D坂の三人書房

江戸川乱歩をテーマとした出版のため制作中だが、選んだ乱歩作品のうちの一つが『D坂の殺人事件』である。乱歩は大正八年に上京し、本郷は団子坂において末弟の出資により、次弟とともに三人書房という古書店を開いた。この書店の店構えや間取りを、後に思い出しながら書いたのがD坂の殺人事件である。“日本の開放的な家屋では、密室事件などは書けず、日本に探偵小説が発達しないのは、その生活様式そのものに由来している”という説に対する抗議として書いたと乱歩は言っている。 『D坂の殺人事件』を制作するにあたり、舞台となる古書店は背景として不可欠であろう。当初私は、どこか雰囲気のある古書店を撮影し、三人書房とするつもりであった。しかし店舗のディテールまで覚えておらず、適当な書店が思いつかない。そこで私のホームページ上に『D坂の殺人事件の似合う古書店アンケート』というページを作って、書店探しに御協力を仰いだ。そして情報もいただき、そろそろ撮影という時に、新潮日本文学アルバムの、乱歩が描いた三人書房のスケッチを見たのであった。何度も目にしていたはずだが、造ることなど考えていなかったので印象に残らなかったのであろう。アンケートにお答えいただいた方々には申し訳ないが、知ってしまうと、どうにも再現してみたくなる。 私の撮影は片手で人形を捧げ持ち、片手でカメラを構え、丁度、国定忠治の名月赤城山のような格好で撮影する。四十センチあまりの人形が、あたかも等身大に見えるように撮るのだが、言ってしまえば、手前に有る物が大きく写るという実に単純なものである。欠点といえば、常に人形が最前に配されることになる。しかし、本になることを思うと、ページ毎にそれでは面白くない。そこで、デジタルによる合成を多用することにした。そして『白昼夢』用のドラッグストアを本郷の薬屋、深川の洋品店、運送店、その他数店舗を合成して造ってみたので、三人書房も可能だろうと考えたのである。スケジュールのこともあり、そこまでする必要はないとも思ったが、人間は、脳で考えた物を造るようにできているそうである。私はこの仕組みのおかげで、子供の頃から今に至るまで苦しめられ続けている。 まず始めに二階建て木造物件を見つけ、これをベースとして撮影した。さらに夕暮れ時に、神保町の本を積んである様子を撮影して歩いた。三人書房は『店内には応接間のようにテーブルと椅子を置き、テーブルのうえの蓄音機で流行歌謡をかけて、来客の社交の場とした。竹久夢二装幀の楽譜類を仕入れ、ショーウインドウに飾って販売』ということである。それとなにより、D坂の殺人事件となれば、開閉可能な格子のついた無双障子を忘れてはならない。二階の部屋ではプロデビュー直前の乱歩が、探偵小説の事や、当時作ったという田谷力三後援会の事など夢想しながらゴロゴロしていたであろうし、一階では作中、『ピッシャリ』と閉じた障子の奥で、女房が主人の留守中に『きれいな人だけれど、はだかになると、傷だらけだ』と噂を立てられる行為を、二軒隣の蕎麦屋の主人と耽っていたわけである。そんなことを想像しながら、前述の情報と乱歩のスケッチを元に、およそこのような佇まいであったろうという物を制作してみた。そしてこの号が出る頃には、棒縞の浴衣を着た明智小五郎が冷やしコーヒーをすすりながら、D坂越しに三人書房を眺めているところを完成していなければならない。これがまさに大正十四年『新青年』誌上における、明智小五郎初登場のシーンというわけである。 彷書月刊2005/6月号