明日できること今日はせず 

身辺雑記より:谷崎潤一郎と人形町を歩く

2009・10/15

アダージョ次号が出る頃は、すでに12月配布号のロケ場所を考えるため、ネットで検索を繰り返している。※3つほど考えたうちの、交渉が必要な案をメールで編集部へ。まあ駄目もとで、ということで。〜メールをチェックすると、アダージョの営業サイドからロケの交渉の条件について質問が着ていたので、“その4人”が必用で、一人欠けても駄目。ややこしいようなら、即断わって結構。と返事。
※来年1月、特集場所の人形町から近い明治座で『細雪』が上演されるのを知り、出演者の高橋恵子、賀来千賀子、紺野美紗子、藤谷美紀の元に陣中見舞いに訪れた原作者という第一案。
 第2案は人形町にあるジュサブロー館にて、辻村寿三郎さんの制作を見学する谷崎。かつて人形師が多く住んだことから名付けられた人形町で、人形の谷崎が、人形作家が人形作るところを 見ている、というのは面白いと考えたが提案に至らず。


2009・10/16

今回の人物は少々早めに制作に入った。実はこの人物を作るのは2度目である。おかげで資料は手元にあるし、イメージは頭に染み付いているわで、スムーズにことが運んでいる。


2009・10/28

12月配布のアダージョはアイディアを3つ考えたが、人を4人配する案は、先方のスケジュールその他により断念。4人揃わないなら意味がない。※  三島号では山本キッド選手に登場してもらったし、太宰では、酒も煙草もNGなので、知人の女性に登場してもらった。小津安二郎の場合も、佐田啓二の代わりに息子の中井貴一を、と考えないではなかった。小津が佐田にしたように、中井を演出する小津。考えただけで面白い。しかし仮に先方の了承を得ることができたとしても、小津の言葉に耳を傾ける中井貴一を先に撮影し、それにあわせた小津を作らなければならない。今のところアダージョは、ひとつが終る頃、次の特集が決まるので、前もって制作に入ることが出来ない。人形制作から写真撮影、合成作業まで1人で行う私には無理ということで、ものいわぬ赤いヤカンとの共演ということになった。 というわけで、そろそろ特集場所にロケハンに出かけ、二つの案のどちらかに決めなければならない。私の撮影は、人が来ると慌てて物陰に隠れる、ということはしょっちゅうであったが、交通局のフリーペーパーとなれば、正々堂々、公明正大でなければならない。その代わりポケットに入り、シャッター音が小さいカメラを、などと気にする必用はない。
※稽古風景でも良かったが、先方にも事情があり、“完全武装”で4姉妹そろうのが12月に入ってから、というので断念。


2009・11/6

最近、人形の頭部を作っていて、思い出したようにやるのが、粘土ベラを使わず指で作ることである。しかも作り始めのザックリしてる状態ではなく、仕上げの一歩手前のあたりで。これは以前、宅急便かなにかが来て、作業を中断した時のこと。私はこういうとき、無意識にヘラを持ったまま玄関まで行ってしまうことがあり、どこかに置いて、ついでに他の事をして、作業に戻ろうとしたらヘラがない。無意識なので、なんでここにないかが解らない。作りたい気分の持って行き場が無く、カッカしてくる。そこでつい指で作ってみたら、先ほどまで越えられなかった山を、やすやすと越えてしまった。それ以来たまにやるのだが、調子が良い。

2009・11/7

朝から人物の頭部を制作しながら、どんなシチュエーションで撮影するか、どこを背景にするかを考える。それによって人物のポーズまで変って来るので、早く決めなくてはならない。場所によっては撮影許可がでるまで時間がかかる場合がある。どんな場所でも影響のない、ただ立っているポーズを作っても、背景に準じた光線を人物に与えて撮影し、合成するので、先に背景が用意できないと、鴎外のように、締め切り当日に人形の撮影ということになる。せめて立っているか坐っているかは、早く決めなければならない。

※水天宮辺りを歩くか、屋内で坐るらせるかの2案。


2009・11/10

アダージョ次号用の背景に、と考えた場所は撮影の許可が下りそうである。正式な依頼書を送ってもらうことに。今回は8号の志ん生以来の室内撮影である。撮影に集中したいこともあり、今回はライターのFさんが立ち会ってくれることになった。※マグロのねぎま鍋で有名な『よし梅』
頭部が仕上げを残し形になってきている。横溝で完成といっては、やり直しが続き懲りたので、完成したとはいいにくい。この人物、私には中央公論のイメージが強く、さすがに社内に写真が残っているようなので、明後日、中央公論新社に見に行くことにした。しかしほぼ完成というところに新資料、というのはかなり危険である。私のことだから、アレッと思ったら、いじらないわけにはいかないであろう。それがきっかけに、完成目前がもろくも崩れ元も子もなくなる。ということは充分考えられることだし、実際そういうことは、一度や二度ではない。そう思うと、怖い物を見る時のように、薄目を開けてボンヤリと資料を見たいくらいだが、それを押しても見なければならない。私が制作にあたって参考にした写真は、当然360度写されているわけではなく、年代も色々である。その隙間を埋めるのは想像力しかないわけだが、想像力の及ばないところが、出っ張っていたり引っ込んでいたりしている可能性もある。そう思うと見られる資料は見ておかなければならない。 結果、収拾がつかなくなり、この雑記を書いていた時に戻りたい、なんてことだけは避けなければならない。

※谷崎潤一郎と中央公論との縁は深い。新資料入手で、完成目前の頭部がさらに変化。


2009・11/13

雑記の間が空くと、幼馴染のTあたりは、私が頭部の完成直前に新たな写真資料を入手したので、触っているうち収拾がつかなくなり、と思ったに違いないが、残念ながらご明察の通り、ということになる。だから電話なんかしてくるんじゃない。  しかし、だいたい予想はしていたし、せっかくここまで作っていたのに、と思っているようではいけない。脱線したら、脱線して良かった、と思うまで私は止めないのである。というわけで無事着地に成功し、こうして雑記を書いている。


2009・11/18

アダージョ用の人物、頭部の仕上げも終わり、そろそろ身体のほうに取り掛からなければならない。私が仮にアダージョの読者で、読者プレゼントで表紙に使われた人形をくれるなら、私はこれにする。


11/20

本日はアダージョ用背景の撮影である。三脚、ライトその他かついでタクシーで向かう。撮影場所は某店室内。現場を実際にはまだ見ていないので、ぶっつけである。今日はライターのFさんにサポートをお願いした。撮影準備をしていると、店の方が床の間の掛け軸の前に一輪の椿を置いてくれた。これにより方針が決まり、ああだこうだと撮る必要がなくなり、障子紙を破くこともなく、予定より早く無事終了。詳しいことはいえないが、今回は※準主役ともいうべき被写体が入っている。帰りにFさん、某被写体と、どこかでビールでも、という話が出たが、未だにフィルム撮影の私は現像を終えるまでは気が気ではなく、楽しいことなどすると、その分、何かか減るような気がするので、お茶だけにして現像に向かった。 今日の作品は来月25日配布号だが、実質新春号である。それには相応しくなったような気がする。

※女流義太夫奏者、鶴澤寛也さん。


2009・11/21

昼過ぎにようやく背景に使うカットが決まる。ライトやライトスタンドなど持っていったが、結局何も使わず、部屋の状況そのまま撮影した、ごく最初のカットである。私の場合、そういうことが多い。準備をすればするほど冴えず、頭を使ってあれこれやっていると、さらに駄目になっていく。頭が状況を把握する前の方が良く、把握したと思ったときには、だいたいつまらなくなっている。そこから終日かけて、諸々の修正。ここに主役とはいえ、まったくの作り物が入ってくる。今のうちに地ならしをしておかなければならない。  その主役だが、まだ頭しかできていない。明日から身体を作らなければならないが、ここからは頭部と違い、乾燥させ、仕上げに入る手前まで、無酸素状態で一気に行く。最も快感物質が脳内に溢れ出る場面であり、物心付いたときから、私はこの快楽のためだけに生きている、といってよい。気がついたら出来ているという感じで、飴細工のオジサンか、というくらいの速さである。ここをグズグズしていると、時間をかけて制作した頭部を生かすことができないのである。


2009・11/23

本日晴天。乾燥に入る。というかもう乾燥である。我ながら速い。今回は、頭部のつぎに時間のかかる手を作らないので、余計に速い。乾燥には、かなり無茶が効く素材ではあるが、時間に余裕さえあれば、表面が乾くまでは、ゆっくりやるに越したことはない。日が翳ってからは、乾燥機にかける。  今回は今まで作った作品に比べると、かなり大きい。最もそれは頭部の大きさの話で、制作中の人物は背が低いので、驚くほどの大きさではない。人形のサイズは、たまたま粘土を手にして、首を作っていて、なんとなく決まったのであり、それに応じて、全体のサイズも決まっていたのだが、最近は、もうちょっと込めたいニュアンスが出てきて、今までのサイズのままでは、物足りなくなりつつあったので、いっそのこと大きくしたのだが、うまくいったような気がする。


2009・11/25

最新作が一番良いと感じるのは、当然一番良い状態である。もっとも、自分でも始めてみるので珍しくもあり、新鮮なのでそう見える、ということもあろう。よってそんな浮かれ気分もたいして続かないことになる。しかし、私としては好きな作家として、一、二を争う人物だし、2度目の制作ということもあって、作っていても楽しい。久しぶりに、自分の作品と差し向かいに飲みたくなった。
今回改めて思ったことだが、私にはこの人物のこの感じ、という何か基準、ともいうべきものがあり、そこに届いていないと、頭で完成、といっていても、どこかに澱のようなものがあって、そんな時に限ってK本の常連に見せたり、友人にメールで画像を送っていたことに気付いた。自分では自慢げに見せびらかしている、とばかり思い込んでいたのだから呆れたものである。 ある人物を作ったとき、品がある、といわれた。いった本人は、良い意味でいったつもりだったかもしれないが、その人物は、人品はともかく、御面相に品があるタイプではなく、私が無意識に気になっていたのも、まさにその点だったのである。当然、作り変えられ、完成度が上がったことはいうまでもない。人の顔という物は、その人をたとえ知らず、興味が無くとも、こんな顔だなあ、と誰でもいえるものである。人の顔としていえば良いのだから、造形的、作品として、などと関係なく、たとえ酔っ払いのGさんやHさんだろうが、印象ぐらいはいえるものである。本人を知らない分、「似てる」などという面白くも可笑しくもないことはいわれない。そして私が無意識に気になっていることを誰か一言いった時は、数日後には完成度が上がることになるらしい。


2009・11/26

人は15の時に好きだった物は一生好きなのだそうだが、確かに乱歩と現在制作中の作家は、中学生の時にハマッた二人であり、未だに好きかと訊かれれば1、2を争う作家である。そう思うと、あの頃ぐうたらしながら妄想していたことが、現在も創作のネタになっているのである。だから友人にも、息子が口を開けたまま遠くを見ているようなことがあれば、ロクなことは考えていないのだから、直ちに頭を叩いて、我に返らせないと、取り返しのつかないことになる、といっている。


2009・11/30

アダージョ用の表紙画像。完成させるのがイヤで、時間もないというのにチビチビと。ところが明日が入稿日だと思っていたら、今週中ごろまでに、ということで、これ幸いと、中断してK本に飲みに行く。なにしろ完成させたくないのである。K本でおでんで氷の入っていない正調酎ハイ。どうも腹が減っている、と思ったらT屋で朝食を食べたきりであった。食事をとって、ふたたびT屋へ。完成させたくないのでウチに帰りたくない。飲んでいると眠たくなってきた。朝T屋の奥さんに、昨日から寝ていないといったのを思い出した。気がついてしまったら眠たくてたまらず帰宅。未完成なのを確認し、まだ楽しみは残っている、と安心して寝る。


2009・12/1

名残惜しいが完成してしまう。デザイナーにデータを送信し、田村写真に色見本を作りに行く。ずっと使っているフィルムスキャナーの精度に問題があり、印刷するとその欠点が強く現れるようである。どうしても最後に修正が必用になる。デジタルデータを合成するという最近の方法だと、フィルムで撮る意味があまりない。今回デジカメを部品を撮るため使ったが、やはり便利である。急な思いつきに対処してくれるし。いよいよ考えなくてはならないだろう。 しかし一方合成はせず、人形を左手に握り、右手にカメラを持って街を行く、かつての手法も捨てがたく、機会さえあれば、とは思うのだが、あまりにもカッコが悪く、誰かに横にいてもらい、横のこの人に依頼され、しかたなくやっているという事情があるんです。という演技プランを立てないと恥ずかしくてやってられないし、これからは、いいたいことを詰め込むために、人形のサイズが一回り大きくなる可能性があり、そうなると人形を持った左手を、国定忠治の刀のようにささげ持ち、遠近感を按配しながら撮影する方法は、体力的にきついだろう。だいたい最近肩のあたりに違和感があり、これが例の痛みか、などど感じている昨今、なおさらである。


2009・12/25  制作ノート

人は15歳くらいの時に好きだったものが一生好きだそうだが、そういう意味では、私にとっての小説家は、江戸川乱歩に谷崎潤一郎ということになるだろう。特に谷崎は、中学の授業中にも隠れて読んだが、たとえ先生に見つかっても文豪なのだから、とたかをくくっていたが、結局この間までハナを垂らしていたような同級生の前で『卍』を朗読させられ、関西弁に対する嫌悪感を払拭するには、漫才ブームを待たなければならなかった、ことは拙著『Objectglass12』(風涛社)にも書いた。  この谷崎は2体目である。1体目は作家シリーズとして2作目で、パソコンなど触ったこともなく、合成など考えもしなかった頃の作品で、実物のヌードと絡ませることしか思いついておらず、そのため今見ると、かなり小さい。そこで2体目は意識して大きく作ってみた。坐っていて約40センチ。  撮影場所は人形町『よし梅』の芳町店の座敷である。谷崎の隣りは、乱歩の『人形椅子』を制作したとき、閨秀作家“佳子”役をやっていただいた義太夫三味線の鶴澤寛也さんである。当初水天宮あたりを谷崎と歩いているところを考えたが、屋外では、せっかくの三味線奏者というところが生かせないので、屋内の設定に変更した。義太夫には谷崎も『蓼食う虫』で触れている。撮影準備中、店の方に床の間に一輪の椿を生けていただいたので、撮影方針はすぐに決まった。配布は本日からだが、おかげで新春号として相応しい表紙になった。谷崎のロイド眼鏡と羽織の紐は実物を合成。
(この谷崎像は、来月1月8日(金)〜11日(月)江東区古石場文化センターにて展示予定)