明日できること今日はせず  

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2・某日15 鏡

コクトーの映画には、鏡が度々登場する。『オルフェ』(1950)にも鏡の中の死の世界に入っていくシーンが出てくる。『詩人の血』(1930))では鏡の中は水のようだが、オルフェでは鏡の反射を表現するため、400キロもの水銀が使われたそうである。ジャン・マレイが鏡の中に入って行く時、それには死神の手袋が必要なのだが、その手袋がどう見てもゴム手袋なので、あまりカタチが良くないと思っていた。しかし鏡の中が水銀だと思うと、ゴム手袋というのもうなずける。(素手で触って毒なものかは知らない。)私も、例えば泉鏡花の撮影などに、水銀を使ってみたいと思ったものだが、水銀は放置しておくと気化し、その蒸気は毒性が高いというので諦めている。 現在制作中のコクトーは箱の中に入っていて、『オルフェ』あるいは『オルフェの遺言』(1960)をイメージして制作しているので、箱の中には鏡を配置するつもりでいる。


2・某日14 二週間

茨城県笠間の陶芸家Sさんが、個展をしているというので高円寺へ。私が陶芸家を目指していた頃、良く工房にお邪魔したものである。笠間では歯ブラシ一本もって、若い陶芸家の卵の家を泊まり歩いたものだが、数年前遊びに行った時には、昔の知人は全国に散り々で、ほとんど会えなかった。久しぶりに作品を見せてもらいながら懐かしい話をする。 先日、掲示板にまだ先ですが、と『私の劇場』展の告知をした後、先でもなんでもなく、あと二週間だと気付いて修整した。数字に弱いのもいい加減にしないといけない。視覚的に解かるようにしなければならないとカレンダーを用意し、映画やドラマで釈放を心待ちにする囚人のように、過ぎた日をバッテンで消す。しかし作品発表というのはいつになっても慣れないもので、心待ちという感じはなく、どちらかというと寸借詐欺の裁判待ちという感じか?


2・某日13 古本の誘惑

某サイトの掲示板に『東京 古本とコーヒー巡り』
(散歩の達人ブックス交通新聞社)のお知らせが出ていた。私の場合、コーヒーはミルク無しでは飲めない口で、どちらかというと古本と蕎麦巡りのほうである。古本屋巡りも、古典技法関連の資料を、だいたい手に入れたあたりから遠のき、幸いなことに虫もおさまっている。(置き場所もないし。)通いつづけている頃は、誰しも経験する事だろうが、スバラシク勘が働き、欲しい本に呼ばれるものである。収穫物を手に蕎麦屋に入り、酒を飲みながら獲物を解体していると、酒と肴と獲物の味のバランスに陶然としてきて、勘の冴えにうぬぼれながらニヤニヤし始める。やがて酔っている証拠に斜め読みになり、帰宅どきとなる。 先日、ネットの古書店で注文した所、4冊連続で、「申し訳ありません売れておりました」のメール。古い情報など載せておくなと4回目にはさすがに腹が立ち、やはり"現場"に足を運ばなければならないのかと、虫がわきだしている。


2・某日12 俺々サギ

ゼラチンや防腐剤など計量しながらTVを見て入ると、最近『俺々事件』が増えているそうである。息子を装い、「お袋?俺だけど」などと電話をし、金銭を騙し取るというサギである。電話とは云え、息子の声など判りそうなものだが、そうでもないらしい。 私の知人に金こそ盗られなかったが、迷惑をこうむったMさんという人がいる。朝早く、郷里の父親から、怒りの電話が入った。聞くと、そのMさんから母親に電話があり、下着の話から、両親の夫婦生活など聞き出そうとしたという。なんという息子だと激怒する元教育者の父親であった。覚えの無いMさん、慌てて郷里福島まで弁明に飛んで帰ったが、可哀想にお袋様、すっかりショックを受けてしまっていたそうである。これは息子の声は、マメに親に聞かせてやるものだという教訓と云えるが、Mさんの顔を見ながらこの話を聞くと、大爆笑間違いなく、数年に一度リクエストしては腹筋を鍛えている。


2・某日11 ゼラチン紙の季節

オイルプリント用の紙を買いに銀座に行く。暖かいとゼラチンが固まり難いので、毎年この季節ゼラチンをひく作業を行う。寒い室内で濡れながら行う作業は、実にうんざりする。沢山作っても、作品になるのは数枚かと思いながら作るからよけいである。 高田の馬場に寄り、モノクロ印画紙を購入。ついでにHの会社により熱帯魚談義。魚の趣味が、お互い自分達らしいので可笑しい。 帰宅すると、雑記を読んだ友人から同情のメールが来ていた。ヤクザみたいだとは確かにひどい言われようである。私も地方で暮らした事があるが、地元の方言に対して、そんな失礼な事は云わない。 ヤクザ者が、女郎のありんす言葉のように、東京の下町言葉を流用したせいではないかと思うのだが、昔の東映の股旅物など観ても、清水港まで江戸っ子だらけで、まったく迷惑な話である。もっとも、東京と云っても、葛飾あたりの言葉に品は無いだろうと云われれば、反論の余地はまったく無いのだが。


2・某日10 チッケ

昭和30年代の東京の下町の路地遊びについて問い合わせのメールが来る。下町といっても私の育ったのは、葛飾区も土俵際であり、戦後下町扱いされるようになった所で、厳密には下町とは云えないのだが、かたい事は云わず、憶えている範囲で答える。しかし、道路一本へだてるとルールが違ったりしていたので、下町はこうであったなどと、うかつには云えない。大体、地元に伝統的に伝わった遊びだという確信がなく、返事を書いているうち、あれはペンキ屋のカズちゃんあたりが勝手に作った遊びだったのではないか?などと疑念が浮んできて、結局さしさわりのないところで答える事になってしまった。ジャンケンなどチッケと云っていたし(ジャンケンポン=チッケッタ)チョキなど、形までナマっていて、親指と人差し指を使い、下町育ちの間でも、ほとんど賛同を得られない。 そう云えば18の時に、現在三重県で陶芸作家をやっている島根出身のN君に、私の言葉がヤクザみたいだといわれ、クラッとくるくらいショックを受けたのを思い出した。
それ以来、私の言葉も標準語化し、「チッケで決めようぜ」などとは口にしていない。


2・某日9 『第一回 幻の南湖』ー上方講談ニューウェーブー お江戸両国亭

出演/旭堂南湖「探偵講談・蝿男」(原作・海野十三)「新作講談・さやま遊園」「古典講談・薮井玄意」ゲスト・山前譲「対談 ・ミステリあれこれ」 両国駅でSとO君と待ち合わせていると改札に芦辺拓氏。 会場はなかなか盛況。「さやま遊園」関東ではなじみのない遊園地。谷津遊園、船橋へルスセンターを思い出すが、そのショボさはレベルが違うようで、おおいに笑う。「古典講談・薮井玄意」一瞬眠くなったが、聞いているうち、意外と作中世界へ。「探偵講談・蝿男」かなり無茶な話だが、原作に忠実な演目だそうである。前作の江戸川乱歩「二銭銅貨」にくらべ、はるかに講談向きで楽しい。 両国近辺で飲もうという事になったが、日曜日で適当な店がなく、しばらく歩く。雨からミゾレに変わる頃、道路わきの小さな公園のベンチで、ずぶ濡れになって号泣する高校生くらいの少女に出くわす。声をかけても号泣するばかり。その異様さに私とSはたじろぐが、四人の姉という過酷な環境の中で育ったO君、びくともせず。結局、錦糸町で飲む。 家に帰ると、Sから泥酔状態のO君をまいて帰ったとメール。我々は以前、新宿二丁目のゲイバーで、泥酔状態のO君の始末に困り、捨てるようにして帰った事がある。Sにまかれて、反対の千葉方面の電車に乗ってしまったO君。
今どのあたりで夢を見ているのであろうか。


2・某日8 大リーグボール3号のジレンマ

最近作の頭部、佳境を迎える。しばらく迷走を続けていたが、風邪ひきの中、布団から手と頭だけ出して造っている間になんとか形になった。風邪のせいとはいえ、力が抜けたのが良かったのかもしれない。 漫画 『巨人の星』の中に、大リーグボール3号という超スローボールが出てくる。強打者がバットを強振すると、フワリとよけてしまうのだが、非力なピッチャーに限ってバットに当るという事で、最後は、打席に入る前に、わざわざ体力を消耗させたバッターに打たれるという話だったと思うが、何事も、頑張ってバットを振れば良いと云うわけではないところが、難しい所である。


2・某日7 営業4時〜8時の店

4時に木場で長見順、岡地曙裕さん夫婦と待ち合わせる。順さんのCDジャケットの撮影を担当する事になったのだが、飲み屋街か店内でというアイデアを聞き、永井荷風の撮影でお世話になった事もある、行き付けの店を案内する事に。一度戦災で焼けたが、昭和20年代からはそのままの店である。煮しめたような味のある店内。擦り減ったカウンターなど、しゃぶれば酒のサカナにでもなりそうである。二人共気に入ったようだし、お店の方には、店内での撮影も快く承諾いただいた。お二人とは、それほど話した事もないので、煮こみで飲りながら、音楽からプロレスの話まで。岡地氏とは同い年のせいで、プロレスも、スカル・マーフィーや、フリッツ・フォン・エリックだとか古い話になる。撮影場所も決まり、安心して別れる。 先日、房総産の菜の花をいただき、大好きなので毎日食べているが、量が多いのでヌカ漬けを試す。美味しいとは聞いている。


2・某日6 貼雑年譜

子供の頃、伝記、偉人伝のたぐいは、その場で見ていた人が書いていると思い込んでいた私が、偉人になるチャンスが無いとガッカリしていた話は、以前ここで書いたような気がする。乱歩は、本来、他の作家にくらべ、伝記を書くにはもってこいの人物であろう。しかし、自身が膨大かつ詳細な資料を、張雑年譜その他で残し、伝記作家の登場を阻止している。 私が実在の人物を作る時、残された写真が、たとえ1枚しか残っていなくても、それはそれで、この人の後頭部はだれも知らないないのだから、『私にはゼッペキ頭に思える』という事で、創作の喜びもあるのだが、乱歩のように、(例えば)後頭部に何本毛が生えていたかまで本人に残されては、伝記作家の腕のふるいようがない。
 今年、没後二十年を迎える寺山修司。やはり色々企画されているようだが、こちらは死後、少年時代や、故郷、その他、検証される事を本人が予想していたのではないかと誰かが云っていたが、自らを語る言葉がウソばっかりのおかげで、伝記作家に創作する喜びを与えつづけているというわけであろう。


2・某日5 蔵の中の幻影城 江戸川乱歩展

汗を何度か掻くうち、おおよそ回復。池袋西武の乱歩展もあと二日となったので、でかける。
当時出版された著作の表紙を見るのは楽しい。貼雑年譜をもう少し見たかったが、混雑していたのと病み上がりで、人垣越しに展示物の文章を読む気にはなれず。次回は椅子の中に入れたり、屋根裏から階下が覗けたりしたら楽しいであろう。


2・某日4 風邪

布団をちゃんとかけずに寝たのか、また風邪をひく。1日半、ほとんど寝っぱなし、たまに目が覚め水を飲む。ここ何年も1日8時間ねていないので、
こんなに寝たのは、いつ以来か見当もつかない。目が覚めるたび夜という感じ。


2・某日3 誕生日

高校野球がリトルリーグに見えるようになるあたりから、歳をとるのが早くなる。 門前仲町でイベント屋のSと音響のKさん、Sの後輩で、池袋の乱歩展を担当したTさんと会う。Tさん制作の乱歩転居スゴロク他、乱歩展、苦労話を聞く。途中からSと仕事もしている従弟のPも参加。寺の副住職であり、東京都の免許も取った大道芸人。何軒かハシゴの末、Kさんの下ネタに、Sのすでに面倒になっている様子の結婚話を聞かされる。くすんだ無彩色な連中と過ごした、誕生日の夜であった。


2・某日2 脱線の人

午前中、玄関の床下に湿気抜きの空気口を開けるというので、近所の工務店の親父さん来る。ここも随分古いマンションなので、色々不都合が出てきている。親父さんとは、近所で合うと立話をする仲だが、とても話好きの人である。話好きは良いのだが、今日見たところ口を動かしながら、同時に手を動かせないタイプの人のようであった。玄関には熱帯魚は泳いでいるし、奥には人形が雑然と置かれている。話題には事欠かない。近所にベニヤ板を売っている所はないか訊くと、そのぐらいなら持ってきてあげるよという事で、お願いする事に。もちろんジャン・コクトーの背景に使うなどという、話が長くなりそうな事は云わないでおいた。


2・某日1 ボタモチ

何かを造り始めようという時、私の場合、頭の中で試行錯誤しているようでは、まずゴミ箱行きである。どちらかというと前触れも無く、頭の上にボタモチが落ちてくるような物に限る。個展会場などで質問されたりすると、何か土産話でも、持って帰っていただこうというサービス心が私にはあるので、何か説明する事になるのだが、急に造りたくなりましたでは話が終わってしまう。本当は何故始めたか、本人もあまり良く解かっていないのだが、始めから計画的に事を進めていたかのように云ってしまうのである。しかし、まさか電波が頭の中に入ってきてと云うわけにもいかない。 昨日、ドスンとボタモチが落ちてきた。鞭打ちになるかと思ったが、例によって、そんな事を始めるのは止めろと、まるで松の廊下のように、もう一人の自分が止めている状態なので、ここで云う訳にも行かない。できれば始めないでもらえれば、私的には本当にありがたいのだが。最近は、止めてくれる人もいなくなってしまった。