明日できること今日はせず 

身辺雑記より:横溝正史と牛込神楽坂を歩く

2009・8/25

アダージョ10月号の特集場所がようやく決まる。今回は私が過去に制作した人物の中から、特集人物にちなんだ人物を共演させようかと考えている。主役の人物に特集される場所、それを画面の中に入れなければならないが、プラスもう一人となると、ただでさえもっと々と過剰気味な私は、文字をを入れるスペースを確保するのを忘れ気味なので、気をつけなければならない。共演が可能かどうかは、撮影場所を決めていないのでなんともいえないが、せめて『巨人の星』の明子姉ちゃんのように、物陰にこっそり、などできないだろうかと思っている。 決めてもいないのに書いてしまうのは、アダージョが配布される前日、雑記の中から、制作に言及している部分を抜書きして制作ノートのようなページを作るが、あの時こう考えていたのに、あそこで気が変ったとか、私自身知るのが面白いからなので、無責任な話だが、あくまで雑記ということで

※横溝を神戸より呼寄せ、神楽坂近辺で数百メートルの距離に住んだ江戸川乱歩を当初予定した。
今号の紆余曲折を予想していたかのようである。


2009・9/3

先月のいつからか、たった数センチの人物の頭に時間ばかりかけて結果は芳しくなかった。今日はヤスリや鋸刃などをホームセンターに買いにいったりの用事を済ませ、それから再開しようと思っていた。不調が続いていたので落ち着きたいところである。そうこうして同じマンションのYさんから電話があり、早く帰ったのでコーヒーを飲みにこないか、とのお誘い。ブラックコーヒーが苦手なので緑茶をいただきながら世間話。結局、K本に開店の4時に顔を出すことを約束し、ホームセンターへ。今日は、どんな誘いでもすべて乗っかって、作業時間がたとえ寝る前の一時間でも、そのほうが結果が良いような気がしていた。これは午前中に久しぶりに観た『麻雀放浪記』の影響では決してないが、昨日の『雀々・談春』で流れが変ったはずだという勘が働いていたのである。  -帰宅後ようやく制作再開。私の勘は見事に当たり、ここ数日は何だったんだ、という勢いで完成に向かう。こういう嫌な流れを断ち切るのに落語が有効なことを発見した。ただ有効なのは落語というより、桂雀々さんの惚けた表情だったのではないかという疑いは残る。 この人物がこのまま無事完成すれば、別の人物との共演も考えているのだが、時間的にどうだろうか。『グリーン・ホーネット』に『バットマン』がゲスト出演した時のような。逆だったか?


2009・9/4

『ラブレターを投函するのは一夜明けてからにしろ』というのは私が大昔、自らが得た教訓である。“一夜明けて”を“酔いが覚めて”に置き換えてもよい。昨日の雑記には完成目前のようなことを書いたが、朝目が覚めて、まず確認するのは、その出来具合である。幸い昨晩と印象は変らず、早朝ポストの前で、郵便局員を拝み倒す必用はなかった。(そんなことはしたことないが) 白状すると、この雑記で完成目前などと書く間には、友人に、出来たも同然とメールした10分後に、結局駄目だった。などということを結構繰り返しているのである。これも数ミリで表情が変ってしまう、小さなサイズの作品だから起こることで、まさに一喜一憂である。しかし難航して苦しんだ人物も、どうやら首が完成したようである。

※このあとさらに迷走が続いた。


2009・9/6

2時間ほどしか寝ていないが、母が父の墓参りに行くというので、ついでに次号アダージョ用ロケハンに出かけることにする。特集人物が親戚の寺から200mの所に住んでいたというので、丁度出ていた散歩雑誌を持っていく。  -従兄弟の副住職に、地元の人しか知らないであろう路地の入り口を聞いて散策に出かける。人がすれ違うのがやっとという路地から入る。奥は複雑に入り組んでいて、方向音痴にはとても無理。持っている地図も縮尺が小さすぎて私には役にたたない。取りあえずは、目星をつけていた場所にたどり着きカメラを構えるが、細い路地を携帯で写真を撮りながら歩くカップルや、何か美味しいもの食べましょ的女性の二人連れ、デジカメ親父が、行ったりきたりと引きも切らず。『お散歩ブームだか知らねえが、テメエラどいつもこいつも、いいかげんにしろ』と思っている私が、バッグにはお散歩雑誌、アダージョの“〜を歩く”のロケハンなのであった。あそこのデジカメ親父も、私に向かって同じこと思っているに違いない。 寝不足もあるが、今日はあっちこっちの散策は無理と判断。改めて来ることにする。収穫としては、もう一人、私の手持ちの人物を共演させようと考えていたが、少々無理があるように思えてきた。そのかわり、脇役を別に作るという方向に傾いてきた※ 早々に木場に帰り、K本で飲む。なにしろ肝心の首が完成しているとなると、こうして飲んでいても数日前とは気分は天と地である。

※ 乱歩との共演から『悪魔の手毬歌』で金田一とすれ違う老婆に傾く。

2009・9/8

先日完成したと書いた人物の首だが、実はあのあと、さらに迷走することになってしまった。先日書いたとおり、迷走を繰り返したあげくに完成したはずだったのだが。 完成すると、メールで友人等に見せびらかすのが常だが、友人の一言が妙に気になった。それはむしろ賞賛の一言だったのだが、もうちょっと、とやったつもりが、雪崩のように妙な方向に走ってしまった。なにしろ小さな首なので、そんな時は、あっという間である。そんななか良いこともあった。この人物は鼻に特徴がある。この鼻の形がなかなか掴めなかったのだが、昨日ようやく仕組みが判った。これはまったく作る場合の話で、詳しく書いても面白い話ではないので書かないが、例えば遊園地にあるトリックの部屋などで、実際はそうなっていないのにそう見える、ということがあるが、この人物の鼻が、なぜそう見えるのかが判った、というようなことである。 私の作品は、ただ似ていればいいとわけではないが、人の顔というのは、ちょっとのことで違って見えるものである。TVのタレントで日本画家みたいな顔をしている人がいるが、魚や花やちょっと形が違っても、むしろ味に見えてしまう物ばかり描いているのは、そのためで、利き手ででない方の手に筆を持って、味の演出までしていて感心した。人物、特に顔を描いたら、とんでもないことになるだろう。私が制作中の首をポケットに入れてK本にいって披露するのも、人の顔は誰だって、たとえ酔っ払っていても、ああだこうだと判断できるからである。何しろたった数センチの物に、下手をすると何十日もかけていると客観性が失われてくるものである。 肝心の首が完成したかどうかに関しては、もう書くのは止めておく。

※ 横溝の顔形が攫めず苦しんだ。さらに年代により面相の変化がかなりある。

2009・9/15

アダージョ用の人物は良く見ないと判らない程度だが、眉毛が左右、非対称である。左眉が特に下がっている。それを生かすために、顔を少し右に振ることにした。そうなると老婆は人物の向かって左側を通ることになる。現場を一度観た感じでは、現場の構図からして、主人公を向かって左に配し、老婆を右と考えていたのだが、人物の左眉が、ほんの若干下がっていたがために、当初と逆になってしまったわけである。背景に合わせてポーズ考えることはあっても、さすがに背景に合わせて表情は変えない。怪人二十面相を制作した時は、もうちょっとで背景の銀座を左右反転させるところだった私である。眉毛ひとつで地球を反転させたってかまわないのだが、街歩きのフリーペーパーとなれば路地も反転させるわけにはいかないのである。  先日K本で、常連の大手建設会社の部長Mさんから、「最近、合成じゃなくて、人形を手に持って撮影ってしないの?あれも捨てがたいと思うんだけどなあ」といわれた。こういうことを、ホッピー飲みながらサラリといってくれるから堅気の衆は怖いのである。人形を左手、カメラを右手に街をいく撮影は、アダージョでは創刊2号の『向田邦子と六本木を歩く』のただ一回である。私の原点でもあるこの方法は、背景と同じ空気の中で撮影するのだから雰囲気は最高だが、撮影時に、もちろん人物像が完成していないとならない。これがまずスケジュール的に大変。事前にただ佇んでいる状態の人物をつくっても、背景が都営地下鉄沿線にかぎられ、時代のズレという問題などもあり、表紙に相応しい画にするのは難しい。よって前述のように、人形制作の段階で背景に溶け込ませるのに工夫が必用になってくるのである。背景に合わせて作るために、おかげで展示に耐える作品は少ないのも残念である。 


2009・9/19

今回のアダージョ用の人物は、アダージョで扱った人物でも1、2を争う難航ぶりであった。今度の連休くらいは休もうとスタートを早めたのだが、すべて無駄になった。 この人物は長命だったこともあるが、齢とともに面相が随分と変化し、写真資料が集まり難かったこともプラスして、顔形を掴むのに苦労した。立体は作ってしまえば何処からでも撮れる。写真に残されていない、誰も知らない角度からも撮れる。そこが良いところなのだが、あまりにもな難産に、この角度からだけなら、その人物に見える。使う写真は1カット。それでいいことにしよう、ともう少しで妥協するところであった。それでは立体作品ならではの利点を放棄することになる。写る所だけしか作らないとか、極端にパースを着けてということは良くあるが、それは制作時間や写真的効果を考えての積極的な方法である。 などといえるのも、結果的に満足のいく顔になったからこそである。たった5、6センチの首に数週間もかけ、辛いだけで楽しいことなど一つもない作業だが、首さえ完成してしまえば、後にあるのは至福の時間である。締め切りを考えつつも、ご馳走を目の前に、自分を焦らして一人喜んでいる。いつかも書いたが、創作によるストレスは創作で晴らすしか方法はない。“さあ行け進軍、敵は我がものぞ”いよいよ鬱憤を晴らす時が来たのだ。 

※ 頭部さえできてしまえば出来たも同然である。


2009・9/20

夕方買い物から帰ると、ドアの前に工務店のSさん。何時からいたのか知らないが、薄暗い中、杖ついた老人が立っているので何事かと。「Sさん気持ち悪いよ、そんなとこでー」  
-そういえば丁度杖をついた老婆を作っているところだが、都営地下鉄駅に置かれるフリーペーパーの表紙にしては、ちょっと不気味に過ぎるような気がしている。しかしこの老婆は不気味なことがウリなので、しかたがないのである。


2009・9/21

アダージョ用背景の撮影に出かける。 主役は少なくとも楽しそうではないし、さらに背後に迫る不気味な老婆では、都営地下鉄駅に置かれるフリーペーパーの表紙として、適切とはいえないのではないか。おまけに本日は不安げな曇天である。曇天に関しては、丁度空にトレッシングペーパーを張ったように硬い陰影が現れず、立体の撮影には好都合なのだが、不気味さを助長していることは確かであろう。当初は不気味な老婆といっても実物ではないわけだし、そんな物をわざわざ粘土で作って表紙にすることが可笑しいし、不気味なところがかえって面白いくらいに考えていたのだが、作っているうち、うつむいて顔が見えないところが思惑を超えて気持ち悪いような気がしてきた。今の段階では説明できないが、なにしろ顔をけっして見せてはいけない老婆であり、見せてしまったら老婆でなくなってしまう、という謎々のような存在なのである。 曇天や夕闇を避け、晴々とした爽やかな日差しを老婆に浴びせれば、ある程度は回避できるだろうが、前述の陰影の問題があるし、昼間の明るさが必ずしも怖さを軽減しないことは、江戸川乱歩の『白昼夢』により学んでいる。だがしかし、私はすでに奥の手を考えていた現場の近所に住む従兄弟を呼び出し、ちょっとした協力を仰いで、“ソレ”が現れるのを待ち伏せることにした。待つこと30分。果たして“ソレ”は現れ、無事ファインダー内に収めることに成功した。これでおそらく、必用以上に怖くなることは避けられるはずである。

※老婆は実は犯人の変装で、映画では岸恵子がやっていた。
※狭い路地で、通行人に警戒されるのを防ぐために立ち話を装って撮影。横溝世界とは無縁の女の子を入れようと待った。通り過ぎた男の子を振り返ったところだが、二人同時ではなかったため、右の女性は振り返った時の胸から上を合成した。


2009・9/27

完成したはずの首を作り直したおかげで連休の間も制作を続け、本日ようやく撮影。前号のアダージョの森鴎外と同じく、屋上へ上がる踊り場で外光を使って撮影することにした。上がってみると、見覚えのある三脚が立てかけられていた。鴎外以来、2ヶ月間置き忘れていたことになる。 いつも背景に合わせて人形のポーズや構図を考えるが、今回は難航したぶん考える時間があったので、撮り方はすでに考えてあり、36枚撮りフィルムが1本。5分もかかったであろうか。そういえば鴎外の時は入稿日の撮影であったが、集中するため、フィルムは1本しか用意しなかったのを思い出した。食肉用を流用するのだろうが、フィルムも牛から取ったゼラチンが使われている。少ない本数で終るにこしたことはない。などと私がそんなことを気にすることはない。   -現像を済ませ、スキャニングをして最後の合成作業。老婆は色を塗りなおし、明日撮りなおすことにしたが、主役は無事、画面に収まったのであった。


2009・9/28

杖突いて腰の曲がった婆さんの、色を塗り替えて変えて再撮。10カットも撮れば十分なので、昨日撮り終わり、すでに背景の中で婆さんを待っている主役を、フィルムがもったいないから撮ってみたのだが、現像から上がってみると昨日より良いので、主役も入れ替える。  昨日すでに気付いていたが、どうも婆さんは予定の位置と逆側の方が良いような気がしてきた。ところがどうせ写らないし、展示の予定もないので、写らない部分を作っていない。こんな場合、ここからしか撮らないと確信しているので、1センチも動かせないほど裏側は作らないのである。こんな時の私は非情である。というわけで、反対方向から撮るというわけにはいかず、急遽画像を左右反転。腰が曲がっていて隠れるので、着物の襟も作っていない。裾の合わせ目だけを左右を修正して無事収まる。始めに浮かんだ構図が、ほぼ最後まで変更なしで行くことがほとんどなので、最後に左右の配置を換えるなど、初めての経験だが、作りながら、ああだこうだやった分、愛着も湧いてきている。私の場合、始めに浮かんでしまうと、後、いくら考えても駄目なので、たまにこういうことをすると、妙に楽しくはある。画像の統合、微修正を残し、軽いJPG画像を作ってアダージョ編集長他、関係各位に送信。本データは朝までにデザイナーにお送りします、と言残し、シャワーを浴びてK本に直行。キンミヤ焼酎で腹腔内をアルコール消毒。


2009・10/20

中央公論新社よりアダージョ17号届く。人物を2体作って画面に入れる、というのは初めから決めており、1体は当初、江戸川乱歩を予定していた。しかし、画面の中に背景の情報をいれ、後から文字も入ると思うと、乱歩を脇役として登場させるのは断念した。脇役に乱歩を使うのも粋だと思ったが、誰がみても判る顔ならともかく、ただの通りすがりに見えても残念だし、様々な要素の中で、乱歩を配してバランスを取るのは難しいと判断。老婆に変更したのである。毎回、できるだけ、初めての試みをしたいと考えているが、2体にしようと決めた理由は自分でも不明である。


2009・10/25

横溝というと未だに研究本が出されているように、金田一耕介のイメージが強い。金田一の頭を掻き回すしぐさは、もともと横溝自身の癖であり、作中の設定では背も低いので、いっそのこと横溝を金田一にすることにした。撮影場所は作家、映画関係者が好んで使用したことで有名な旅館『和可菜』の前である。といっても、左側に黒塀がわずかに写っているだけだが。  大正時代、乱歩に誘われ神戸から上京した横溝が住んだ牛込神楽館は、乱歩が住んだ築土八幡からわずか数百メートルの距離で、お互い頻繁に行き来したようである。その丁度真ん中あたりに位置するこの細い路地を、徘徊好きの乱歩が利用しなかったはずがない。散歩ブームの昨今、この路地も人の通りが激しい。当初、平日の人が少ない時刻に撮影しようと考えていたが、ここを『悪魔の手毬歌』で金田一とすれ違うおりん婆さんが歩いていたら面白いだろうと作り始めると、ただでさえ楽しそうでない横溝と、杖ついてうつむいた老婆では、都営地下鉄のフリーペーパーの表紙としては、妙な空気である。そこで予定を変え、できるだけ横溝世界とは違和感のある、携帯片手に路地を探索中の女の子を入れて、婆さんとのバランスを取ることにした。今の神楽坂と横溝世界の融合という、かなり“腕力”のいる作業であったが、出来てみると、婆さん女の子、どちらがいなくても物足りないような気がするから可笑しなものである。