明日できること今日はせず  

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8・某日17 散歩

ここ数日暑さがぶり返し夜中に散歩する。永代通りを永代橋へ。隅田川はあいかわらず石鹸水の中で魚を掻き回したような臭い。橋を下りて川沿いを行くとボラが跳ねている。数年前までは、よくこのあたりでハゼ釣りをしたものだ。ボラやフッコなど上を泳ぐ魚は臭くて食べられた物ではないが、ハゼの天麩羅は食べられる。ただ天麩羅にするのが面倒になり最近はご無沙汰である。来月、利根川でハゼの船釣りを誘われている。本来ハゼ釣りなどは、サンダルをツッカケ、せいぜい自転車をコイで行くような物だと思っていたが、一度くらい船釣りも良いだろう。


8・某日16 「明智小五郎対怪人二十面相」(TBS)を観る

乱歩作品は乱歩生前から途切れる事なくTV、映画、芝居になっている。これは凄いことである。こんな作家は他にいないだろう。ただ上手くいくことは稀である。だれでも乱歩ファンであれば、それぞれ小説のイメージが映像のように浮んでいるに違いない。まして映像作家となれば『乱歩のような着想は自分には無い。しかし乱歩作品は素材としては良いが、ツジツマが合ってなかったりして問題もある。私だったらこうする。』などと思ったりするのかもしれない。しかし残念ながら私がこうしたおかげで、貧乏臭い物になってしまうのである。乱歩にはあの文体も重要だし、その他ツジツマが合わないことすらあの世界を形作っている要素と思われる。美輪明宏は乱歩の世界を黒のサテンに無造作に宝石がころがっていると評しているが(横溝正史は肥溜めのにおいがしてウンコ臭いそうだ。)乱歩はおとなしく、ページをめくりながら夢を見るに限る。 ところで最近、一部で話題になっているのが探偵講談である。旭堂南湖という若い講談師が、乱歩作品や乱歩一代記などを試みているそうで、関東では残念ながら披露されていない。乱歩生誕の地、三重県名張市で「江戸川乱歩ふるさと発見50年」記念事業'乱歩再臨'というイヴェントがあり、10月13日に出演するそうなので整理券を申しこんでみた。


8・某日15 TVドラマ 

「私立探偵濱マイク」中島哲也監督作品「ミスター・ニッポン21世紀の男」を見る。松方弘樹と林家ペーが拳銃を構えて向き合う。このシーンだけでも見て良かった。TVドラマといえば、つい見てしまうのが『新・愛の嵐』である。いい加減にしろよと思いながらも見ている。ナレーションが懐かしい調子。 その前の菊地寛原作『真珠夫人』も凄かった。菊池寛があの御面相で、タバコをそこら中でもみ消しながら、あんな物を書いていたかと思うと可笑しい。大和田伸也が悪役だったが、若者を注意して殴られたという正義の人のイメージが邪魔をして悪人に見えず。その点、今回の石原直純の悪役ははまっている。どうか改心などせず悪いまま惨めになっていってほしい。 そういえば私は昔の『愛の嵐』も見ていたのだった。


8・某日14 ロックンロール

マリナーズ対インディアンズを明け方まで観る。イチロー3安打。オハイオ州クリーブランド市はロックンロールという言葉の発祥の地だそうで、Rock and Roll Hall of Fameロックンロールの殿堂があるそうだ。 私が陶芸の専門学校にいた時ロックンロールとは、そもそもアラン・フリードというアメリカ人が進駐軍として日本に駐屯中に、陶器の産地で陶器職人がロクロを回しているのを見て、ロックンロールという言葉を発明したのだと冗談をいったのだが、その時、真に受けた先輩がいたようである。それから数年後、茨城県の笠間で若い陶芸家の卵連中と飲んでいた時、その中の音楽好きが真面目な顔でその話しをしていた。伝説は結構いい加減に作られるのかもしれないと笑いをこらえながら、そいつは初耳だという顔をしていたのはいうまでもない。


8・某日13 心霊写真

近頃は、時期にかかわらず始終心霊番組をやっている。世の中にはオッチョコチョイが多いようだ。TVタレントなど盛んに体験談を披露しているが、その気になるのが職業のような人達だから遭遇する事も多いのだろう。 番組では、どこそこのトンネルだ病院だと云っているが、どんな怨念だかは知らないが、いちいち出て来られたら大空襲があった東京などとても住めたものではない。特に下町は壊滅状態だったわけで怨念の規模が違うのである。たとえば先日祭りで賑やかだった深川だが、私の母など悲惨な光景を覚えているので未だにあまり来たがらない。 私は子供の頃に気がついたら神も仏もサンタも霊もいないという人間になっていたが、それではそういう話しが嫌いかというと、実は大好きなのである。見たり感じたりした事がないものを、信じていると云えないだけで人一倍期待しているのだ。 数年前おかしな写真を撮影した。白い物が複数漂っており、写真の専門家に見せても原因が解からなかった。私はネガを見て当然喜んだ。ちなみに撮影地は道路を隔てて三十メートルが靖国神社であった。 お盆は過ぎてしまったが。


8・某日12 めっきり涼しく

ようやく夏も終わりに近づいてきたようで、急に涼しくなる。今年は何故か蚊が出ず、蚊取り線香など一度も焚かなかった。こんな事は始めてだと思っていたら蚊に刺される。どうやら今年の夏は蚊にも暑すぎたのだろう、今ごろになって蚊取り線香を焚く。 我が家にはエアコンが無い。幸いなことに近所に高い建物が無いので風通しが良く、今までは一週間我慢すればなんとかなっていたのだ。しかし今年はさすがにエアコン購入を考えたものだ。そもそも異常気象と云っているが、そんな事より一斉にエアコンを止めれば手っ取り早い。ついでにアスファルトも剥がして。埼玉など東京のエアコンの排出する熱で温度が上がっているというから迷惑なはなしである。 そんな中、最近雑記に登場しないので腐らせただろうと思われている糠床は、タカの爪を加えた程度で、ついに冷蔵庫のお世話になることなく夏を乗り切った。個展もあり、かき混ぜるのを忘れた日もあったが、この面倒くさがりがたいしたものだ。自分を誉めてあげたい。


8・某日11 犯罪

最近、ヒドイ犯罪が毎日のように報道されている。私に云われたくはないだろうが、生れてこなかった方が良い人間がいるようである。(被害者が生れずに済んだという意味でだが)だいたい、浅はかでどう考えても頭が悪いとしか思えない動機、手口が多すぎる。勿論、頭脳明晰な犯罪者に巧妙な手口によって被害にあった方が良いと云う事ではなく、もう少し頭が良かったらそんなオソマツな事はしないだろうと思うのである。よくその歳まで、そんな馬鹿のままでこられたと思う犯罪者が多いが、人に非難されることを嫌い、都合のよい人間関係だけを続けていた結果、馬鹿が保たれてしまったのだろう。 私に云われたくないだろうからこの辺にしておくが、最近、TV報道を観ていて、この悪相のオヤジはとんでもないヤツだと思って入ると、私より年下だったりして絶句する事が多く、よけい腹立たしい。


8・某日10 祭り

朝から神輿を担ぐ掛け声。江戸三大祭りの一つ深川は『ワッショイ』なので気持ちが良い。半纏も町内ごとに統一されていて、ヘンな物が混じっていなくて良い。雨が降っているが、町の辻々に水を張ったポリバケツが置いてあり、バケツやホースで神輿に水を掛けまくるので、あまり関係が無い。木場から永代通り沿いに永代橋まで見にいき、帰りは適当な路地で神輿を待った。いつもは太陽光で水がキラキラしてそれが気持ち良かったのでチョッと残念。


8・某日9 ペットショップ

取材の後、友人の林が来て我が家の熱帯魚を観る。妊娠ではないかと思っていた魚は、彼に云わせれば餌のやり過ぎではないかという。かもしれない。 その後篠崎のペットショップへ。熱帯魚はなんと云ってもブルーだろうと思っているのだが、これはという魚は、店員に聞くと他の魚との群泳は無理との事。結局ラスボラへテルモルファを10匹。結局チッコイのばっかりである。その後、清澄白川駅近くのの『でいご』で泡盛を飲む。林に云わせると、ペットショップの水槽がただの水より透明度が高いように見えたのは、すべてバクテリアが作用しているのだという。ひとしきり彼の講釈を聞く。揚句はこれから家の水槽を観に来いというのだが、明日はこのあたりは祭りの本番である。見学は次回という事に。終電の時間ということで別れ歩いて帰る。深川不動や、富岡八幡の参道を通ると、明日にそなえ屋台の準備が万端。雨がポツリと来て心配ではある。


8・某日8 片付け

明日はリヴィング雑誌の取材がある。リヴィング雑誌といっても部屋の撮影ではないのだが、部屋はまだ個展の撮影時の状態が残っていて、ニジンスキーは空中にジャンプしたままぶら下がっていたりするので、多少は片付けなくてはならない。しかしこんな時、例によって『世界犯罪者列伝』とか『艶本資料の研究』とか『ピストン堀口の風景』とか猛烈に読みたくなってしまうのである。読み終わると何故か身辺雑記を書かなくてはならないと猛烈に思ったりして。 先日ためしに編集者に『深川は本祭りなので車は大変ですよ。』とメールしてみたのだが『どうしてもお祭りのほうに行きたいというなら別ですが』とやんわりと却下。 一部屋だけ片付ければ良いという事にして、風通しは悪くなるが撮影用の部屋はピッタリと開かずの間という事に。


8・某日7 メイヤー男爵

ニジンスキーの『牧神の午後』を見て以来、気になっているのが撮影者のアドルフ・ド・メイヤー(バロン・ド・メイヤー)である。『牧神の午後』は高価なためかあまり売れなかったようだが(現存七部)背景をグワッシュで修整したり自分のイメージに近づけようとしているのが印刷でも判る。フランスに生れ、イギリスに住んだが、妻がエドワード七世の血縁ということで男爵というのは怪しいらしい。絵画主義(ピクトリアリズム)全盛時代の作家だが、第一次大戦の激化にともない、ドイツの男爵では具合が悪かったか、スティーグリッツの誘いもありアメリカに渡る。(アメリカに送った牧神の在庫その他、ドイツの潜水艦に沈没させられすべて失う)直後にヴォーグのカメラマンになり活躍する、ファッション写真の開祖である。作品の特徴はライティングであろう。当時(1910年代)といえばレンズのコーティングもない時代なのだが、とにかく逆光が好きな人である。(20年代のハリウッドのライティングにも影響を与えたという)それに貴族趣味丸だしの雰囲気に、腰に手を当てそっくりかえった気取ったポーズ。 本人は寝るときにミンクの毛布にくるまっていたそうだが、相当変わった人のようだ。 私は表現者においては過剰な人、やり過ぎた人が大好きなのである。 サザビーズのオークションでは『Maria,A Study』が作家のオークション最高価格の $125,000.(約15,625,000円)で落札されたそうだ。


8・某日7 暑気払い

いくらかましになったとはいえ、暑い日が続いている。暑気払いに一杯やりたいところだが、こんな時は冷たいジンか焼酎に限る。近所にどこより美味しい酎ハイを飲ませる店がある。以前は極薄いレモンスライスを入れていて、現在はポッカレモンを自分で入れるのだが、何故かとても美味しく、一口めが唇に触れる寸前、鼻の下に炭酸のプチプチが当るときの気分は楽しい。 始めは店の雰囲気のせいと考えていたのだが、それだけではない。一つにはあらかじめ焼酎と炭酸水を冷やしてあり、氷を使わないところにある。それと厚手のコップ。最後に決定的なのは焼酎『亀甲宮』である。三重県の焼酎だが、そのほとんどを東京に下ろしていて、特に下町の店はこれである。 そこでコップは戦前製のいかにも焼酎ストレート用の小振りで厚手の物を用意した。薄いグリーンが涼しげである。『野良犬』の三船敏郎や『仁義なき戦い』の菅原文太あたりが真夏に焼け跡のバラックで、汗を一杯かいてグッとやりそうな、メチルアルコールでも似合いそうなコップである。 以前から幽霊をやったらさぞかし良いだろうと思っていた管野美穂が、TVで『四谷怪談』をやるらしい。キッコー宮を冷凍庫に放りこむ。


8・某日6 メダカ

以前から魚を飼っている高校時代の友人宅に魚を見にいく。てっきり綺麗な熱帯魚を飼っていると思っていたのだが、何本かの水槽、ビンに入っていたのはメダカ、淡水エビ、淡水フグ、タニシと実に無彩色で地味〜なラインナップ。おまけに水草に紛れていたというヒルも元気にうねっている。鮎釣りに行ったおりに獲ってきたものなどを入れているらしいが、あまりに地味で離れて眺めていても面白味がない。しかし水槽に顔を寄せるようにして眺めていると、その動きは可愛らしく、つい会話も途切れる。子供時代いくらでも獲れたメダカも今は数も少なくなったという。やはり同い歳の友人も会社の小さな水槽でこじんまりとメダカ、タニシを飼っていたが、一人の時にメダカを眺めている友人を想うと、なかなか侘びた味がある。ペットボトルに二種類ほど水草を入れてもらい帰る。中では小さなヒルがうねっていた。


8・某日5 石田喜一郎とシドニーカメラサークル 松涛美術館

ブロムオイル(オイルプリントの数年後に考えられた、市販のモノクロ印画紙で焼いた物を漂白し、オイルプリントにした技法)を制作した石田喜一郎(1886〜1957)の作品が八十年ぶりに展示される。この人の技法書には私も随分お世話になった。 午後二時より細江英公氏の講演「現代からみるピクトリアリズム」を聞く。こういう作品は印刷では再現不可能で、そのため一般に届かないと云われたが、全くそのとおりで、印刷を前提にした写真とは違い実物を見るしかない。 しかし作品は紗をかけたゼラチンシルバープリント(モノクロ写真)とブロムオイルが見分けがつかないほど似ていて、表面の趣に差がない。(ブロムオイルは市販の印画紙を使うせいだろう)どちらの技法でプリントするかは、撮影時には決めていないのかもしれない。 使用レンズは問題の、英国はロンドン製を使用したらしい物を散見する。 さすがビンテージ写真の味があり、歴史的価値はあるのだろうが作品としての印象はあまり残らなかった。野島康三の作品を知っていると、それもしょうがないだろう。 続いてブンカムラで『マグリット展』を観る。未見の作品が多数展示されていたので楽しめた。


8・某日4 千葉市美術館 高村光雲とその時代展

千葉市美術館は、98年の曾我蕭白展以来。平日とあってガランとした館内。作品はどれも素晴らしく、熟練の技に眼福を得る。昔から教科書でなじみのある老猿(1893)を始めて観たのだが、思ったより巨大で圧倒的。様々な彫刻刀の使い方を見せる。 仏像はどれも素晴らしかったが、洋犬(1877)などの小品も良かった。私の趣味としては息子の光太郎より光雲。観終わったあと寝不足のせいで館内のソファーで二十分ほど寝てしまった。


8・某日3 魚の日々

魚には餌をやりすぎないよう友人からも云われているのだが、ふと見るとリュウキン二匹が必ず、『ヒモジクテシニソウ』という顔をしてジタバタしながらこちらを見ているので、ついやってしまう。すると『タスカッター』という感じで2、3クチ貪り食うが、すぐに『ヒッカカッタナ』という感じでソッポを向く。 一方熱帯魚の方は、始めと云う事もあり初心者用と云われている魚ばかりなのだが、中にスマトラという魚が五匹いる。これも品種改良らしく、昔はいなかった黄色い種類である。 中に腹が大きくなっているように見える一匹がいて、餌のやり過ぎかと思っていたのだが、最近、水槽の隅で、ちょうど子供がトイレを我慢しているような顔をしているので、ひょっとして産卵するのではと気になる。だとしたら生れた卵を食べてしまうというので、プラスチックの容器にツガイで移し、卵を産み付けるのにシュロや毛糸の変わりに石膏に使う何といったか似たような物を入れる。 ただの便秘だろうか。


8・某日2 レンズ

しばらく出番のなかった5×7〜8×10インチ大判用レンズを磨く。ほとんどがシャッターも付いていない古典レンズで、その分、安価で入手した物ばかりである。オイルプリントにするとレンズの個性はあまり表現できないが、気に入ったレンズを使用すると、良い写真が撮れそうな気がするだけでも効果はある。 レンズは主にフランス、ドイツ、アメリカ製。イギリス製のレンズではほとんど良い結果を出した事が無い。イギリスの木製一眼レフで母を撮影した事があるが、シワも深々、笑顔も重々しく、とても本人に見せられなかった。それ以来、気に入った結果がでず、ほとんど処分してしまった。レンズというものは製造国の空気を反映するようで、私の撮り方にも問題があったのかもしれないが、こんなレンズで撮られなければならなかった当時の英国女性に同情したくらいだ。 アメリカ製のレンズはニューヨークの、後に大コダックに吸収されてしまったような弱小メーカーが結構面白いようで、知人の中には当時の職人は、手磨きで非球面レンズを制作していたという意見を持つ人がいて、そう言われると、そんなレンズの表面は妙な歪みをみせていた。


8・某日1 天保十二年

神も仏も無いという事になっている私だが、ヤキがまわったか、少し前から仏像を部屋に置いてみたいという気分になっていた。そこで厨子に入った手ごろな大きさの木製の仏像を入手。裏をみると天保十二年三月十八日と書いてある。天保十二年(1841)といえば天保の改革の年である。 調べてみると、ルノワール、ドボルザーク、伊藤博文が生れ、ジョン万次郎が漂流し、「ジゼル」がパリオペラ座で初演され、E・アラン・ポーが推理小説の起源とされる「モルグ街の殺人」を発表している。 この年の6月1日にオランダから献上された写真機で長崎の御用商人・上野俊之丞(上野彦馬の父)が第28代薩摩藩主 島津斉彬を撮影していてこれが日本初の写真撮影ということで6月1日が写真の日になっている。 もっともフランス人ダゲールが写真術を発明し、ダゲレオタイプがフランス学士院で公表されたのが1839年。その二年後ということで当時の交通事情等を考えると無理があり、オランダ船の入港記録が残っていないことから、その日に撮影がなされたという可能性は薄いというのが大方の見方のようだ。