明日できること今日はせず 

身辺雑記より:植村直己と板橋を歩く

2009・5/08

私が人物を作る場合、重要ポイントとしているのが額である。前頭葉の内容が形に滲み出しているかのようで、ここをないがしろにすると人物のニュアンスが現れてこない。と私は考えている。撮影時にライティングで表情を出すにも額の造形は影響する。 ところがアダージョ次号用人物は髪が長く、額の状態が判らない。額を隠すというのは、シャイな性格をあらわしているように思えるが、ひょっとして機能性を考慮しているのかもしれない? 今回は人物像を何とか完成させたとして、ただ街中に立たせても、まったく華がなく、画にもならない人物なので、工夫が必要である。なんとも厄介な撮影になりそうである。実際の人物を撮るのであれば、本人に華がないのだから、といえるだろうし、とりあえず特集場所に立たせて撮れば目的も果たせようが、私の場合、私が人物まで作るので、本人のせいばかりにできない事情がある。 それにしても実在した人物にたいして華がない、とは随分ないいようのようだが、私は“街中に立たせると”といっているのであり、今回の○○と○○を歩く、というテーマを聞けばうなずけるはずである。というわけで、今回も難題に頭をひねったわけだが、最近は慣れてしまって、むしろ難題が快感になっている。私は一計を案じ、編集長に、某県某所での撮影依頼をお願いした。許可が出なかった場合の次の手は、今のところない。

※エスキモー犬、アラスカンマラミュートの専門犬舎 SAITAMA.JP


2009・5/10

次号のアダージョ。特集人物を街中に立たせた表紙にするには、どうしてもこれがいる。と私が考えた物の撮影許可が下りた。 いつもなら背景を始めに撮影し、その光線具合にあわせて人物像を撮影する。しかし今回は、本日撮影する脇役を後にまわすと厄介なことになると考えたので、今回ポイントとなる脇役を先に撮り、その光線に近い天候を選んで背景を撮影し、最期に主役の人物像を撮影すべきだと考えた。善は急げと昨日連絡すると、休日にもかかわらず、本日でも良いとの返事をいただいた。 私の意図通りに撮るには※1助っ人も必要と、“それ”好きのTさんに同行をお願いした。午前中出発。池袋から東武東上線に乗り、東松山で下車。念を入れすぎて1時間早く到着。1時間後Tさんと合流。昼食をとり、さらにバスに乗って埼玉県某郡へ。バスを降り連絡すると、わざわざ車で迎えにきていただいた。  現場に到着すると、私がイメージしたとおりの素晴らしい“それ”と出合えた。しかも沢山。さらに持ち主の方に協力いただいたおかげで、撮影はスムースに進み、30分程で終了する。帰りも東松山駅まで送っていただいた。車中、“それ”に対する難しさ、こだわりなど、様々な話を伺った。--   現像してみると、良い雰囲気に撮れていたが、自分の発案とはいえ、仕上げにはうんざりするような作業※2が待っている。重要な脇役が済んだので、主役の人物像を完成しないとならない。

※1犬が植村にじゃれ付いている演出のため。  ※2合成するため犬の毛に沿い切り抜く作業。


2009・5/12

アダージョの表紙に、何匹か鳥を使いたくなった。上野動物園に行けばいるのが判ったが、行けば他の物も観たくなり、一日が潰れるに決まっている。使うとしてもほんのちょっとだし。などとつらつらしていると、拙著『乱歩 夜の夢こそまこと』の中の『目羅博士の不思議な犯罪』で、上野動物園(某日10)に撮影にいったのを思い出した。雑記を読み返していると、この頃は乱歩一色。まさに乱歩漬けの日々で実に楽しそうである。--  それはともかく、当時のネガの中に目的の鳥を発見。これで上野動物園まで行かなくてすんだ。とはいうものの、なんだか動物園に行きたくなってしまった。

※ペンギン。何匹も用意したが、結局はじの方に1匹だけ。


2009・5/14

昨日は一晩がかりで、先日アダージョ用に、埼玉まで撮りにいったものを合成するため切り抜いていた。なにしろ毛深いので厄介である。厄介なのは毛深いことより、どこにも在るというものではなく、後回しにしたら面倒なことになるので、主役ができる前に撮影しておいたのである。  ようやく晴れたので、背景の撮影に出かける。都営線某駅を降り、やたらと長い商店街を歩く。スピーカーから流れるハンク・モブレー。目的地に到着。事前に調べておいた通りの場所だったので、フィルム1本で終ってしまった。帰りがけ、商店街のいかにもな喫茶店でチキンライスの昼食。店内でロケをしたときの、上戸彩がウエイトレス姿の写真が貼ってある。ご主人に今回の特集人物が住んだ場所を知っているか聞いてみると、駅の近くに蕎麦屋があり、そこが実家だという。イヤ違う違う!実家は兵庫県である。

※動きの予想できない犬を先に撮影し、人物をそれにあわせて作るべきであろう。


2009・5/15

昼過ぎに新宿へ。オカダヤへ行き、アダージョの特集人物の履くズボンの生地を探す。特殊なズボンを穿かすので、粘土で作るよりいいと判断。子供の頃、生地売り場は目に沁みるので嫌でしょうがなかったが、今は何故か沁みない。今回使うのはほんのちょっとだが、少ない単位で買えるのが良い。生地をカットしてくれる女の子も感じが良かった。

※白熊の毛皮に見えそうな、ヌイグルミ用の生地を使用。


2009・5/20

『中央公論Adagio』次号用作品も佳境に入りつつある。背景はすでに完成している。いつもと違い、主役の人物像が最後になった。先日オカダヤで購入した布地をズボンにする。都営地下鉄駅に置かれるフリーマガジンなので、当然背景は都内ということになるが、都内でこんな特殊なズボンを穿いてる人間などいるわけがない。 アダージョの場合、特集人物にちなんだ都営地下鉄駅周辺が背景になるが、ちなんだ場所といっても、中にはたった3ヶ月住んだだけ、とか、その場所の天麩羅屋でエビ天を何十本食べただけ、などという場合もある。昔は人の集まり住む場所も今より限られており、ちなんだ場所を選ぶにも苦労するわけである。 亡くなって年月が経っている人物は、現代の風景に立たせること自体が難しい。そのためには、違和感を緩衝させる物、あるいは違和感に違和感を上塗りし、違和感をもって違和感を制する方法があるだろう。この人なんでここに?というところから目をそらそう、という企みともいえる。もっとも次号の人物は、妙なズボンでも穿かせないと本人に見えない、という理由もあり、当然、本人が穿いていた物を参考にしている。今回の脇役、というより準主役は、すでに背景の中に収まっており、御主人様?の完成を待っている。


2009・5/25

アダージョ次号用作品完成。今回は背景その他を先に終え、主役の人物が最後になった。今回の脇役は動物である。ジッとしているような物ではないので、先に撮影しておいて、すべてをそれに合わせるほうが間違いがない。仮に動物を撮影した日が曇天なら、背景も、最後に加える人物像も、曇天の調子で撮影しなければならないからである。 脇役といっても、今回は主役クラスの扱いだが、問題は、この“純毛”である。 太宰治の時、すぐ隣りに本物の女性を配したので、太宰の頭髪があまりに粘土なのが目立ち、入稿日の朝、急遽ベランダから頭を突き出し、デジカメで自分の髪を撮影して移植した。今回は人毛ではないが周囲に毛が多い。 特に日中の日が高いときの撮影は光線の加減から避けるべきだが、アダージョの場合、どうしても昼の明るい時間が多くなる。人間の髪の質感というのは、こんな条件では、粘土では難しい。特徴的なヘアースタイルでもあるので、今回も奥の手を使うことにした。 自分の髪など、わざわざフィルムを使うほどの物ではない。こんな部品を撮影するため買ったコンパクト・デジカメだったが、花見で失くしたので、アナログで撮るしかない。三脚をそえて撮ればよいが、階下に住むYさんが在宅なら軽く撮ってもらおうと電話してみた。「また自転車倒れた?」自転車が倒れて玄関を塞ぎ、救出してもらったことをいっている。屋上に出て、あとで切抜きやすそうな背景で、数パターン撮ってもらった。 今回は画面が賑やかなので要らないと思ったが、ネガを時間かけて探し出したので、こっそり目立たぬところに鳥を一匹配した。 私は常にやりすぎの傾向があり、できるだけ薄くしたいのだが、今回は、このぐらい違和感を導入しないと、このテーマの違和感は埋められなかった。と改めて思ったのであった。