明日できること今日はせず  

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6某日15 糠床病

私の雑記の『糠床』の文字を見ると『糖尿』を連想してしまうとコボす男がいる。最近、友人間でも病気の話が多く、私も数年前検査をしてみた。 私はもともと甘い物は好きではない。義理チョコを食べてはチョコレートなど5年ぶりなどと云っていたし、中でも和菓子。特にアンコが不味かった。子供の頃はドラ焼きなどアンコを捨ててガワだけ食べていたくらいである。 検査結果はというと、思ったより高得点を獲得してしまった。そして、どう考えてもそれ以来なのだが、甘い物がいけるようになってしまったのである。なにしろ免疫がないものだから、御菓子一つでいちいち感激する。しかしそれは世間的にはたいしたレベルの物でなかったりするようで、私にはまだまだ未知の甘美な快楽が待っている事であろう。 それはともかく、何故こんな事になってしまったのか。人間必ずしも長生きする事ばかりが良いとは云えないだろうが、私が生来の天邪鬼なのかヘソ曲がりなのかは良く解らない。解らないので外食をなるべく避け、野菜食や糠漬けのおかげか得点はグッと下がったという話しで終えよう。


6某日14 753

サンフランシスコから子供を連れて帰省中の妹一家と乃木神社に次男の七五三へ。季節はずれではあるが、今の時期しか日本にいられないのでしかたがない。長男の時と同様、カメラ、ビデオによる記録係を頼まれる。次男は相当のやんちゃだが、衣装に着替える間もおとなしく、ほとんど口を訊かずスムーズに終わる。神社の雰囲気もあるのだろうが、茅の輪をくぐって何かが抜けたかのかもしれない。 妹のつれあいはアメリカの日系企業に務め、多少日本語も話すイタリア系アメリカ人である。さすがに体格が良い。しかしそんな事は、家庭においてはなんの役にも立たず、小学生の長男がたらす鼻血を見て、ヘナヘナとヘタリ込んでしまったという、このやさしい旦那と妹との夫婦関係は、我家の下駄箱の上の水槽内世界と酷似している。遅い昼食を摂った後、先に帰国するという彼と握手をして別れの挨拶をした。『先はまだまだ長い。健闘を祈る。』


6某日13 イメージ

来月の出品作を決めるため久しぶりに澁澤の人形を出してみた。黒人ばかり造っていた私がいきなり制作した人物である。多少、おっかなびっくり造っているせいか、他の人形より小さい。長年黒人を作ってきたせいで頭が切り変わらず苦労したものである。この人は昭和三年生れの日本人だと云い聞かせながら脚を3回は切断したが、その時のドタバタがバランスに出ているので改良する。 澁澤は見た目は女性的だと云われ、写真を見てもそのようだが、私には男性的な人物というイメージがあったので初期の段階ではかなりガッチリしていた。 昔、仕事で現在でも活躍中のブルースマン、BBキングを造った事がある。資料写真やビデオを借り、それを参考に制作した。かなりの年配で白髪まじりで腹も出ていたが、私の造ったBBといえば白髪も無く腹もそれほど出ておらず、はるかに若い。それは私が中学生時代のロック雑誌で、唯一眼にする事のできたブルースマンだったBBキングであった。 誰が見たって判る事だが、完成作品を見た人に指摘されるまで気が付かないのだから呆れる。つまり私は眼で見えている事より、頭の中のイメージが勝ってしまう人間なのであった。それ以来、私は自分の使い道を間違わないよう気を付けている。


6某日12 房総で釣り2

朝、Gさんに起こされる。5時に起きて前日しかけた蟹網を見に行ったらしい。ブラ下げると1メートルを越える蛸が一匹。これは幸先が良いと貸しボート屋に向かう。 浜から見ると凪いでいるが、手漕ぎボートはじんわりと上下動。できるだけ遠くの山を見るようにする。釣りはじめるとキスが入れ食い状態。しかし30分ほど経ったあたりで、餌を着けようと手元を見つめるたび込み上げてくるものが。遠くの景色を見るも効き目がなくなりギブアップ。浜に戻り、ボートから降りようとしてよろけてGさんの息子が大事にしている竿を折る。Gさんは再びボートに乗り込もうとしてコケ、携帯電話が海水でオシャカに。朝のタコまでは良かったのだが。 Gさんを浜で待つ間、貸しボート屋の親父さんと話す。この赤銅色のいかにもな親父さん、実は船が苦手で1分が限度だそうである。船酔いの子供をボートに寝かせ、時間が惜しくて釣りつづける人間がいるらしく憤慨していた。Gさんも魚に見放されようで早々に引き揚げる事に。 Gさんの家に寄り獲物をたいらげる。同居の叔母から小学生の私が祖父を撮影したモノクロ写真をもらう。まったく覚えていないがゼンマイ巻き上げのリコーオートハーフで撮影した事は間違いない。ハーフサイズなのでフィルム代がかからないが、逆にプリント代が倍かかるという仕組みで悩んだのを思い出す。 釣果画像


6某日11 房総で釣り

親戚のGさんと房総の釣りに出かける。 外房を海沿いにいくと安房小湊に貸しボート屋があり予約。私は船酔いしそうで船釣りといえば利根川のハゼ釣りしかやった事がない。気がすすまなかったが、ここ数年、防波堤での釣果が芳しくなく、海は凪いでいるようだし乗り合い船と違い、酔ったらすぐ浜に戻ればよい。予約は早朝6時。私には、まだ起きている場合もあるという時間なのだが汐の都合がある。 和田町に着き、Gさんの知り合いのYさんに蟹網を借り、持参のカツオのアラを入れしかける。上手くいけば蛸がかかるらしい。 日が落ち、防波堤にてルアーでアオリイカを狙う。セイゴ、サヨリ、ヒコイワシなどが泳いでいるがルアーに反応無し。他の釣り人も今一つのようである。しかしGさん網で赤なまこを採り、私は網ですくったヒコイワシの切り身を餌に大きな穴子を釣る。切りが良いので引き揚げ、Yさんにいただいた蛸を肴にハイピッチで呑み早々に寝る。Gさんヒャックリとまらず。イビキとヒャックリ。私は寝られず。


6某日10 中毒症状

世間ではあいかわらず異常者の犯罪が多く、今日も女子学生が襲われたそうである。罪に問われない程の異常者もいるが、そんな連中も、自分より弱いものを選ぶという判断力だけは有るというのが釈然としない。 覚醒剤中毒による犯罪も多いが、仮にその中毒症状が、良い事をせずにいられなくなるというものであれば、世の中も少々変わる事であろう。可哀想な人や動物を見ると、どうしても助けずにはいられなくなる。溺れたり車に轢かれそうな犬猫を助けるために命を賭し、悪徳貸し金業者が福祉事業を始めてしまう。不景気な時代に中には金持ちもいるだろうから、発作がおきるとツブれそうな弱小工場のポストに札束を入れてまわったりして。 しかし全身に赤い羽根を着けニコニコしながら献金にいそしむ中毒者に、そのお金だけはやめてとすがりつく女房といった悲劇も演ぜられるだろうから、結局良い事はなさそうである。だいたい私の個展会場が中毒者だらけになっても困る。


6・某日9 どぜう

清住白川駅でT大のN先生、Iさん、ピアニストのTさんと待ち合わせ、どぜうの伊せ喜へ。遅れるので先に行ってもらい、タクシーで後から。ここは池波正太郎や澁澤龍彦なども訪れた店である。 小雨の中、人のいない清住庭園にでかけ、濡れた石など眺めた後、骨を抜いていない丸鍋にビール1本か酒の1、2本で帰ったりするのが梅雨時の私の楽しみである。何処かの名店と違ってハトバスなどとは無縁な所。 どじょうは始めてという方もいたが、美味しくいただけたよう。四人で1つの鍋をかこんだのだが、どじょう鍋は底があさく火も通りやすい。すぐ終わってしまうので、本来差し向かいの鍋であろう。他に柳川鍋、鯉のあらいなどをいただく。 帰りにTさんに面白い場所に案内してもらう。ムード満点。近日中に撮影する事にする。ここは使える。


6・某日8 ウチの節子

ベーシストのTさんから仕事で近くにきていると連絡があり、お願いしていた来月の立川談志・橘家圓蔵の江戸川落語会のチケットを受け取る。他に柳家三亀松のCDと週間プロレスのお土産。近所で軽く飲む事に。 Tさん、私が制作した人形に話しかける事は?というので、そんな事はしないと答えると、Tさんは7、80年前に制作されたという愛用のウッドベースに話しかけるという。元来、その形状から女性に例えられたりするものだが、まさか名前を付けたり?と問うと、それは無いと云うがかなり怪しい。原節子ファンのTさん。おそらく円鏡時代の圓蔵のように節子と呼んでいる事であろう。 ヨソでは云わない方がと云いながらここで書いている。帰りにソバを食べ分れる。 飲み物を買いにコンビニに寄るが、早い時間はレジが高校生のバイトである。ツリをわたす時に女子高生に限って、そっと手を添えるのだが、これがイヤで男子がいる時は、そちらのレジで支払う。女子高生に手を触れられるのが嫌という訳ではなく、むしろ30メートル彼方でマッチの灯が一本ともったような気分になるが、サービスのつもりか、そうせよと店の大人が申し渡していると思うと、なんとなく不愉快なのである。


6・某日7 タイムカプセル

TVで小学校の校庭に埋めて場所が判らなくなったタイムカプセルを、ダウジングで探すという番組をやっていた。ちゃんと見つかるから不思議である。 私も昔は色々な物を埋めたものだ。特に小学三年の時に転校していったN君とはよく埋めたが、我々が埋めたもので、まだその場所に眠っている物を一つ知っている。その場所は様子が変わっていないので未だにそこにあるであろう。判っているが掘り出す気にはなれない。 小学校の理科室は今思うと中々の充実ぶりで、巨大な鯨のヒゲや、鉱物やら骨格やら様々な標本があった。特に我々のお気に入りは瓶に入った魚の液侵標本であったが、鍵の掛かった戸棚に入っていて手にとる事はできない。そこで自分達で作ろうという事になった。私達には標本瓶の中で、魚がなぜ液中に浮んでいるのか解らず(蓋から吊っている?)N君と考えた末、コーヒーの空き瓶の中に洗濯のりを入れ、昆虫用の防腐剤を注射した金魚を入れた。思惑とは違って金魚は瓶の底に沈んでしまったが。 N君はきっとこんな事はすっかり忘れた立派な男になっている事であろう。


6・某日6 世界がもし魚2匹の水槽だったら

早く目が覚めたのでキュウリと小さなジャガイモを糠漬けにする。糠床のコンディション夏に向け絶好調。順調に芳香を放っている。 産卵はしたが孵化まで至らなかったフラワーホーンのペア。その後オスがフラれてしまった。メスは自分より強いオスでないといけないらしい。そこで一番強いオスに入れ換えしばらく観察していたのだが、輸卵管が伸び、実はメスである事が発覚。結局、一度フラれたオスを戻す事にした。 産卵時はメスが強くなるので、例えばメスが15センチならオスが20センチぐらいの体格差が必要らしいのだが、メスの食欲にオスが小さく見え、管理者である私が手を差し伸べなければオスの立場どころか命も危ない。人間界ではオスがだらしないと云われる昨今であるが、水槽を眺めていると、そもそも偉そうにしようということ自体に無理があるように思える。しかし連中にとって神に等しい飼い主たる私はオスに同情し、はやく自立せよと思いながらも、ああだこうだと面倒をみる。魚の渡世もなかなかに厳しい。


6・某日5 今日のスポーツ

日本選手権最終日、末續慎吾100メートル10秒13と惜しくも夢の9秒台には届かず。しかし100・200短距離種目制覇は24年ぶりだそうである。8月の世界陸上パリ大会では是非9秒台に突入してもらいたい。 私はどうも世界的レベルのスポーツでないと観ていて今一つ燃えないので、野球など観るようになったのは日本人が大リーグで活躍するようになってからである。そう思うとテニスの全仏オープン杉山愛、キム・クライシュテルス組は観ていて楽しい。杉山は1999年全米オープンの混合ダブルス、2000年全米の女子ダブルスに続いて3度目の4大大会ダブルス制覇なのだから凄い。 現在バレーボールのWリーグもやっているようだが、あのレベルでは、なかなか観る気にはなれない。サーブ、レシーブ共に悪すぎ。私は中学時代テニス部であったが、それを云ってウケない場合はバレー部に入っていたことも云う事にしている。 メッツ戦、イチロー4安打、13対1マリナーズ勝利を見届けて就寝。


6・某日4 池袋

西武イルムス館へコミュニティーカレッジの話を聞きに行く。三回ぐらいの講座をという事なので、オイルプリントのゼラチン紙の制作から画像をなんとか出すあたりまでか。人形の方は私の造り方が、粘土に向かってひたすら祈るという方法なので、他人には伝えにくい。 設備など見せていただいた後、階下のビブロへ。書物同人誌『SUMUS』の中公文庫特集が出ているというのだが、まだ入っていないというのでバックナンバーの『古書にコミあり』(書きコミ・挟みコミ)と『彷書月刊』中井英夫に会いにいく。を購入。 私は目的の本がある場合以外は古書店巡りをひかえている。禁断症状も薄れてきた頃、執筆者でもある南陀楼綾繁氏からSUMUSをお借りしたのだが、眼を細めてボンヤリいい加減に読むようにしたところで、古書への誘惑が紙面から立ち昇ってきて、細めた眼の中にも強引に沁みてくるのであった。


6・某日3 ランドマーク

桜木町でSと待ち合わせ、7月の横浜ランドマークタワーの展示場所を見に行く。展示ケースを見せてもらい、喫茶店で打ち合わせる。場所が公共歩廊という事もあり、谷崎の写真作品がヌードがらみなので問題かもという話。クレームが来て途中で入れ換えるくらいなら谷崎の写真は控える事にする。その代わりコクトー、ニジンスキーの人形と写真を入れようかと考える。展示作業は徹夜になりそうだが、深夜ガランとしたランドマーク内で作業と言うのが楽しみである。 横浜史跡だというドックヤードや、赤レンガなど案内してもらった後、中華街に行き、乱歩が潜んでいそうなオリエンタルホテルを眺めた後、海員閣にて豚バラ飯を食す。伊勢崎町の横丁の古本屋で『通夜物語』泉 鏡花(春陽堂文庫 昭和二十二年刊)を300円で購入。昼でも暗い梅雨時の寝床で読む事にする。腹がこなれないので御茶を飲んで帰る。車中、前に坐る金髪の女子高生が、エタ・ジェイムスにそっくりと感心しながら、通夜物語の触りを読む。


6・某日2 メクソハナクソヲワラウ

用事のついでに高校からの友人で、小さな水槽を並べ地味な魚ばかり飼っているYを亀戸に訪ねる。彼に云わせると綺麗な魚に興味は無く、動き重視だそうである。そんな彼はフグ好きで、アフリカ産のフグを買ったというので見ると、これがまた非常にというより異常にジミな魚であった。動きといったところで、餌をやると多少動くという程度で、人の好みも色々である。一辺が30cmの水槽内の状態を、ここまで作るのに三年かかったと力説するのだが、そう云われれば、それはご苦労であったと云うほかはない。 水槽を覗くと奥にNTTのマークが入った灰色のプレートが見える。これはなんだと尋ねると、後ろの余計なものが目障りなので、それで隠したというのだが、NTTのプレートが目障りにならないほど目障りなものなどあるのだろうか?水槽上部のフィルターあたりに独自の工夫がなされているようだが、割り箸が挟まっていたり、妙な物がぶら下がっていたり訳がわからない。彼なりの理屈があるようなのだが。 ※
妙な男だと終わるはずであったが、彼がウチに来たとき私の造っている物を見て、今の私と同じような顔をしているのを思い出した。単語を入れ換えると、そのまま私の話だと云われそうな気がする。 人に云われる前に自分で気が付く所が私のエライところである。


6・某日1 腸閉塞を放置

5歳の男の子が病院で、腸閉塞を長時間放置された末に死亡したそうである。看護師の報告書によれば緊急事態を告げているにも係わらず、担当医師は「待たせておけ」とか「顔洗っているから」とか云いながらグズグズし、診察も適当で、腸閉塞を知りながらカルテも見せないなど、いい加減な引継ぎで帰ってしまった。引き継がれた日勤の医師も、容体が急変するまで一度も病室を訪れなかったそうである。男の子はさぞ激痛に苦しんだ事であろう。この医師等はどうせ医師免許を剥奪もされず、今後も医療行為を続けていくと思うとやりきれない。実に理不尽で惨い話である。 実は私の父もここに入院した事がある。しばらくして再度入院となった時、「あの病院だけは行きたくない」と苦しい息の中で云っていたから余程ヒドイ病院なのである。誠意ある医療行為をしていると感じられないというのが、家族の一致した意見であった。