明日できること今日はせず  

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3・某日15 修理完了しかし

LANボードのドライバが認識されず。なんとなく認識されたと思うと、ルーターのドライバが認識されず。なんで、いちいちこんな作業をしなければならないのか。サポートもあっちこっちでタライ回し。頭の中で、配線をぶち切りながらパソコンを頭上高く差上げ、窓の外に放り捨てるイメージが激しくリアルに浮ぶ。こんな時は熱帯魚を観て心穏やかにと思うが、最近クーデターがあり、水槽内は仁義なき戦いで殺伐としている。今まで一番の暴君だった魚がボロボロにされているのだが、自分がヒドイ状態になっているのにかかわらず、ある1匹に対し攻撃を続けている。もはや彼の唯一の生きがいのようである。ところが虐められている魚を可哀想だと別な水槽に移すと、そこでそいつが虐めを始める。生き物は、こんな事をせずにいられない何かがインプットされているのだろうが、なんともイヤになる。昨年11月、当時のボスが、がっついて咽に魚を詰らせ死んだ時も、情けなくて溜息ついたが。


3・某日14 パソコン修理

ADSL設定完了の電話が来る。パソコンのCDRドライブが壊れていたのだが、古くもなってきたし、買い換えも近いかと放っておいた。ドライバはネットでインストールすれば良いとタカをくくっていたら、我がパソコンにはLAN端子が無い。すでにネットにも繋げられないので、CDを修理するしか方法が無くなってしまった。このメーカーは子供の頃から壊れやすいイメージがあり、私はTVとこのパソコンしか買った事が無い。とにかく早く取りに来てもらおうと頼んだのだが、運送業者は出鱈目を教わったらしく、北区から電話。北区が何処にあるのか良く知らないが、合っているのは番地だけであった。 近所の喫茶店でS社の方と合い、文庫本装丁の打ち合わせ。


3・某日13 ショップ巡り

さわやかな晴天のもと、H と恒例の熱帯魚ショップ巡りに千葉方面へ。江戸川区から行徳、浦安へ。小学生時分、良くハゼ釣りに来た場所だが、面影は跡形も無い。下調べを適当にしたせいで思ったような魚は見られず。それにしてもペットショップの店名は、内容とは無関係な事に呆れる。これは巨大ショップだと見当を付けると、街道沿いの甘味所のような店だったり、おしゃれなショップだろうと想像していると、どちらかというと○○水産だったりと、看板に偽りありとはこの事である。何軒かまわるうち、高速にのり、かなり遠くまで来てしまった。結局、東京に戻って、行き付けのショップに行く事にする。 例によって"ちょっと古いカーナビのせい"で、私とHの方向音痴コンビは違う道を行く。厚木の表示に一瞬驚くH。あの厚木のわけがないだろうと、御殿場へ行くのに五反田行きのバスに、発車寸前まで乗っていた事のある私が笑う。途中、高速の料金所で、車の鼻先がちゃんと東京方面を向いているかを確認し、無事東京へ。


3・某日12 ジャケット撮影

撮影は近所の煮込み屋で。8時の閉店後、長見順さん、スタイリスト、デザイン担当のJoJo沢渡氏と店内へ。今回、背景にお客がいるという設定なのだが、ホンモノがいたので好都合。しかし撮影という事で、久しぶりに遠くから来たというお客を残しいなくなる。このシャイな所が下町的。 店内は少々暗いが、三脚使用せず手持ちで撮る事にする。事前にライトを二種類用意していたが、中間の光量がほしくなり、ウチで使用中の電球を外し使う事に。そうこうするとお客役の岡地曙裕さん、スゥインギン・バッパーズのベースMさん、フォークシンガーの方到着。 順さんがカツラ、睫毛を装着し、背景の三人が普通に飲む中撮影。途中、ファインダー越しに岡地氏の頭に鬼火のようなものが灯り、なんだろうと思っていると、ライターの火が髪に燃え移るハプニング。破れチョウチンの如し。 スムーズに進み、フィルムの無駄使いをしない私は3本で終了。生きていない人形を、生きているように撮る事を考えると、始めから生きている人間を撮るのは楽である。 門前仲町で打ち上げの後帰宅。『おしん』を観ようとビデオを再生するも、お菓子をがっついて気絶するような男が始めた戦争のおかげで延期。


3・某日11 偶然3

久しぶりに母と二人だけで食事をした。帰りに母の足の調子が悪いのでタクシーを呼んでもらう。私は途中で降り帰宅すると、しばらくして母から電話。なんとタクシーを運転していたのは私の小学校の同級生だったそうである。先方から私の母ではないかと話しかけてくれたそうで、色々話しながら帰ってきたようだ。聞くとワンパクに限って学校の先生になっていたりして笑える。 しかし、チラッと見ただけで、小学時代の同級生に私である事が判るというのは、まったくもって納得がいかず。私も少々考えないといけない。 教えてもらったアドレスにメールを出した後、
ビデオにとった『おしん』を観る。


3・某日10 奈良岡朋子

NHKで『おしん』を放送していた。徹底的にいたぶられながらも、素直で正しい変な少女おしん。語りは奈良岡朋子。昼間、TVで懐かしいダスティン・ホフマン、ジョン・ボイドの『真夜中のカーボーイ』を観たが、ラッツオ役ダスティン・ホフマンがやはり良かった。また同じダスティン・ホフマンの『卒業』におけるアン・バンクロフト演ずるミセスロビンソンの吹き替えが、私が知っている狭い範囲で、奈良岡朋子の最高の仕事である。


3・某日9 偶然2

午前中に地元に帰り用事を済ませた後、陶芸家のSさん夫婦と、土日庵という土日しか開いていない、一見普通の家屋の蕎麦屋へ行き、妙な名前の酒をいただき蕎麦を御馳走になる。 夕方、以前から連絡をいただいていた堀燐太郎さんが、九州からブリキ玩具製作の串田恭男さんの所へ来ているというので京成江戸川駅へ。串田さんの仕事場へお邪魔すると、私の作品を昔から知っていただいていたようで、お時間が無いというのに、寿司とビールで向かえていただく。戦後アメリカに輸出していたブリキ玩具傑作の数々を、一つ一つゼンマイをまいて動かしていただく。その表情と動きの面白さ、串田さんの耳慣れた下町言葉が気持ち良く、時間がたつのを忘れる。また改めてお邪魔させていただく事にして、堀さんと新小岩に移動して飲む事に。堀さんとは初対面なのだが、亡くなるまでお世話になった小学校の図工の教師、K先生とそっくりなので驚く。眼と鼻が違うので、すぐには気がつかなかったのだが、手や後姿、タバコの灰を落す仕草まで、見れば見るほど私が小学生だった頃のK先生である。先輩のSさん等、近所の教え子連中もきっとビックリする事であろう。話も弾んだのだが、ついでに懐かしい気分にもさせていただいた一日であった。


3・某日8 偶然

昨日友人のIさんから、いささか驚くメールをいただいた。中学時代の友人が盛岡でブルースバンドをやっていたという事で、私のHPを紹介いただいたのだが、その方はなんと、私より以前にオイルプリントを試みていたそうである。どうやら完成には至らなかったようだが、Iさんに見せた習作がバレエだったというからさらに驚く。 Iさんと私は、私がオイルプリントを始める前からの友人だが、その話は聞いた事がないので、習作を見たことは憶えていなかったようだ。もっともそれは良く解かる事で、私も習作を友人達に見せても、そのウスボンヤリとした絵のような画像に反応は鈍かったものだ。(一人で良いから私のやる事を無条件に絶賛する、多少、頭の悪い友人が欲しいものである。) オイルプリントを試みた友人が二人もいる人は、私のワークショップに参加した京都造形芸術大の連中を別にすれば、日本ではIさんただ一人であろう。友人の方とは、オイルプリント、ブルース、バレエときたら、母親の名前が同じとか、もう一つや二つ共通項がありそうである。
 追記/2001年12月に、糠床設置というメールが来る。私と二ヶ月違いであった。


3・某日7 懲罰房

数日前から水槽のフィルターの調子が悪く、部品が届く間、簡単なフイルターで代用していたのだが、魚がアンニュイな雰囲気になっているので朝から水換え。我家には病気の場合に隔離する小さなプラスチック水槽、幼稚園クラスのブリキ水槽、おとなしい魚用水槽、そして懲罰用水槽がある。ちなみに懲罰水槽がメイン水槽である。この中は二度三度"殺し"の前科がある魚ばかりなのだが、その中をセパレーターで区切り、その殺し屋をいたぶる牢名主をさらに隔離している。セパレーターは目障りなので、なんとか混泳させようと、餌をえこひいきして体格のバランスをとろうとするのだが、強さは体の大きさより、根性と口の大きさで決まるようである。 友人のHは目下アピストという優雅な種類に夢中なのだが、自分の水槽の優雅さを保つために、それを乱すような厄介者を、みんなウチにもって来る。しかしウチへ来れば幼稚園クラスなのであった。


3・某日6 塩分過多

近所のビルの中にある中華のチェーン店で、高菜と鶏肉のアンカケご飯を注文。一口食べて、あまりの塩辛さに驚く。まさかと思い、さらに何口か食べたが許容範囲を越えている。ほとんど食べずに店を出るのは生まれて始めてであった。 私が思うに東京の食べ物は、昔にくらべ塩分が強くなっているような気がする。ラーメン屋でも、店の人の視線をかいくぐり、水で薄める事が多い。猫舌だから多少ぬるくなるのは構わないのだが。 昨日に続き、『アルプスの若大将』を観る。海外ロケ作品だが、ホテルのチャイムが、おなじみ怪獣映画の"光線"の音であった。イヤミな連中の中、青大将の田中邦衛がただの正直者に見える。当時、これを大人が観て喜んでいたのかと思うと不思議である。東宝お得意の毒にも薬にもならない映画。ただ懐かしい。まだ続くなら結局観てしまいそうだが。


3・某日5 久保万

かまっていなかった糠床。久しぶりに覗くとカビだらけ。せっかく昨年の猛暑を乗り越えたのに・・。幸い上部のカビを取り除いただけで問題なし。塩、カラシ、タカの爪、干しシイタケ、卵丸ごと1個を入れ掻き混ぜる。立ち昇る芳香。ちょっと花が咲き始めた房総の菜の花を漬ける。三日後あたりが食べごろだろうか。 TV東京で『エレキの若大将』を観た後、グループ展会場に行き、三脚を立て作品を撮影する。初日はあわただしく、手持ちで撮影したので少々ピントが甘かったので改めて。会場で待ち合わせたFさんと、品川の六行会(りっこうかい)ホールへ。第6回みつわ会公演 ・久保田万太郎作品〈その13〉開演前に、演出家の大間知靖子さんを紹介いただく。私の劇場展にも来ていただけるとの事。『短夜』(みじかよ)演出・大間知靖子 大正14年作という事で、今では聞かれない東京言葉に、立ち振る舞い。短い作品だが楽しめた。『月の下』演出・大場正明 これもまた、浅草を舞台にした、シミジミとした作品。会場を出ても、シミジミはしばらく続く。


3・某日4 私の劇場展 オープニング

5時頃会場に着く。俳優の市山貴章さんが出版社の方とみえる。待っていただいたようで恐縮する。T美の中村隆夫先生にも早々に来ていただく。あっという間に会場は満杯に。あまりの人で、他の出品者の方の作品もまともに観られず。『ジャン・コクトー』幻視芸術の魔術師(講談社現代新書)の高橋洋一さんに声をかけていただく。私が照明を調節していたので作者と判ったという事であった。満員電車の車中のような状態で、三島、寺山とコクトーの話など。 串田和美さんの作品を頭からかぶってのパフォーマンス。私も後に、それをかぶってポラロイド撮影。下谷二助さんの作品は火を吹くのだが、背後から漂うガスの匂いを嗅いだだけで観られず。観客の中に渡辺真里奈譲。思ったより大きい。昨年お世話になった美蕾樹の越生さんにワインをいただく。 グループ展というのはありがたいもので、無責任に他人事のような顔をしていられるので気楽である。外へ出てはイップク。寒くなり中への繰返しであった。帰りに友人の精神科医Aと、搬入を手伝ってくれたO君ととんかつを食べに行く。


3・某日3 あのままにしておけば完成していたのに

今回はグループ展なので出品作は一点という事もあり、時間的には楽勝だと思っていたのだが、ここらでいつもの病気が出る。期日がせまると色々思いついてしまい、それをやらずにはおれなくなる。一度で良いから搬入までの間、完成した出品作を眺めながら優雅に過ごしたいものだが、一生無理であろう。 私はハタからそう見えないよう努力しているのだが、実はかなり過剰な人間である。もっと々と、濃厚になっていってしまう。ついでにいくらか血圧も高い。 最後の仕上げだが、よけいな事を思いついたおかげで、どうしてよいかまだ思案している。


3・某日2 大ボラ吹き

ボラの大群、立会川に続き浜離宮周辺に現る。せっかく押し寄せても、あんな所にいるボラは煮ても焼いても食べられない。経験者は語る。 以前、浜離宮の対岸の埠頭で、知人三人とハゼ釣りをしていた。ここでは釣れたためしがないのだが、ロケーションが良いので、ビールを飲みながらボーッとしていると、頭に笠をかぶり、赤銅色に焼けた、いかにも漁師という感じの老人が我々を手招きする。行ってみると、大きなボラが三匹。一匹持っていかないかというのである。「オジさん、これ大丈夫ー?」老人が言うには、ウチじゃよく食べるし、大学の先生が調査して太鼓判を押したという。老人、一匹を海に捨て、一匹を我々に差し出すと、残りの一匹の頭とはらわたをとって自転車に積みこんだ。それを見て、老漁師が老いた女房相手に晩酌をしてる姿が浮かんでしまった。 さっそく知人宅で試食をしたわけだが、刺身で食べると、まるで油粘土を噛んでるようであった。サイテーだったのは煮付けで、ショウガを大量に投入したにもかかわらず、熱が加わってさらに臭う。なにしろ食卓の上に置いておけないのである。 あの老人、ただの味音痴か、休日のたび漁師の格好をして、
人にボラを食わせては笑っていたのかもしれない。


3・某日1 人形

最近は、オイルプリントを出品する事が多く、人形の新作をギャラリーに出品するのは五年ぶりになる。ここのところ人形が、写真の被写体専用になっていたわけだが、撮影専用になると、写らないところは造らなかったり、ツジツマが合わない造形だったりするので、展示ができなかったのである。それは澁澤龍彦の背景に、クラナッハの解剖学的に怪しいヌードをムリヤリ立体化し、背景に配したのが、きっかけであったが、視点を定めたなら、ツジツマがあわなくてもかまわないわけで、しかもツジツマが合った人形を撮影するより、被写体としては効果的な場合が多い。また造る方から云えば、完成度という呪縛から放たれた、ウソ八百を並べ立てる楽しさがあった。 結果、披露するには穴から覗くしかないような人形ばかりになってしまった。 今回のコクトーは背中も造ったが、箱の中に固定するので観られる事はない。私に詩人の才能があったなら、コクトーにささげる詩でも背中に書いておくところだが、いや無くても書いたって良いが、何かのはずみで破損して、恥ずかしい事になってもまずいので止めておく。