明日できること今日はせず 

最新ページ



11・某日18 三の酉 新宿花園神社 見世物小屋

今年最後の見世物を観る。津軽三味線のバック・ミュージックにのせて、オミネさん(81歳)がシマヘビの首を噛み切り、生き血を啜る。さらにゴボウをかじるように二口ほど食らう。束にした蝋燭を口の中に滴らせ、口から火炎を吹く。ニシキヘビ登場するも、ホット・カーペットの上でくねらせて終わり。その他カッパと双頭の子牛の干物を観る。この業界も名物芸人さんが亡くなったりと、今ではこの大寅興行だけになったそうで、その最後のスターがオミネさんというわけだ。Tさんと飲んだ後、後から来たSと合流する。Sによるとオミネさんが食らう蛇はすでに首が無く、だらりとしていたという。だんだん短くなっていくシマヘビ。どん底で飲んだ後、男三人で二丁目のゲイバーへ。帰りに小屋をバックに寺山修司を数カット撮影する。


11・某日17 糠ずけとニジンスキー

子供の頃、熱帯魚のブームがあり、私もジャック・デンプシーというかつてのヘビー級ボクサーの名を持つ気の荒い魚を飼っていた。やはり子供の頃飼っていた同い年の友人がまた飼いはじめたという。酒を飲みながら延々と話すものだから、こちらもつられてムラムラと来る。しかし水槽の手ごろな置き場所も無く、断念しつつあったのだが、最近それに変わるモノができた。糠床である。先月叔母から祖母伝来のヌカずけを御馳走になり、その美味しさにヌカドコを分けてもらい、それ以来漬けつづけているのだが、これがまったく生き物であり、毎日気になってしかたがない。今日はホウロウ製の水抜き器(名前は知らない)を買い、台所に行くたび水のたまり具合を眺めている。オイルプリントの個展の事もあり、中断していた伝説のバレエダンサー、ニジンスキーを作り始めたのだが、ヌカズケといいニジンスキーといい、昨年の私が聞いたら絶対信じないだろう。ぬかみそ臭い手でニジンスキーを制作。茄子もステキな色に仕上がる。


11・某日16 新宿PIT INN 阿佐ヶ谷フレンズ CD発売記念ライブ 

ジャケット写真を担当したCDの発売記念ライブ。 友部正人に感動する。名作「一本道」!今年久しぶりに聞いた、あがた森魚さんといい、この年代のアーティストは歌の力が違う。(人によるけど)池田篤クァルテット(池田篤(as)野本晴美(p)井野信義(b))藤井伸昭(ds))その他、井野さんのベースソロなどを堪能する。飛び入りで、作詞で参加のねじめ正一さんのウクレレ伴奏付き朗読。大入りの観客にプロデューサーの矢野さんも満足そうであった。帰宅後いただいた渡邊孝好監督制作のメーキングビデオを観る。いきなり山下洋輔の「ぐがん」。私の名月赤城山撮法も登場し音楽をバックにときおりアップになったりする。始めて観る我が撮影姿に一人赤面す。やはりヘンであった。


11・某日15 LUNA! 建石修志展 青木画廊

今年、あがた森魚さんのコンサートの打ち上げで、たまたま隣りにおられたのが幻想文学の表紙など描かれている建石修志さんであった。実際の天体より創られた物の方が、と書いた次の日に、さっそく月が観られたというわけだ。御本人が会場におられ、作品集にウサギを描いてもらう。泉鏡花が置物を集めていたように酉年生まれには向い干支といってウサギは縁起が良いのである。しかも月光の使い手建石さんに描いてもらったのだからなおさらである。


11・某日14 流星群

子供の頃から天体好きの友人と電話で話す。絵画や物語の中の宇宙は別だが、私はまったく天体に興味がない。少年時代、彼が望遠鏡を覗いていた頃、私は顕微鏡で片っ端から極小世界を覗いていた。子供の頃のある晩、月がボールのように立体的に見えた事がある。どう見ても二十メートルぐらいの所に浮かぶボールのようにしか見えず、ずっと眺めていた。その頃は、例えば走る電車の中でジャンプして、なんで元の場所に着地するのかなどという事のほうがよっぽど不思議だったので友達に話すこともなかったが、今でも妙な月だったと思い出す。古賀春江の「素朴な月夜」のような月。


11・某日13 音楽紙

ミュージックマガジン12月号が送られてくる。荒川典久氏の個展評。ジャズ・ブルース関連では長い事個展をおこなってきたが、ジャズ雑誌など来たためしがない。一人ぐらいダマされたと思って覗いてくれても良さそうなものだが音にしか興味がないようである。もっとも音に詳しいからといって、ミュージシャンの姿形などのイメージに造詣が深いわけではまったくなく、専門家の顔してよけいな事を云われるよりはマシかもしれない。よってこの荒川氏と今は無きブルース・マーケットの関係者は私にとっては稀有な存在である


11・某日12 下町小僧・なぎら健壱 風に吹かれた時代 逓信総合博物館

旧知の佐藤太朗氏の銭湯煙突写真が吹き抜けの垂れ幕にプリントされているので観に行く。エレベーターに乗りながら観るとちょうど良い大きさ。なぎら健壱の私物のコレクションが展示されており、新譜ジャーナルや、ガッツなどのフォーク雑誌が懐かしい。その他、紙芝居の原画など。関東意外にはないと思うがカタという、石膏や素焼きの型に粘土を入れ、できたものに粉で色付けをするという遊びがあった、その型や材料が展示されいた。残念ながらカタはレプリカで、粘土も白い上品なものであった。実際は鉄分の多い、田んぼの土のようなものであり、粉も違う。点数がたまった頃にいなくなる、コスイ親父がやっていた。


11・某日11 神代植物園

来年の個展に向けニジンスキーの演目バラの精のバラを撮影に行く。来年六月の個展なので、バラを撮るなら今の秋バラしかない。深大寺蕎麦も楽しみであった。始めての深大寺で数多く軒を並べる蕎麦屋に迷う。(ただし店に水車のある蕎麦屋は除外。)やはり蕎麦は良いが汁は今1つと思いながらも堪能できた。肝腎のバラはちょっと遅く、まともなバラはほとんど無く痛み始めていた。花に興味が無いので薔薇にもいろいろあることに驚く。カトリ−ヌ・ドヌ−ブなんて薔薇まである。しかし興味がないと云っておきながら、次は花のオイルプリント展などという事があり得るので、私はこうだなどと、よけいな事は云わない方が良い。帰りがけにまた蕎麦を。こんどは汁も良く、燗酒で温まる。


11・某日10 薬物に食品混入

今日は取材があるにもかかわらず、風邪のため咳が止まらず。ノド飴ぐらいでは収まらず薬局にて液状咳止め液を買う。おかげで無事終了する。この黒色の甘ったるい薬を飲んでいて、これは子供時代飲んだ薬と同じものである事に気付く。ある日、妹とケンカをし、その報復としてこの薬に醤油を混入される。澁澤龍彦を読むはるか以前に毒殺が女のワザである事を知ったのであった。


11・某日9 ある日のランキング

ベランダに置いてあった荷物の中から中学時代の生徒手帳が出てきた。そこには当時好きだったロックのランキングが書いてあった。時代が出ていて面白い。

レッドツェッペリン ジャニス・ジョプリン
ビートルズ メリー・ホプキン
ピンクフロイド ジョーン・バエズ
BS&T キャロル・キング
CCR ジリオラ・チンクェッティ
ドアーズ メラニー
ディープパープル バフィー・セントメリー
ブラックサバス リタ・クーリッジ
マンゴジェリー ディオンヌ・ワーウィック
10 フー カーペンターズ

ジャニスは最後のアルバム「パール」を修学旅行のおやつ代を使って買った憶えがある。早朝、旅行から帰り、電池のプレーヤーで聞いて感激したものだ。2位がメリー・ホプキンというのが可笑しい。 ストーンズが入っていないのは不思議だがブライアン・ジョーンズに対する扱いに不満を持っていたからか。 当時ピンクフロイドの箱根アフロディーテ伝説のコンサートがあったが、まだコンサートなど行った事がなく指をくわえているしかなかった。 その他シカゴ、Tレックス、グランド・ファンク・レイルロード、キンクス、ショッキングブルー、UFOなど。






11・某日8 明後日できることも今日はせず

朝からジーナ・ロロブリジータのフクラハギに噛り付く。もちろん極辛大根オロシ付き。味噌汁には大根の葉っぱ。思わず眼を閉じる。


11・某日7 南房総3 仁右衛門島

和田浦には、国内に何ヶ所もない鯨の解体所がある。小学校の給食では悩まされた鯨肉。しかし、このあたりで食べる鯨は大違いである。捕獲制限前、鯨漁の船員用宿だった店で鯨の刺身、フライを食す。ここで鯨を食べるたび給食の悪夢が彼方に去り行く。その後名勝仁右衛門島へ、手漕ぎの二丁櫓の和船で渡る。ここは日蓮上人が朝日を拝んだと言われる岩場や源頼朝が追っ手を逃れ隠れたと言う場所が残っているが、頼朝が褒美として島内にただ一家族の平野仁右衛門に鮑の漁業権を与えたといい、以後独占する。その利権を巡って対岸漁民の恨みを買い、明治二年一家惨殺事件がおこる。その後もずっと対立を続けたらしいが、誰かにその辺を聞きたく咽元まで出るが恐くて聞けず。帰りがけK水産に寄りジーナ・ロロブリジータのフクラハギのようなサバの干物などを買い、暗くなる前に帰途につく。横浜中華街で食事。鶏の足(いわゆるモミジ)の黒豆みそ蒸しなど。


11・某日6 南房総2 外房海岸

天気が良いので千倉の海岸を散歩。以前このあたりで 村山槐多を撮影した事がある。彼は肺病の療養で房総の海岸線をずっと歩いた。病人でも昔の人は良く歩く。日光を胸にいっぱい浴び、健康を回復したような気になり創作意欲が湧いてきた矢先、喀血する。外房の海岸を歩くたび、どうしても槐多の無念に想いがおよぶ。昼食の後、花嫁街道を長者川に沿った奥にある黒滝を観にいく。ドーム状に木々に囲まれる15メートルほどの滝。以前から泉鏡花の撮影をしてみたいと思っている場所である。人も来ず水の落ちる音しかせず、しばし空想の世界に。


11・某日5 南房総 極辛大根

個展が終わり、外壁修理もうるさいので房総半島先端近くの親戚の別荘に遊びに行く。海ボタルから房総へ、三時ごろ和田町に着く。ここで必ず立ち寄るK水産でキンメ鯛の煮付けで遅い昼食。店の人に保健所の職員と間違われる・・・。到着後バーべキュウをするつもりが風が強く鍋に変更。青味が足たりないので畑から大根を抜いて(許可済)葉を鍋に入れ、10〜15センチの亀戸大根のような小振りな大根をスリおろしてみると、久しぶりの辛さに感動する!栽培時期に幅があり病気にかかり難いという事ですっかり青首大根ばかりになり、歩留まりが悪いと何でも棄てる日本人の体質にマッタク腹が立つ。大体様々な方法があった写真技法にしても、日本人はみんな捨て去り、皆同じ事をしている。写真雑誌など見ても、名前がなければ誰の作品か私には判らないのだ。何処のどなたかは知らないが、私はオイルプリントを続けるから、あなたは大根を作れ。


11・某日4 秘宝館

横浜のトリエンナーレで、編集者で写真家の都築響一氏が、閉館した鳥羽の秘宝館の展示物を買い取り、展示しているそうだ。学生時代、件の秘宝館経営者を日本TVの11PMで見た事がある。鯉や鶏に名前をつけ妙な可愛がり方をする?ユニークな人物であった。翌日隣に住む、鳥羽出身の同級生の女性にその話をすると、言葉をさえぎるように「あの人私のおじサンなの。」親戚中でも困った人物だったそうだ。全国の秘宝館は軒並み閉館しているらしいが、唯一行った事のある熱海の秘宝館もかなりお寒い内容であった。オバサンだけがはしゃいでいた。


11・某日3 ベランダ掃除

住んでるマンションが外壁の修理をするということになった。ベランダもなにかするらしく片付けなければならい。個展が終わってからと思いつつ、掃除ベタという事もあり今日に。懐かしい昔の作品の一部などが出てくる。その他写真の束。くっついた写真を引き剥がしながら懐かしさにそのたび一服。地上数10メートルの足場を歩く職人サンと目が合いバツ悪し。


11・某日2 JAPAN 乱歩特集

今年オランダ、ライデンで日本美術シンポジウムを主催したホテイ出版が発行する雑誌JAPANが江戸川乱歩特集をするそうで、先月の雑記にも書いたが、画像を送るのに往生した。(編集長の名は、R・エドガー?)今出ている創刊号を見ると北野武が表紙でヤクザシネマ特集。政治、経済、文化と日本を紹介している。乱歩はオランダでは翻訳されていないそうで、はたしてどんな扱いをするのか楽しみである。私の作品は1P載るようだが、先方は意外な作品を選んだ。何を選んだかは現物を見てからにしよう。JAPANサイト http://www.japan-mag.com/


11・某日1 分けて良いのはおでんの鍋 

久しぶりにジャズ・ブルースシリーズ(オイルプリント)の展示が終わる。日本ではジャズとブルースファンははっきり分かれていて、お互いソッポを向いているかのようである。おそらく日本だけの不思議な現象ではないだろうか?カテゴリーに分けないと居心地が悪いのは音楽に限った訳ではなく、オイルプリントのように、写真のようで絵画のようでもあるというあいまいな境界線上の物に対して、どうも落ちつかないようだ。始めて見る画面に不思議そうにしている来場者に同じ説明を何度もする事になる。 来年個展のニジンスキーのために、何処かで秋バラの写真でも撮りに行こうかとボンヤリ。