明日できること今日はせず  

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8某日18 秋刀魚

最近新鮮な秋刀魚が出まわっている。私を誘う妖刀濡れ燕の輝き。秋刀魚には付き物の大根はというと青首しかない。一本買う事はないが、かならず下半分の辛い方にする。日頃、男が食べ物の事で、美味いの不味いのこだわってるの、などと云うのはみっともない事だと思っているが、できればこの方が好ましいという事は少々あって、焼き魚に添えられた大根おろしには醤油をかけたくない。居酒屋などで焼き魚の大根おろしに「醤油かけていいですか?」と聞かれれば「どうぞ」とは云う。しかし新雪にドロ靴の如し。魚の方に醤油をかけ、口の中に入るまでは新雪のままでいてほしい。これは大根おろしに限った事ではなく、カレーライスも同様で、カレーとライスは口に入るまでは分れていてほしい。大阪には腹に入れば同じ事と、始めから雑ぜてある有名なカレーがあるそうだ。そうとう野蛮な代物だが、食事どき以外は野蛮な私なので、食べたくないかといえば食べたい。


8某日17 世界陸上

最近、寝たり起きたりを繰返している。昨日など6回は寝た。最近眠りが浅いという事もあるが、夜中に放映されている世界陸上のせいである。それにしても末續慎吾20秒38で銅メダル。夢のような強さである。コーナーでのスピードなど、かつてのカルビン・スミス以上だと思うが、予選を見ていて、ひょっとしてとは思いつつも、実際表彰台に立っているのを見ると感無量。50メートルまでなら世界一といわれた飯島秀雄以来、関心を持ってきたが、日本人があそこに立つことはあり得ず、少なくとも私の生きている間には無いと思っていた画であった。昔、最速と呼ばれた吉岡隆徳が、スタート時に脚の筋肉をけいれんさせておいて、反応を速くするという秘策を持っていたそうだが、末續も、偏平足に見える足裏の筋肉、脚をそろえたスタート、走法など秘策だらけである。


8某日16 無精卵

最近、動きが怪しいと思っていたら、水槽側面にジャックデンプシーが卵を産み付けている。残念ながら相手のオスがいないので孵る事はない。それでもヒレで卵がカビないよう扇ぎつづけていて実に不憫。 3時にTS社のTさんと作家のSさんと待ち合わせ、両国の江戸東京博へ。特に得る物もなく両国駅内のビアホールで書籍カバーの打ち合わせ。江戸が舞台の話。 Sさんがホワイトブルースのファンという事で、ジェシー・デイヴィスの話から、特にブルースロックの話になる。Tさんも昔はカントリー系ロックを聞いていたらしい。Tさんが帰られた後もしばらくSさんとロックの話をしていた。 帰宅すると、ジャックデンプシーがセパレーターを越えてフラワーホーンに挑んだらしく、隅でボロボロになっていた。なぜ、こんな事に。しかし母は強し、体重で6倍はあるフラワーも顔面傷だらけである。元に戻すとまた無精卵を扇ぎはじめた。すまない。昨日までオスだと思っていた。


8某日15 『黒線地帯』 銀座シネパトス

新東宝 昭35 監督・石井輝男 出演・天知茂、三原葉子、三ツ矢歌子 昭和30年代の東京と横浜が舞台のサスペンス。 トップ屋、天知茂が赤線防止法で地下に潜った売春組織を追うが、売春婦殺害の犯人に仕立てられ、無実をはらすため組織のボスを追い詰めていく。 シャープな天知茂が良いし、三原葉子も例によってすぐ服を脱ぐが、今回は純情。三ツ矢歌子が通う人形教室が、伊勢崎町の店におろす人形の中にはヤクが。知らずに運び屋をさせられている可愛い女子高生歌子。しかしボスの大友純の顔は特殊メイクのように怖い。この人ほど照明を下から当てられた人はいないのではないか。現在ではここまで怖いと悪党も商売に差し障るであろう。 東京を舞台にジャズが流れるサスペンス映画は、40年代までに撮っておくべきと思わされる。場所を特定するため、つい看板に目がいってしまうが、ネットのように張りめぐらされた都電やトロリーバスの電線は大好きな風景。「旦那、こんな物どうです?」「俺が捜してるのはこれじゃない。」の一言で開かれる都会の何処でもドア。


8某日14 スペクトラム

実物を目にした事がないので、はたして制作する価値があるかどうか判断がつかなかったカラーオイルプリント。価値はあると判断し、以後の課題とする。オイルプリントの転写によるカラー化は、オイルプリントを始めた当初から興味はあったのだが、単色の作品すら大変で、工程としてその4倍かかるカラーは、とてもじゃないが手の届かない領域だと考えていた。当時相談した印刷や版画に詳しい人は皆、否定的であったし、私も内心止めた方が良いという答えを望んでいたはずである。時間には限りがある。よけいな事にかかわるべきではないのだ。 今日、玄関で熱帯魚にエサをやっていたら、外からの光が水槽に、虹色に分解された模様を映し出していた。ジーッと見つめる私。こんな時、子供の頃だったら、頭から冷水を浴びせるような言葉と行動をもって母が止めてくれたものだが。


8某日13 飲み会

4時に来客三人があるというのに約束の時間になっても届かない冷蔵庫。配送センターに電話しても前の家で取り付けに時間がかかりというばかり。マニュアルどおりのクレーム処理の言葉に腹が立ち、途中で電話を切る。冷蔵庫が届いたのは4時10分前。「時間が無いので急いでください!」「スイマセンでした。」と配達の青年。洗濯機はここでは買ってやらない。青年、片付けながら水槽を見て「アピストですね?」 我家の水槽に対して「寿司屋みたい」とか「外国産のハゼ?」とか水槽が玄関にあるのに無視して入ってくる連中に比べれば、キミは我家に冷蔵庫を運んでくるには相応しい青年である。「暑いのにご苦労様。」 こんな事もあろうかと前日、玄関開いてますから居なかったら入っていてくださいとメールを出しておいたので、急いで買い物に行く。 飲み会はというと、久しぶりに楽しく過ごす。ステレオのある部屋は急いで片付けた皺寄せでいっぱいになっている。「何の恩返しもできませんが、この部屋は覗かないように」といいながらかけた荒木一郎のレコードのせいで、懐かし話方向に盛り上がった。


8某日12 電気製品

私は電気製品とすこぶる相性が悪い。私が嫌いだから向こうも逆らってくるのであろう。中でも難敵はパソコンのプリンターで、私が癇癪をおこし一台目は壊している。二台目も悩みの種だが、プリンターに関しては、どこかで実は私が悪いのではないかとウスウス気付いてはいる。 十数年使用している冷蔵庫の調子が悪く、冷凍庫がなんとか冷蔵庫程度にしか冷えなくなってしまった。明日、来客があり我家で飲む事になっていて、どうせ必要なのだからと先日購入したのだが、配達は明日になるという。しかたがないが、温いビールではしょうがないので時間までに届けば良い。冷蔵庫は設置後すぐには使えないそうだが。 横浜ランドマーク出品の作品の梱包もほどかず、そのままになっていたので片付けながら、洗濯もしてしまおうとスイッチを入れたが、どういうわけかピクリとも動かず。冷蔵庫と同時に買った物だが、こんな事があって良いのだろうか。 購入したとたん冷夏になってしまったエアコン。毎年夏は客に暑い思いをさせていたのだ。少しは活躍してもらわないとならない。来客中寒かったら私はゆるさん。トイレに入ると駄目を押すように電球が切れた。


8某日11 『海女の化物屋敷』 銀座シネパトス

新東宝 昭和34 監督・曲谷守平 出演・菅原文太、三原葉子、万里昌代 館内には若い、物好きの女の子。メイクも昭和30年代を意識しているようだが、殴られたようにしか見えず。快楽亭ブラックさんの姿も。 ストーリーはたわいもなく、痩せた菅原文太は演技の下手さも手伝って、三原葉子の肉体の前には実に貧弱。やはりなんといっても若く真ん丸顔で『島の女』のソフィア・ローレンのように、濡れて透ける海女姿の万里昌代と、見れば見るほど好きになる沼田曜一。


8某日10 天然色オイルプリント法2

というわけでオイルプリントの転写による技法(オイルプリント・トランスファー)による四色分解ネガによる試作第一号。天然色というのははばかれるが、この技法は十二分に自虐趣味を満足させてくれる。特に世間がお盆休みを楽しんでいる間の作業にはもってこいである。私は何故こんな目にあっているのだろう?などと考えないというのが、この技法のコツである。


8某日9 天然色オイルプリント法

大正15年に大阪の写真科学会が主催した天然色写真展覧会が催されている。この時代には様々な技法による画像の天然色化が試みられているが、現在のように一枚のフィルム、一枚の印画紙で簡単にカラーを出せるという時代ではなく、三色、四色の色分解による天然色の時代である。この展覧会では作品展示だけではなく、三色分解カメラや、覗くとカラー画像が見えるスコープなど、当時の天然色事情を総括した展覧だったようである。写真科学会の創立者でもある陸軍技術本部の鈴木陽によると『日進月歩の世の中ですから異なった理論も發見されるでせうし又種々の改良考案が發明されると思ひます、例えば天然色オイル法も理論上出來る筈ですが日本でやつておられる人を聞かないことを考えると未だ々天然色寫眞の開拓すべき餘地があると思はれます。』この時代は、すでに既製品の印画紙を使用するブロムオイルの時代になっているので、このままでいくとオイルプリントの天然色化は、日本で私が始めてという事になりそうである。しかし日本人は一つ所に殺到し、みんな同じ事をするので、それ自体はたいした事ではない。それより誰もやらなかった理由を、現在私だけが日々理解しつつあるという事である・・・。


8某日8 『地獄』 銀座シネパトス

新東宝 昭35 監督・中川信夫 出演・天知茂、沼田曜一、三ツ矢歌子 
凄い映画であった。特に前半の現世が面白く、沼田曜一の怪演が見所。天知茂は終始眉間にシワを寄せっぱなし。三ツ矢歌子はあまりに可愛く、途中まで三ツ矢とは気付かず。 物凄い形相で地獄絵を描く大友純を見ていて思い出した。小学生の頃、誰かの選挙応援で、車から笑顔で手を振っているのを見た事がある。今と違って悪役が実は良い人だという時代ではない。いくら笑っていても大友純。大人を含めて笑顔を返す人はいず、怖い物が通りすぎていったという感じであった。 後半の地獄のシーンは特撮が思ったより悪くないが、肝腎の血糊がリアルでなく不満。やはり沼田曜一が一番印象に残る。もっとTVでも活躍してもらいたかった悪役である。今では”改心”して民話を語っているようだ。経年の為か、フィルムを青汁にくぐらせたようなイヤな色だったが、イヤな感じを与えるのが目的の映画なので、それも良い。急いで帰り、NHKの再放送『大地の子』を観て口直しをする。


8某日7 ヒゲ

地下鉄日比谷線、茅場町駅の売店で、腰に手を当てる銭湯スタイルでイチゴ牛乳を飲んでいると、普段ここはオバさんがいるのだが今日はオジさんで、「ヒゲは毎日大変でしょ」と云われた。「そんなに生えないんで、たいした事ないです」「似合っているから良いよ」私はヒゲが似合ってるなどと云われた事はない。オジさんよっぽど暇らしい。 私は高校以来、床屋に行っていない。それも中学時代にヒゲ剃りを拒否したせいで、以来一度も顔を剃った事がない。必要が無いのである。子供の頃、自分の中にならず者的要素があるわりに、表に出ていない事が不満であった。大人になったらヘルス・エンジェルスのようなヒゲを生やすつもりであったが一向に生えず、なんとか生え出したのが三十も後半であった。生やし始めの頃、母などみっともないから剃れと真っ先に云うであろうと思ったら何も言わない。今思うと母にはヒゲが見えなかったらしい。そんな訳で少ないヒゲを大事にしているわけだが、しかし見ず知らずのオジさんに誉められても。 若い女性に剃ったほうが良いと云われたに等しい。


8某日6 歴史はくりかえす

デジタルに押され、アナログ写真は消えていく運命にありそうである。 大正時代にアマチュア写真家を中心に流行した顔料を使用するオイル、ブロムオイル、ゴムプリントなどの非銀塩プリント技法が、リアリズム運動の流入と共に旧時代の技法として淘汰され、銀塩写真(現在のモノクロ、カラーなどのプリント)が中心となり現在に至っている。当時の事情とそのまま比べるわけにはいかないが、銀塩写真が当時のピクトリアリズムと同様に、古臭い老人の古典技法となるのも、もうすぐであろう。 だいたい未だにフィルムや印画紙に牛から抽出したゼラチンを使っていること自体がヘンである。


8某日5 『女岩窟王』 銀座シネパトス

新東宝 昭35 監督・小野田嘉幹 出演・江見俊太郎、三原葉子、万里昌代 、吉田輝男 三日間一歩も外へ出ていないのでレイトショーを観にいく。お目当ては万里昌代。 冒頭いきなり三原葉子と万里昌代のキャバレーでのフロアダンス。つかみはOKである。ヤクザにヒドイ目に合う姉妹。追われて逃げ込んだ洞窟がくずれ、閉じ込められてしまう。そこで宝箱を発見。洞窟を脱出し、ヨットで通りかかった吉田輝男に助けられ、その金を使いヤクザに復讐する。海岸のヤクザ同士の撃ち合いは、私が子供の頃流行った銀玉鉄砲の撃ち合いそのままであった。みんな元気でいるだろうか。何発撃っても尽きぬ弾丸。悪人が遊園地の遊具にぶら下がり、振り落とされて死ぬシーンなど面白い。三原、万里二人のダンスシーンは数回あったが、この映画の価値の半分はこのシーンである。しかし前の方に坐ったおかげでスクリーンが近すぎ、二人のダンスを同時に観る事が出来なかったことが悔やまれる。観終わった後の爽快感のなさは大蔵貢の新東宝ならでは。


8某日4 技術

何かを想っただけで、技術が向上するなどという事があるだろうか。最近オイルプリントの4色分解を試しているのだが、それまでの単色のオイルプリントが上達している感じがした。それは4色プリントを繰返しているからかというとそれは違う。何故ならほとんど、ただ色を混ぜているだけなのであり、それにより向上しているわけではないのである。 私が想像するに、新たな事に頭が及ぶと自動的に様々な事が変わるのではないか?私は外側で起きる不思議な事については懐疑的であるが、自分の内部では不思議な事は良く起る。それでは実際、単色プリントを試して技術の向上を確認したのかというと、そういう訳ではない。それなのに何故わかるかというと、何故か判るのである。こんな事は本来人に云うべきで無く、云った所で解ってもらえない事であろう。 以前、書いたような気がするが、しばらく何もしないで、ひさしぶりにやってみると上手くなっていて驚く事がある。これも何もしないといいながら、何かは、やったり考えたりしているわけで、その間の自分がそうさせているのであろう。無駄な事など一つもなく、明日の事は考えただけで御利益があるというわけか。


8某日3 生存確認

石川セリを聞きながらオイルプリントの実験を繰返している。デビュー時の声は実に初々しく独特な趣きがあるが、次第に洗練されていく分つまらなくなっていくように思える。そういう事は往々にしてあるわけで、ジョン・レノンなどもアーティストとしてはともかく、声に関していえばデビュー当時の初期の方が私は好きである。 実験はというとマッタクうまくいかない。こんな時、パソコンなどの機械相手の場合はカッカしてくるのものだが、手作業に関してはそういう事にはならない。だいたい誰にやれと云われたわけでなく、世の中に無くて良いものをわざわざ造っている私が悪いのである。子供の頃はこんな事をさせておけば大人しいと言われたものだが、今はあまり大人しくしていると死んでいるのではないかと連絡してくる友人もいる。いいかげんにしろと云いたいが、最近はホームページを観て私の生存を確認している事であろう。


8某日2 トロフィー

私が制作する実在した作家は、残っている写真が少なければ想像で作れるのでかえって面白い。そんな人物は、その人を覚えている人も亡くなっているはずであるから私が作り出してもよいわけである。そう思うと写真作品をどうするかを後回しにすれば、エドガー・アラン・ポーなども面白そうである。写真が何カット残っているか判らないが、有名な泣きそうな顔をしたポートレートしか私は知らない。江戸川乱歩邸で、あれは日本探偵作家クラブ賞なのだろうか。実に不細工なポー像を見た事がある。誰が制作したかは知らないが、ああいったものは著名な彫刻家に発注するものであろう。 ヒドイといえば今は廃止されているかもしれないが、スィングジャーナル誌のゴールドディスクのトロフィーが不細工すぎて忘れられない。サックスを吹く黒人ミュージシャンのつもりなのだろうが、虚無僧がガニマタで尺八を吹いているという感じであった。作者がジャズ好きでない事はあきらかだが、あれでジャズ好きだったら哀しすぎる。


8某日1 梅雨明け

エアコンを購入したとたんの冷夏であったが、中途半端に梅雨も開けたようだ。昨日どこかで蝉の声をチラと聞いた気がする。それならばと暑い中、エアコンを効かして鍋をやろうと買出しに行く。ホウレンソウと大根菜という大根の葉っぱだけのような野菜と豚肉。北海道直送という新鮮な烏賊を売っていたので三杯買う。それにSが持ってきた、たっぷりの香草。タイスキ用のソースと烏賊ワタを醤油に溶いたもので食べる。烏賊は炭で焼いてみたかったが、いま流行りの一酸化炭素中毒になりかねないのでやめる。中毒事故の場合、始めに誰か異変に気付けば良いようなものだが、以前、手伝いを頼んでシンナー系の塗料を使っていた時、いつのまにか二人とも寝ていたからそうもいかないのであろう。せっかく腹に収めた物を、司法解剖で取り出されてはかなわない。