明日できること今日はせず  

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1・某日18 水槽眺める


玄関の下駄箱の上に水槽が置いてあるのだが、下駄箱に肘をついて、ガラス面に額をくっつけるようにして、1日に何度となく眺める。成長にともなう体色の変化など観察するのも楽しいが、魚は動きまわり、色々な事がおきるので退屈しない。ケンカなどすると、輝きが増して美しくなるので仲裁する事なく眺めている。魚も10センチを越えるくらいになると、体全体に、表情が出てきて、考えている事が伝わってくるような気がする。夜中などは玄関のドアに着いている郵便受けから冷気が入ってくるので、段ボールで塞いだりして。 枕元に水槽を置いて、ガラスにピッタリ顔を押し付けたままボンヤリ眺めながら寝られたら、さぞ気持ち良いであろう。ただし、撮影などでハイになっていると、頭の中でみのもんたが、魚の動きにナレーションを付けるのでうるさい。


1・某日17 早稲田書庫内撮影

撮影当日だが、人形の内部まで完全には乾かず。直前まで着彩、眼鏡にレンズを入れたり。現場の光りだけで撮影するのが常だが、一応ライトを1つだけ持参する。(うっかり落して割る)皮装の本や、明治時代の日々新聞などを配置してもらい撮影。例によって、片手で人形の国定忠治スタイル・名月赤城山撮法。今日の『虎徹』は着物を着ているし、中まで乾いていないので重い。息を止めて、数カット撮っては息を整える。腕が痺れて震えがくる。シャッター切るたび、静かな書庫内に響く私のうめき声。


1・某日16 朝青龍

高砂部屋の朝青龍が横綱に。これで横綱は東西とも外人力士となる。今場所の格段優勝者に、日本人は一人だけだという。相撲の国際化に期待する声も聞かれるが、尻を出して行う競技が普及するとは思えない。 輸入力士といえば、張手で有名な前田山の四代高砂が連れてきた高見山から始ったわけだが、前田山は、人格的に問題のあった人物で、『粗暴の振舞ある節この免許を取り消す』という条件付で三十九代横綱になった、とんでもない人物である。兄弟子はぶん殴るは、四股名は勝手に変えるは、破門されること度々で、今だったら相撲界はおろか、社会が許しそうもない乱暴者である。休場中に、日米親善野球を観にいったのがバレて引退させられた。年寄時代には力士を三人連れて、大相撲を紹介するといってアメリカに渡ったが、(場所前に帰るという協会との約束も無視して全米を巡業)それが後の海外巡業の先鞭になった。結局、このぐらいの人物でないと歴史は変えられないという事なのであろう。


1・某日15 図書館

1時過ぎに編集者と早稲田で待ち合わせ、早稲田大学内の図書館にロケハンに行く。資料室など、普段入れない所を見てまわる。初版本、大熊重信文書など貴重な書籍の山。博物館や大きな図書館に来ると閉館時間まで隠れていて、夜中の間一人でうろつきまわる事をつい空想してしまう。子供の頃から考えることは同じ。 高田の馬場のHの工房に寄り、なおしてもらった鉄瓶のフタを受け取る。つまみの部分の押えが取れてしまったのだが、銀で時計の竜頭のような加工をしてくれていた。熱帯魚談義の後、性格がきつくて飼いきれなくなった熱帯魚をもらって帰る。
家に帰ると家の魚が3匹死んでいた。


1・某日14 風邪をひく

今回の風邪は、頭がボケて集中力が無くなった。何をするにも、しばらく考えてしまい、何の為に考えているのか判らなくなり、そのうち、どうでも良くなりボーッとする。とにかく考えがまとまらない。ヨダレこそ垂らさなかったが、洟水が止まらず。 朝9時ごろ、3月の京都のオイルプリント展に出品する作品を、京都造形芸術大のS先生に、東京に用事のついで家に寄って頂き、車で京都に運んでいただく事に。小雨の中、フラフラしながら作品を運ぶ。ギャラリーの1階には私の作品。2階には、昨年のオイルプリントのワークショップに参加した造形大の大学院生が展示する事に。どんな作品が出来あがったか、できたら京都で見てみたい。面白い物ができあがってるはず。今時、画期的な事だと思うのだが。 午後、銀座のS画廊のKさんと食事。個展の件はもう少し待ってもらう事に。思えば、ここ数年連続で個展を開催し、毎回新しい事を試みてきたつもりだが、収穫を待たずに次の種を蒔いてきた感じがするので、この辺でどんな物が生えて来たか見てみるのも良い。夕方頃から、昨日作った極辛のタイカレーが効いてきたか、頭がはっきりしてくる。


1・某日13 集中力

制作中に電話がかかって来ると、私は普通に相手をするのだが、相手は邪魔をしてはいけないと気にしている。私は集中しすぎも良くないと考えているので、余程の状態でないかぎり平気なのである。気分が途切れたら、また集中すれば良い。 制作に熱中していると、気が付くと出来上がっているものだが、調子が良い時は良いが、悪い時は、悪い方に集中していってしまう。私は勢いで造るところがあるので、そうなると目も当てられないのである。だから現在でも、一日に何度となく熱帯魚を観察したり、TVを見たりして集中しすぎに気をつけている。 昔、制作中に、水をこぼしたわけでもないのに太腿あたりが濡れていて、それが私が垂らしたヨダレだと気がついた時、何かを造るなどという事は、あまり自慢のできるものではないなと、ツクズク思ったものである。


1・某日12 貴乃花引退

チビッ子相撲の頃からTVで見ていたので感慨深いものがある。その特殊な環境から、親子、兄弟、その他様々なドラマを見せてくれた。一時は奇行ともいえる行動もあったが、それも双葉山と同じく、禁欲的な求道者独特のものに見えたものである。 相撲とは本来、土俵から相手を排除するするという競技。投げなど土俵の真ん中で打つものではなく、土俵際で、しかたなく打つべきものであろう。そう思うと押し出しの後、グッと腰を落す貴乃花の姿は、実に相撲らしく良かった。 休場問題には色々あったが、横綱とはチャンピオンとは違うという事を改めて。戦後、横綱格下げも議論されたようだが、それが行われていたら、相撲がもっとスポーツ化していたことであろう。半月板手術をフランスではなく、アメリカでうけていたらと思う。


1・某日11 焼き魚

水槽のライトを急に点けると、魚は寝ぼけているが、中には驚いて走りまくる魚がいる。(急でない点け方などあるのか?)昨日、水槽一の慌て者が驚いて、ピンボールが弾けるようにガラス面に数回激突。最後にそれこそコテッと気絶してしまった。本来なら心配して駆け寄るところだが、エラは呼吸していたし、いい加減この魚のバカさ加減に呆れかえっていたので、放っておいたのだが、今日見ると、人間でいうとコメカミあたりが、3センチほどミミズバレのようになっている。どうやら気絶した所がヒーターと底面のすきまだったために火傷をしたらしい。最近は火傷を防ぐ為に、ヒーターカバーなるものが売られているのだが、火傷をするまでヒーターの上でじっとしている魚がいるわけが無いし、それは過保護というものだと思っていたのである。皿の上で美味しそうに火傷を負った魚はしょっちゅう見ているが、泳いでいる魚に火傷は始めて見た。 午後、コクトーと同時に造っていた、反骨のジャーナリスト○武○○の頭部が眼鏡を残し完成する。


1・某日10 マンホールで叩く

画像データをイラストレーターというソフトで処理しなければならなくなるが、持っていないので、友人のデザイナーにお願いしに学芸大学へ。久しぶりの住まい兼事務所は、インテリアが変わっていた。聞くとすべて自作の物や、拾ってきたものだという。以前からテーブル、オーディオラックなど器用に作っていたのは知っていたが、一段と見事に。 金属部分の加工に金床(金属を叩いて加工する為の台座)がないので、変わりに何を使ったかというと、マンホールだという。 叩けば大きな音がするので昼間叩いてくるそうだが、毎日少し叩いては逃げるように帰ってくる。それを繰り返したそうである。私も制作の為なら、反則だろうと卑怯な手でも使う方だが、これには驚く。
そんな事をするくらいなら、金床を手に入れたほうが良いように思うが、そんな物を部屋には置きたくないのだろう。とりあえず、それを作りたかったという気分は非常に伝わってきた。


1・某日9 コクトーに捧ぐ

ジャン.コクトーに縁の深い俳優ジャン・マレーが、コクトーの詩にメロディーを乗せて唄っているというアルバムを購入。JEAN MARAIS chante et dit JEAN☆COCTEAU(仏Columbia)ジャケットはコクトーのブロンズ像と並んだマレーの横顔。ジャズのチェット・ベーカーほどの差はないが、マレイも正面より横顔の方が良い。そのためかチェット・ベイカー同様、横顔の写真が多い気がする。 小学生の時、映画の『ファントマ 電光石火』の一場面が表紙になったノートを持っていて、そこには不気味な緑色の顔をしたマレー演ずるファントマがいた。すっかりマレーを怪奇俳優と思いこんでしまったのだが、その後ファントマを観て、怪奇映画ではなくてがっかり。しかしミレーヌ・ドモンジョが出ていたので○ 只今アナログ盤を聞けないので、ジャケットを本棚の上に置き、コクトー制作を続ける。夕方、プリントをお願いしている田村写真へ。帰り際、100円ショップで買ったという、今は使われていない青竹踏み用の竹をもらう。長年使っているヘラがちびてきたのでこれで作ることに。制作はほとんど竹べら1本だが、それも五代目くらいになる。


1・某日8 人を喰った話

私が昔、工芸の専門学校に入ってすぐに、親睦をかねた合宿があった。ある日みんなでタラフク飲んで焚き火を囲んだまま寝てしまった。夜中に目が覚めると女性達が楽しそうに話しをしている。聞くでもなしに聞こえてきたのは、○○君は筋張ってて不味そうとか、○○は焼いたほうが良いなど、男子の調理方や食べ方を話し合っているのであった。ついこの間まで男子高校にいた私は、大変な所に来てしまったと、さらに酔いがまわったものである。 新年会で、たまたまその話しをしたのだが、女性連は意外な程の反応をみせた。それでは誰を食べたいかという話になり、ある人は加○治○ほか何人かの老女優の名をあげ、ダシがでそうだという。(煮干、トリガラを連想したのではないか。)具には若い歌舞伎役者の肉を選択。ある人は15歳の美○明○だそうである。その具体的かつ詳細なイメージは驚くばかり。私の場合は誰かと聞かれるので、それはファンだから食べたいという事かと問うと、それは別だという。つまり女性達は食味だけについて考えているのである。そうなると私の想像の域を超えてお手上げであり、どんな動物でも肝臓は美味しいらしいなどと実につまらない事を云うにとどまった。
 女性間では、よく話し合われるお題なのであろう・・・。


1・某日7 山の上ホテルにて

ヒョンな事から座談会の撮影をする事になる。荷風の人形を入れて。 運搬中人形が壊れてもと、首、コウモリ傘などバラバラにして持っていきロビーにて組み立てる。どうも怪しまれている様子。別館から本館に会場が変わった事を知り人形を持ったまま移動。確かに怪しくはある。紀田順一郎さんを中心に五名の方による座談。浅草十二階計画の細馬宏通さんともお会いする。私がサイトの駄文でイロハニコンペイトウを書いたおり、検索してお邪魔して以来拝見していたので世間は狭いモノと驚く。詳しい事は避けるが、とても興味深い座談で撮影など止して聞いていたかったくらいであった。事前に部屋の様子、照明の度合いなど判らなかったので苦戦す。一昨年、六本木においてパリオペラ座のダンサーの楽屋に押しかけ、コクトーの人形を十数秒撮った時よりは時間がある分良いか。例によって片手に人形、片手にカメラの『名月赤城山撮法』。15分の1秒までは普通だが、10分の1秒だったりファインダーは真っ暗だったり。


1・某日6 デコピン

結局、新春1作目はコクトーを制作している。すでに立ちあがり今日は特徴的な手を造る。完成作は木製の箱に収まる予定。 急遽、永井荷風の人形が必要になったのだが、眼鏡が破損していることに気付く。フレームやレンズ実に面倒である。自分で撮影をしていなかった頃は眼鏡にはレンズが入っていなかったのだが、撮影して見ると、レンズにクリッと球面を示す反射が欲しくなった。そんな小さな事で実在感は増すものである。 三匹ガツガツと餌を食らう魚がいる。とりあえず口の中に入るだけ詰めこみ、水槽の陰に隠れてモグモグやりながらエラから餌を溢れさせている。おかげで食べそこなう魚が出てくるので、ついやりすぎてしまう。今日はあまりに意地汚いので、ムカムカしてきて網ですくってデコピンでも食らわせてやろうと思ったが、なんでそんな目に合うのか解からない連中にしても無駄なので止めておいた。


1・某日5 詩人の血

私にとってジャン・コクトーといえば映画と云う事になる。『詩人の血』『オルフェ』『オルフェの遺言』が特に。 詩人の血のトリックなどは今観るとドリフターズのコントに使われる程度のものである。コクトー自身も『詩人の血を撮ったとき、私は技巧について何も知らなかったが、私の知りたかったことを教えてくれる人もいなかっただろう。私は自己流に技術をあみだし、苦心に苦心を重ねて見いださなければならなかったが、それらはあとから考えると児戯に類するほど簡単なことになってしまった。進歩しすぎると道のりはやさしくなるが、魂は怠情になる。』『映画について』(梁木靖弘訳フィルムアート社)といっている。 私はここに、先人に学び、受け継がれているにもかかわらず、過去の芸術の方がすぐれている場合が多い理由があると考えている。ついでに云えば、私は独学を基本としているが、おかげでもっと簡単にできる事を、随分回り道をしていたと後から気付く事が多い。しかし、その間に得られた物の大きさを考えると、ここにこそ創作の醍醐味があると思うのである。これで他人と自分を比較するという下品な事さえしなければ良い。


1・某日4 水槽の掃除

一つの水槽の濁りが取れないので水換え。昨日トイレに立ったSが、私に内緒で餌をやったのではないかと内心疑っている。 それにしても随分魚が増えてしまったが、この種類は過密に飼うぐらいでないと、かえってケンカをするのである。相性を考え、頻繁に水槽内のメンバーチェンジをしている。しかし自分で感心するくらい、実に水槽に関してはマメに水換えや掃除をしている。やればできるではないかと云うと、そういう訳ではない。私は好きな事しかやれないという重い先天性の病気を持っているのであり、完治せずに私は死ぬ事になるのであろう。 現在水槽内を泳いでいるのはシクリッドという種類がほとんどである。グリーンテラー、ジャックデンプシー、ジャックデンプシーspメタリックブルー、レッドジュエル、トーマシー、フラワーホーン、トラシックゴールド、テキサスシクリッド、フェスタ、ファイアーマウス、ラビドクロミス・カエルレウス、ブライトブルーシクリッド、オレンジシクリッド、スキアエノクロミス・フライエリィ。その他ネオンテトラ、ドワーフグラミー、ラスボラ・ヘテルモルファ。 先日の忘年会で友人のKが、昔金魚に死なれてから一切飼うのを止めたといっていた。彼に「お前金魚に名前付けてたろ?」と聞くと、付けていたという。それは絶対してはいけないと金魚の本に書いてあったぞ、と教えてあげたのであった。


1・某日3 三日

Sから連絡。毎年、正月は彼と他一人で富岡八幡の屋台で飲むのが恒例であったが、雪のため急遽ウチで飲る事に。逢えば喋り続けの彼は相手が二人は必要で、それで丁度良い喋りのリズムになるらしく三人で逢う事が多い。彼に云わせると、みんなが喋らないので気を使っているのだと云うのだが、はたから見れば空間恐怖症。5秒の間が限界か。豊島区の乱歩展は彼が以前いたイヴェント会社が担当するらしい。 炭火で色々炙りながら、Sが持ってきたディロン・オールドラム。すこぶる美味。バックミュージックに柳家三亀松。つくりかけのジャン・コクトーの周囲に響く都都逸。正月らしくはある。 仕事を終えたFさん来宅し、昔観た歌舞伎、新国劇、相撲の話。昔はそれらの掛け声も今とは較べられないほど気合が入っていたそうで、Fさんの小学校の先輩である栃錦は、客の掛け声で気合が入り、肌が赤くなったそうである。 Sが半年と期限を限られ結婚を迫られていると泣き笑いの状態。私は結婚の何が目出度いのかサッパリ解からない人間なので、勝手な事を云いながら正月から笑う。


1・某日2 初夢見ず

今年も初夢は見ず。私は最近夢自体を見ない。見ているのだろうが、起きたい時に起きるので忘れているのであろう。初夢は2000年に見たきりである。カラーの夢などまず見ないのだが、それは実にカラフルな夢であった。メキシコあたりの、白っぽい日干しレンガの建物が並ぶ田舎の商店街のような場所。真っ青な空に映える赤土の地面。私が電話をかけていると、道路を隔てた前方30メートルに友人が立っている。中腰で手を差し伸べた彼に、真っピンクのフラミンゴが近寄ってくる。彼がフラミンゴを抱き抱えると、右側の草むらから真っ白なピューマがフラミンゴに飛びかかる。そのとたんボッと火が着き、丸い炎の塊となって道路を隔てた商店に飛びこむ。その後大騒ぎになるのだが憶えていない。新世紀であるし、これは珍しいと、その日から日記を付けてみたのだが、特に何ということもなく一年で止めてしまった。モニターの表示能力に問題があるのかカラーの夢はそれ以来見ていない。 昨日作ったタイカレーに、餅を入れて雑煮とした。夜、NHKのドキュメントドラマ『幸田家の人々』を観る。露伴が世に知られるには百年を要すると云ったのは谷崎だったか。娘の文、孫の玉、孫娘の奈緒と作家が続く。 人形制作開始。


1・某日1 元旦

昨日、東北出身のIさんからいただいた餅を食べる。以前いただいて、あまりに美味しいのでまたお願いしたのだが、米の味がして実に美味しい。午後Tさんが浅草に演芸を観にいくついでに昨晩放送の、イノキボンバイエ2002のビデオを持って来てくれるというので、富岡八幡前で待ち合わせる。昨晩は早くからハイピッチで飲んでしまい、放送の20分前あたりで寝てしまって格闘技好きの父からの電話で起こされる。「吉田は強い」私が父に放映を伝え、父との唯一の共通話題なので見なかったとは云えず。適当に話しを合わせたが、結果はそれ以上云わないでくれと内心。 毎年、八幡様には二日か三日に行くのだが、元旦はさすがに参拝客でごった返し、わざわざ混雑の中に入っていく気になれず。Tさんと木場の陳健一麻婆豆腐店で、麻婆豆腐を食べる。私が子供の頃、中国人のイメージというと、NHKのきょうの料理に出演していた陳建民と小沢昭一演じる中国人であった。 ビデオを見て年賀状の宛名書きを少々した後、明日から予定している人形制作の準備をする。