浅草十二階



街を歩いていると、前を行く二人組みの小学生が、訳のわからない
不思議な呪文を競うよ

うに口ずさんでいた。どうやらアニメの
ポケモンだかピカチュウだかに出てくるものらしい。

そこで思い出したのが、イロハニコンペイトウという子供時代の言葉遊びである。どういう

ものかというと、

イロハニコンペイトウ  コンペイトウは甘い  甘いはお砂糖

お砂糖は白い  白いはウサギ  ウサギは跳ねる

跳ねるはノーミ(蚤)  ノーミは赤い  赤いはホズキ(ほおずき)

ホズキは鳴ーる  鳴ーるはオナラ  オナラは臭い

臭いはウンコ  ウンコは黄色い  黄色いはバナナ

バナナは高い  高いは十二階  十二階は恐い

恐いはお化け  お化けは消える  消えるは電気

電気は光る  光るは親父の禿げ頭。

という実にたわいのないもので、これには多数の
ヴァリエーションが存在するようだが、イロ

ハニコンペイトウで始まり、だいたいがハゲ頭で終わるようである。

昭和三十年代後半、すでにノミは図鑑の中でしか知らなかったし、高価といえばバナナと

いう物ではなくなっていた。しかし小学生の私にとって、納得がいかなかったのが十二階が

なぜ高くて恐いのかということだった。その頃は三十六階建ての新宿貿易センタービルが

建設されようという時代であり、子供の私にはなんとも不可解であった。 

近所の上級生などは、

「死刑台の階段は十三段でさ、登っていく時十二段あたりが一番恐いんだぜ!」と、まるで

死刑台から生還した、自分の兄ちゃんに聞いた話でもするかのように解説をした。

「じゃあ十二段て言えばいいじゃん。それに十三段の方が絶対恐いよ!」

殴られると判っているのに、反論せずにはいられない私であった。

その謎が解けたのは、中学生になり、江戸川乱歩の「押し絵と旅する男」を読んだ時だ。

つまり凌雲閣、浅草十二階である。英国人ウイリアム・K・バルトン基本設計により1890年

完成の日本初の高層建造物で、
内部にはエレベーターが備えられた浅草の観光名所

であった。田山花袋「浅草十二階の眺望」(大正十二年)にも、「実際、十二階の上の眺

望は天然の大パノラマである。是非一度は登って見なければならないと思う。」東京はもと

より、伊豆の火山群、富士、丹沢、多摩、甲信、上毛、日光をぐるりと細かに指点すること

が出来ると、その素晴らしさを描いているが、十階までがレンガ造りで、その上十二階まで

は木造の凌雲閣は、関東大震災により、七階部分で折れてしまった。するとこの言葉遊び

は震災前の物という事になるわけで、登場する、砂糖やノミ、バナナや電気など、大分違

った物に感じてくる。いずれにしても随分古い話だと、いたく感心したものである。

他にも子供の頃、意味や由来がわからなかった物は数々あったが、その一つに「スイライ

カンチョウ」という不思議な名前の遊びがあった。それは、スイライ、キチク、カンチョウに

分かれて遊ぶ鬼ごっこの一種だったが、國文学(六二年七月号)に澁澤龍彦の死の直前、

池内紀の筆談によるインタビューが載っていて、数十年来の疑問が解けた。

池内の小さい時の遊びで何が好きだったかという問いに、澁澤は「水雷艦長」と答えている。

ルールもほとんど同じであったが、それぞれ水雷、駆逐艦、艦長という意味であった。

澁澤が子供の頃遊んだ遊びということであるから、そのまた昔、日露戦争でバルチック艦隊

と日本が戦っている頃できた遊びかもしれないなどと想像するのも楽しい。しかし、ぼくらは

駆逐艦はキチクといったと澁澤も言っているが、何故そうなのかまでは言及していない。