明日できること今日はせず  


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5・某日21 新宿といえど樹海と変わらず

バラの精のオイルプリント昨日より何枚やっても気に入った調子が出ず。なんとかバラ色のプリントにしたいのだが。 そんな中、個展用DMが出来る。銀座に取りに行き東京オペラシティへ。ビル内で散々迷った揚句、「フランス音楽の彩と翳」Vol.1(ディアギレフとロシアバレエ)の会場に行き、東京シティフィルの広報U氏に個展のチラシを届ける。行きは大江戸線の駅からタクシーに乗ったが、それほどの距離ではなかったので帰りは歩くが、違う出口から出たせいもあり、例によって道に迷う。途中、新聞配達の青年に道を尋ねると親切に教えてくれたが聞いているうちから判らなくなる。しょうがないが礼を言って5メートルほど行くと詳細な地図があった。見たいのはやまやまだが、教えてくれた青年に悪いのでそのまま行き、また迷う。 私はどうでも良い事は、勤勉な石工が岩を刻むが如く覚えているが、数字と道路に関しては、考えているそばから誰かに黒板けしで消されていくような感じである。


5・某日20 牧神の午後

二度目の撮影。今日は、やはりミュージシャンの谷やんこと谷口さんが助っ人に。現地に着くと、なんとなく雲の動きが怪しくなる。現場では陽が出たりひっこんだりと落ちつかないが、雨に降られてはと、シャッターを切る。今回は忘れ物もなく、前日に制作した牧神が持つ葡萄の一房もある。牧神の股間には岩に生える葉を貼りつけた。別にペニスを屹立させたバージョンも撮影。 牧神は、もう一体、笛を吹いている作品があるのだが、先日の撮影のおりに、知り合いのお宅に預けていた。しかし連絡するのが遅れお留守。いつ帰られるかわからないので、合間をみて、崖沿いのけもの道のような急斜面を何度も往復。足場の悪い場所で無理な姿勢の撮影でもあり体力の限界が来る。撮影を終え、機材を抱えて上にあがると、人形を預かって頂いた方が帰宅していた。急いで引き帰し、笛を吹く牧神も陽のあるうちにかろうじて撮影する。今世紀に入り、最も疲れた一日であった。


5・某日19 ニンフのベール2

夜中に牧神の仕上げをし、二時間ほど寝たあとベールの折りジワを取る為、濡らして干しておき、これだけは忘れるわけにいかないと念じていて忘れる。立川駅でミュージシャンJoJo澤渡さんと待ち合わせ。ベールは待ち合わせ場所の向いの店に同じ物を売っていて助かる。中央線を中心に活躍するJoJoさんとは付き合いも長く、ファーストアルバムのジャケット撮影も私が担当させてもらった。今回の撮影はJoJoさんの知り合いのお宅の崖下なので、久しぶりに会い、撮影に同行してもらう事になる。想えばここは泉鏡花の撮影以来。到着時には天気も良かったが、さて撮影というだんになり、一転、曇天となる。だいたいここでの撮影は十中、八九雨に降られる。それでも何カットか撮るが、高感度フイルムを用意しても手持ち撮影は困難になる。試しに牧神を苔むした岩の上に立たせファインダーを覗くと、まさに牧神の午後!そこで雨が降りだし撮影中止。一旦晴れたが、木々が生い茂り、太陽が真上に無い限りいくら晴れても撮影は厳しい。よって再チャレンジを期して撤退する。


5・某日18 ニンフのベール

フィルムを買いに行くついでに実家による。1時間もかからないのに今年始めて。毎年サンフランシスコに住む妹が、この時期だけ子供をこちらの小学校に通わせるため帰ってくるので、その準備で追われていた。バラの精のカラープリントを1枚進呈。やはりムッツリした黒人の作品よりは喜んでいた。明日、牧神がニンフの落としたベールに頬寄せるシーンを撮影する予定だが、ベールを何にするか決まっていなかった。人形には、柔らかい素材の布だと思っても、相手が小さいので分厚い物に見えてしまうので決めかねていたのだが、その話しを母にすると、ゴソゴソと引出しから何やら出してきた。それで即座に決まる。これだからたまには親の顔は観なければならない。しかしそれが何だったかは、あまりにニンフのベールのイメージから遠いので、内緒にしておこう。帰り際、もう読んだからと父から文庫本を手渡される。猪木寛至著『アントニオ猪木自伝』であった。


5・某日17 少女漫画のバラ

牧神の午後を撮影する場所はコンパクトな滝があるのだが、日照りが続くと枯れてしまう。必ずしも滝は無くても良いが、たしかレオン・バクスト描くところの舞台背景には滝があった。滝があれば、それなりに撮りようがあるので、上手い具合に前日にでも雨が降ってくれると良いのだが。 ブルースミュージシャンの知人に、出来立てのバラの精の画像を送ったところ、作品の変わりように驚いていた。以前のような作品は作らないのかと言うのだが、私はもう将来の制作に対する展望は語らない。展望がないから語りようもないのだが、何も無いので何を作っても良いのである。 バラの精のオイルプリントバージョン用ネガを作る。こちらは少女漫画のように、バラの花を画面に散りばめている。少女漫画といっても私の知っているのは『ガラスの城』などの三十年以上前の漫画なので、今でもそんな表現があるのかは知らないのだが。


5・某日16 牧神の午後

昨日のバラの精も無事完成。これはモノクロ、オイルプリントにもする予定である。なかにはたった1カットのために作った人形もあるが、この作品は、何パターンかの方法を試みたい。あとは今回唯一、屋外ロケを予定している牧神が残っている。都下のうっそうと草木茂る場所で撮影の予定。私の作品は牧神のように、たとえヒズメであろうとも必ず二本足で自立するのだが、考えてみたら、そんな場所ではさすがにそうはいかない。どうやって立たせるかが問題。 鈴木宗男事務所に強制捜索が入る。TVで現場の女性記者が思わず「ガサが入る」と口走る。世間では女性アナウンサーが人気のようだが、私は警察庁や、裁判所、事件現場で原稿を読む「ここは現場。化粧なんて、してる場合じゃないわ」という感じの髪振り乱した(べつに乱していなくても良いが)女性記者の方が好きなのである。


5・某日15 バラの精ジャンプ2

昨日の撮影は結果が今一つであったので再撮する。昨日は初志を忘れ表情にこだわっていたが、始めの構想どおり、ジャンプの雰囲気を優先することにする。 小岩より自転車に乗って小学一年からの友人Eが遊びに来る。飛んで火に入るとばかりに、ニジンスキ−の後ろで、バラの花びらに見立てた紙を蒔いてもらう。映画好きの彼は、これが桜だったら鈴木清順だな。などと言いながら百回近く蒔くハメに。中学まで一緒だった彼は、東京オリンピックの開会式を私の家で観たという。母に聞いても良く遊びに来たと言うのだが、小学校時代の彼に関する記憶があまり無く、それを言うと彼は怒るが、そのかわり小学校の黒板に描いた坊ちゃん刈りの彼の似顔絵を、私は未だそのまま描く事ができるのであった。


5・某日14 バラの精ジャンプ

バラの精が月を背景にジャンプを撮る。実際見ると、他のニジンスキーより表情が微妙に明るく見えるのだが、ファインダーを覗くとあきらかに暗い。おかしい、ヘンだとしばらく悩む。結局、ほんの数度の角度の違いでそう見えるのであった。日頃、「同じ人形なのに作品によって違って見えますね。」などと言われると、「立体はライティング、角度、レンズで変わります。」などと言っていたのに本気で不思議がってしまった。 それにしてもあまりにも微妙な角度に苦労をする。表情と同じように太腿も見せたいと意識しているから、かなり無理のある撮影。もっともバラの精に月光が当っているのに月が後ろにあるという矛盾した世界なのでたいした事ではないが。私がルールブック。月をも動かす。(画用紙) 個展搬入日に、MXTVの取材。


5・某日13 きゅうり

いただいた胡瓜がいつもの胡瓜と違っていた。西洋胡瓜という感じである。漬かりすぎた糠漬けがピクルスそっくり。なんとなく筒切りにしたのだが、やはり胡瓜は斜めに切らないと感じが出ない。下町の年寄りなど、その切り口があまりに葵の紋にそっくりなので「将軍様に申し訳ない」などと言って斜めに切るようだが、確かに良く似ている。


5・某日12  バラを買う

そろそろバラの精のジャンプシーンを撮らなければならないので、バラの花を入手しなければならない。門前仲町駅の近くに花屋があるのは知っているが、あんな通りに面した店で買う気はおきない。だいたい私が花をもって帰るには少々距離がある。道中の恥ずかしさを考えて、近所のヨーカドーにする。入り口で花を売っているのを横目で観察。間違ってカーネーションを買ってはならない。とっとと買えば良いのだが、白菜、牛乳など必要のない物まで買ってしまう。小さな束になっているものと、鉢に入ったものを買う。レジの女性の動きがノンビリと感じる。 まるでアダルトビデオを借りる中学生のようであった。


5・某日11 撮影

コクトーを撮影する。
これには二体の年代の違うコクトーを登場させる事に。セッティングを終え、食事をしながらTVで海老一染之助・染太朗の番組を観る。染之助が、亡き兄に捧げるピアノを弾くという番組であった。感動的ではあったが、撮影に対するテンション思いっきり盛り下がる。だいたい私の作品は、心に染みるような感動的な気分の中で制作するようなモノではない。どちらかというと良からぬ事を企んでいる状態に限りなく近い状態が丁度良いのである。結局、撮影開始までよけいな時間がかかってしまう。


5・某日10 DM用プリント

高校時代の友人Aからハガキが来る。パソコンが壊れてメールができないらしい。今は精神科の医師だが、一時は電気工学を目指しただけあって機械には詳しいはずだが、デジタルは相性が悪いようだ。私のように、もともと機械音痴の人間は、かえって箱の中まで探求しようなどという気もないので、気楽なものだが。 以前からの研究成果を小さな学会で発表するところまでこぎつけたようだが、忙しい中、随分長い道のりであった。日本の精神科の医師は、抱える患者が多すぎるのだ。 ペトルーシュカのネガを作りに八丁堀へ。その後、六本木まで行き、オイルプリントをドライマウントし、ついでにスキャニングを済ませる。これでDM用写真が決まる。


5・某日9 久しぶりの晴天

昔の作家と同様、私もオイルプリントの焼きつけは日光を使用する。あれだけの光量がタダなのだから良いのだが、陽のある間にプリント作業し、完成は二点。焼きつけだけやっておいてインキングは後でやれば良さそうなものだが、一点ずつに集中するほうが結果が良く、一枚ずつということにしている。一日5分ぐらいは集中できると言ったのは双葉山だったか。なるほど正座をしてプリント作業に集中するするが、そう続くものではない。しかし今日は収穫があり、このプリントを始めた当初から起きていたプリント上の不都合の原因が判る。判ってしまえばなんという事もないが、このためせっかくゼラチンをひいた紙を随分、無駄にしてきたので嬉しい。午後Tさん日本酒を持って陣中見舞いに。Tさんがくる直前にオペラ座のニジンスキーとディアギレフのプリントが素晴らしく完成すると思われたが、叩き過ぎで、一部インクが着かなくなる。こうなったらコンリンザイ駄目で、完成寸前の失敗が一番ショック。しかし、これが良くある事で、あと一叩きが恐くて迷う事さえある。


5・某日8 力道山はリキサン

父からTVでK1中量級の試合があると電話。父は格闘技が好きなのだが、中でもプロレスが一番。七十半ばを過ぎた年齢で、外人=悪役の図式がくずれた現在でも、未だにプロレス好きというのはあまり聞かない。スポーツ新聞まで読んでいるから、私の知らない事まで知っている。一緒に武道館や、ドームなどにも観戦に行ったことがあるが、見渡す限りどこにも老人の姿などなかった。心臓病で緊急入院した時、よく昔の映画にあった入院中の子供の見舞いにジャイアンツの選手などが訪れるシーンを想いだし、ここにアントニオ猪木が見舞いに来たら、どうなるだろうなどと想像したくらいだ。考えてみると、お互い共通の話題といったらプロレスしかないのであって、れがなくなってしまったら、何を話して良いか判らないのである。 


5・某日7 オイルプリント第一作

ようやくオイルプリントの調子が出てくる。完成第一作はCGで制作した背景にニジンスキーを浮ばせた作品。予定どおりCGも実景も、人物像も人形も、オイルプリント上では区別がつかない。これで表現できる範囲が格段に広がった事になる。 まことを写す写真という言葉自体に違和感を感じる人間としては、そこからはみ出したくてしょうがない。さらに、撮影の終わった後の人形を、誰にも見せず跡形も無く始末して、トボケていたいような欲求が起きてくる今日この頃である。


5・某日6 超アナログ

CGで制作し、データで出力したネガにより焼きつけた画面に、油性絵具を付けた馬の毛のブラシを叩きつける。下ろしたてのブラシのせいで、やたら毛が抜ける。野暮なデジタルも馬の毛をなすりつけられ、これ以上無いというほどアナログな物に。 いまだ満足な画像を得られないが、モノクロ写真の方はイメージ通りに進んでいるので、多少安心する。私服のニジンスキーとディアギレフの二人並んだポートレイトを朝まで撮影する。


5・某日5 取材

アート情報マガジンhtwi(ヒッティ)の取材。6月15日発売というから個展初日に出ることになる。しかし出品作が、まだ1カットも完成していないので、写真は待ってもらうことにする。以前、某美術誌にいたSさんはその時の足穂特集以来。私の澁澤作品が表紙になっている97年のドール・フォーラム・ジャパンを持っていたが、始めて作家シリーズを発表する直前で、谷崎を制作中の写真が載っていた。そのインタビューではデジタルなど興味がないと言っているそうだが、当時はワープロさえ触った事がなかったとは言え、ツクズクこの男の『私は○○である』発言はあてにならない。自分の表現したい事については手段を選ばず、宗旨変えは平気。翌日には踏絵の上でツイスト踊るようないいかげんな男である。私は何も決まっていない不安定な状況の中でしか生きられないやっかいな人間なのだ。決まっているのは死ぬ事だけで充分。Sさんに今後の展開など聞かれても、バレエダンサー作っている自分が不思議なのだから、たいした答えはない。私が聞きたいくらいなのであった。


5・某日4 ニジンスキーすっぴん

以前にも書いた事だが、せっかく作った人物に、ゴテゴテした舞台メークを施すのはまったく断腸の思いである。カラー写真のニジンスキーはおそらくないだろうが、実際はもっとハデなメークである。それならば素顔のニジンスキーも作ろうと、急遽決める。頭部がすでにあり、スーツ姿であれば作るのは早い。ディアギレフと並べて撮影してみよう。 自分が着もしないのにジャズの人形からスーツ姿の男ばかりを作ってきたわけだが、例えばリラックスして、ネクタイを緩めた男など何度作ろうと思っても、我慢ができなくてピシッとさせてしまい、だらしない男を作った憶えがない。つまり作品から作者をイメージしようとしても、そうはいかないというわけである。


5・某日3 プリントに苦戦す

撮影は少しずつ成果が上がる。バラの精という事もあり、カラープリントも個展に出品したくなってくる。しかし一方、オイルプリントが二日間全く駄目で、どうやらフイルムから作りなおしになりそうである。撮影したり、オイルプリントしたりと、どうも落ちつかない。ここは撮影に専念すべきであろうか。 夜、近所の川沿いを歩いていると、川の中で赤い点滅が移動している。不思議な光景に、しばらく観察するが、どうやら電気ウキを引っ掛けた魚が泳いでいるらしい。何と言う事はなかったが、一瞬、怪獣映画のプロローグのような気分であった。だいたい、よけいな好奇心を持ったオッチョコチョイが始めの犠牲者になる。 TVでスターウォ−ズをやっていたが、この監督の映画は、アメリカン・グラフィティー以外は何が面白いのかサッパリわからず、安っぽくて最後まで観れたためしがない。


5・某日2 バラの花

オイルプリント5カットプリントするが、すべて気に入らず。もっとも一回目で完成した事は、今まで数回しかないのだが。4カットできているネガのうち2枚はやりなおしの可能性も出てくる。初の試みの、デジタル画像の導入が要領を得ず。 昨日のディアギレフ1人の撮影に続き、バラの精との2ショットを撮影する。バラの精のジャンプシーンを早く撮影したいと思いながら、問題点をクリヤーする方法が思い付かないので、なかなか踏ん切りがつかない。バラの花を入手しなければならないのだが、家までの道中がイヤで、まだ買う気にならない。高一の時、下校時に花売りの女性から断りきれずに花を買わされ、家族に大笑いされた想い出が頭をよぎる。確かに絵にならない事はなはだしい。


5・某日1 制作中

ここ数日、撮影とオイルプリント用ネガ制作。前日に二枚制作し、もう二枚制作する。連休後半が始まるので、八丁堀の出力センターに夜の十二時に歩いて持っていったのだが、そのうちの一つのファイルが開けられないという。一度もどって、別のCDRに焼く。その際、ついでにコントラストなどやりなおす。帰りは午前五時。 いつもより大きなサイズで制作しようと思ったのだが、あらためて見てみると集中力が持たないような気がして、ちょっと小さくする。オイルプリントは焼きつけた後、乾燥させ、保存する事もできるのだが、焼いた後一挙に勢いでプリントする事にしている。