明日できること今日はせず 

身辺雑記より:吉田茂と白金台を歩く



2008・6/9
今月配布9号のアダージョの色校チェック。次の10号の人物のイメージについて喫茶店にて編集長と話す。まだ特にイメージは浮かんでいない。 毎号“誰と何処を歩く”というテーマだが、単純に誰を、何処を背景に配して済むなら簡単な話である。依頼された時点では、本来そういうことだったはずで、引き受けた私もそう思い込んでいた。しかし、やってみると、過去の人物であること、都営地下鉄沿線に限られること等々の理由から、そのままでは、わざわざ人物像を制作するわりには面白味がない。今号の志ん生も、本所の開発が進んでいて、画になる店が無いので、画を優先して深川の“名店”を背景にしたわけである。しかし、街歩きマガジンとしての性格上、特集場所が背景になるにこしたことはない。 この人でこの場所では、私に面白い画は無理なので、ただ特集場所を背景に、ただ撮りゃいいや、と毎回土俵際で思っている私である。 


7/2
アダージョ次号用のロケハンに某所へ。本日は編集長以下総勢5人。学芸員の説明を受けながらゴージャスな館内を回る。次号はこの場所と人物の組み合わせで充分面白いと考え、シンプルに行こうと思っていた。表紙となると、やはり出掛ける前から考えていた場所しかない。しかし学芸員さんが「ここはよく使われますから」。そういわれると私の性格上、ただで済ませたくなくなってくる。案の定、いきなりよけいなことを思いついてしまうが、私の今の技術では無理な気もする。昼食に蕎麦屋に入る。冷やし月見を注文するが、冷やし蕎麦の上に目玉焼きが乗っていた。隅田川をたまに超えると、こんな目にあう。

庭園美術館

稼動していない噴水塔に水を循環させることを思いついたが、下に水が溜まっている雰囲気は出せたが、白い陶器に水が伝う表現は無理があったようである。


7/11
午前10時に、先日アダージョの背景用にロケハンした場所に再び。次号の特集人物の身長が判ったので、それを踏まえて撮影する。実在した人物の場合、そんなことも大事なのである。撮影場所は、人物がかつて住んだ邸宅なのだが、意外とその事実が知られていないので、ただそこに立たせるだけで面白いと思っていた。しかし、そこは邸内でも良く知られた場所であるし、色々なエピソードを知るにつけ、何かせずにはいられなくなった。今回、人物像制作はともかく、撮影、画像処理に関しては楽をしようと考えていたのだが、あいかわらず、普通には終われないようである。帰りに冷やし月見蕎麦を頼んだら、目玉焼きが載ってきた蕎麦屋に再び。人は必ずしも、美味しいから食べたくなるのではない。できるだけハズしそうな、ということで、鴨南蛮蕎麦を注文。案の定、思いっきり不味い。アクじみていてホントに不味い。ということで満足する。 帰宅後K本に行き、制作中の人物を初めて常連に披露する。無事ウケる。
カメラ位置、角度は、可能な限り、人物の慎重を踏まえて撮影しなければ、特に合成の場合は、現場に立っているように見えない。


7/15
アダージョ次号用の人物佳境に入り、最後に眼鏡を作っている。 身辺雑記といっても私の飲酒の様子や、飛び降り自殺した死体を観てしまった友人の話より、できるだけ作品制作の話を書きたいと思うのだが、いかんせん制作中は面白いことなど何もなく、特に苦しんでいる時は、そこから抜け出すには、じっと耐え続けるだけで、余計書くことがない。つまり、制作上のことがでてこない時は、決まって苦しんでいるときであり、かといって、苦しまずに作れることなど、ほとんど無いので、結局飛び降り自殺した死体や、蕎麦の上に目玉焼きが乗っていた話などでお茶を濁すことになるわけである。というわけで、今回の人物も、画は比較的早く浮かんだが、肝心の人物像が難航した。


7/17
人物像も完成し、後は撮影するだけなのだが、そう思ったら何処か緩んでしまった。こういうときは何もしないほうがよい。何かしようとしても、粘土やフィルムが無駄である。待てばかならず、織田裕二に目薬のようなときがくるものである。 昔は昼間からごろごろしている罪悪感に耐えられずに悪あがきをしたが、それはそれで自分と戦うのは無駄ではなかったが、さすがにペース配分その他、自分の中に無いものは出てこない等々、長年やっていると判ってくる。今回は余裕から来るものではなく、自分で画を考え、自分で企てたのにもかかわらず、イメージと違った画になるのではないかと、どこか躊躇しているようにも思える。もっとも、イメージと違うからといって、私の場合は、必ずしも悪いことではない。そもそもが自分で画を考え、自分で作った物を自分で撮るのである。完成後、自分で企てたのにもかかわらず、私はこんなことを考えていたのか、と人ごとのように感じるくらいで丁度よいのだが、念写を試みたら意図とちがう妙な物が写っていたらどうしよう、ということはあるのである。


7/20
人物のスーツは白に決めていたのだが、どうも一つ乗り切れず、あとは撮影するだけなのにグズグズしている。 使用している粘土が白いので着彩しないでいこうと考えていたのだが、次号が配布されるのが8月25日となると、白いスーツはどうなのだろう。私はこんなことを気にして制作したことはないのだが。 今号の三島由紀夫は、馬込といっても、ただ三島邸があるというだけで、苦肉の策で桜を背景にと、馬込の満開の桜を撮影に行ったのだが、配布が6月なので、桜はヘンという意見で没になった。季節など考えて制作したことがない私も、定期的に配布される刊行物は、こういうことがあるのか、と多少学んだわけである。桜とスーツの色は違うが、着想したのが、これから夏になる時期だったので、気を利かして白いスーツにしたつもりであったが、知人に訊いてみると、街は、もうすでに夏物のバーゲンも終わっていて、8月も終わりとなると雑誌のファッションは、秋モードだそうである。バーゲンはともかく、白は止めることにした。背景に白いオブジェがあり、白い物が二つ並ぶのも気になっていた。


7/22
次号のアダージョの特集人物は、犬に吼えられるような奴は悪人だ、というくらいの愛犬家である。そこで友人のつてで、青山まで犬を撮りに行った。今から思うと、2号の向田邦子が抱える猫も、実物にすればよかったかもしれない。いずれ夏目漱石で、ホンモノの猫を使って『我輩は猫である』など制作してみたいものである。 撮影は吼えられることも無く、飼い主が驚くほど大人しくポーズを取ってくれたので簡単に終わる。


8/25
表紙のテーマは“吉田茂とアールデコ”である。旧朝香宮邸、現庭園美術館は、吉田茂が首相公邸として住んだ場所である。この事実は意外と知られていないようだし、吉田茂といえばイギリスというイメージから、アールデコ調の屋敷に住んでいたという、意外性が面白いのではないかと考えた。朝香宮が皇籍離脱のさい、窮状をみかねた昭和天皇に、借りるよう頼まれたそうである。 背後のオブジェは、アンリ・ラパンがデザインしたセーブル陶器で、現在では稼働していないが、当初は水が循環していて、朝香宮妃が香水を流したことから香水塔と呼ばれている。そこで当時の様子をイメージしてみた。「犬に吼えられる奴は悪人だ」という、犬好きの吉田は、講和条約締結の記念なのだろう。サンフランシスコで入手したつがいの犬に、サンとフランと名づけ、その子犬にシスコとつけた。(またその子には、ウィスキー、ブランデー、シェリーとつけた) 吉田は身長155センチ、足のサイズは22、5センチだったという。たしかにマッカーサーと並んだ写真を見ると小さいが、胸板の厚さと肩幅のせいか、それにしては大変な貫禄である。日本の首相はいつの頃からか、その辺の商店会のオヤジのようになってしまった。もっとも、あちらの大統領にしても郵便局員にしか見えないのだが。 小学生の頃、給食のまずい脱脂粉乳を飲まされているのは、吉田茂のせいだと少々恨んでいた私である。