明日できること今日はせず 

身辺雑記より:柳田國男と牛込柳町を歩く

2010・8/5

アダージョの次号の特集人物は、八月にとっくに入っているのに、いまだに二人の候補がでているだけで決まっていない。しかし編集長からは、70パーセントYだと聞いているので、図書館に行き、評伝の類を読む。すでにネットで写真集も落札していて、もう一人の候補は考えないようにしている。Yに決まれば、それはやりがいがあることは間違いがないが、例によって現在の東京の、都営地下鉄駅周辺で背景を用意しないとならないと考えると頭が痛い。

※柳田國男写真集(岩崎美術社)


2010・8/6

夕方、編集長より次号特集人物が、ようやくYに決まった旨のメール。それにしても今時、Yを特集するフリーペーパーというのも実にシブイ。誰でも知っている人物から、これからよりディープな人物を扱う機会が増えていくのであろうか。


2008・8/9

ようやく決まったアダージョ10月配布号の特集人物だが、我慢しきれず先走って写真集を入手し、写真資料的には、なんとかなりそうだが、またまた問題は背景である。この人ばかりは現代的な匂いを避けたいところなのだが、そもそも東京など、震災、空襲により、少々風情があると思っても、おおよそ戦後に作られた風景ばかりで、作りが安っぽい。もっとも、それが不満かというと、東京というところはそうしたものである。私は東京オリンピック以降、すっかり不感症になってしまい、東京の風景がどうなろうと知ったことではないのだが、街歩きフリーマガジンで背景が必要となると、そうもいっていられない。誰々と何処そこを歩くと、ただその通り、にしただけでは、つまらない表紙になることは目に見えている。時には頓知に近いような奇策をもって対処しなければならない。 以前の、片手に人形、片手にカメラで街を行く撮影方法は、創刊二号の向田邦子で早々に諦め、いかに野暮臭い現在の東京、さらに都営地下鉄駅近くに人物像を馴染ませ表紙にするか、頭を悩ませているわけである。今号の『坂本龍馬と大手町を歩く』は江戸城の大手門にたたずませ、中にハトバスのガイドや黒船ならぬ外人のカップルなどをウロチョロさせ、本来日本の将来を見詰めているはずの龍馬の表情が、『イメージと違っちゃった』。と見えたら幸い、といささか皮肉を込めてみたのだが、それで良かったのかもしれないが、あまり伝わらなかったようである。ブームの前であったら、いくら武田鉄也が尊敬する人物でも、多少ヨイショしたのであるが。 というわけでYである。今月25日に配布されるTが、特集地域に少々ご迷惑をかけており、やり過ぎてしまったので、次号はYだけに、シミジミと穏やかにしたいところなのだが、そんな場所が果たして見つかるのであろうか。


2010・8/11

朝からYに関する物を読む。手掛かりを探すが今のところ、たいしたイメージが浮かばない。早くロケハンに行きたいが、どんな人が立つのか決まらないのだからまだ早い。毎年御盆の時期は、車が少ないことや、空気が綺麗なことを利用して撮影できないか、と考えるのだが。今回は台風は使えないだろうか。 写真だけでしか知らないYが、左側に顔を向けて、頭の中でちょっと動いた。本日より頭部を作り始める。こんなことをきっかけに始めることは多い。


2010・8/15

『私が作っているのは誰でしょうクイズ』に応募してくれたKさんに、今回クイズは?と聞かれたが、どうも良いヒントが出せそうにないのでやらないと答える。Yが誰だか教えてもかまわなかったが、知りたくないという。かといって、この人物こそ誰だか判らないと、この雑記は退屈である。 
最晩年、口癖のように「惜しいことをした。昔話や方言などに熱を上げるんじゃなかった。もう時間が足りない。」と愚痴をいったそうである。これでYといったらあの人物しかいないだろう。都営地下鉄のフリーペーパーと考えるとシブイ人選である。 それにしても恐ろしい話である。熱を上げるんじゃなかった、という後悔は私の場合はなさそうだが、アレが作りたい、作ればよかったと愚痴っている、己が老後を想像してゾッとするのであった。


2010・8/17

世間が休んでいる時は制作が進む。背景を探しにロケハンに行こう、と思いながら連日の猛暑のせいで出かける気にならず、おかげでYの頭部が急速に完成に向かい、というより完成しているように見える。少々慎重なのは、ほぼ完成といっていながら、やはりまだまだ、ということが良くあるからである。原因は、当初参考資料を見てイメージした人物像に到達しながら、その間に、さらに蓄積され深まったイメージのため、予定したゴールが、いつのまにか逃げ水のように遠ざかり、完成などしていないではないか。という仕組みである。時間はまだある。 Yは色々な不思議なことについて云々している。当初、そんな事物も作ってみようかと思ったが、Yでそれは違うと考え直した。25日配布のアダージョ22号は少々過剰だった、ということも頭にあるのだろう。ただ、Yのことを何も知らない都営地下鉄の利用者に、“その筋”の人だ、ということは表現したい。この人物は、ただのご隠居じゃないぞ、というわけである。 本当は毎号なにか試みて、撮影者が毎回違うように見えるくらいにしたいのだが、アイディアの出所が一つなので、そうもいかない。そうこうして、現場に行ってもいないのでなんともいえないが、2、3アイディアが浮かんできた。しかし明日も暑いらしい。この調子ではどう考えてもYの頭部は完成であろう。

※具体的な形をした妖怪の類は合わないので、鬱蒼とした木々の間に怪しい光や靄を出現させるというもの。


2010・8/19

いくらか気温が低いようなので、午前中ロケハンに出かける。事前に目星を着けていた場所があったのだが、行ってみると工事中であったり、草が生えた地面が良かったのに、おそらくお盆で刈り取られたのだろう。味がなくなっていた。いくらかましといえどまだ暑い。自販機で水分補給しながら歩く。ここはどうか、と思うとコンクリートで補修されていて使えない。Yは近代的な物を画面の中に入れたくない。 屋根越しに木が茂っている場所に行ってみると、たいてい茂みの向うに一般家屋が透けて見える。東京も昔はスカスカで、文化人にちなんだ場所など限られていていて、凡そが都心ということになる。ちなんだ地域で撮影するといっても、戦災で風景が一変した東京では無理がある。それにYは、駄洒落や頓知の類が通じない相手である。  そうこうして路地を巡っているうち、切り取れば画になりそうな場所をようやく見つけ撮影。画として良ければいいというわけでなく、ここに人間大の物が立ってどうなるか、ということが肝心である。後は、ポーズなどを検討し、それを踏まえてもう一度来ることになるだろう。

※神社を探すが、良い所がない。

※ある寺の中庭。寺は関係がなく、庭の茂みを森に見立てる。


2010・8/21

本日はほとんど制作に関することはしなかった。自宅にいて何もしないというのは、いつ以来であろう。良く判らないくらい久しぶりである。先日のロケハンで撮影したカットの中に数カット、そのまま使えそうなものがあったせいである。配布されるのが10月なので、季節のこともあり、少し涼しくなってからもう一度撮りに行こうかと思うが、とりあず押さえたということで安心である。

※この時の撮影は猛暑の中だが、配布時期は秋。


2010・8/30

現在制作中のYだが、あまりにスムーズに完成に向い(頭部のみ)こういうときは気をつけるべきだと、日にちを空けてみたが、やはり完成といってよいようである。当ブログをしばらく見ていただいている方は御存知かと思うが、完成した、といっておきながら、数日後に前言をひるがえし、またイジリ始める。ということが良くあるわけで、諦めが悪いことで、非常に格好が悪いことになる。であるから慎重にかまえてみたのだが、やはり完成していた。首さえ出来てしまえば完成したも同然である。 締め切りというものは、時に苦しめられるが、ツクヅク有り難いものである。先日、HPを始めて間もなくの頃の雑記を読んであきれてしまったが、セルゲイ・ディアギレフは写真を発表したことはあるが、ディアギレフ像自体は、発表したことがなく、また触りだしてしまって、すでに10年。完成していない。自分も変われば完成のイメージも変わってしまう。まさに逃げ水の如しである。 しばらく休みらしい休みを取っていなかったので、来月早々に自転車担いで出かけようと考えている。その際、Yの首は絶対持っていかないことにする。昭和30年代、葛飾区某所では、“男は諦めが肝心”といかにあっさりしているかが男らしさの、基準の一つであったが、そんなことをいってる奴に限って諦めが悪い。人間バレないと思うといい加減なことをいってしまうものである。


2010・9/23

アダージョの締め切りも迫り、さすがの私も、いまから河童を作りだす心配はないだろう。だいたい特集地は、Yが一時住んだというだけで水気もない。それに円谷で大ダコその他を登場させたばかりで、次号は大人しくしていようと決めている。とはいっても顔を良く知られた人物ならともかく、ただ老人が立っているだけで良いのであろうか。都営地下鉄を利用する人がどれだけYの名を知っているだろう。顔も名前も知られた人物が並んだ創刊当時からすると、Yはかなり渋い人選といえよう。私としては望む所であるが、背景に名所旧跡が登場するならまだしも、今回もかなり地味である。そこにただ老人が立っていて良いのであろうか。せめて“その筋”の人である、と知ってもらう必用はないだろうか。河童は作らないけど。

※この時点でもイメージにあるのは神社であった。


2010・9/24

アダージョ編集会議。私は本文の方は関係がないので、経過報告にとどまるのだが、ライターのFさんが、カメラマンとともに取材して歩いたカットに、私が背景を探してネット上を検索して、画像が一枚もでてこなかった場所があった。撮影に行った時は猛暑中の猛暑で、すでになくなっているだろうと、早々に諦めていた場所である。しかし、在ったとなると気になってくる。Y像もできていないし、ここにきてやること山積なのだが。とりあえず帰宅後、取材したカットを参考に送ってもらうことにした。

※中守稲荷神社。


2010・9/26

メールを見ると、先日の編集会議でFさんに、送ってくれるようお願いしていた某所の画像である。特にどうということもなく、本文にも使用されないことになった場所で、ネットで検索しても画像はでてこず、私には今でもあるのかどうか定かでなかった場所なのである。確かにあまりにこじんまりとして、誰も気に留めない場所かもしれない。今時、ネットの検索に乗ってこないのだから相当なものだといえる。だがしかし、私は気になってしまった。 そもそも一週間も房総に出かけ、余裕をかましていたのは、背景を早々に撮影し、時間をかけて調整をし、あとはYを立たせるだけだったからである。なのでFさんから送られてきた画像を見るときも、この期に及んで私の気が変わらない程度の場所であってくれ、と願ったのだが、これがまた悩ましいことに、現場に行ってみないと判らないような、無視することも可能な程度に微妙な場所なのである。私が佐々木希だったら「神様のいぢわる」とつぶやく場面である。無視することも可能なら、すっかり忘れて今月の残された僅かな時間を、精一杯生きるしかないであろう、とTVから流れる映画『天使の恋』の音だけ聴きながら。


2010・9/28

特集駅にごく近く、背景に当初考えたが検索しても出てこないので、すでに無いか、もしくはたいした場所ではないだろう、と住所も判らないままだった場所が在ることが判った。行って見ないと使えるかどうか微妙であるし、この期に及んで撮影したとしても、今回はノーマルな色調にしないつもりなので、調整その他、入稿日に間に合いそうもない。 念のため編集長に聞いてみると、ぎりぎりまで待つとのこと。時間的にとても無理、という返事を半分期待していたのだが。困ったことになった。昔からギリギリになればなるほど新たなことを思いついてしまって、自分の首を絞めることは良くあったが、今回は編集会議で所在が明らかになったわけで、悩ましいことである。明日は丸善の人形展の搬入があるし、撮影するとしたら午前中早めに出かけるしかないだろう。  できれば現場を見たとたん、これはまったく使えない、来るんじゃなかった、ときびすを返して引き返せればいうことがなく、猛暑の中撮影し、すでに用意してある背景を使うのが一番良い。二番目は、やっぱり無理して来た甲斐があった。ここで決定。フレーミングを考えるまでもない。という場合である。そして三番目が一番恐れていることだが、撮り様によっては何とかなる。工夫をすれば使えるかもしれない。という場合である。こうなると入稿寸前まで身をよじることになる。今号の円谷でもよじったばかりではないか。 こんなことをいっていると望みどおりにしてやる、と現場が夜中に微妙にレイアウトを変えそうな気がするので止めておく。


2010・9/30

昨日丸善の人形展には二点を考えていたが、それではあまりに寂しいと、二点追加することにしたが、止せばいいのに色を替えたくなり、塗り替えたら乾燥が不十分で、おかげで搬入時に一部剥げてしまった。塗りなおせばいいことだが、格好の悪いことになった。そんなこんなで、場合によっては撮りなおそうと思った場所にはいかなかった。天気予報を見ると明日は雨である。都心の○○だというのに、検索しても画像も詳しい番地も、相変わらず出てこなかった。
そして本日目が覚めると雨。これはすでに撮影してある背景を使えということだろう。元々そのつもりだったのだから、これでいいのだ。と思いながらやはり無理。万が一、と思うと諦める事ができない。これだけ気になるのだから何かある。 現地について、もよりの交番で聞いてみると誰も知らない。親切な交番で、地図で調べてポイントを紙にメモしてくれた。さらに雑貨屋でたずねることになったが、何とかたどり着く。耳の穴の、さらに奥のような場所で、これでは判らない。結果はというと大正解であった。傘を放っぽりだして濡れるのもかまわず撮影。とっとと撤収。 帰宅するとFさんよりアダージョの円谷号を見たと電話。タコが実物のタコだと思わなかったらしく、活き締めのタコのヌメリを糠で取って、というと呆れていた。毎号これほど面倒くさいことしている表紙などないだろう。というわけで本日も徹夜である。景気づけに最近繰り返し聞いている曲を。


2010・10/1

前日、時間も迫りヒヤヒヤしながら雨の中背景を撮影したが、これが大逆転の大成功であった。こうしてみると、先月すでに撮っていた背景は、面白くも可笑しくもない。危ない所であった。やはり迷った時は危ないほうに行くべきである。Yが“その筋”の人、ということが表現できたのも良かったが、アダージョの中でも、かなりの出来のような気がする。そう思うのも例によって、出来立てで目が慣れていないせいかもしれない。


2010・10/7

先日完成させた中央公論Adagio用のYは、入稿直前に背景の変更、それにともない主役のYに当てるべき光線具合も変え、かなりの綱渡りであったが色校チェックも無事に済ませ、やることはすべて終え、ホッとしている。


2010・10/25

《制作ノート》

特集が柳田國男に決まった当初、それに乗じてカッパが作れると喜んだのだが、背景は遠野ではなく、都営地下鉄は牛込柳町駅周辺である。 『遠野物語』は遠野出身の佐々木喜善から聞いた民話を柳田がまとめた物である。柳田の背景に具体的な形を持った“物の怪”を配するのは違うのではないか。まして遠野特有の『赤河童』というわけにもいかない。頭の中でイメージしてみると、天狗や河童に囲まれ、柳田が居心地悪そうにしているので、その類は登場させないことにした。それに前号の『円谷英二と勝どきを歩く』では巨大ダコを登場させたりして少々調子に乗りすぎたので、今号は落ち着いた物にしたい。 とりあえず近辺の神社仏閣など検索してみた。駅のすぐ近くに神社が在ったが、都心の神社だというのに画像が1カットもでてこないし、詳しい住所も判らない。今はもうないのではないか、もしくはデジカメ片手の散歩者が歯牙にもかけない神社であろう、と記録的な猛暑の中歩き回り、あるお寺の中庭を鬱蒼とした森に見立てることにした。多少妖しく色調を変え、いつになく早めに背景が準備できた。 編集部の方針としては、とにかく特集駅近辺での撮影を、ということで、画にもなっているしこれで良いのだが、背景がただ樹木では牛込も柳町もない。わざわざ現場まで出向いて撮っていることが、たんなる馬鹿正直に思える。柳田は今までアダージョで扱った人物で、もっとも顔が知られていない人物であろう。このままでは、ただ森を散歩しているご隠居である。私としては、円谷ほどでなくても、多少“その筋の人”ということが表現したいところである。そうこうして編集会議の日、取材で撮られた小さな没カットの中に件の神社があった。そのカットでは表紙に使えるかどうかは判断できない。時間的に無理だと思いながら、気になって仕方がない。結局我慢できずに締め切り直前。小雨降る中、近くの交番でもしばらく判らなかった『中守稲荷神社』に向かった。小雨のおかげで敷石など、しっとりとした味を出していたし、なにより注連縄、狐など柳田的アイテムを入れることができて、いくらかでも“その筋の人”ということが表現できたのではないだろうか。