明日できること今日はせず 

身辺雑記より:三島由紀夫


2008・4/22
中央公論アダージョの編集長、ライターのFさんと、企画会議と称して特集予定の駅に集合。私はすでにカメラを持って2度訪れている。 内部的に物議をかもした、できたばかりの8号を前に、苦労話に花が咲く。 私が手がけるのだから、誰も見たことのないようなものにしたい。私のチャレンジ魂炸裂の9号の表紙アイディアを披露する。炸裂しすぎか、不安視?する意見もでたりしながら 本日も盛り上がるのであった。
※この段階では、あまり賛同を得られず。


5/8
できるだけ誰も思いつかないような画を作りたい私が、たとえば『チャップリンと日本橋を歩く』というような、誰も思いつかないような?お題をいただいて表紙を制作しているのが 中央公論Adagioである。次号の特集人物は、街にただ佇ませても、さっぱり面白くない人物である。(と私は思う)おまけに特集される街が、その人物の家があるというだけで、邸内での撮影ならともかくピンとこない。仮に邸内で撮影できるとしても、生前何人ものカメラマンが撮影しているので、いまさら本人像まで作って、そんなものをなぞる気はない。 一つアイディアを思いついたのだが、撮影したい場所ができたばかりということもあり※ いまだにロケハンの許可を求めている状態である。1カットのために場所を決めてから、それにあわせた造形をするという面倒なことをするので、時間が大分なくなってきている。 そもそもフリーペーパーというもの、通勤の数駅の間に読み終え、駅構内のゴミ箱へ捨てるものだ、という人も多いだろう。友人の中には、フリーペーパーなのに、やりすぎて、表紙がうっとおしいという人もいるのではないか、という意見もある。私としては捨てるにしても帰宅後にしてほしいし、地下鉄を利用しない家族にも読んでもらいたい。さらに、できることなら保存してほしい。となると、そうあっさりとするわけにもいかず、できればすくなくとも数秒間は、凝視せずにいられない表紙にしたいのである。そのために、いまだにロケハンの許可を待ち、ハラハラしているというわけである。
※前月1日、ヤマモト・スポーツ・アカデミー開設


5/13
次号のアダージョの背景にと、考えていた場所にようやく許可が出て、編集長とロケハンに出掛ける。 私は一番苦労する頭部も出来て、これから全身を作るというとき、はやる気持ちをを焦らし、わざと作り惜しみをして、自分を盛り上げる事がある。しかし今回はロケ場所が決まらなかったせいで、自動的に、そういうことになってしまった。わざとやっているときと違って、締め切りも迫り、ハラハラ感は倍増である。そして本日、実際に現場を目にして、特集される人物のポーズ、その他が一気に決まった。もう抑えるものは何もない。家に帰って作るだけである。私はついに頭上に満月が輝いた狼男の如くであり、獲物にむしゃぶりつくように粘土に飛びかかるのだ。


5/16
私は人形の背景に好んで人物を入れる。それは風景の一部としてである。しかし、たとえばエリック・クラプトンが、私の作った伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンと、二人で十字路で悪魔を待ちたいというなら、それは可能である。ジョンソンと、肩を組みたいと我がままをいうなら、サービスしてあげてもよい。しかし、そんなことを着想する人もいないので、次号のアダージョでは、一つそれをやってみようと考えた。そこである有名人に登場をお願いしてみたが、スケジュールの都合で無理ということである。今を生きるこの人物が、私の作った人物像に、化学変化を起こしてくれるのでは、と期待したのだが。ところが本日現場に行ってみたら、本人登場で唖然。 私にとって写真を撮るという行為は、人形という、作るには嫌になるくらい時間がかかり、できてみるとジッとしているものに、予想を超えた何かを起こさせるものである。ハプニングは大歓迎。 こんな日は酒が効き過ぎるものである。撮影は数分間であったが、あの人物の発するエネルギーにあたったのは間違いない。
※キッド選手はスケージュールの都合上無理ということだったので、練習生を集めてもらっていた。


5/20
制作中の人物を乾燥機につっこんでいる間に、朝昼兼ねた食事をとろうとT屋に行く。目鼻がついたし、数時間は乾燥を続けたいと思っていたので、こんな日もあって良いだろうと飲み始める。よい感じに仕上がってきているので美味しいが、ご主人のHさんと話しているうち3時半になってしまう。Hさん、もう一杯飲んで、4時開店のK本に行ったらなどと、グッドアイディアを口にするが、それをやっては一日がお終いである。家に帰って集中して制作を続ける。 現在半裸の男を作っているが、筋肉の様子など、だいたい頭に入っているので、ある程度の参考資料は用意するが、ほとんど想像で制作している。ところが、どうも腕の筋肉のひねり具合が心配になってきた。そこで、いつも半袖Tシャツ一枚の男を思い出した。11時過ぎに、人形をザックにいれ、再びT屋へ。さっそくHさんに腕をまくってもらい、同じポーズをとってもらうと、やはり少々違っていた。了解。来て良かったよ。さあ、祝杯をあげよう。数時間後、Hさん、ろれつが回らなくなったところで、別の店に行こうという。こんな状態の男を、一人にしておくわけにはいかない。というわけなのである。
※上腕筋


5/22
本日、トランクス一丁の人物、完成一歩手前で引っかかる。どうも格好が悪い。たしかに、こんな人物だと思うので、私の責任ではない、といいたいところなのだが。しかし、トランクス一丁にしたのは、私の責任である。せっかく、数日かけて作った脚が隠れてしまうのは残念だが、ズボン状の物を穿かせることにした 結果は、穿かせて正解。あきらかにカッコが良くなった。 これは次号のアダージョ用人物である。トランクス一丁とは、スポーツ選手なのか?今号が楽器を背負った人物なのに、ミュージシャンではなかったように、スポーツ選手ではない。明日はいよいよ仕上げに着彩。スムーズにいけば撮影までも。
※ボクシングなどのトランクスから、空手着に変更


5/23
ズボン状のものを穿いた人物。上半身は裸のままにした。本日完成だと思ったが、手にはめたグローブを、ブルース・リーが考えたらしい、総合格闘技で使うオープンフィンガータイプの物に換えたりしていて時間がかかってしまう ここで急いでもしかたがない。仕上げに時間をかけ、完成は明日に。それにしても私はいったいナニを作っているのであろうか。友人にも、話だけでは通じなさそうである。作っている私は、とても楽しいのだが。
※三島の生前には無かった、現在の総合格闘技の雰囲気にしたかった。


5/28
アダージョ次号用の作品は、実在の人物と人物像を、ほとんど横に並べたのだが、ただでさえ質感が違うのに、人物像が上半身裸である。二度とこんなことはすまい、と誓う私であった。おかげで何度か撮りなおすことになった。 前回の志ん生がリアルなら、今回のテーマは人間との共演である。共演をお願いした人物が当初スケジュールの都合上、無理だということで、他に匹敵する人物をシュミレートしてみたが、ファーストインプレッションというものはたいしたもので、誰をあてがっても画にならない。現在旬な人物を並べることで、私が制作した人物が生き返ることをイメージしたのだが、あきらめて、その日ロケ場所にいる人物でいこうとしたら、本人が現れたというわけである。撮影できたのは5分足らずだったのではないだろうか。私の頼みで、いずれここに立つであろう人物の後頭部あたり、つまり虚空を見つめてくれるようお願いしたのだが、ファインダーでは判らなかったが、現像してみたら、ちゃんと演技をしてくれていた。


6/9
この人でこの場所では、私に面白い画は無理なので、ただ特集場所を背景に、ただ撮りゃいいや、と毎回土俵際で思っている私である。 今月配布の9号は、土俵際で、ほとんどスープレックスに近い、奇手といっていいような打っちゃりが出て、特集人物を特集場所に配することができた。強引な打っちゃりは危険が伴うが、決まれば効果的である。


6/15
前号の志ん生がリアルだったので、作り物だと思わない人が多かったようだが、そんな人にとって、私はただの写真家である。リアルであればいいというものでもない。 三島は普通に街に佇ませても画にならなず、かといって都営地下鉄のフリーマガジンで○○や××△というわけにはいかない。そんな時、馬込に『ヤマモト・スポーツ・アカデミー』が開設されたことを知り、このイメージが浮かんだ。ジム内は赤と黒のツートーンで統一されているところもクールである。そんなきっかけではあったが、はたして山本“KID”徳郁選手以上の適任者はあっただろうか?当初、スケジュールが合わないということで、他の格闘家も考えてみたが、誰一人として思いつかなかった。身長が三島と同じ163センチというのも偶然とは思えない。(三島158センチ説もあるが) 本来セコンドは3人と決まっている。キッド選手からも指摘があったが、三島に4人の若者と、最初から決めていたので、試合会場ではなく、当ジムに道場破りが来たという設定でお願いした。災難だったのは現場にいた編集長である。キッド選手の要望で、反対コーナーでファイティングポーズを取るハメになった。一流の格闘家というものは、イメージが大事なのであろう。このカットに関しては、後に三島の後頭部がくるはずの虚空を見つめてもらった。 今号はイメージした時から、背後に控えるキッド選手の存在感が、すべてを決すると考えていた。


7/29
某研究会のメルマガで、アダージョ今号が50名様読者プレゼントになっていた。この研究会は憂○忌を運営しているそうである。 私はもちろん、リスペクトして制作しているつもりであるが、男はそもそも、悲しくも可笑しい存在である、というのが私の基本的考えである。男にしか解からない男の可笑味もあるから、特に女性ファンは、こんな方ではない、という人も少なからずいるであろう。 三島はボクシングを習いたての頃、現都知事とスパーリングをしたことがあるそうである。なにしろリズム感はないし、それしかまだ習っていないので、ストレートパンチしか出せず、すべてかわされたらしい。おそらく三島はいったに違いない。「君は俺のパンチが一つも当たらなかったと他所でいうんだろうなァ」。いったから私も知っているのである。 周りのファンはさておき、御本人にはウケたいというのが、私のかなわぬ願望である。現役の一流格闘家、山本キッド選手に、後ろに控えてもらったことは喜んでもらえたであろう。もし気に入ってもらえないとしたら、自慢の胸毛と筋肉の量だが、筋肉は、裸の撮影というときに、ボディビルダーがそうするように、パンプアップ(短時間に筋肉を酷使して膨らます)させているから、普段はあんなものであろう。胸毛に関しては、だとしたら、申し訳ありません、というしかない。