明日できること今日はせず  

最新ページ


6・某日25 個展2

咳が出るので、渋谷で咳止め薬を買う。会場には江戸川乱歩生誕の地にある名張図書館の中相作さんがお見えに。運営されるサイト名張人外鏡は乱歩ファンで知らないものはいない。『江戸川乱歩著書目録』制作中であり、刊行が待たれる。 十代の頃の友人、家族と来る。六年ぶりくらいか。すっかり良きお父さんになっていたが、私の記憶から長髪に銀色蛇皮のロンドンブーツ を履いていた姿を消す事はできない。 今日はDMその他で最終日という事になっていたので、そのつもりでお出での方々が多い。 帰りがけTさんと飲みに行くが、咳止めの薬が合わなかったか眠くてしょうがないので早めに切り上げる。どうも風邪がひどくなっているようだ。最終日の7日まで、できれば一度、夕方くらいには顔を出すようにしたいところ。


6・某日24 個展1

車中で読もうと、近所の書店で『のり平のパーッといきましょう』三木のり平 聞き書き小田豊二(小学館文庫)を買う。 会場にHさんが子供を連れて来ていた。以前インドやチベットへ行っては写真を撮っていた彼は、今はヒゲも剃りサラリーマンをしている。きっと覚えていないだろうが、噛むとシャリシャリ云うタニシ入りカレーで飲み会があった時、ボンヤリと画像の出始めたオイルプリントを見せた事がある。あの頃は人形作りを放りだし、オイルプリントと挌闘していたが、後にそれによる個展をするとは夢にも思わず、人形作りと関係ない事をやっていてどうするんだと自分を責めながらも止められずにいたのだった。 たまたま画廊に用事でNHKのプロデューサーH氏がみえた。以前お会いした事があると思ったら、十数年前、まだ実験中の衛星ハイビジョンの番組で、黒人の人形を撮影された事があった。当時と作品があまりに変わってしまったので気付かなかったようだ。こういう事は何度かあって、私が私の個展会場にいると、知人が偶然入ってきて「あなたココで何してるの?」 番組完成後、局内で試写があったのだが、これから放送はこうなるという説明を聞きながら、ビールとおつまみが出たのを覚えている。


6・某日23 ニコラ・バタイユ

バラの精のプリントを前にウェーバーの『舞踏への招待』を大きな音量で聞く。一度そうやって聞いてみたかったので、会場に誰もいない時にやってみた。唐突に部屋に飛びこんで来て女性にまとわりつくバラの精。始めに観たバレエのせいか印象深い。一つジャンプでもしてみたくなるが、そこへ芸術新潮のMさん二度目の来廊。 演出家のニコラ・バタイユ氏がみえる。向こうで見せたいとの事で、カラープリントのニジンスキーを数枚進呈する。芳名帳にブラボーと書いてくれる。 カメラマンのOさんみえる。帰りが近所なので車に乗せてもらう。永代通りの谷やんラーメンにて長話。ついでに東陽町のモンシェールのパン工場にお連れする。ここはジャズタクシーの安西さんに教えてもらった所で二十四時間購入可能なのだ。


6・某日22 奇食珍食

NHK人間講座 『発酵は力なり』小泉武夫を観る。私の周りには小泉ファンが多い。私も『奇食珍食』を読んで以来のファンである。少年時代、鶏を使ってフォアグラを作る実験をした話など大変面白かった。 大体、書店、古書店で書棚を探索していると、、珍、恐、奇、怪、などの文字につい反応してしまうタチだが、特に奇食に関する本は見つけるとつい買ってしまう。小泉氏の話を聞いて、韓国の祝いの席で食すというエイの発酵した物を、都内の何処かで食べた事がある。残念ながら韓国そのままだと日本人にはとても食べられないので押えてあると云う事だった。 私などたいした奇食体験はないが、しいていうならアカガエル、タヌキ、スズメバチだろうか。アカガエルは食べる部分が少ないが、食用蛙より美味だったような気がするし、タヌキも雑食性の動物なので臭いかと思ったが、スキヤキ仕立てだったせいかなかなか美味と感じた。鉄砲でしとめ、御馳走してくれた方は土中に埋めると臭みが抜けると云っていたが、古来、日本人は土の解毒作用を利用していたのはわかるが、どうも信じがたい。スズメバチは岐阜の陶器工場にいた頃の話である。八百屋の店先に蜂の巣の輪切りが売っていたり、地元の人は『へぼ採り』といってジバチとりに夢中になっていたが、私が食べたのはジバチなどという生易しいものでなく、人が刺されてよく死亡する黄色スズメバチという大型の蜂である。蛆と蛹、成虫がそのままの形でうっすらと飴色の佃煮のようになっていたが、そのグロテスクな見た目と違い、その美味しさは忘れられない。 番組では発酵食品、特に乳酸菌の整腸作用など興味深かった。昔は十日に一回、糠漬けの糠を水に溶いて飲めと云われたそうで、クサヤの漬け汁も飲むと効果があるという。先日、未知の方から糠床の保存法をメールでいただいたので、さっそく実行してみよう。  私にはもう一つなにか奇食体験があるような気がするのだが、意識的に記憶から排除しているようだ。と云いながらそのカタチを思い出しているのだが・・・。


6・某日21 会場に音

会場に音楽が無いのも寂しいと、先日まで「ヒッキーを世界的な写真家、森山大道氏が撮った・・」とやかましかった向いのHMVにて、舞踏への招待、ペトルーシュカ、春の祭典、サティのパラードなどを購入する。 幼稚園からの付き合いのYが来る。最近ボディビルに夢中とは聞いていたが、あまりの変わり様にあきれる。 御近所にお住まいのピアニストTさんがバラを持ってお見えに。彼女のニジンスキー好きは大変なもので、資料をお借りした際に話をうかがったが、まるでオペラ座でニジンスキーを観て来た帰りのパリジェンヌに話を聞いているようで、私の制作にも拍車がかかったものだ。 B商会のMさん、ギター制作のEさんとお連れとで飲みに行く。


6・某日20 会場にて

来月、紀尾井小ホールの朗読劇 谷崎潤一郎原作『春琴抄』毬谷友子(春琴)榊原利彦(佐助)近藤正臣(語り)の演出を手掛ける金子こうじろうさんがみえる。私は谷崎作品を一つ選べと云われれば春琴抄である。中学の授業中読んでいて、目薬を指すのも苦手な私は佐助が眼をつぶす場面に寒気がしたが。 美術評論の中村隆夫氏がみえる。東京新聞土曜朝刊に展評を書いていただく事に。廃れた技法オイルプリントという文字が活字になるだけでも有り難い事である。しかしそれにしてもオイルプリントとはネーミングがあまりにもダサイ。 直後に如月さんがみえる。お願いしていたサイン入り『後方見聞録』加藤郁乎著をわざわざ届けて頂いた。如月さん運営のサイトは四谷シモンさん公認ページもあり必見サイトである。 高校時代からの友人Yが来る。高校時代からのお付き合いとは珍しいですねとどなたかに言われたが、明日は幼稚園からの付き合いの友人が来る予定である。Yと門前仲町の志ん作で飲む。


6・某日19 風邪気味の一日

二時過ぎに会場に行くと、宇野亜喜良さんと沢渡梢さんがお見えになっていた。宇野さんにはジャズ・ブルース、作家シリーズなど私の作品の変わり様を会場で御覧いただいているので、できれば今回も御来場いただければと思っていた。 沢渡さんが最近BSでニジンスキーのフイルムを観たとおっしゃっていた。動くニジンスキーが存在している話しは聞いた事がなく、宇野さんも驚いていた。 二度参加したレトロプロレスのオフ会だが、その会場を提供されているJoe Hooker Sr.ことMさんがみえる。もともとブルースがお好きだそうで、私が制作したブルースハーピスト、シュガーブルー来日時のパンフを今まで実写だと思われていたそうだ。それにしても会員の皆さんのプロレスに対する知識、記憶力は尋常でなく、唖然とするばかり。 以前オイルプリントを購入いただいた方が札幌からお見えになる。もちろんついでがあったのだろうが有り難い事である。 咳が止まらず早めに帰る。


6・某日18 マジェスティックにしておけばよかった

昨日から咽が痛いとおもったら風邪のようだ。疲れているはずなのに以外と元気でおかしいと思っていたら風邪となって出てきた。最近は咽からとパターンが決まっている。 俳優の市山貴章さんが事務所の後輩木村友香さんとみえる。十五年前、市山登時代に来て頂いて以来。当時と印象はほとんど変わらず。役者をやっていなかったら私と同じような事をしていたかもしれないなどしばらくお話する。(6/24 22:00〜 日本テレビ「天国への階段」12話に出演。)5年前ぐらいになるだろうか、オイルプリント用にポートレイトを撮影したTさんがみえる。おかっぱ頭にスレンダーなスタイルで日本的な肖像になった。現在はお子さんも生れ、すっかりジャンルの違う?美しさに。 新潮社のFさんがおみえになる。乱歩がお好きだというFさんは以前からこの駄文雑記を御覧いただいていたようで始めてお会いするのに色々ご存知で恐縮する。(社内でも会場にお出でいただくようお奨め下さい!) 木場に帰り、ヨーカドーで上映中の『模倣犯』を観る。中居正広は妙な雰囲気を出していたが、全体的には薄い印象。最も風邪薬のせいで所々寝ていたからかもしれない。


6・某日17 モシモシ

一度、生で作品を観てみたい画家にクロビス・トルイユがいる。美蕾樹の生越さんに、クロビス・トルイユは日本に来た事はと聞くが、遺族の問題があり難しいそうだ。面白いと思うのだが。 『ビアズリーと世紀末』 (1980年、青土社刊)の河村錠一郎氏がオープニングに続き再びお見えになりしばらくお話する。モノクローム写真の印画紙について質問を受ける。すでに製造中止のエクタルア、黒色が違う。また来るかもと帰られる。 KKベストセラーズのKさんが見え、担当した山口椿さんの『中国残酷女列伝』をいただく。平凡社『太陽』特集人形愛の時の太陽最後の編集長Sさんがみえる。オイルプリントは印刷ではなく実物で見ていただくのが一番。  会場に知人から電話。「モシモシ」で誰だか判り相手は驚いていたが、これは何のためにもならない自慢のしようもない私の特技なのである。(頭に入れば)十年ぶりでも判る。「ヤァ久しぶり」などと言うと、相手は誰かと勘違いしていると思うようだ。そこでこれは私の特技でと説明したところで、相手は感心するわけにも行かず用件に入るわけだが。


6.某日16 個展を三つ

銀座青木画廊 特別常設展『建石修志展』を観る。東京人に連載の鉛筆画。29日まで。青木さんとお話する。どなたかDMを持ってきてくれたようでオイルプリントについて簡単に説明する。日動画廊の前を通ると『松木路人展』をやっていた。ドア越しに覗くとWさんと眼が会う。Wさんとは十代の頃の知りあいで、日動に勤めているのは知っていた。二十四年ぶりなのにかかわらず、眼が合って二、三秒で気がつかれる。判るのが早すぎはしないか?個展に来てくれること約束し図録をいただく。赤坂見附でイベント会社に勤めるSと待ち合わせ『ですぺら』へ。DMを置いてもらい、ビールを飲んで『季刊Bookish』(ビレッジプレス)を買う。その後渋谷のゆーじん画廊へKさんの父上の作品展『木内廣 遺作展』23日までを観て、その後終電の時間まで三人で飲む。


6・某日15 光陰矢の如し

先日ほどではないが、やはり騒がしい事になった。確かに馬鹿もいた。 そんな中、写真家の吉田ルイ子さんが友人とお見えになり、アリゾナに住む十九になる知り合いの娘さんも一緒に来てくれた。金髪にピッタリしたジーンズ姿のあまりの変わり様に、今日来ると聞いていたのにしばらく判らなかった。ハリウッドにメイクの勉強に行くというその娘を私は昔、泣かせた事がある。クリスマスの飲み会に呼ばれた事があった。千円でプレゼントを用意する事。なにしろむくつけきブルースマンが集うというし、そんな連中へプレゼントなど思い浮かばないので、半分ウケをねらい暮れも近いということで、お掃除グッズを千円分持っていったのだ。プレゼント交換になると、その家の二人の娘も参加する事になっているではないか。不幸にもお掃除グッズが当ってしまった娘に大泣きされ、当時それほど親しくなかったお宅に呼ばれて、こんな事で泣かれた私は立ち直るのに酒の三杯はかかったはずだ。 アリゾナの寿司屋でアルバイトしていた時、プロフッボールに挑戦中の若乃花や、イチローが良く来たそうだが、ファンが話しかけても無視して感じ悪かったなんて話しを聞きながら銀座線で一緒に帰った。


6・某日14 サッカー

明日はまたサッカーの日本戦がある。渋谷で個展をしている最中の身としては、また大騒ぎがあるかと思うとうんざりする。 しかし年配の方があんな大騒ぎして今の若者は馬鹿ばかりのようなことを言ったりしているが、それでは昔は利巧が多かったかと言うと、馬鹿と利巧の割合は、太古の昔からあまり変わらないようにできているのではないかと私は思う。日露戦争の頃でも騒いだと思うし、太平洋戦争でも、大本営のウソ情報で狂喜していたはずだ。もちろん比較にはならないわけだが、相手が死んで喜んでいない分、サッカーで盛りあがるぐらい良いのではないか。ついでにいえば、私のように世の中にとって必要のない物に限って作りたくなるような人の割合も、だいたい決まっているような気がする。自然界のバランスはうまくできていて、本来は、人間が泣いたり笑ったりするのに丁度良い割合になっていたのではないかと思うのだが・・・。


6・某日13 オイルプリントで会話する

今日は日大でオイルプリントの制作を始めたという学生さんが会場にみえ、オイルプリントの話をする。昔の文献にはブラシの使い方など、オイルプリントの独特な用語があるのだが、私が始めた頃、まじめにノートに書きとめたりしていて、考えてみると話し合う相手がいないと用語など意味がない事に気付いた。 私は小さい頃から、独学で一人、誰もやっていない事をする人が一番エライと思いこんでいたが、日本という国はそうではなく、一人で妙な稲を植えてる人扱いなので、少々オイルプリンター人口を増やさねばならない。ゼミでは何人かの学生がチャレンジしているようだが、思ったようにはいかず、そろそろ嫌気がさす頃であろう。後日会場に来るようであるから、ここはひとつお茶でも出して宗教勧誘のマニュアルでも読んでおきたいところである。


6・某日12 個展初日

二十代の頃から随分個展を開いてきたが、オープニングパーティーは始めてである。だいたいパーティーなど苦手であり、まして私が主役などとんでもないというわけである。しかし今日判ったのは、来て頂いた方は私を観に来るわけでなく、私の作品を観に来るのだという事であった。(当たり前だ!) MXTVの取材の後、山口昌男さんがお見えになる。私の作家シリーズ、澁澤龍彦作品を観ながら愉快なお話を伺った。「渋澤さんはひどいんだ。人に軍歌を何時間も歌わせ自分は聞いている。もっとヤクザな歌を歌っていいかと聞くと駄目!、それで歌詞を間違えるとなおされる。」食事を済ませ画廊に戻ると鈴木晶さんがお見えになっていた。コクトー関連のイヴェントでパリオペラ座のダンサーの踊るバラの精を観てニジンスキーに興味を持った私が、始めに読んだのが鈴木晶著『ニジンスキー』(新書館)であった。これでいきなりニジンスキーを作る気になってしまったのだが、その後他の著者の物も何冊か読んではみたが、始めの一冊でほとんどのイメージは出来あがったと言ってよい。晩年、狂気のニジンスキーがヒョイと跳躍している不思議な図版も載っていたが、私には跳躍というより空中に浮ぶつもりの男に見え、そのポーズは作品に取り入れた。読了直後から、何度かメールで作品をお送りしていたのだった。 その後、澁澤龍子さん、油井昌由樹さん、河村錠一郎さん、薔薇族の伊藤文学さん、インターネットを通じて知り合った方などにも来て頂き、ありがたい事と感謝した一日であった。 新作オイルプリント画像8カットアップする。


6・某日11 搬入

12時過ぎに実蕾樹に到着。前の展示者が取り付け金具その他、やりっぱなしで帰ったようで、疲れているのによけいな事から始めなければならず。いつもの事だが、展示のレイアウトをどうして良いか判らず相変わらず空間を把握できない御粗末。マネージャーと画廊オーナーに、ほとんど考えてもらう事に。どっちが良いか聞かれれば答えられるのだが。 窓の外には、向いのビルに鳥肌実の巨大な看板。サッカー、日本VSチュニジア戦の為、歓声が怒涛の如く響き渡っている。渋谷駅前スクランブル交差点は異常な光景であった。


6・某日10 個展搬入前夜

昨日はプリンターの田村さんに朝までモノクロ作品をプリントしてもらい、その間に、オイルプリントのドライマウントをする。(ゼラチンを塗布した紙は台紙に張らないと平面にならない)最終的にモノクロプリントは12カット。撮影もだんだん調子を上げていき、一番冴えるのは追い詰められた個展数日前。しかし学生時代の夏休みのアルバイトなどもそうであったが、要領を覚えた頃に夏休みは終わるものである。人の一生も終わる時はそんな感じか。


6・某日9 撮影終了

最後の撮影に朝までかかる。今回の個展用の撮影は、始めたのが随分遅かった。 舞台で演じる人物の場合、残された写真によって随分表情が変わりイメージがなかなかつかみ難い。それに1カットだけのために人形を作ったりしていたからなおさらである。 近所にオペラ座があるわけでもなく、いつものように人形を持ってぶらつきながら撮影するわけにもいかないし、作家シリーズの時の谷崎や荷風のように、人物と組み合わせて撮影する事もかなわない。 そのかわり、今回新たに加わったのがCGであった。オイルプリントのネガをデジタルで作るようになった当初から考えてはいたのだが、泉鏡花は金沢、寺山は青森、谷崎は京都などその場の空気の中で作品を作ったりしていたのでなかなか一線を越える気になれなかった。だが前述の理由や伝説の人物という事でオイルプリントに限り導入してみたわけである。 私の場合、スタートが工芸ということもあり、汗をかいて制作しないと実感を感じられずCGなど不粋なものという気分が拭えなかった。しかし馬の毛のブラシにより絵具をベタベタ叩き着けるオイルプリントというあまりにもアナログな技の前にはピクセルも何もあったものではない。そして冷や汗は充分かいたのであった。


6・某日8 赤いバラ

今日は、最後のオイルプリント制作。九点と決めたプリントだが、個展に向け良いプリントができるたび入れ換えている。そこで最後に始めの予定通り、全面赤いプリントにしてみようとバラの精をプリントする。何枚このプリントをしたのか思い出したくも無いが、最後と決めた一枚で赤いプリントが完成。 今回は九作品それぞれタッチを変えてプリントしてみた。


6・某日7 モノクロプリント

AM11:00に田村写真に行き、画面サイズの長辺が80数センチのモノクロのバラの精をプリントしてもらう。人形の作者としては、小さく作った人形が拡大される面白さがある。フイルムのコマナンバー8か14のどちらにするか迷うが、どちらかというと14の方がと思ったとたんラジオの競馬中継が14番を連呼。これで決まり。 ワールドカップサッカー対ロシア戦。撮影のためあまり寝ていなかったので途中寝てしまう。その間に1点入り勝ってしまった。


6・某日6 少々疲れる 

朝、寒くて目が覚める。明け方まで牧神を撮影していたので、もう一度寝るが、今度は暑さで目が覚める。どうも疲れが出ているようだ。オイルプリントは油性絵具をブラシで叩いて画面に付着させるのだが、毎日叩いているので腕がだるい。一度、腕に万歩計を付けて一作品で何回叩くか調べてみたいものである。作品によっては1時間前後叩いているので相当な数になるはず。この動作は作品にとって以外と重要な要素である。正座をして画面を一心に叩いていると、自動的に画面に何かを込めるカタチになり、さらに祈りにも似た気持ちがわいてくるから不思議である。『ここにはコクトーの鼻の穴ががあるんだ、頼む出てくれ!』 夕方、六本木の田村写真にフイルムを届け、モノクロプリントの相談をする。帰り道、今日は食事をしたかしばらく考えるが、そういえば何も食べていないではないか。道理で調子が悪い。門前仲町でサンダルを買った後、食事をする。勘定を済ませ一歩店を出たとたん、昼食を食べていた事を思い出した。


6・某日5 石原嫌い

福田官房長官の核は持てる発言に対して石原慎太郎が「核は持てる頑張れと」励ましたそうだ。まったくとんでもないことである。 私の石原嫌いは小学生のある日、母がうかつにもタンスの上に隠していた『スパルタ教育』を母より先に読んでしまってからだから年季が入っている。


6・某日4 再度バラの精

肘から出血してまで制作したバラの精。色調はいかにもバラ色で綺麗なのだが、元が明るい色なのでどうしてもフラットに見える。それに昔の少女漫画をイメージしたワリに、バラが少なく寂しく見えネガ制作からやりなおして再びプリントする。バラ色というより、スミレ色だが、夜の雰囲気は出たようだ。


6・某日3 夜中に歩く

オイルプリント最後の1カット。デジタルデータを出力センターに持っていきフィルムにするのだが、24時間やっているので大変助かっている。私は昔の作家と同様太陽光でプリントするので夜中の二時、三時に木場から八丁堀まで歩いて通っている。永代橋を渡って左にしばらくいくと車が通るだけで実に寂しいのだが、この辺りを夜中にパイプをふかしながら一人歩くのは楽しい。昔は縁日が楽しみだった鉄砲洲神社の前を通り、まだ残っている木造モルタルの家など眺めたりして、ちょっとした乱歩趣味を味わっている。


6・某日2 危険な兆候

近所を歩いていると口をポカンと開け、空を眺めている子供がいる。『君は昔の俺か?』 庭にゴザを敷いて夏休みの工作の宿題をやっている時、学校に行かなくていいし、散らかし放題で何時間作っていても宿題なので親には怒られず『ずーっとこんな事してられたらいいなー』空を眺めて想ったものである。 ところでこの子の親は何をしている!ただちにホコリが入り放題の口を閉じさせ、頭の一つもハタかないといけない。グロッキー状態のボクサーにするようにアンモニアを嗅がせるのも有効かもしれない。子供がジッと遠くを観ていたらロクな事を考えていないのである。特に空はいけない。


6・某日1 肘から出血 

バラの精のオイルプリント、3日目になんとか完成。随分ゼラチン紙を使ってしまう。 お茶でも飲もうと外に出るが、すれ違う人の視線が気になる。見ると肘にバラの精に使った絵具がべったり。できたーとゴロリ横になった時に着いたらしい。どうみても肘から出血しているようにしか見えないので外出は中止。未だにオイルプリントのネガを作っているのだが、このごにおよんで、よけいな事を思いついてしまう。こんな事をするつもりではなかっただろうとは思うのだが、いつものことゆえ諦める。 矢川澄子の訃報を聞く。七十過ぎて自殺というのも悲しい。澁澤龍彦と海岸で花札に興じる若き日の写真が想い浮ぶ。