明日できること今日はせず  

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5・某日18 CD発売記念ライブ

宇野亜喜良展『われに五月を』最終日。ガーディアン・ガーデン、クリエーションギャラリーG8。大きな作品が展示してあり見応えがある。デビュー時からすでに独特のスタイル。見覚えのあるポスターから舞台美術や衣装、立体作品まで。 銀座から下北沢『440』へ。CDのカバー写真を担当した長見順さんの『OYAZI』発売記念ライブ。デザイン化された地図にてこずるも早めに会場に着き、岡地曙裕さん他、出演メンバーの方々と開演まで軽く飲む。 ジャケット写真と同じコスチュームでスタート。後から到着のデザイン担当のJOJOサワドさん、ミックス担当の吾妻光良さん等と同じテーブルで。順さんのライブは始めてなのだが、女性がブルースを弾くのを観るのはバーバラ・リン以来。ブルースだけでなく、多彩な曲調と独特の歌詞。途中、吾妻氏がラップスティールを抱え参加。会場には忌野清志郎の姿も。なにより楽しいステージで盛りあがった。 終電になんとか間に合い、しかし東京駅からは歩いて帰る。こんな時、楽しみなのは『谷やんラーメン』に寄り、御主人と魚の話をする事である。2t近い水槽内でますます巨大化しているアロワナ・スーパーレッド。常時換
水と豊富な酸素量が大きくするコツだそうである。


5・某日17 魚に同情する

メスにフラれたオスがますます餌を食べなくなったので昨日、別のごついオスと入れ換えたのだが、メスの方は新しいオスも満更ではないようで、変わり身の早さに呆れる。まあ、そういうものであるからしょうがない。一方フラれたオスはジット動かなくなってしまった。一度はペアになったのだしと少々可哀想になり、ためしに午前中メスを入れてみた。そのとたんはしゃぎまわるオス。相変わらず判りやすい。おかげで水槽はゴミが舞うし、周りの魚がとばっちりを受けて逃げ回っている。 メスの前に回ってはヒレを思いっきり広げエラを膨らませ、自分を大きく良い所を見せようとジタバタしている。しかしメスはまったく取り合わない。鑑賞魚のクセに、哀し過ぎて鑑賞に耐えない光景である。 なんだかこの情け無い奴がいとおしくなってきた。明日お前にだけホウレンソウ(アカムシ)やるから、ブルートからオリーブを取り戻せ。 だけどメスがああなったらミャクはないと思うぜ。


5・某日16 アクアリウム

Hの飼っている魚が稚魚と泳いでいる姿を見て、我家の魚もなんとかもう一度と思っている。しかし良くある事らしいのだが、あれ以来メスが俄然強くなり、オスが顔面を傷だらけにされている。熱帯魚サイトの掲示板によると、メスは自分より弱いオスとでは、その気にならないので産卵は難しいという。人間の場合は、ダメ男やヤクザ者にばかりに惚れる奇特な素晴らしい女性も存在するが、魚の世界ではそんな事はあり得ず、メスにアピールする雰囲気と強さがすべてのようである。 オスを鍛えれば可能性もあるというので、セパレーターで二匹を分け、餌の量をえこひいきして、オスをメスより大きくしようと考えたのだが、引き離したとたんオスが餌を食べなくなってしまった。そのとなりで悠々と餌を食らい、さらに大きくなっていくメス。 この連中、判りやすくて見ていて楽しくない時がある。


5・某日15 公園で亀

Hが会社の水槽で飼っている魚の卵が孵化したので観に来いと云うので出掛ける。アフリカ原産の小型種で、名前が長く、彼も私も覚えられない。このシクリッドというタイプは、子育てする事で知られている。見ると両親の周りに稚魚がまとわりついて一緒に移動していて可愛い。ココナツの殻のシェルターに親が導き入れたりもするらしい。 彼は亀も飼っているが、たまに娘と、亀を連れて公園に遊びに行くそうである。娘がブランコに乗っている間、亀が地面を歩いているのを見ていると、その辺の子供が寄って来る。亀には菌があるとかで、小さな子供には触らせない方が良いらしい。その子に触っちゃ駄目だよと云うわけだが、お母さんがそばにいて「駄目よさわっちゃ。」それが彼には『公園で一人で亀と遊んでいるオジさんは危ないから触っちゃダメ!』と聞こえる。心の中で娘に、ブランコ止めて早くこっちへ来てくれと思ったそうだ。私も外での人形撮影は、できるだけ一人でしたくないのである。


5・某日14 小津安二郎

近所の古石場文化センターの図書館に本の返却に行き、深川出身という事で作られた小津安二郎コーナーを見る。伊東深水作の小津の母あさゑの肖像画や、小津直筆の絵や句を綴った色紙、子供時代の作文、習字などが展示してあった。 小津作品を始めて見たのは高校生の時、今は無き銀座『並木座』であった。東京の狭い地域で育った私には、グズグズした人間が、狭い所で気を使いあってイジイジした映画としか思えず、葛飾区からワザワザ銀座に出てきて、何故こんな物を観なくてはならないと、終始イライラしていたものである。 返却日を過ぎた本を返し、雑誌コーナーの『東京人』を見ると祭り特集。なぎら健壱が三社祭りについて語っている。よそ者だから浅草で神輿をかつぐのは遠慮していると云っているが、本心はワッショイでないからだろう。ビートが違う。東京の神輿はソイヤでなくワッショイであり、何故浅草が許しているのだと批判もしている。現在、浅草を舞台にしたNHKの朝ドラに出演中だが、第1回で神輿を担いでいて、内心ムカついているだろうと同情したものである。その点、深川はワッショイ(和を背負う)で統一されているから安心である。


5・某日13 11日ぶりの晴天

午前中S社のOさんから、これから撮影はどうかと電話。確かに今日の天気を逃すと明日は判らない。夏の100冊中、最後の1冊になってしまったらしい。11時過ぎに現場に集合する。近所のマンション前の広場での撮影だが、広場で遊ぶ子供達や、ベビーカーを押すお母さんなどが通りがかればそれも自然で良い。その点、今回は助っ人が女性二人なので、避けずにフレームの中に入ってくれる。そうでなければ怪しい人間ではありませんと終始笑顔の撮影となろうが、中年男が人形を持って笑っていれば逆効果であろう。 陽が真上にある間に撮影を済ます。画面の中に、小説の内容に対応した程度の面積に青空が欲しいと思っているのだが、スッキリとした青空とはいかないので、デジタル処理も考えなければならない。 その後、昼食に門前仲町で深川丼。ネガを麻布十番の田村写真へ。


5・某日12 近代美術館

竹橋の工芸館に『今日の人形芸術展』を観にいくが、今日は展示の差し替え日とかで休館。夕方、三の丸尚蔵館を観に行っているO君と待ち合わせているので、すでに見た作品が多いが近代美術館の常設展に。4Fに上がると彫刻がある。有名な『墓守』。顔を観ると左の眼と頬あたりが右側より奥まっている。ひょっとしてと見ると朝倉文夫。朝倉彫塑館で観た時、人物像の左顔面がほとんどそうなっていた。近代彫塑の父に私が云うのもなんだが、クセなのであろう。 展覧会場で絵画を観る時、私は人物が描かれていない作品はだいたい無視して通りすぎる。小さくても描いてあれば良い。風景画不感症の私は、村山槐多の木炭デッサン『欅』ぐらいでないと感じないのである。館内で1時間ほど読書をし、O君と合流し飲食後、門前仲町から雨に濡れて帰る。


5・某日11 あの娘に狂って

新生ドアーズが来日するらしい。オリジナルメンバー中、ドラマーのジョン・デンズモアは置いてけぼりのようで、ドアーズという名を使うなと訴えているそうだ。よくある話である。 私は中学の頃、アイドルにうつつを抜かす軟弱な同級生ドモを、なんとかロック好きにしようと過激な啓蒙活動を展開していた。(頼むからダマされたと思って聞いてくれと過激に哀願する方法だったが。) ジム・モリソン最後のシングルになる『あの娘に狂って』も当然手に入れた。記憶では直後にモリソン死亡をラジオで聞いたのではなかったか。 馬鹿な奴ほど、委員に任命されると教師の目論みどおり張切るわけで、レコードを見つかった私は教壇に立たされ「あの娘に狂って、ハートに火をつけて、タッチミー?なんだこれは」担任にレコードで頭をハタかれた。未だに付き合いのあるEはこの光景を覚えているようだが、いやに情熱的な曲名は、私とのコントラストにより教室内が爆笑の渦になったのも致し方ない。 その後、キャンディーズが好きになり、隣町のレコード店にコソコソと買いに行ったり、黒人音楽に走っていったのだが、70年代の終わりにポリスのファーストアルバムが出て、素晴らしいバンドが出てきたと思いながら、私のロックも、そろそろ終わりかと思ったのを憶えている。プログレなどを別にすれば、ロックはあくまでブルースの発展形でなければならない。


5・某日10 卵孵らず

一日家を空けて帰ると、水槽に貼りついた卵が減っていた。無精卵だったのかもしれず今回は諦める。 メスは相変わらず扇いではいるが張り合いがなさそうである。オスはというと水槽のはじっこでボンヤリと鼻の穴をほじってるような魚で、実に無邪気。その態度が相当気に触るようでメスに追い掛け回されている。なんとも身につまされる光景である。産卵以後、メスのほうが強くなった。話には聞いていたが、まるで違う魚のようである。大事な時に家を空けなければならなかったのが残念だが、懸命に卵の世話をしていた母魚以上の事が出来たとは思えない。 中井英夫『虚無への供物』を久方ぶりに読む。中井英夫は写真作品のイメージができず断念した一人である。作家シリーズは澁澤から始めたのだが、後に写真作品にする時澁澤は、中々写真の中に入ってくれなかった。それを思うと中井英夫の顔も難しそうなので諦めたわけだが、写真の事まで考えなければ良いのかもしれない。


5・某日9 小便小僧

Sさん宅から数年間置きっぱなしであった村山槐多を持ちかえった。Sさん宅の庭で槐多の放尿シーンを撮影させてもらい、そのまま5年も放ったらかしになっていたのである。 槐多の人形は一度も展示した事がない。1カットの放尿シーンのために制作したこの作品は後からチューブが出ているし、45度の放物線を描く為に、はだけた着物から勃起した放水管が露出していて展示するには具合が悪い。(Sさん夫婦に放尿を手伝ってもらったが、あまり可笑しいので撮影風景をビデオで撮影。)七月のランドマークタワーで展示するとしたら展示用に造らなければならない。思案する。 卵を産んだトラシックゴールド。あれから絶えず胸ビレで卵を扇ぎつづけている。それを観ていていじらしくはあるが、そうするようにインプットされているのだからしかたがない。自分では何故こんな事をしているのか解っていないところがさらにいじらしい。 最近の魚同士の争いや駆け引き、産卵など見ていて、人間の場合は同じ営みに母性だ愛だ恋愛だなどと云って、ときに文学などをひねり出すわけだなと水槽の前でシミジミと一服。


5・某日8 産卵

一日家を空けて帰ると、フラワーホーン♂とトラシックゴールド♀のペアが産卵していて驚く。水槽の側面と底面に数の子を大きくしたような卵が貼りついている。私は子供の頃にグッピーを一回殖やした経験があるだけなので実に珍しく、水槽の前に釘付け。 この種類は近年、アジアで人工的に交配された魚種なのだが、そのせいか雌雄の判別がしにくく、私にはどちらがオスでメスだか解からなかったのである。しかしこの2匹は不思議と争う事がないので、ひょっとしたらと思ってはいた。 見ると特にメスがヒレで卵を扇いで新鮮な水を送り、卵がカビるのを防いでいる。今までこのメスは、ほとんど他の魚と争う事はなかったのだが、オスが卵に近づくと、よけいな事をするなと追い払ったりしている。そう思って見るとオスは実に役立たずである。扇ぐ仕草はぎこちなく、どちらかというとこれは食えるのか?と観察しているようでハラハラさせられる。順調にいけば数日後には孵化するはずなのだが。


5・某日7 有色物質の波長固定

ピアノというものは鍵盤を叩けば音が出るが、オイルプリントは例えばバイオリンやトランペットのように、音を出すまでに熟練を要する。元になるゼラチン紙も自分にあった物を作るには時間がかかった。現在、単音の音色にはおおよそ満足しているので、今はコードを勉強中である。3色分解の天然色。理屈とすれば3色をもってすべての色が出せるはずだが、実際はそうはいかない。色が濁ってきれいなコードを奏でないのである。 大正時代、顔料を使うプリントが流行っていた当時でも、制作していたのは極一部の作家にすぎないので私はカラー作品を見た事がない。よって野島康三の作品を見てオイルプリントを始めた時と違って、果たしてやってみる価値があるのか見当もつかないのだが、見てみたければ自分で制作するしかない。 始めての事にチャレンジしている最中は、なんとも甘酸っぱい気分のものだが、あの頃は良かったなどと思い出すのは大体こんな時期に決まっているので、私は何度でも始めるのである。


5・某日6 故郷の写真

天気も良く、捜したい物があったので神保町古書街へ。以前はルートが決まっていたものだが、そんな事をしていたら切りがない。眼に毒とばかりに馴染みの書店を通り過ぎる。今日は写真の文献が目的なので、久保田万太郎なんて探してはいけない。 どこからか越してきたらしいG堂。始めての店である。ひとしきり捜すが書棚にはない。目録を見せてもらい大正期の雑誌をだしてもらう。幸い知りたい事が載っていた。価格は1万2千円。しかし必要なのはたった2ページ。記憶する。 結局、同じ大正時代の雑誌でも3千円を買う。まあまあ集めているが、全体的に高い。 60前半ぐらいの女性が戦前物らしき風景写真集を2冊買っていった。死期が迫っている父親が見たがっているという事らしく、エプロンをしたままで、とるものもとりあえずという感じである。ホッとした様子で帰っていった。おそらく老父の故郷の風景が写っているのであろう。こんな時、写真集が出版されるような故郷に生まれた人は良い。私の場合は東京といっても後はウッチャリしか手が無いような土俵も際で、味も素っ気も風情もないカサカサな所。写真集などあり得ない。あるとしたら定年を迎えたアマチュアの自費出版か。いやあり得ない。あったとしたら死に際に見るにはあまりにカサカサしている。


5・某日5 インタビュー

Am11:00に共同通信社へ。ネット上からダウンロードしたデザイン化された地図のせいで道に迷う。ソクハイの青年に聞くがちょっと遠いというのでタクシーに乗ろうとすると、勘違いしていたらしく、追いかけてきて違った方向を指す。実に親切な青年。次にアメリカ大使館前を警備している警官に聞くが、何処からかかりだされる警官らしく、自信なさそうであったが目の前。さすがこの当りは時節がら警官が多い。 今回インタビューしていただく高橋洋一さんとカメラマンの方とロビーにて。外で撮影する事になり、近くのビルの前でオイルプリントの薔薇の精を抱える私。カメラマン氏、警官に何か云われている。怪しいといったら怪しいが、そういう意味では怪しくないと思うが。 通信社ビル内談話室にて食事をしながら作品の事など。コクトーについては翻訳その他出されている高橋さんだが、現在構想中のコクトー本について伺うと、私が以前から誰か書いてくれないだろうかと思っていたテーマであった。オイルプリントについての私の説明を熱心に聞いていただくが、言葉だけでは伝えられないので資料をFAXする事に。話は脱線しながら楽しく、いずれ近所の洲崎遊郭跡を御案内する事に。


5・某日4 印画紙

先日、ケントメアの印画紙を入手。ブロムオイルには硬膜処理のされていない印画紙が必要である。私はこういった印画紙が市販されている事を知らなかったので、それ以前の技法で、用紙を自製しなくてはならないオイルプリント始めたわけである。 昔の印画紙及びフィルムは硬膜処理がされていないので、夏など水につけておくと、ゼラチン層がベロベロと剥がれてしまったようだ。しかし、そのゼラチンが水分を含んでレリーフ状になるのを利用して油性絵具でインキングするのがブロムオイルという技法である。 だがこのケントメア、肝腎のゼラチン層があまりに薄い。これでは滑らかな階調が得られそうもない。昨年、松涛美術館で観た石田喜一郎の作品などは、ゼラチンシルバープリント(モノクロ写真)と区別がつかない作品もあった。やはり昔の製品と同じという訳には行かない。 このペーパーから銀を抜いてしまえば紙にゼラチンを塗っただけのゼラチンペーパーが得られるはずで、それはオイルプリントに使えるはずだが、私はゼラチンを厚くしているので使う気にはなれなかった。


5・某日3 ビデオ キングコング対ゴジラ 怪獣大戦争

キングコング対ゴジラは幼稚園の時に、父にせがんで連れていってもらった怪獣映画初体験。その名前からキングコングがゴジラだと思っていた。楽しみにしていたはずだがキングコングの顔のアップでギブアップ。怖くて途中で出てきた。考えてみると、実物大という意味で怪獣映画ほど巨大スクリーンに向いている物はない。その晩、何処へ隠れてもキングコングと目が合ってしまうという夢にうなされた。 怪獣大戦争=小学校低学年の時観た映画だが、一番印象的だったのは怪獣ではなく水野久美の美しさであった。東宝怪獣映画にはかかせないヒロインだが、特にX星人は美しい。 この映画ではコンピューターをまだ計算機と云っているが、X星人が武器としているのが今話題の電磁波で、ゴジラを空中に浮ばせて運ぶ事ができるし、意のままにコントロールできるというから恐ろしい。 午後エッチングプレス機を作業台に設置、ハンドルを動かしながら自衛隊マーチを口ずさむ。


5・某日2 何故か突然

明け方、つけっぱなしのTVがアメリカの健康器具の通販番組をやっていて、リー・テーラー・ヤングが出ていた。確かライアン・オニールと夫婦だったはずだが今はどうか知らない。いきなり懐かしい名前を聞いて、ついでに箸にも棒にも掛からない美少年だったジョン・モルダー・ブラウンという名前が浮かび、今彼の事を思い出しているのは私だけだろうと一人可笑しくなる。 突拍子も無いものが浮ぶ事は良くある事だが、突然、鼻のあたりに匂いが浮かぶ事も多い。それを欲しているという事なのだろうが、頭が欲しいと考える前に匂ってくるのである。ある時など、それは真冬であったが、突然ワラを焼く匂いがした。その時は畑のある風景まで浮かんでしまい、しかも無性にその匂いが嗅ぎたくなってしまったのである。しょうがないので夏の残りの蚊取り線香を焚いた。 私はリー・テーラー・ヤングに始り、何故蚊取り線香の話をしているのか良く解からないが、所詮こんな愚にもつかない事ばかり浮んでは消えているわけで、今回は、たまたま創作には係わらなかったという事である。


5・某日1 電波系

最近、給食当番のような団体が世間を騒がせている。今回は科学的レベルは低く、どうもあまり頭の良い人が登場してこないようだが、こんな時代では、汚れないで生きようなどというのは図々しく、いや困難で、静かに生きようったって、そうは行かない。私の実家では、外に出て仰ぎ見ると高圧鉄塔がそそり立っているので、私は生まれた時からサンサンと電磁波を浴びている事であろう。TVでの大槻教授のコメントによると、連中の何とか波というのは実は静電気なんだそうだが、それはともかく、人間は本当に怖れているものから逃れるために、私は電磁波を怖れる事にしようなどと、知らないうちに目標を決めて恐怖することがあるのであろう。それはイワシの頭でも良いが、自分で選択できない人は、これを怖がりなさいと教わったりする。 そういえば、小学校の給食の時間は私には恐怖であった。