明日できること今日はせず 

身辺雑記より:徳川慶喜と飯田橋を歩く

2010・10/29

背景撮影のため、予め申請していた某庭園に出かける。昨日の予定が雨のため一日ずれたのだが、本日は程よい光線状態である。私はここがこれ程広いとは思わず、入り口でパンフレットを貰わなかったのを後悔した。高低差もあり、なかなか素晴らしい庭園である。携帯プレイヤーで、ピンクフロイドの『エコーズ』を聴きながら撮影する。ほんの一部が紅葉していたが、配布が年末で、実質新春号なので特に必要はない。そう思うと『谷崎潤一郎と人形町を歩く』から一年経ったことになる。早いにも程がある。  そういえば、あの頃から、特にここ数体、最重要である頭部の制作に使う粘土の量が、あきらかに少なくなっている。早合点はいけないが、私は少々腕が上がったのではないか、と密かに考えている。写真資料を漠然と眺めるのではなく、そこから立ち上ってくる何かを捕まえなければならないが、一たび捕まえれば完成は早まる。アダージョの制作では、私のほとんど知らない人物、時には嫌いな人物を作らなければならない。よってその人となりを早急に把握しなければならない。そんな繰り返しが、何かをもたらせたのではないかと考えている。  庭園には出口が何ヶ所かあるようだが、腕章を返さなければならないので、入園口に戻らなければならないが、例によって強度の方向音痴で迷ってしまい、行ったり来たりで、なかなかたどり着けなかった。  


※小石川後楽園


10/31

現在制作中のTは、横にカメラを並べようと考えている。Tの使用したカメラは数種判っている。当初、同じ機種を調達してと考えていた。その辺りに詳しい方に打診もしていたのだが、どうもインパクトに欠けるような気がしてきた。当時、カメラは一般人が容易に手に入れることはできなかっただろうが、アンティックなカメラと思うと、物凄く希少な、というカメラとも思えず、Tが使用した物と考えると少々地味である。 私は何処かにいる誰かが、私が密かにこだわった部分に気付いてくれる所を想像してほくそ笑むのだが、仮にTの使用したカメラと同じものを使用して気付くのは、たまたまTの使用したカメラを知っている、ごく一部のアンティックカメラ好きオヤジであろう。私はそれでもほくそ笑むのか? 笑めないので結局こだわらないことにした。そして、Tだったらこんなカメラが似つかわしいだろう、というカメラをでっち上げることにした。蛇腹は赤か緑。そのぐらい派手がTらしい。実際は、そんな物を選ぶような人物ではなさそうだが、馬鹿々しいくらい事実こだわって面白い場合と、そうでない場合がある。

※ステレオ撮影までおこなっていた。


11/1

Tの頭部が大分感じがでてきた。気を付けなければならないのは、Tの顔が若干曲がっていることである。丁度三島由紀夫と同じ方向ではなかろうか。もっとも三島ほどではなく、気が付く人は少ないであろう。(気が付く必要はまったくないが)  Tは新し物好きで、写真意外にも多くの趣味を持っていた。狩猟もその一つである。そこで狩猟犬を横にはべらせることを考えてみた。過去には吉田茂植村直己で犬を使っている。特に植村では、おかげで山にでもいなければ画にならない人物を“ドサクサに紛れ”て街中に立たせることができた。 しかしTがはべらせるに相応しい猟犬を調達するのが大変そうだし、『園内には犬を入れることはできません』などの一文を入れろ、といわれるのも面倒である。 そういえば夜勤明けで、早朝からT屋で酔っ払ってるタクシー運転手のTさんは、日大射撃部出身で、大会に「麻生太郎はいつも良い女連れて来ていて」というぐらいなので、鉄砲を持っているかもしれないと一瞬考えた。しかしクレー射撃用と猟銃は違うかもしれないし、楯の会に入会しようとして身長ではねられたというTさんは、某大の学生と喧嘩になり、自分で研いだ長くて光った物を持って駆けつけ警察に捕まったり、その筋のプロとも色々あったらしい。そんな人物が未だに鉄砲所持の許可証を持っているとは思えないのであった。


11/5

Tの横に置く予定のカメラの試作ができあがった。といっても立体ではなく、画像での制作である。先日書いたとおり、実際Tが愛用したカメラは地味であり、そこにTが生真面目な表情で立っているのでは、インパクトに欠け面白くない。私の役割は事実を再現することではない。そこで過剰な装飾が施されたカメラにしてみた。 実際のTは、おそらく華美なものを好む性格ではないだろう。しかし公むけに撮影されたTの表情は、その立場を表し、類似の表情が思いつかない哀愁が漂っている。その辺りを強調するための道具として、この“伝統工芸の粋を集めすぎてしまった”カメラが使えないかと考えている。


11/10

 私は物心付いたころから人物伝の類が大好物で、低学年の頃にすでに図書室の伝記の類を読みつくし、学校を去る担任が、私に『世界偉人伝』を買ってくれたくらいなので、未だに伝記を読み続け、仕事にしているのが不思議な気がする。 私の好きなタイプの人物に、枠からはみ出した人物、過剰な人物がある。体格が大きすぎてしまった巨人のスポーツマンも大好きである。過剰であることが良いので、犯罪者の伝記であっても同様である。私の中で過剰な男達に対する愛着が、どこから由来するものよく判らないのだが、たとえ悲劇的な人生だとしても、どことなく可笑し味があり、なんともいえない。私が作った江戸川乱歩も、その辺りを作りたかったのであろう。一方過剰な女性というのは、可笑しい所がカケラもなく、制作者としては触手が動かない。 読者の私はというと、枠の中のほんの狭い世界でホソボソとで生きている訳だが、そんな中でも、唯一自分ではみ出せることといえば、制作する上でやり過ぎ、作りすぎてしまうことであろう。多くの場合やり過ぎというと良い意味では使われないが、私には一向にそうは聞こえず、感心されるくらいなら呆れられたい私である。ここ2、3日、Tの使用するカメラを支える三脚を作っていた。(画像)ようやく完成したが、これがかなりやり過ぎている。カメラの三脚がすでに可笑しい。 夕方、30分くらいの間に急に熱が出て、お腹まで痛くなった。何年に一度こういうことがあり、以前はこれに乗じて煙草を止めた。熱でぐったりしているのだから寝ていれば良いのだが、布団をかぶって手だけ出して制作を続ける。熱出して、あげくに作っているのがこれかよと、あまりに立派な物じゃないところが、なんとも嬉しい私である。


11/16

Tの使用したカメラが完成。コンセプトは日本の伝統工芸の粋を集めすぎてしまったカメラである。Tの使用したカメラにフォーカルプレーン・シャッター付きのドイツ製カメラがある。それに近いイメージで作ってみた。実際のTがこんな華美なものを好んだ訳ではないが、Tの使用したカメラは『FOTOCHATON』の井上氏曰く、“喪に服しているかのようなスタンダードの線を踏んでいる”というのは全くその通りであり、表紙でTの横に置かれるにはどうにも華がない。 そういえば昔、秋篠宮が写真を撮っている姿を見たら、三脚を立てて使っていたのがマミヤプレスであった。私のイメージでは警察が事件現場を記録するカメラであり、あまりに実利的で感心してしまった。秋篠宮や美智子妃など自然のままで、白髪を染めようなどと考えもしないようだが、そんなことを考えたり、金メッキのライカなど欲しがるのは庶民ばかりなのであろう。それはともかく。これほど絢爛にして豪華、お馬鹿なカメラは見た事がない。せっかくなので井上氏に鑑定依頼をしてみた。なにしろ全国の一流職人を動員し、材用も最高の物を使用しているし、三脚がまた特別だったり、と相当な鑑定額が予想される。などといって面白がっているが、そんな調子で人形に合わせたミニチュアなど作れるわけもなく、すべて画像である。今からバラしてしまっては面白くないかもしれないが、私の作る人物が実物大だと思っている人はいくらでもいるし、試しにリアルに作ってみた古今亭志ん生は、画像で見る限り作者の私にも人間に見える。シャレにならなくなっても困る。そのかわり井上氏には、思う存分高額の鑑定額を叩き出してもらえるであろう。

※慶喜の使用した中の一台『プレモカメラ』の発展型である、同じくフォーカルプレーン・シャッター付カメラ、『スピード・グラフィック、プレ・アニバーサリー型』を元に画像を貼り付けていった。装飾は○照宮などの飾りを使用。自動的に“徳川調”になるわけである。三脚は初めからデジタルで描いた物である。


11/27

制作中のTには親戚が多い。その人たちと比べてTの表情は一味違う。他の人たちは写真に写されることだけ考えているが、Tだけは他のことを考えているようである。その憂いを帯びた表情は、ホントは何か言いたいことがある、というようにも見える。それはTの立場がそうさせていると思うのだが、それはTの背景について知っているからそう見えるのかもしれない。しかし、私がそう見えるのならそう作るべきであろう。目の前にようやく立ち上がったTには、多少そんなニュアンスが出ているのではないか。それが立場によるものだということは、横に置かれる予定の写真機に担当してもらおう、と考えていて、そのためにはことさらキンキラにして、“胃液がこみ上げてくるのに耐えているような”表情を際立たせよう、と企んでいる。そろそろ乾燥に入らないとならない。


11/30

昨日から乾燥しつつ着彩。芯まで乾燥していないが、撮影さえできれば良い。昼前に着彩を終え撮影。背景はフラットな光線状態だったが、あいにく晴天である。こんなときは屋上に上がる階段、屋上の隅など、様々な光線状態を得られ、すべて把握しているので重宝である。 すでに用意してある背景に合成。Tの後ろに配するカメラとともに制作した背景は、時間をかけて作ってあるので、あとは空席にTをただ立たせるだけである。夕方デザイナーに送信。今回は月を跨がずに済んだ。デザイナーから返信されたデザインを確認し終了。


12/25 制作ノート

背景は小石川後楽園である。後には現在東京ドームが大きく控えているが、慶喜が生まれた水戸藩の屋敷はちょうどドームの場所にあった。二代藩主の光圀が完成させた庭がこの後楽園ということになる。 徳川慶喜は新し物好きで趣味も多く、写真、自転車、狩猟など好んだが、中でも有名なのが写真であろう。将軍しか撮影できない場所から庶民の生活まで、あらゆる物を被写体にしている。そこで慶喜の傍らにカメラを置くことにした。 慶喜の使ったカメラは数台現存している。当初同様の機種を調達して、と考えたが、事実にこだわって面白い場合と、そうでない場合がある。カメラは当時は当然高価な物で、一般人が容易に入手できるものではなかったが、将軍が使用した物と考えると案外地味である。三脚の上にレンズが付いた黒い箱を乗せても、いまひとつに思える。そこで将軍だったらこのくらいの物を、と慶喜愛用の写真機を捏造、でっち上げることにした。コンセプトは“伝統工芸の粋を集めすぎてしまった”カメラである。背景は緑が多いので、映えるように蛇腹も赤蛇腹にした。 けっして華美なものを好んだ人物ではないが、あくまでイメージであり、正確に事実を再現するのが私の役割ではない。またおそらく慶喜の置かれた立場からくるのであろう。弟の昭武が撮影したプライベートな写真を別にすれば、慶喜の肖像写真には独特の憂いのようなものがある。それをこの過剰なカメラの眩しさにより、陰翳を強調できれば、と考えたのである。