明日できること今日はせず 

身辺雑記より:円谷英二と勝どきを歩く

2010・6/5

アダ−ジョ8月配布の22号の特集人物と特集場所がようやく決まる。前回の打ち合わせの時に、某御聖人様の名前も上がっていて、旅行の間は考えないようにしていたが、気が気ではなかった。そこへ昨日、編集長から、御聖人案は白紙になったと知らせがあり、替わって二名の人物が挙がっていた。私は間髪を入れずTに一票!と返信をしていた。  この人物には、大分以前から暖めていた秘策があった。それはこの人物以外には使いようがない、というアイディアである。昔の私なら、作りたかったら作ってしまっていただろうが、私も小学生ではないので、発表の機会がないものを作ることは戒めていた。であるからして、この人物はアダ−ジョで取り上げてもらう以外、私が作る機会はないだろう、と考えていたのである。 実はアダ−ジョは20号の團十郎号から、発行元が替わった。以前の発行元がなくなってしまったからなのだが、当然私などは、発行元がなくなればアダ−ジョもなくなるのだろう、と思っていた。何が残念といって、この名案をもってTを作れなくなることであった。しかしこの幸運なフリ−ペ−パ−は、九代目團十郎ではないが不撓不屈で、何事もないように続いている

※実景を屋内スタジオに見立てる。


6/6

これから制作に入る人物は、どこが特集場所になるかが非常に重要である。それによって大きく画が変わる。何しろ東京でも、都営地下鉄駅に絡ませないとならない、という決まりがある。私はこの人物の出身校を想定してみたが、肝心のポイントになるものがない。それでもやれるのなら、というところであったが、はたして編集長から提示された特集場所は、これはほとんどベストといって過言ではない場所であった。ネットで検索してみても、立体感を感じさせるロケ−ションである。私も良く知っている。 一日かけて、ほぼ人物の様子が決まった。身を挺して仕事に励んでいる姿である。あとは数種の脇役を揃えたいのだが、色んな物が考えられるので迷ってしまうが、まだ主役の制作に着手もしていないのだから、そこまで考えなくともいいだろう。といいながら、活魚の生きたままお取り寄せサイトなど検索してしまう。活きた本物を使うことが効果的かどうかは判らないが、そんなものまで作っていたら大変である。今月配布号では、入手した物が途中で気が変わって必要がなくなり、むなしく置いてあるが、なま物は失敗したら食べてしまえば良い。

※かつてモスラが繭を作った東京タワーを使えれば画になっただろうが、勝どきということなら、ゴジラが壊した勝鬨橋がある。となれば水棲大怪獣となり、円谷作品に度々登場した大蛸がすぐに浮かんだ。


6/8

自転車に乗っていて、橋の上から川の様子が気になる。今度の人物は水の表現がポイントになるだろう。たまたま特集場所に川が流れていることもあるが、この人物自体が、おそらく水には悩まされたはずである。自転車を止め、しばらく川面の様子を観察した。通る人が、魚でもいるかと思うのだろう、私が見つめるあたりを覗き込んでいく。  『私が作っている人は誰でしょうクイズ』は、早々に『一心太助』という答えをいただいたが、一心太助は架空の人物のようである。なんでそう思われたか、と考えたら、“活魚のお取り寄せ”が原因のようである。ナルホド。私も混乱させることを想定しているのは確かだが、まったく本気であり、未だに生きている物を使うか自分で作るか、結論は出ていない。写真に撮るのだから、新鮮であれば、生きていなくても良さそうなものだが、こればかりは生きていなくては駄目であろう。 
T屋を覗くと、主人のHさん、暗い中1人でニュースを見ていた。我々の世代はTについては、語りつくせない思い出がある。資料の本を観ながらひとしきり盛り上がる。「刺身でも食べる?」丁度私が作るか本物を使うか悩んでいる物があるという。撮影に使うため、Tを取り寄せようかと思うけど、どうだろうと訊いてみると、Mは高いけどIなら今は普通に河岸にいけば手に入るんじゃないかな、とHさん。「うまく撮れなかったら食っちゃえばいいじゃん」。今回の撮影用小物は、使用後に邪魔にならないところが良い。今頃の入荷状況を聞いてもらうことにした。こんなものを作る機会はないだろうから、せっかくなら作ってみたい気もするが、フリーぺーパーの表紙に、生きてるそれが登場したら、かなり可笑しいだろう。相変わらず、感心されるくらいなら呆れられたい私なのであった。

※円谷は水にミニチュアは無い、といったという。よほど大きな模型を使わない限り、水の様子でスケール感が出てしまう。

※蛸は鮮度が落ちると、体色の変化が著しい。

※M=マダコ I=イイダコ


6/11

御茶ノ水に材料を買いに行くついでに、資料用のDVDを探しに行こうと神田に向かうと、途中の中古ビデオ屋で、レンタル落ちのビデオを売っていたので3本買う。今回は参考程度で、映像を途中で止めて、という使い方はしないので充分である。
 久しぶりにビデオデッキを引っ張り出してくる。ビデオのパッケージに子供の頃から馴染んだ有名なカットが使われている。合成写真だが、今見るとおかしい。二人?に当たっている光が合っていない。片方は、どこに太陽があるんだ、という話である。合成の場合は、すべてに、できるだけ同じ角度で、同じような光を当てるのが基本である。だが、パッケージ写真は、もともと有り得ない状態なので、妙な感じが悪くはない。

※モスラ対ゴジラ キングコング対ゴジラ ゴジラの逆襲

※よつばいになったゴジラを合成したと思われ、ゴジラには背中に光が当たっている。


6/14

ネットのオークションで入手したものが届く。撮影用に使うつもりだが、実物を見ると思ったより様子がよい。これだけで充分という気がする。それに乗せる予定の生き物の方は、知人のカメラマンに、そんな物を表紙に使ってよいのか、といわれる始末だが、普通に食べる物だし、可笑しいから使うわけである。 ようやく頭部の制作にかかる。頭部のメドがついたあたりで、背景を撮影する。今回は特に、どのくらいの高さから撮るか、というのが重要なので、ポイントを探し回ることになるだろう。背景の撮り方で成否が決まる。背景が決まった時点で、T屋のHさんあたりに、適切なサイズの生き物を魚河岸で入手してもらい、マンションの屋上あたりで撮影したい。奇妙すぎるので、撮影しているところを人に見られるわけにはいかない。あまりに活きがいい場合、逃げ出さないよう、押さえていてもらう人か必要であろう。元気が良すぎたり、あまりに可哀相になった時に、とどめを刺す何かしら必用だし、逆に元気がない場合、火を嫌うそうなので(火を好む生物はあまり聞かないが)チャッカマンで刺激を与えることも考えている。墜落したB−29の中からアメリカ兵がでてきた時の村人のようであるが、せいぜいその日のうちに、感謝しながら腹に収め成仏させる予定である。 その撮影が大失敗した場合を考えて、粘土で作る時間も考えておかなければならないだろう。今回の作品は、あまりに要素が多く、方法を考えながら制作することになるだろうから、不確実な生き物を使うべきでないのは判っている。

※ダチョウの卵(殻)当初、モスラの卵に大ダコが絡み付いている場面を考えていた。

※円谷が巨大ではなく、背景がミニチュアに見えるような視点の高さ

※円谷は生きているタコと作り物のタコを使い分けているが、生きているタコは思ったように動いてくれず、火を使ったという。


6/16

アダージョ用のT、おおよその顔の表情が決まる。この人物も良く煙草を銜えているが、今時は、表紙で銜えさせることはできない。私ほど作品に煙草を持たせたり銜えさせてきた人形制作者はいないだろうが、私が煙草を止めたせいで、存外気にならなくなってはいる。こういう場合は、表紙用のデータを作った後で銜えさせることにしている。 先日、カメラマンと話していて、モデルの撮影の場合、脚が重なって、一本に見えてはいけないそうで、片手が身体の陰に隠れていたのを、別に撮った手を合成させられたそうである。特にウルサイのが指で、十本見えていないとならないらしい。いずれ長さも揃えないとならない、ということで、両手を広げて大の字のようなポーズ以外、不許可になるだろう。  今日、資料を眺めていたら、ある表彰式で、Tが、過去にアダージョで制作した人物と隣り合わせに坐っている写真を見つけた。

※映画の功労者に対する表彰式で小津安二郎と並んで坐っている。


6/19

永井荷風は女性ファンの存在を聞いたことがなかった。女性に対する扱いが原因だろうが、その点、近頃は別な解釈がなされ、女性にも再評価されているようである。小説家ではないし、荷風のような理由ではないが、Tについて女性と話す機会はまずない。今までもなかったが、これからはさらにないだろう。こればかりはいかんともしがたいことである。中学校の下校時、近所に住む同級生と、最近Tの名前を聞かないが、どうしているんだろう、と久しぶりに話題になった。そのおよそ一週間後にTは亡くなった。 頭部の方向性も決まり、ロケハンに出かけたいが、蒸し暑さにめげる。まだ首が出来ていないのだから、とどうしても首の制作に入ってしまう。 今回は、背景をどう撮るかが肝心なのだが、ほど良い高さを得るため、周辺のビルで、撮影に使える場所を見つけられるかにかかってきそうである。


6/25

昨日ロケハンをしてきた。ある程度の高さが必用なので建造物に入ることになり、許可を取る必要もあるだろうと、編集長にお付き合いいただいた。こんな時は、どこから見ても社会人の編集長にお出ましいただくわけである。とはいえ高級マンションともなると、管理会社には、契約で、一切そういう依頼は受けられないことになってます、と断わられる。かと思うと、隣り合ったビルの管理人の小母さん同士が立ち話をしており、アダージョを知っていて、どうぞ々と打って変わって有り難かったり。 帰宅後チェックすると幸いなことに、事前に目星を付けていて、許可も取らずに出入りできる建物の屋上で撮った物が一番よかった。ただ湿度の高いこの季節に有りがちだが、少々遠方が煙っており、遠近感が出すぎている。今回は奥行きがでてはならない。再撮とはいえ、フレームは決まったので、人物のポーズも、それに合わせて作れるわけだが、ここまでスムースに来ると、やはり件の海産物を使いたくなってくる。当初生きたまま撮影しようと思っていたのだが、色々考えると、思った通りにはいきそうにない。だんだん弱っていくのを見ながら撮影するというのも、あとで腹中に納め成仏させるとはいえ、気が引ける。そこで鮮度を保つため、捕ってすぐに締めた活け締めの物にすることにした。それにはまず背景を撮影して、後に合成する被写体に、どんな光を当てるか決めておかなければならない。 この海産物のせいで、制作中の人物が『たこ八郎』?という知り合いがすでに二人いる。今までのラインナップを考えると、アダージョに『たこ八郎』が登場するのは、もう少し先のような気がする。

※狭いスタジオに見立てるため、できるだけフラットに。遠景が遠くに見えてはならない。


6/26

先日撮影した背景は、遠景が煙っていたので再撮を決めた。すぐにでも撮りたいが、梅雨空ではしかたがない。だったらどういう構図にするかテストしてみることにした。背景はこの感じ、と決めたカットに、仮の画像を切り張りしながら考えていた。本番にそなえて感じがつかめれば良いと簡単にやっていたつもりが、つい熱中してしまった。ところが駄目だと思っていた背景が、工夫しているうち、かえって良くなってしまった。本データは、早々に再撮を決めていたので捨ててしまっている。後の祭りであった。調整法が判ったからいいや、と負け惜しみをいっている。 撮影にも行けず、よって海産物も注文できず、海産物次第でTのポーズも変わってくる。しかたがないので撮影に使おうと思って、最初に買っておいたプラモデルを作ることにした。だがしかし、私はこれが滅法下手糞なのである。こんなものを作っているのに、といわれるが全く別の話なのである。  子供の頃、これはおそらく関東だけのものだろうが、『カタ』という遊びがあった。自転車に石膏や素焼きのレリーフの型や粘土を積んだカタ屋の小父さんが、小学校の近くの公園などに現れ、ゴザを敷いて店を開く。始めに型と田んぼの土のような粘土を買い、型に押し付け、レリーフを作る。そこに金粉、銀粉、その他様々な色の微細な粉を買って綿棒で色を着ける。それに小父さんが点数を付け、それに応じた点数をくれ、それを貯めると材料をもらえる。上手な子になると、目を見張る美しい作品に仕上げた物だが、これがまた、自分で嫌になるほど下手糞なのであった。型屋の小父さんは点数が貯まった頃、どこかへ行ってしまうのであった。さらに昔になると、『ぬり絵』というものがあったが、これがまたヒドイ。どうも初めから自分がイメージした物でないと私の場合駄目らしい。  このプラモデルを作るのは中学生以来だが、おそらくこれで3機目である。

※初期の円谷作品で、怪獣を迎え撃つ戦闘機といえば、F-86セイバーである。


6/27

相変わらず雲行きが怪しいが、万が一ということもあるので撮影に出かけることにした。門前仲町で早めの昼食を済ませ駅に向かうと、パラパラ降ってきた。今日は駄目だと、諦め引き返す。深川不動の参道で4、5人のオバさんとすれ違うが、折りたたみ傘を広げながら「ちょっとの間だから」。というのを耳にした。家でゴロゴロしている亭主を残し、オバさん達だけで美味しい物でも食べようと集まったのだろうが、出掛けに天気予報をチェックしてきたに違いない。「信じましょう」。もう一度方向転換して、駅に向かう。  先日来たばかりの撮影現場に着くと、薄曇だが、絶好といっても良い状態である。オバさんを信用して正解であった。オバさん々、と連呼したが、年齢とともに、オバサンのイメージも変り、すでに私の場合、お婆さんのことを差している。 アングルは決めてある。さっさと撮って長居は無用。門前仲町へ戻って喫茶店でお茶を飲み帰宅。チェックしてみると、撮り直して正解であった。よりイメージに近い。どんな手を使っても、失敗して良かった、というところまでは持っていかないと、悔しくて我慢できない。 昨日すでに構図など決めていたので、もう動かしようがない。練りすぎた構図に、風穴を開けてくれるのは、件の海産物であろう。さっそくネットで注文万が一のことを考え、二匹頼む。漁のタイミングもあるだろうから、数日待つことになるだろう。問題はいくら活け締めで鮮度が良いといっても、所詮死んでいるのだから、果たして撮影に使えるものなのかどうか。これは届いてみないとなんともいえない。駄目だったらすぐ食べてしまい、第二候補を使うことにする。 アダージョが出ると表紙画像とともに、雑記から制作に関した部分を抜粋したページをアップするが、その際、多少の解説を加える。始めあんな物を使うつもりだったのか、と、かなり格好の悪いことになるのは仕方がない。

※クール宅急便にて、瀬戸内海より前日活き締めしたタコ。


6/28

編集長がシリーズになっているDVDを持っていると聞いていたので、件の海産物のDVDをお借りすることになり、木場の喫茶店で受け取り、途中経過を報告。注文した活け締めの海産物は、私がイメージしたようになるか判らないので、もし駄目だった場合、脇役のコレが準主役に昇格します。とスーパーのビニール袋に入れてきた物をお見せする。「思ったより固いもんですね」。指ではじくと磁器のような音がする。今回はギミックだらけで、画面のそこら中で余計なことをしている。レイアウトのことがあるので、早めにデザイナーのWさんと打ち合わせたほうが良いでしょう、ということに。十月、十二月配布号の特集人物が早めに決まりそうとのこと。入稿後しばらくして、ようやく次の人物が決まるようでは効率が悪い。よく知っている人物ならともかく、伝記くらい事前に読み始めておきたいのである。
今回私はTでやりたい放題である。まさに少年時代の気持ちに戻ってしまっている。こんなことが許され続ける訳がないことは、私は良く解っている。おそらく罪滅ぼしで、次のHで苦労しなければならないだろう。 幼い頃、口を開けたままお絵描きに熱中したり、始業のチャイムが鳴っても図書室から出てこられない私に、母は将来に対する不安を感じ、大きな積み木がある施設に連れて行ったり、目を覚まそうとやかましく、頭から冷や水をかけるようなことをし続けた。おかげでチックになり、オネショが治らなかったが、今では大変感謝している。確かにあのままでは、私はとっくに鮫に喰われたり、象に踏み潰されていたに違いない。

※ウルトラQ第23話 『南海の怒り』スダールという大ダコが登場。

※ダチョウの卵に着彩しモスラの卵にする。

※この段階では、某作家が候補に挙がっていた。


6/30

瀬戸内海よりクール宅急便で海産物届く。昨晩サッカー観ながら、すでに気が重かったが、実物見るとさらに倍増。恨めしそうな目でこちらを見ている。念のため2匹頼んだのだが、どう考えても注文した物より大きく思える。先方は、「東京から注文したお客さん、思ったより大きいのが届いて今頃喜んでいるだろうなァ」と思っているかもしれないが。そうは思いませんでした。 朝っぱらからいきなり作業を始める気にならず。煙草を未だに吸っていたなら、天井見ながらグズグズと、小一時間はふかし続ける場面である。結局、一匹は想定を超えたサイズだったので、小さいほうを撮影することにした。
“騒動”の詳細は書かない。ただ海産物だ何だといっておきながら、無難な第二候補に変更して笑われることだけは回避できた。 私は年末に、今年の私は昨年の私が想像しなかったことをやれただろうか、と考える。少なくともこの点に関して、まだ一年の、半ばにして成してしまった。 ただしこれは実のあること、芸術性の高さなどが基準ではない。文字通りのまま、想像もしなかったかどうかであり『馬鹿々しくて想像もしなかった』でも勿論立派にクリアである。そして私の中では、むしろ芸術性の高さより、こちらの方が得点が高いのがツクヅク残念である。  撮影も済み、アダージョ8月配布号で、特集人物につぐ、準主役ともいうべき海産物を肴に、昼間のできごとを思い出さないようにして日本酒を飲んだ。残りはすべて冷凍庫へ。

ヌカで何度も揉み、洗い流すことを繰り返し、始めにヌメリを取り、勝鬨橋を想定した発砲スチロールにタコの足を絡ませ撮影。

※実際は、昼間の撮影状況が頭から離れず、ちょっと味見しただけに留まる。


7/2

海産物の処理は、近所の飲み屋の、ホテルオークラの『なだ万』で修行したご主人に方法を聞いた。撮影の前の晩には生きていただけあって、さすがに美味しいが、海産物との攻防を、思い出さないように食すというのは無理な話である。なにしろモニター画面では、一日中奴がこちらを見ている。目の色を変えてやった。 昨日から、海産物の処理と、海産物の画像の処理で一歩も家を出ず。 Tが大好きだった小学生の頃の私に向かって、今の私が、未だにこんなことやってるぞ、と制作中の海産物を見せたらどう思うであろう。間違いなく喜ぶだろうが、万が一号泣でもされたら、たまたま今回、こんなことしてるだけだよ、と慰めるしかない。 それにしても準主役というには、あまりに堂々としているが、一番の難関を早々にクリヤーしてしまって残念な気もする。30日に届いたと思ったらもう出来てしまった。終って欲しくない時に限ってスムーズに事が進んでしまう。私も徹夜するほど熱中するからいけない。残りのパートもせいぜい楽しむことにする。

※大根で叩く(大根の酵素だか何かで柔らかくなる) ソーダ水を入れて茹でる(これも柔らかく煮るため) 本日は偶然『半夏生はんげしょう』(この日にタコを食べると縁起が良いという)

※金色に変えた。


7/3

昨日は、出来たばかりの海産物のパートを、関係各位に送って大変好評であった。理屈は抜きで、ただウケたのがなによりである。判り易いし、インパクトもある。なにしろ私自身が気に入り、それまで女性の“様々な状態”ばかりであったパソコンの壁紙を、急きょ替えたくらいである。中には海産物で連作を、という人までいて、まだ人物が登場していないのにかかわらず、今までの私の作品の中で「もっとも好きな一つかも!」と、いっていただいた。その点に関しては、人物像が本職なので、最終判断は人物が登場してからにして頂きたい。もっとも、『私が作っているのは誰でしょうクイズ』に応募してくれるかもしれない方以外に、ウケそうな人を選んで送ったのだが。


7/4

午後、撮影用に探している物があったので、富岡八幡の骨董市に出かける。家の外へ出るのは三日ぶりである。その間流水麺という、水でシャカ々やれば食べられる蕎麦と、納豆。あと撮影に使った海産物をごく少々。酒も飲んでいないので、海産物は冷凍庫に放りこんだままである。三日間はパソコンは点けっ放し。その間、窓を開けっ放しで冷房も点けず、汗が垂れようが一切気にならず。睡眠も、おそらく一日三時間も寝ていないだろう。気がついたら寝ていて、起きたらすぐ始めるという有様であった。海産物が届いて、あっという間に出来上がったと思ったが、考えてみたら、たいして寝ずに熱中していたのだから、時間はかかっているわけである。こういうことはショッチュウで、あまりにやり続けてもいけないと、リズムを付けるためにK本に顔を出すのだが、今回はなにしろTなので、面白くて酒も飲んでいられない。子供の頃に夢に見た、どこかの王様に幽閉され、算数や宿題なんかしないでいいから、ここで好きなものだけ作っておれ、状態である。何しろ仕事なので罪悪感が一切ない。 とりあえず何か食べようと入った寿司屋。ビールを飲み干し気がついた『しまった!また海産物』。

※未だ撮影時のダメージが残る


7/10

HP開設十周年で、制作中の人物当てクイズをやったが、一回置いて再びやってみようと思ったのは、以前からこの人物を作ることあらば、と温めていたアイディアがあり、それは画面中に要素が多く、ヒントも多いのではないか、と思ったからである。 海産物がいきなり出てきて、大いに惑わすことができたと思うが、Tがおそらくその海産物を好きだったせいもあり、実際、画面の一番手前で“巨大”に扱った。残り二つの物の仕上げをする。一つはプラモデルで、相変わらず下手糞な出来だが、だからといって特に不都合はない。確か戦後、警察予備隊時代の自衛隊が、アメリカから提供を受けていたのではなかったか?機種名を検索すると、おそらくTとの繋がりが明らかになってしまう。今回は、“架空”の器機も登場する。これは知人のつてで、ミニチュアを撮影できた。最後は、海産物が失敗したなら、主役になるはずだった物で、こんな物に色を塗っていると子供の頃の復活祭を想い出す。無事に画面上に収まったが、これもまた“巨大”な扱いである。というわけで、背景はおおよそ完成といって良いだろう。最後に一ネタ考えていることがあるが、画面が煩雑になっても、と最後に決めることにした。今回はシチュエーションが特殊なので、主役のTをそこそこにして背景の完成を急いだ。

※橋の上でタコに狙いを定めているパラボラアンテナ状の架空兵器『70式メーサー殺獣光線車

※モスラの卵


7/20

アダージョ22号用のTは、背景は大体出来ているが、今回は画面のあちらこちらで余計なことをしているので、それが文字の下敷きになってしまうのを避けるため、おおよその配置を事前にデザイナーに伝え、細かい部分は文字を先にいれてもらって、後から微調整することにした。オブジェを撮影しながら加えてきたので、配置を決めるだけで随分時間がかかってしまったが、幸いなことに、Tの頭部が完成に向ったので、しばらく放っておいて、背景に時間をかけることができた。主役のTは頭部の仕上げに入り、明日は身体部分を作ることにする。 Tは当初から、水産加工業者が履いている、胴付き長靴とか胴付き水中長靴とかいうらしいが、胸まであるゴム長を履いてもらうことにしていた。近頃のウエダーというフライフィッシング用ではなく、昔ながらの魚屋の履くようなシンプルなものが良い。いっそのこと、本当のゴムを使おうと考えているので、明日ホームセンターに行ってみるつもりである。 

7/21

Tは当初から背景に、男性の後姿を配することを考えていた。過去にもアダージョでは、着物の姿の女性に二度共演してもらったが、今回は労働する男の背中が必用である。そこで、日ごろT屋やK本の常連あたりをなんとなく物色していた。日々の労働のおかげで、様々な表情を持った背中がいくらでもある。とはいっても15万部出ていて、ハケ率ほぼ100パーセントに近いアダージョの表紙に登場してもらうわけであるから、誰でも良い、というわけにもいかない。そうこうして思いついたのが、同じマンションの階下に住むYさんである。私の想定している人物と同じ仕事を経験しているし、小学生の頃、将来Tのような仕事をしたいと、Tに手紙を出したことがあるというではないか。まさにうってつけである。そこで何かの折に、その話をしておいたのである。ところが制作も佳境に入ってきた今日この頃。昨日も書いたように、画面に要素が多く、デザイナーとも画面上のスペースについて、事前に打ち合せが必要な状態である。つまりこの上何かを加えるのは、厳しい状態になってきている。  Yさんは携帯電話は昔から使用しているが、最近ようやくメールを始めた。そして三日と空けず電話かメールが来る。「あれはどうなりました?」「ああ乱歩展ですか。搬入も無事すみました。是非観に行ってください」。「アダージョの方は?」「あ、そっちですか・・・。」 というわけで、締め切りよりも、別なものに追い詰められつつある私である。私はなんであの時、あんな余計なことをいってしまったのであろうか。それが本日の雑記のタイトルである。

※フリーの映画プロデューサー。高校生の頃、『日本沈没』で撮影所内でアルバイトをしたそうである。

※『夢を叶えてあげましょう』


7/23

Tのトレードマークといえば、眼鏡と仕事中も被っていることの多い帽子であろう。煙草も吸いっぱなしのように見えるが、表紙には使えない。問題は帽子である。最終的に帽子を被っているところにするにしても、被っているところと脱いでいる場面が撮影できるよう、帽子は着脱できるようにしておく。ただ帽子も粘土で作るのでどうしても大きめになる。小津安二郎は柔らかいヘナヘナした帽子を被っていて、この角度だから気にはならないが、実際はそのまま乗せてもピタッとこないので、展示するには頭を削って帽子を被せることになる。Tの場合は小津のようには行かず、帽子を被せるのは初めから頭を削ってかぶせることになるだろう。ただ作ったところは見せたいものだし、その決心がつかない。被らせないことになりそうである。当初は濃いサングラスをかけさせようとさえ思っていたが、帽子を被って濃いサングラスでは、苦労のしようがない。Tは優しげで垂れ気味の目が良いのである。
というわけで、『私が作ってるのは誰でしょうクイズ』は今月一杯で締め切りとさせていただきます。当ブログに対する友人の、誰を作っているか判らないんじゃつまらない。というもっともな意見に対して、クイズを出題していると思うと、こちらは気が楽である。現段階で、どのくらい伝わっているのか判らないが、たいしたヒントを出したつもりがない時点で当てた方もいるから、そこそこなのではないか。 とにかく次号は、胸まである胴付き長靴を履いた人物が下半身を水に浸かったまま、“巨大な”海産物と向かい合っているし、空には先がドリルになった物が飛んでいる。


7/26

Tの履く胴付き長靴は、本物のゴムシートを巻いてみたが、思ったようなヨレた感じが出ないので、結局粘土で作った。暑さの中、乾燥機にかける気にならず、久しぶりにベランダで干す。例によってあまり寝ていないのでウトウトしていると、階下のYさんより電話「今日なら空いてます」。「あのー、もしやってみて、入る場所がなかったら申し訳ないんですけど・・・。」※21日参照のこと 「別にかまわないですよ」。ここで名案が浮かぶ。今日はアダージョの編集会議がある。背景にYさんが入った物と入っていない物を持って行き、選んでもらって、Yさん案が選ばれなかった場合、人のせいにする、というアイディアである。  Yさん宅へ、着てもらう服を決めるため、Tの写真集を持ってお邪魔する。Yさん青い帽子を手にし、「これ昔、アメリカで買ってきてもらったんだけど」。後に“Episode I”と書いてある。スターウォーズである。「洒落になってて面白いんじゃない?」。私はジョージ・ルーカスが大の苦手なのだが、それより『字が読めるほどにはおそらく・・・。』 それはさておき、さっそく屋上へ。ほとんど後ろ向きで、立ったり座ったりしてもらい数分で終る。「あ、もういいの?」「イメージ通りです」。本来、当初から、背景に男がさりげなく立ち働く姿を入れるつもりが、ここにパラボラみたいなのがあるなら、空には先っちょにドリルが飛んでないと。(ヒント出しすぎである。他に何があるというのだ)などとやるうち、スペースが無くなって来てしまったのである。この場合、この人何をしているんだ、と思われてはいけないので、結局、下をみてただ立っているだけのYさんを採用。結果、アダ−ジョのロゴの上に、“一機”飛んでいたものを削除してバランスを取る。その頃にはYさん登場をほぼ決めていたが、私のことだから、土壇場で気が変わらないとも限らないので「おかげで一機外すことになっちゃいましたよ」と、Yさんには努力したことをアピールしておいた。

※実際は「別にかまわないですよ」という雰囲気ではない。


7/27

『私が作っているのは誰でしょうクイズ』は締め切りまであと少し、というところでメールをいただいている。ないと予想した女性の正解者も一名。『御木本幸吉』ぐらいはあるかと思ったが、ここまでくると外す方がいない。反応がないな、と出したヒント“先っちょにドリル”がまずかった。先着10名様としておけば、もう少し珍回答をいただけたのではなかったか、と思うのある。


7/28

Tの働いている様子を写真で見ると、Tだけでなく、周りのスタッフも帽子をかぶっている人が多い。昭和のあの頃は、そうだったとも思えるが、背景に登場してもらうことになった同じマンションのYさんにいわせると、こういう現場は上から何が落ちてくるか判らないので、みんな帽子をかぶるのだ、と“Episode I”と書いてある帽子をかぶりながらいっていた。帽子ぐらいで何が避けられるか知らないが、確かに何もないよりはいいだろう。Tのトレードマークの帽子だが、せっかくいい感じでできた頭を隠すのが嫌で、かぶせないつもりであったが、元々私がイメージしていたのは眼鏡に帽子であったので、悩んだ揚句、かぶせることにした。 基本的に、私が作るのは無表情である。見る人の気分によって表情を感じてもらうためで、そのため特定の感情を表さないように心がけている。また被写体としても、その方が光線状態により表情を抽出することができる。


7/30

Tの履く胸まである胴付き長靴に、艶を出すために油を塗ってみたが、思ったような艶にならない。そこで2、3回使ってそのままになっていた整髪料『MG5』を塗ってみた。 MG5は渋澤龍彦邸にお邪魔した時、生前そのまままにしているという本棚に置いてあった。私の世代では、『ヴァイタリス』と並んで、中学生の“入門用”のヘアーリキッドである。篠山紀信撮影の『みずゑ』ではどかしてあった。実に判ってない。「渋澤がMG5だから良いんじゃねえか」。


7/31

先日の編集会議では、海産物が交通の邪魔をしているが、交通局は大丈夫だろうか、という冗談をいう人がいて笑った。 そういえば今日K本に来ていた、背景に登場いただいた同じマンションに住むYさん。私が来る前に、私が携帯に送ったYさん登場部分を周りの客に見せていたようで、小学生の時にTに手紙を出したというYさんには、大変喜んでいただいている様子である。逆に、小学生の頃の夢を叶えましょうなどといってしまった手前、実現しなかったらと思うと冷や汗ものであった。「YさんのおかげでF−86セイバー一機減らすことになってしまいましたよ」。と恩着せがましい私であった。


8/2

明け方Tの仕上げ。今回の反省点は、アイディアが初めからあり、背景を準備していき、そこに主役が納まったのが締め切り間際ということである。入稿の日に撮影というのは良くあるが、今回背景に凝った分、きっちり出来上がった服を着ようと思ったら、サイズが合わないところが判明したのが結婚式の当日、という感じであった。おかげで明け方、もうちょっとで後姿で登場のYさんが削除されるところであった。見た人は、笑顔にはなってくれるので良いとしておくが、少々空回り気味であった。こういうことは二度と繰り返すまい。 後に聞くと、Tにたどり着いた人は結構いたようだが、違うだろう、と思ってしまったようだ。海産物はタコのことだったのだが、Tは胴付き長靴を履いて半身水に浸かっているし、次号の表紙は、特殊な道具を駆使するタコ捕り名人の特集のように見える。


6/22

中央公論新社より『中央公論Adajio T谷E二と勝どきを歩く』が届く。お世話になった近所の模型店に持っていく。今回主役のT谷も含めて、ワザとらしく嘘臭くしたのだが、かえって実景であるはずの街まで作り物めいてしまっている。初めて使用したデジタル一眼レフは、たいして説明書を読まずに使ったため画調が変だったが、それが今時のビルのデザインと相まって、何もしないうちに、すでに模型っぽく写っていた。T谷E二なのだから狙いどおりなのであった。今のビルは雨で汚れが落ちるようになっているらしいが、そういえば、ただ灰色のビルは少ない。 中央公論のロゴの上にはジェット戦闘機が乗っかっているし、Adajioの上には電動ドリルが乗っている。一応遠慮したのだが、編集長がかまわないというので乗せてもらった。もっともタコも交通の妨害をしているし、同じマンションに住んでた人が後姿で下向いてるし、今さらである。

※海底軍艦『轟天号』


8/25 制作ノート

実景を作り物の屋内スタジオに見立てるというアイディアは、円谷が特集されることあれば、と以前から温めていた。円谷英二以外に使いようがないアイディアである。 初代ゴジラ(1954)は戦争の記憶もまだ生々しい時期に作られた作品だが、ゴジラの上陸後のルートは、B‐29の爆撃ルートと同じだそうである。アメリカ映画『キングコング』(1933)に刺激された円谷は、当初、大ダコが東京を襲う、という映画を考えていたそうで、本人のタコ好きもあろうが、海外からの要望もあり、円谷が手がけた作品に大ダコが度々登場する。隅田川にタコというのも妙だが、『フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン』(1965)では、富士山麓の湖から大ダコが登場する。海に近い勝どきあたりは、塩ッパイ分まだマシであろう。前日に活き締めされた瀬戸内海のタコを取り寄せ、糠でヌメリを取って撮影し、勝鬨橋に絡ませたが、熱中のあまり気がつくと足がイカより多い11本になってしまい、断足の思いで8本に減らした。 円谷は水の表現には苦労したはずで、水の性質上、よほど大きな模型を使わないかぎりミニチュア感が出てしまう。さすがの円谷も如何ともしがたかったようだが、一方私としては、円谷とは逆に、街をミニチュア化しないとならない。背景撮影のついでに、岸からほんの2メートル先の隅田川の水面を撮影して合成したが、それだけであたりの風景が、ミニチュア化し始めた。印刷で判るかどうか、勝鬨橋を自転車に乗った人がタコの足下をくぐろうとしているいて怪獣映画には、たとえば阿蘇山火口に落ちたカップルの帽子を、たった二百円で取りに行って怪獣の犠牲になるようなオッチョコチョイが付き物である。円谷の背後にあるのはモスラの卵というわけで、ダチョウの卵を使った。この実景を屋内スタジオに変える試みの締めは背後のスタッフである。小学生の頃、円谷にファンレターを出したという、同じマンションの住人にお願いした。円谷は、たまにはゴジラも血でも流したらどうだという意見に、子供にそんな物を見せられるかと激怒したそうである。つねに怪獣ファンの子供達のことを考えていたという。