした男に変化していく。大人向けと子供向け作品では、ニュアンスが違うが、子供向けに、ボーイスカウトの隊長のようでは色気に欠けるし、三島色が強ければ、探偵団の親御さんは、安心して子供を預ける気にはなれないであろう。とか云いながら、深く考えないで造れるところが楽しいので、明智までウッカリ造ってしまうかもしれない。

※力道山時代の柔道出身のレスラー。技をかけられるとイテテ、イテテと発した。


6某日13 怪人二十面相

二十面相の最初の記憶というと、TVで大平透が演じた二十面相である。「明智君サラバだ!」というなり地面に何か叩き付けると白煙が舞い消えてしまう。映画が発明された直後に出来たような単純なトリックである。ポケット小僧ことポケット君も覚えている。巨大カブト虫の記憶もあるが、このシリーズだったかは定かではない。なにしろ私が三歳の時の番組である。二十面相のイメージは、むしろ『少年ジェット』のブラックデビルであった。 明智といえば、天地茂という人もいるが、私にはそうは思えない。銀座のクラブの支配人のようで、まだ二十面相役の方がマシであろう。明智には苦労を苦労と感じないような坊ちゃんポイ所が欲しい。眉間にシワ寄せて苦みばしってはいけない。そう思うと中学生の時に観たシリーズが、最もバランスが良かったような気がする。検索してみると年代的に東京12CHで放映された『江戸川乱歩シリーズ・明智小五郎』らしい。 二十面相はシルクハットや仮面も完成した。しかしマント姿の全身像を造るのが惜しくて、着けたり外したりして、造り惜しみしている。そんな事をしていると、何パターンもの場面をイメージしてしまってキリが無い。ここ何年か制作している実在の人物とは全く違う。こんな物を造って良いのかと、軽く罪悪感を感じながらの楽しいひととき。


6某日16 二十面相な私

昼の12時に電話で起こされる。妹に頼まれ、甥っ子にゴム版画をやらせると約束していたのであった。しかたなく出かけようとすると、マンションのメンテナンスをやっている、工務店のオジサンが仕事をしていた。オジサン曰く「この間、凄いね。見ちゃったよ銀行で。お宅が大金預金してるとこ。」ザック、ザックと何か掻き集めるしぐさ。「見られちゃった?」と私。ひとしきり世間話をしてエレベーターに乗ろうとすると「羨ましいねー、こっちにも少しまわしてよ。」???冗談ではなく、ホントに誰かと見間違えたらしい。せっかくなので、二十面相のような謎の笑いを残し、エレベーターに消えてあげた。 ”酔っ払いと、犬と子供とは目を合わせない方が良い”をモットーとする私だが、子供達には上手く教える事ができた。上の四年生は機関車。下の一年生はイルカを二匹。私の子供時代とはレベルが違うが、こんなものであろう。 母に、今何を造っているのか尋ねられる。「云ったって多分知らない人だと思うよ。」永年の連合いを亡くし一ヶ月の母に対し、シルクハットに仮面とマントの男などとは云えない私であった。


6某日17 20面相、日本橋に現る

二十面相のマントを結ぶ紐を、どう結ぶか考えていると、近所の店から某館学芸員の方の電話。待ち合わせを20分も過ぎていた。さっきまで気にしていたのに・・・。制作中は、起きていても目覚まし時計が必要である。展示の打ち合せ後、森下文化センターに急ぐ。『梅津和時こまっちゃクレズマ+おおたか静流ライブ』最前列で観る。だれることも無く、最後まで集中して聞いた。会場では数年振りの知人とも会う。 Hさんと食事の後、帰宅。二十面相の仕上げに入る。撮影も近い。第1作は『二十面相、日本橋に現る』。その次は銀座に現れる予定。


7某日12 二十面相2

二十面相の背景用の銀座の画像。光線の向きが悪い。人形の表情にどれだけ効果的な光を当てるかという事が最優先なのだが、背景のライティングに合わせると二十面相の表情が良くない。二十面相のポーズをキメル事ばかり考えていて、背景の光線の状態を忘れていたのである。 そこでいっそのこと、銀座の風景を左右逆にしてしまおうと考えてみた。この大トリックは乱歩先生も賛成してくれることであろう。ところがやってみると、どうも納まりが悪い。写真と云いながら、真などどうでもよい私は本気で考えたのだが、気持ち悪いので今回は断念した。しかしどうせやるなら銀座が左右反対ぐらいでは面白くない。 『これはきっと二十面相の仕業に違いありません。東京から、映画館と古本屋と画材屋と呑み屋とソバ屋以外、すっかり消えてなくなってしまったのです。メデタシ、メデタシ。』


7某日4 二十面相撮影

二十面相の表情がリアルに変態的になってしまった。これでは笑えないので昨晩少々テンションを落とした。 第1回目の撮影。シチュエーションが屋外なら、自然光で撮影する。そのままなので解りやすいのが私の撮影である。 近いうちに人通りの無い真夜中、昭和二、三十年代の雰囲気で、銀座、丸の内界隈で撮影してみたい。私は昔から、昼間人が多く、夜は人っ子一人いないという場所が好きでたまらないのである。 しかし時節柄、乱歩が云う所の、おまわりさんが増えている。片手に二十面相、片手にカメラを持ったまま職質にあい、自己嫌悪に立ち尽くすという事だけは避けたいものである。私が警官なら、こんなふざけた男は簡単に許す気になれない。


7某日5 覆面

新作二十面相に対し『これまでのイメージを打破する二十面相』『美貌に傾きがちだった二十面相の風貌を悪人側に引き戻したのは快挙』などと過分な御意見をいただいた。 仮面といえば、私は覆面レスラーが大好きであった。過去形なのは、今は単なるコスチュームになっているからである。昔は今と違って、彼らにはなんらかの事情があり、覆面本来の機能である正体を隠すために被っていたものである。 契約の関係があったり、(契約外のテリトリーで試合をする)オリンピック級のアマチュア選手が生活のため。覆面剥がしの名人、力道山がはがすと禿げていたり、逆に悪役のわりにハンサム過ぎて具合が悪かったりした。さらに指名手配や、奥さんから逃げるためなどもあったであろう。いずれにせよ子供の私は、なんらかの理由で正体を隠さねばならない男達のファンであった。試合前に首に鎖を巻き付けたり、骨付きの肉塊にかじりつく男も好きではあったが、マスクマンのかかえる”事情”の迫力には敵わないと思えたものである。


7某日10 二十面相マルベル堂で

夜中から撮影を始める。コンセプトは、二十面相が明智をオチョクルため、ヘリコプターから自分のプロマイドを撒こうと思い付き、どうせならマルベル堂で作ろうと考えたら。 昔は家電メーカーなどが、ヘリコプターを使って広告をばら撒いたものである。私達はなぜあんな物を夢中になって拾ったのであろうか?今では考えられない宣伝方法だが、紙くずを撒いているようなものだし、おそらく、拾うのに夢中な子供が車に轢かれてはと、禁止になったのであろう。 気がつくと夜も明け、シルクハットに朝日が当たってブルーに。それもまた良し。 二十面相は怪しくしようと思えば、いくらでも怪しくなるが、その楽しみは後にとっておき、今回はむしろ、昔映画館のロビーに飾ってあったスターのポートレイト風に。 
「宝田明君のような感じで撮ってくれたまえ。」 


8某日2 銀座の二十面相

午後、光文社に出かける。ミステリー文学資料館で昨日より始まっている『江戸川乱歩と少年探偵団』に二十面相が2カットパネル展示されている。(只今トリミングのやり直し中)会場に置いていただく二十面相のプリントを担当者に渡し、東急ハンズに寄った後インドカレーを食べて帰る。 仕上げにかかっていた、銀座を背景に縄バシゴにぶら下がる二十面相、無事完成。二十面相はシルクハットをかぶせた方が感じが出るのかもしれないが、仮面はしかたないとして、頭が隠れるのがいやで、ついとってしまう。今回は上空の設定なので、被っている方が却って不自然であろう。(銀座でぶら下がっている事自体が自然ではないが) 新作は自分でも始めて見るわけで、目が慣れないせいもあろうが、完成から数日は、私の代表作という気分でいるものである。交通事故には気をつけなければならない。夜、Rが『野田岩』の大ぶりの鰻の蒲焼を持って来宅。大いに堪能する。

※作品集の二十面相とは背景が違う。


9某日14 一日中図書館

午前中から、近所の古石場文化センター内の図書館で調べもの。三島由紀夫関係本などを読む。 夜になり、怪人二十面相がロクロ台(作業用回転台)の上にスックと立つ。マントが柔らかいうちは作業が進まないので、いったん乾燥させる事にする。それにしても私の場合、こういった役立たずな人物に限って出来が良いような気がする。


11某日11 人形から産毛

昨日は某所にて時計台を撮影した。乱歩作品では時計塔なるものが登場するが、作中では辺鄙なところに設置されていて、何のためにあるのか良く判らない。結果が良ければ時計台の上で、黒蜥蜴と二十面相を『エジプトの星』を巡って対決させてもよい。(どう考えても二十面相が黒蜥蜴に勝てる見こみは無いが。)近々たてもの園から二十面相が帰って来るので、それから考える事に。−


12某日2 時計台

先月撮影した時計台。現像してみると目論見通りゴシック調に上がった。避雷針に雷が落ちれば、時計内の巨大な歯車の間から、フランケンシュタインの怪物が出現しそうである。最新の優秀なレンズではこうは行かない。横にいたカメラマンが私の綺麗とは云えないレンズを見て、綺麗にしたらどうだと云うのだが、私は何処か予想外の事故を期待して、見て見ぬフリをしているところがある。大体いい加減な私が、レンズだけピカピカというのもおかしい気がする。昔、黒人のピアノ弾きは、その完璧な音程を嫌い、ピアノ線の間に新聞紙を挟んだというが、そんなところである。今回のレンズは西側のレンズをパクッたロシア製で、写ってはいけないものまで写ってしまったが、写るとなれば実景を超える。

※日比谷公会堂


05

4某日8 7つの顔の男だぜ

知人から先日、『多羅尾伴内』七つの顔の男 関貞三著、林家木久蔵編(ワイズ出版)が送られてきた。このシリーズは戦後、占領軍の規制で時代劇が作りにくくなり生まれた作品である。昔TVで何本か観たが、七変化ののち、ある時は〜から始まる「しかしてその実態は、正義と真実の使徒、藤村大造だ!」の台詞とともに強烈な印象が残っている。主演の片岡千恵蔵は、同じ時代劇スターの大御所、市川右太衛門と比べて、後々、現代劇、脇役まで柔軟な対応を見せたが、多羅尾伴内での片目の運転手、インドの魔術師などの七変化を観ると納得する。それにしても、この正義と真実の使徒が、もと怪盗で、和製ルパンといわれた男が更正した姿だったとは知らなかった。 そろそろ明智小五郎役の Iさんと打ち合わせをしなければならない。ここは一つ、活劇調でいきたいところである。 以前、表紙の仕事で乱歩邸を撮影したおり、記念に乱歩の人形と並んで、乱歩の御長男、平井隆太郎先生を撮影させていただいたが、ピストルをかまえてと事前に用意していたピストル。結局最後まで云い出せず未使用となってしまった。あれはどこへしまったろうか。


5某日2 一日

昨日、田村写真の田村氏に付き合ってもらい、都内某所にて撮影したのだが、上がりは上々であった。明智小五郎と二十面相は、どこか高いところで対決してもらいたいと考えていて、熟慮のすえ決めた場所である。イメージどおりになれば、活劇調の名場面になるはず。―

※P14〜15銀座和光 旧服部時計店 縮尺として、そのままでは画にならないので、明智、二十面相とも数倍に拡大。


5某日6 撮影

早朝、明智l小五郎役をお願いした市山貴章さんと編集者二人と
※1都内某所に集合。8時半より撮影を開始。早々に私のミスが発覚したが、都合の悪いことは書かない雑記なので省略。以後、順調に進む。時間的に造れるかどうか判らないが、女性編集者を相手に、黒蜥蜴との※2最後のラブシーンを演じてもらい終了。出版社に寄り、D坂の『白梅軒』にて明智と共演のTさんも合流。二人には浴衣に着替えてもらい、※3神田のエリカに向かう。営業中なので時間は30分。夜のシーンで遮光が肝心。助っ人も増える。ここではすでにアングルその他、決まっていたので3脚を立て、1本撮って終了。午前中に時間制限のある撮影が終わり、ホッとして皆さんと珈琲をいただく。私も市山さんもTレックスとELPを観ていた話から、70年代ロックの話などで歓談。 昼食の後、江東区の※4某鉄筋アパートに潜入。途中人の気配に、私と拳銃を持った市山さんは狭いバルコニーに退避。撮影は順調かつあっという間に終了。長居は無用。疾風のように次の撮影地へ。ここでは荒れた壁その他様々な要素があり、市山さん、自前のスーツが汚れるのもかまわず、ファインダー内は活劇調に。やはりプロは違う。そして最後に天井の高い出版社をお借りし、※5高所用撮影にて終了。茶碗酒で乾杯。

※1P旧岩崎邸 ※2P29 ※3P32〜35 ※4P16〜17 ※5P14〜155机の上の明智を、下からライトを当て撮影。


5某日8 1日

近所を歩いていると、様々な色の薔薇が咲いている。花オンチの私でも青空に赤い薔薇など、つい足を止め魅入ってしまう。 などと余裕をかましている場合ではない。昨日は『D坂の殺人事件』の古書店の女房を撮影。この女房は二軒隣の蕎麦屋の主人とSM関係にある。よってその背中に傷痕を施す。しかし、朝っぱらからする作業ではない。続いて明智対二十面相。妖しげな建物内で見詰め合う好敵手二人。構図も決まった。さらに高所での明智と二十面相。マントを少々換えたくなる。そこで『押絵と旅する男』の押絵額を包むために借りている風呂敷をマントにする。そもそも怪人二十面相、月光仮面など、※マントは風呂敷を使用する物と決まっているのである。風呂敷マントの二十面相を見るのはペンキ屋のKちゃん以来。

※P14〜15二十面相のマントも粘土製なので、場面ごとに換えるわけに行ない。


6某日12 再撮

二十面相のセリフを抜書きするため深川図書館へ。 出版にあたって心残りがあるとすれば、乱歩作品の重要なジャンルである、人工ユートピア物を手がけなかったことである。技術的にいけそうだと思ったのが締め切り三週間前。時すでにおそい。もっとも広大な乱歩世界を、一冊におさめるなど無茶な話だと諦めもついた。公園では子供づれの母親が、これでもかと集まっている。ベンチで一服していると、乳母車がベンハーの戦車のように見えてきた。 少年探偵団シリーズは、あらためて見ても初期作品の出来が圧倒的に良かった。帰宅すると編集のS氏からの電話。ついでに駄目だろうとは思いながら訊ねてみた。※二十面相の一カットを再撮をしてみたい。S氏は呆れているようだが、印刷テストに選んでいなければと調べてもらうと、入っていない。「これが最後ですよ!」念を押される。わかったわかった判りましたって。こうなると、この楽しみをすぐに終わらせる気にならない。食事をしたり、雑誌を眺めたり、TVでバラエティー番組など観て、撮りたい気持ちをさんざんじらして、もてあそび、頼むからもう撮らせてくれーと撮影にのぞみたい。そうまでして撮るのが怪人二十面相だが、私の中では特に問題はない。

※P11最終カット。もったい付けすぎて、この日は寝てしまった。撮影は翌朝。