明日できること今日はせず  

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10某日19 デジタルで一日

最近は、デジタルでネガが造れるようになり、大判のカメラを使用せずとも大判ネガを得られるようになった。これは感度が低く、ネガとの密着焼きにより、ネガサイズがそのまま作品サイズとなるオイルプリントや、プラチナプリント制作には助かる。おかげで大型カメラの出番は無くなった。しかし私の場合はむしろ、デジタルで制作した画像を、アナログ作品にするという事が目的といっても良い。 写真の一種とすれば、これ以上のアナログは無いと思われるオイルプリントと、画像の耐久性最強といわれるプラチナプリントが、イメージ通りに制作出来るようになった。たとえば鏡花のプラチナプリント。背景の女性は合成であり、幽霊という設定なので透けている。しかし、どうしてもデジタルを使わないと出来ない場合に使うので、鏡花の人形自体は合成していない。 というわけで、今日も一日中パソコンの前であったが、朝から最悪なニュース。先日は誤報が伝えられ、後頭部に銃弾二発と訊いた時は、せめてもだと思ったのだが。 合掌。


10某日18 黒蜥蜴

新保博久氏は「今時、黒蜥蜴をやれる女性などおりますかねェ」とおっしゃっていたが、いるとしたら女性でもなく、化け物のような人物かもしれない。 私がイメージする黒蜥蜴は、しいて揚げるならばヒッチコック映画のキム・ノヴァクであろうか。しかし、そうもいかないので造るしかないのかもしれない。人形の相手は、出来る事なら人間にしたいところである。私の人形はゴム製でも関節がついているわけもない。つまり動かない人形同士だと、いくら組み合わせたところで、撮れるのは数場面だが、その点相手が人間ならば、人間に動いてもらって、かなりの場面がつくりだせるというわけである。 黒蜥蜴を造るとしたら明智小五郎も考えないではないが、乱歩作品の中では、悪人の方が圧倒的に魅力的である。正義の味方は刺身のツマといっては言い過ぎだろうか。それなら二十面相と黒蜥蜴が、雷鳴とどろく時計塔の上で、宝石の奪い合いというのは、いかにも画になる。まあ思ってみただけで、造るというわけではないはずである。妙な日本語である。


10某日17 人質

ザルカウィと思われるテロ集団に拉致された日本人。殺害予告の48時間を過ぎたが、情報は入ってこない。しかしこれには参った。彼が何のためにイラクに入ったかは判らないが、始めて人質となった映像を見たとき『お前なにやってんだよ!』と思わずにはいられなかった。以前ネット上に流れた、人質断首の映像を見てしまっていたからである。人はどんな目に遇ったら、あんな事が人に対してできるのだろうか。とにかく何をやっていても気分が悪い。昨日書きかけた雑記も止めた。とにかく無事に開放される事を祈るばかりである。


10某日16 同じ日生れ

神田『八羽』にてブックカフェの打ち上げ。出席されるのは、出店された古書店の御主人の方々かと思っていたら、西秋書店の西秋さん、トムズ・ボックスの土井さん以外は若い女性ばかりであった。 普段聞けないような古書業界の話を伺う。ブックカフェはこれからも続くようで、何らかの形で協力して行きたいが、古書業界のイベントと云うことを考えると、当たり前の作品は出したくない。『次回はアレにするか。怒られたら関係者にムリヤリやらされた事にしよう。』などと考えたりして。 土井さんとは、私が黒人を造っている頃か、作家シリーズ転向直後以来であるが、ひょんな事から、生年月日が一緒と判り驚く。同じ誕生日の人を一人だけ知っているが、同じ日というのは始めてである。これが若い女の子同士であれば、さらに共通点を見つけてキャッキャと盛り上がるところだろうが、我々くらいの年齢になると、何かの縁があるならあるで、笑えない共通点が出てきてしまう恐れがある。今日はこの辺りにしておきましょうというのは、土井さんも同様であったろう。


10某日15 多摩霊園

10:30に武蔵小金井改札。本多"ピッポちゃん”正一氏、Tさんと待ち合わせる。まず本多氏の案内で、中井英夫が晩年暮した家を訪ねる。途中、本多氏の『彗星との日々』で見ていた野川沿いの道を行く。これが武蔵野の風景なのか独特の雰囲気。草は茂っているが水は澄んでいた。 住宅街の路地を行くと、同じく中井英夫が住んだ田畑の風景に似ている。到着するも、すでに家は建てかえられていて跡形も無し。私としては、柱に刀傷や弾痕が残っているという訳ではないので特になにもないが、最後の助手である本多氏は感慨深げであった。そこから多磨霊園に向かう。 広いとは聞いていたが馬鹿に広い。園内の地図を見ながら、小熊秀雄-江戸川乱歩−三島由紀夫−岡本太郎(かの子・一平)-新渡戸稲造の墓を巡る。駅に戻り、たてもの園へ。 小金井公園内のイベントの屋台で、不味いにも程がある焼きソバでビール。Tさんと別れ本多氏とたてもの園へ。 歩きっぱなしの一日。吉祥寺で中井、乱歩の話で飲む。


10某日14 一日

寝たり起きたり。小悪魔的な女性に翻弄される夢を見たりで(最後はタダの悪魔になる)朝っぱらから乱歩の『青銅の魔人』を読む。小学校の図書室以来かもしれない。 始業のチャイムが鳴っても本から目が離せなかった。机に肘をつき、椅子の上に正座をし、教室に戻らなければゲンコツだ!とハラハラしているのに動けない。お尻だけが(教室に向かい)徐々に持ちあがっていく。先生の怒鳴り声が浴びせられた時の私は、妙な格好になっていた。 しかしこんなお話をつくる乱歩先生はスゴイ。明日は、たてもの園の後、多磨霊園に行き、三島と乱歩の墓参りの予定。時間があれば中井英夫が住んだ場所へも。 夜にはまた地震。新潟はかなりの被害の模様。そういえば探偵団に夢中だった頃にも、新潟で大きな地震があった。コンクリ−トの建物が倒れて、底が見えいてる写真を覚えている。台風の度重なる上陸といい、どうも落ち付かない。


10某日13 シャレコウベ

HPの何処かに写っている髑髏に対して、質問のメールをいただく。 もちろんホンモノではない。今時個人でホンモノなど持てないであろう。澁澤邸の髑髏もレプリカらしい。 髑髏は鉄製とプラモデルの二種類持っている。プラモデルの方は、本来夜光塗料が含まれていて、ホンワカと光るのだが、リアルに塗装しようとしたら乗りすぎてしまって、醤油で煮込んだようになってしまった。しかしリアルではある。 以前は来客があると、「これは祖父が戦時中、満州で・・・」などと作り話をしていたが、女性客はそんな話をしても、「触っていいですか?」などと間違いなく目を輝かす。一方男性客は、まず乗ってこないし、見えないところに置いてくれという人までいる。男をビビらせても、面白くも可笑しくもないし、本来女性はフリはすれども、こんな事ではビビらない生き物だと、理解した今ではやらない。 この髑髏、何かに使ってやろうと思っていたが、一つ浮かぶ。乱歩は暗い土蔵の中で、蝋燭の灯りで執筆していると広告に利用された。とんだデマだが、デマだからこそ、そんな写真は存在しないわけである。どうせだったら髑髏のテッペンに蝋燭を立て、(SM雑誌風にいえば)蝋涙にまみれた髑髏を前に、ペンを持つ乱歩。乱歩らしくて乱歩じゃないという訳である。


10某日12 プラチナ人間椅子

江戸川乱歩の若い時代の頭部を造りはじめる。これは『押絵と旅する男』をイメージしての事である。 三島由紀夫の頭部はおおよそ出来たが、作品にとりかかるには、助走距離が足りず保留中。夢野久作は、頭部は完成し、着彩を残すのみだが、テーマを『ドグラマグラ』で行くか、もう少し広げるか。広げるとしたら私の中に、九州地方の土着のイメージが無さすぎるので、九州に出かけなくてはならないだろう。 乱歩はその作品の性格上、眼鏡の老人だからこそユーモラスに見えるわけである。たとえば、近々とりかかるつもりの『人間椅子』は、眼鏡の晩年の乱歩なら、ほのぼの?するかもしれないが、ヌルッとした若い乱歩ではリアルである。もっともその方が、本来の『人間椅子』のイメージかもしれない。どちらにするかは後で決めれば良い。 『人間椅子』をプラチナプリントにするのはどうだろうか。これはまだ何も出来ていなくとも、”プラチナプリントの人間椅子”と発音するだけで、良くなるのはすでに約束されてる気がする。


10某日11 佃の渡し

昨日の古書展で購入した『芝居名所一幕見 東京篇』戸板康二(白水社)は、昭和二十八年、産業経済新聞に八十回連載されたものである。右ページに早稲田の演劇博物館収蔵の舞台写真。左ページに芝居の舞台となった二十八年当時の東京の写真が載っている。 私は歌舞伎は数回しか観た事がないし、まして新国劇、新派など一度も無い。しかし、こういった芝居の名場面を観ていると、どうも知っているように錯覚する事がある。おそらく、子供の頃からTVで親しんだ、由利徹のコントのせいであろう。 これを観ると近所の深川八幡宮(富岡八幡)など戦災で焼けて広々としている。 佃の渡し舟の船着場から数十メートルの、中央区は湊町に育った母には、昔の永代橋や木場の風景など懐かしかろうと見せてみた。祖父と何度も往復した渡し舟の話をしていると、ある台風の日。幼稚園児の私が、クレヨンで渡し舟の絵描いていたそうである。すると突然、嵐の中を止めるのも聞かず外へ飛び出して行った。渡し舟の煙突には東京都のマークが付いていたが、似たような物があったと、近所のマンホールの蓋を、ずぶ濡れになって観察に行ったらしい。三つ子の魂百までとは良く云ったものだが、母にとっては、あまり笑えないエピソードなのかもしれない。


10某日10 ラジオの時間

古書会館に到着すると、本読みの快楽の、かねたくさんとバッタリ。会場に入り、ほとんど同時にみえた宇野亜喜良さんに御挨拶する。昨日できたばかりのプラチナプリントを改めて眺めていると、先日亡くなられた種村季弘さん公認サイトのやっきさん、iPod Fan Bookを書かれた納富廉邦さんなどとお会いする。 トークショーまで時間があるので、演芸好きベーシストTさんと外で一服していると、本日司会担当の南陀楼綾繁さん。頭には田中小実昌の帽子。 Tさんと少々飲んで会場に戻ると『実況生中継 ラジオの時間』河内紀トークライブ。つい一番前の真ん中に座ってしまう。ラジオ番組制作に携わった60年代のラジオドラマや、野坂昭如37歳時のインタビューなどを聞きながら、当時の制作の様子など興味深い話。休息を挟み、ゲストの鈴木清順監督登場。昔はラジオドラマも作っていたそうだが、最初の作品(ヤング・パンチ・シリーズ)では、嫌な音を入れる事だけ考え、歯を削る音を入れたら、歯の治療中の局長にボツにされたとか。宍戸錠、荒木一郎などの声も若々しく、間に挟まる当時のCMも愉快であった。清純監督、近くで見ると、特殊メイクで老人のフリをしている疑いも。年齢を考えると足取りは軽い。新作の『オペレッタ狸御殿』、後は音入れだけのようである。その後、本多正一さん、Tさん、Hさんと再度飲みに行き、帰りは実家に。


10某日9 プラチナプリント

一時過ぎに田村写真に。本日は、初のプラチナプリントである。他の仕事が立て込んでおり、始まりは3時近くから。『怪人二十面相』が2カット。他に『中井英夫』と『泉 鏡花』を選択。 プラチナプリントと云っても、モノクロ写真に銀が使われているように、プラチナの輝きを発するという訳ではなく、黒から茶色の渋い発色である。その色はプラチナとパラジウムの配合いかんで決まる。田村氏は、プラチナプリントに関して実験を始めるようだ。いよいよ1800年代のレンズの出番が来たようである。ウチにあるレンズも最近出番がなかったが、ヒマな時に磨いてみよう。 プリントは思った以上の出来映えに上がる。中井英夫も鏡花もプラチナ向きであった。そして怪人二十面相も。 結局、古書会館に着いたのは9時になってしまい、手伝って頂きながら飾り付け。モノクローム写真10 オイルプリント5 プラチナプリント4。特にオイルとプラチナは、本来、額のガラスを着けずに見て欲しいところだが、今回は着けての展示となる。いずれにしてもコッソリとプラチナデビュー。先の展開も浮かぶ・・・。


10某日8 火災報知器

朝、チャイムで起こされる。今日は火災報知器を設置する日であった。 報知器など台所で充分だと思うのだが、業者によると各部屋ごと、さらに念の入ったことに、押入れの天井にまで取り付けるという。 天井を開けたりして思ったより時間がかかったが、終わってみると、押入れと部屋の報知器の間隔が、1メートル20センチしかない所もある。そんな近くに二つも付けてどうする。 業者は年寄りと若者のコンビであったが、年寄りはベテランらしく、何も見ていないという風に淡々と仕事をするが、愛想のいいヒップホップ調の若者は、時折、ランナーを牽制するピッチャーのような目つきで、作品などが並んだ棚を見ている。こういった業者には、現場で目撃した事に対しての守秘義務はないのだろうか。私は念のため、特に押し入れの中や、天井裏で見た事について口外しないよう、金を握らせておいた。という事はない。 夕方田村写真へ。17日からの『アンダーグラウンド・ブック・カフェ(地下室の古書展)に、出来る事なら一点でも、プラチナプリントを展示してみたい。候補は『怪人二十面相』『中井英夫』『江戸川乱歩』『泉 鏡花』あたりか。特に二十面相のプラチナプリントは、私がやらなかったら地球壊滅の日まで、誰もやりそうに無いところが良い。


10某日7 乱歩系駄菓子
 
君はチクロの味を知っているか?』想い出の乱歩系駄菓子ベスト4。 第4位『各種寒天』。直径1センチくらいの管に入った物や、ガラス瓶の中に色の付いた液体に浸かっていて、長い楊枝のような物で食べるなど各様。様々な物を培養している雰囲気。 第3位『回る麩菓子』。正面から見ると、直径20センチくらいの三枚羽根の風車のような形をしている。中心は少し出っ張っており、裏側からそこに人差し指を当てて走ると風を受けて回る。麦藁帽子を積むように置かれていた。楽しいのはせいぜい5分間。いつまでも走っている訳にもいかず、飽きて食べてしまうが、味が薄くて美味しくはない。 第2位『ニッキ水』。サントリーの角瓶を模した6センチくらいのビニールの容器に入った毒々しい色の液体。小さなコルク栓からピンク色の細い管がでていて、そこから吸う。大手で売られていたニッキ飴などとは似て非なる味。  第1位『忍者の巻物』。10センチくらいの巻物で、中にアミダくじが紫やピンクの毒々しい色で書かれてあり、当たるともう一本もらえる。紙には形容しがたい甘い物が塗ってあり、ちぎって口の中に入れ、味がしなくなったら吐き出す。当たって喜んでいる奴を見た事がない。 私に云わせれば、人工甘味料チクロが入っていない駄菓子は駄菓子では無い。発ガン物質とかで禁止され、以降不味くなっていったが、発ガンはともかく、もし当時みんなが垂らしていた鼻水の原因といわれたら、やっぱり!という気がする。 駄菓子屋の甘くて酸っぱく、火薬の匂いが混じった(ここが肝心)匂いは鼻の奥に残っている。可能ならば、あの匂いの中で、少年探偵団をもう一度読んでみたいものである。


10某日6 乱歩な御菓子

まだ遭遇した事はないが、たてもの園では紙芝居もやっているらしい。是非見てみたいものである。 私は二人の紙芝居屋を覚えている。一人は黒っぽい感じの紙芝居屋で、顔も二十面相じみていた。駄菓子を買わないで見ていると嫌な顔をする。そのオヤジの倅もなんだか黒っぽい印象の虐めっ子で、親子そろって根性悪なのであった。もう一人、白っぽいプクプクしたオヤジもいて、こちらはタダ見の子を咎めたりしない。まるで昔話の良いおじいさんと、悪いおじいさんという感じであったが、これがうまくいかないのは、黒くて悪いオヤジの方が圧倒的に面白いのである。大体悪いオヤジが悪漢をそのまま演じるのだから迫力が違う。良いオヤジはほのぼのとした語り口調で、女の子はそれで良いかもしれないが、男の子には物足りなかったものである。 そういえば紙芝居屋の駄菓子には実に妙な物があった。たとえば、蛤の貝殻になにか甘いものを練りこんだ御菓子。それだけ聞くとなにやら雅な感じもするが、実際は毒々しい赤や緑のセロファンで包まれていて、悪いオヤジの自転車に積んだ、古民具のような引出しから取り出されると異様な感じなのである。そして、おそらく安達ヶ原の鬼婆のような奥さんが、夜な々薄笑いを浮かべながら作っているのではないかと想像してしまうのであった。何もハマグリにしなくてもと思うが、どこかでタダのように仕入れられる、駄菓子にもってこいの容器なのであろう。 今では保健所が青ざめるような駄菓子の数々。そしてその危険で魅惑的な味は、乱歩系駄菓子とでも云えばピッタリである。


10某日5 金運

午前中から水槽の掃除。飼育中の魚で一番大事にしているフラワーホーンは、鮮やかな赤色を出すのが難しく、色揚げ用といわれている餌をやったりする。餌の中には、赤い色素が入っているようだが、赤いものを食べさせて赤くするというのはいかがなものか。 五ヶ月前、父の亡くなる前日に生れた子供が、すでに六センチになった。この連中が変っていて、本来あるべき黒いスポットが無い。妙な感じではあるが、これはこれで珍しいと愛着もわいていた。しかし、この魚は華僑を中心に、風水にのっとって流行した魚で、風水からみるとこのスポットは金運にあたるようだ。ちなみに赤色は幸福運、青色は愛情運であり、そちらは並にあるのだが、金運スポットだけが無い。熱帯魚仲間のHに引きとってもらい、金運の無さを彼になすりつける事も考えたが、父の亡くなる前日に生れたと思うと、なんとなくそうもいかない。


10某日4 台風接近す

今日は神田で飲み会の予定があるが、地図を見たら古書会館の近くなので『地下室の古書展』販売用のプリントを届ける事にする。 昔は随分通った神田古書街だが、オイルプリントなど、顔料を使用する(ピクトリアリズム)写真関係の資料が集まった時点で出かけなくなった。行けば目的以外の本まで買ってしまいキリが無い。そんなわけで古書会館も久しぶりである。閉館間際の地下の会場に行ってみると、まるで腸内の消化物のように蠢く中年男達。思わず突入したくなるが、受付にプリントを預け、神保町『菊水』に急ぐ、 坂崎重盛さん、担当編集者Sさん、翻訳家の金原瑞人さん、歌人でファンタジー文学の井辻朱美さん、蕃茄山人さんがすでに。 坂崎さんから発売直前『一葉からはじめる東京町歩き』(実業之日本社)をいただく。文士と出会うあの道この街。現場でも読んでみたい本である。森鴎外立案「東京方眼図」付 久しぶりの燗酒。私は真鍮製キセルを使っていたが、それを人差し指にかけてクルクル回す坂崎さん。話には聞いていたがホントに回る。 遅れて鶴澤寛也さんもみえて賑やかに。皆さんさすがに話が豊富。番茄山人氏に至っては不思議な歌まで。 台風接近を思わせる雨。 


10某日3 地震

昨夜の地震は一瞬だったが発表より大きく感じた。玄関でビシャッと音がし、水槽の水がこぼれていた。神戸などと違い、東京は地震が多いので大丈夫だろうと思ってしまうが、あの大震災以来、さすがにあの映像が頭をよぎる。 昔、沖縄の友人は、地震が珍しく、そのたびに嬉しそうにしていたものだが、あちらのほうも最近は安心できない。母方の祖母は、恐いものが無いような顔をして、亡くなる前に、戒名代を交渉し、納棺の際の草鞋の結び方まで教え、経を読む坊さんから、何から何まで決めていった明治者であったが、関東大震災だけはこたえていたらしく、常に備えていた。以前書いたような気もするが、子供の頃地震で目が覚めると、父は暗い茶の間に座っていた。どうやら地震が恐くて真っ先に起きていたらしい。何が「落ち着け」だと思い出しては可笑しくなる。 棚の上の人形は、地震で落ちた事がないのに、昨夜は一体落ちて頭に負傷する。「不細工な面して、造ってるときから苦労させやがって、バチがあたったんだよ。」「そりゃないぜ父チャン」


10某日2 『生人形と松本喜三郎』 大阪歴史博物館

大阪に到着早々うどんを食べ、ホントにガラクタばかりの市を覗く。超願寺(竹本義太夫の墓)から四天王寺を見学。一番行きたかった通天閣へ。じゃりンこチエ、大西ゆかりの新世界!通天閣下でたこ焼きを食べ、登ってビリケンを見る。午後になりスマートボール。串カツで1:30分まで飲み、タイムスリップして眩暈がしそうな映画館(公楽劇場)で、阪妻の『無法松の一生』('43大映)を観る。館内であたりまえのように煙草を吸う、ドンヨリたそがれた老人たち。阿片窟に迷い込んだかのようである。 そうこうして『生人形と松本喜三郎』を観る下地が出来あがったところで、歴史博物館に向かう。 神は細部に宿るというが、とにかく理屈抜きで、リアリズムに挑戦した恐るべき作品群。自分に酔っ払った、思わせぶりばかりの作品が多い昨今、先人の貴重な名品を観られる幸せは大きい。 私はもう少し、やり過ぎてしまった人達を想像していたのだが、執念は凄くとも、元々素朴な人々。人間を追い越してしまうという愚は犯さず。作者の、自分には人間がこう見えるのだという、当時の想いがそのまま感じられたのが一番の収穫。こういうところは、いくら細密に写真で撮っても保存はできない。 子供の頃TVで見ていた花登筺モノなどで、偏見が植え付けられていた大阪。通天閣周辺に限って云えば、浅草をパワーアップしたようで居心地は最高であり、大阪人も黙って歩いていれば普通の人と変わりがない。 日帰りなのに、東京タワーがスマート過ぎて物足りなく見えてしまう私であった。


10某日1 二十面相を探せ!

たてもの園に二十面相を見に行く。設置場所は聞いていたので行ってみると人で一杯。シルクハットが指定とは逆の傾き方をしていたので直してもらう。なかなか凝ったライティングが施されていた。 設置した家には大人ばかりで思ったほど子供がいない。考えてみたら園内は、子供だけでは迷子になってしまうかも。さかんにデジカメや携帯で二十面相を撮っている人達。 仮面は自分で好きな色を塗るようになっているらしく、黒いマスクの子はみかけなかった。アイスキャンディー売りのオジさんに群がる子供達の中にも、仮面をつけた子が。良い光景である。大人も仮面を着けたら入園料半額というのはどうだろうか。しかしカップルも多く、昼間から妙な雰囲気を醸し出してもいけない。好評につき、今月一杯延長することに。(土日のみ) 帰りにビジターセンターの写真を見ていく。見ている人は、写っている人形は等身大と思いこんでいる。こうなったら被写体はこれですと、人形を写真のそばに置いたところで無駄であり、被写体とは別の人形が置いてあると思っている。 どうでもいいけど。