明日できること今日はせず 

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10・某日13 個展会場

今回の個展は1週間という会期。あっという間である。今日は一番にイラストレーターの大橋歩さんに来ていただく。20年近く前に御自身のギャラリーでの個展を企画していただいた。お会いできず残念。個展には、たびたび御出でいただく写真家の長濱治さんとはお話できた。私の造る人形に少なからず影響をあたえたとも言えるヘルス・エンジェルスの写真集は今見ても凄い。来年個展予定の渋谷のギャラリー美蕾樹の生越さんが、庭園美術館のカラバッジョを見てから数人とお見えになる。ちょうど居られたコクトー研究家の藤沢さんを紹介する。東京FMの録音で、ジャズ界の論客、寺島靖国さんとお話する。最近は作家シリーズ転向に伴い、昔ほどジャズを聞かず、曲名などとっさに出てこず冷や汗をかく。明日1日は最終日。


10・某日12 個展前日・搬入終了

今回は人形は展示せず、オイルプリントだけで点数も少ないので、余裕があるかというと結局、間際まで制作する事になる。大体、作品に満足する事などあり得ず、気になるところはどうしてもあるわけだから、意地汚いと思えるぐらい時間ギリギリまでトライする事になる。そんな作品を人様の前に展示すると言うのだから、こんな恥ずかしい事は無い。だいたい私の腹の中、言って見れば企みを明らかにするわけでもあるから、なおさらである。その恥ずかしさを少しでも軽減するために、結局前日までドタバタと制作を続けるしかないのであった。


10・某日11 小倉敏夫さん

ミステリー本その他数々のデザインをされていたデザイナーの小倉敏夫さんが先週亡くなられた。東京創元社の撮影で始めて我が家にみえた時、私の撮影の仕方に不安な様子でおられた事や、乱歩邸での撮影を昨日の事のように思い出す。行き付けの酒場にお付き合いする時は、酔うほどに店に居る時間が短くなり、気を使ってばかりいて、5軒目には注文の酒が来た時には次の店に行こうと腰が浮いていた。昨年、できたばかりのデザインを見ながら、大変だった手術の話をお聞きし、体力をつけないといけないので歩いて帰ると、分かれたのが最後であった。いただいたメールを読み返しながら、ご冥福をお祈りした。


10・某日10 バレエの巨星 プリンセツカヤ&ルジマトフ 新宿文化センタ-

世紀のスターとインペリアル・ロシア・バレエ。ニジンスキーに似ているといわれるアレクセイ・ラトマンスキーの牧神の午後を楽しみに観る。プリンセツカヤがどれだけの巨星だか知らないのだが、牧神が魅かれるニンフにしては老けすぎ貫禄ありすぎ。バレエ二回目の初心者は美形、美脚の乱舞に眼を奪われどうし。イリーナ・スルネワ、アリヤ・タニクパエワなどが印象に残るが、シェヘラザードをルジマトフと踊ったユリア・マハリナが官能的で、オペラグラスを忘れた事が残念。牧神やシェヘラザードの奴隷などニジンスキーを想定しながら観る。


10・某日9 デジタルな日

オランダの出版社から、デッド・ラインだと催促のメール。向こうは簡単に言ってくれるが、プリントを印刷に耐えるデータにして、メールで送るのは我が家のISDNでは大変なので、友人のラボのADSLで送ってもらうことに。ところがそれがそう簡単にはいかない。こういった事は日本はまだまだ後進国だとツクズク。 行った事のない所は、無いのと同じで、オランダがホントにあるのなら着いてるはずで、この出版社が物理的に存在しているなら、印刷されるはずである。なんとも頼りのない・・・。とにかくデジタルな一日であった。


10・某日8 お多福風邪

陶芸家を目指していた頃の友人から久しぶりの電話。子供が二歳になったという。昔、彼は正月休みに茨城の笠間からバイクを飛ばして遊びにきた。男二人、元旦からゴロ寝のバカ話しで過ごしたのだが、なんだか彼の顔が変だと思いながら、一日、二日と過ごすうち、顔がみるみる腫れてきた。三日には堪りかねて、実家へ帰っていったのだが、その頃はヘルメットも被りにくそうであった。その夜、彼から連絡が入り、どうやら窯場の息子のオタフク風邪をもらったらしい。ただでさえ笑いをこらえていた私は、「春からお多福とは縁起がいい!」と大笑いしてしまったのだが、後日、大人になってからのお多福風邪は危険で、子種に影響する場合もあると知って、少しだけ後悔した。受話器の向こうから聞こえる子供の声を聞きながら、あの時の彼のお目出たい顔を思い出していた。


10・某日7 秋の虫 

TVでは連日、イヤな映像が流れている。しかし人間も生き物であるから、種族保存のため殺しもするし、共食いもする。餌がなくなれば、ヨソから盗って来る。旅客機の激突した高層ビルと蟻塚とどれほどの違いがあるのか。すべて自然の営みと云えなくもない。しかし、こと人間に限っては、宗教、プライドなど、他の生き物にない厄介なものがあり、お前等と一緒にするなと、虫の声。


10・某日6 重クロム酸アンモニウム

オイルプリントには、身体に毒な薬品を使用する。当然重クロム酸カリ、同アンモニウムなどは素手で扱ってはいけない。(扱ってるけど)昔はよく写真関連の薬品で自殺する人がいたように記憶するが、最近はもっと口当りの良い物があるせいか、そんな話しは聞かない。しかしこの入浴材のような粉末。水に溶かすといかにも美味しそうである。ゼラチンを塗布した用紙に使うが、感度が低く、太陽光線で焼きつけるので、今日のように晴れてくれると作業がはかどる。


10・某日5 糠ミソ 

頼んでおいた祖母伝来の糠床、叔母より届く。久しぶりの懐かしい味に思わず頼んでしまったのだが、いつまで続くか・・・。とりあえず年は越したい。結局、年齢とともに、こういったモノが良くなるわけで、私も人並みにというわけか。DMを知り合いのコクトー研究家F さんに届けるが不在。行き付けの喫茶店に預ける。続いて土砂降りの中、四谷のジャズ喫茶いーぐるへ。ジャケット撮影を担当したCDジャケットのあがりをプロデユーサーY さんの所へ演芸好きベーシストT さんと見に行く。想像以上のでき!Yさんのこだわりが、そこらのCDとはちょっと違う物を造った。


10・某日4 ジャズ・タクシー

最近、TVその他に度々登場するジャズタクシーの安西さんは、お住まいが近所なので木場のヨーカドーで待ち合わせ、個展用DMを渡す。偶然乗ったジャズ・タクシーだが、真空管アンプを搭載し、NY のジャズマンにも知られているようで、来日する際は利用するそうだ。ジャズ・タクシーならではのエピソードは聞くたび面白い。午後から、オイルプリント制作。このプリントは、コツをつかんだと思うと、そのコツがまったくコツではなかったという事の繰り返し。


10・某日3 乱歩特集

昨日ニュージーランドの出版社の編集者から江戸川乱歩作品について問い合わせがあった。ニュージーランドと乱歩とは妙な組み合わせだと思いながら中途半端に便利な翻訳ソフトで訳してみるとオランダであった・・・。これだからオリンピックの入場行進は真面目に観なくてはいけない。せっかくインターネットなのだからとホームページも英語版を作り、海外のプリント作家からオイルプリントについてメールをいただいたり、ジャズ・ブルースサイトからもポツリ、ポツリといただく。しかし日本の作家などわかりゃしないだろうと、作家シリーズは簡単に済ませていたので、これからはもう少し真面目に作るべきかもしれない。乱歩の特集をするそうで、印刷に耐えるデータでという依頼だが、メールで送れというのだろうか。いよいよ大変なことではある。


10・某日2 青山

青山はB商会のM さんにできたばかりの個展用DM を届ける。M さんとは20代からの知り合いだが、いつも客観的な意見を言ってくれる貴重な存在である。最近、周囲の友人達は、次に何を始めるか判らない私についてこれず、ただ唖然としているが、M さんも呆れてはいるのだろうが、相変わらずの付き合いは続いている。今日は倉庫にある四谷シモンさん制作の二体の人形を見せてもらう。もっとも、万博出品の山高帽を被ったマグリットは、溢れるコレクションに阻まれ後姿しか見れず。


10・某日 線路際風景

葛飾の実家に帰り、ついでに小中学校の先輩で、地元の陶芸家Sさんの家に御邪魔する。帰りに共に育った場所、今ではすっかり綺麗になった線路際の夜景を見に行く。旧国鉄の官舎があるのだが、ここには昔、宿敵ともいえる職員がいて、時に空気銃をもって追いかけられたものである。どんなイタズラをするとそんな目にあうのかという事は時効とはいえ、ここではとても云えない。昔は線路には簡単な柵しかなく、五寸クギを電車や汽車に轢かせて手裏剣を作った。そうやって作った手裏剣は磁石になった、ならないで未だに友人と意見が分かれる。苛性ソーダを積んだタンクが通過するたび、その中では緑色に輝くソーダ水が波打っていると思いこんだ子供達は、どこかに蛇口がないか眼を凝らした。二人ともポール・デルボーが好きなのは、この景色が原風景として残っているからだと確認しあう。以前Sさんには寺山修司の撮影を手伝ってもらい、数十年ぶりに電車の運転手に怒られた。「すいませーん」と言いながら楽しかった。後はどこかで「ボール取らせてくださーい」と云ってみたいものだ