明日できること今日はせず  


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12某日18 大晦日

今年も半年にしか感じられないような速さで過ぎて行った。酷い事件や天災が多かった一年であったが、個人的には父が亡くなったという事が大きい。 父の最後を見ていて、私の何かを造るという行為は、死の恐怖を少しでも減らすためのものだという事を、今更ながら感じたのであった。 昨年出来なかったことが、今年は出来るようになっている。これを繰返している間は、一年でも元に戻りたくは無い。この調子で死を迎える訳にはいかないものだろうか。死を前にして、ウッカリ造り忘れていた物に気付くという事は、想像するだけでも恐ろしい事である。 来年も造れるものは、できるだけ造ってみたいものである。今年の自分があきれるような物であればさらに良い。


12某日17 マニュアルとデジタル

先日の一件から(某日13)コンパクトで、音のしないカメラの必要を感じる。現在の一眼レフはシャッター音もさる事ながら、フィルムを巻き上げる音も大きい。となると巻き上げも手動のマニュアル機となる。 私が写真を始めたのは遅い。そのせいで私くらいの年齢で、写真好きであったら当然通過していたマニュアルカメラを、今頃になって面白がっている。それは私が爪の先ほども関心の無い分野だが、社会派リアリズムカメラマンが、街をスナップしていたようなカメラであろう。その最たるものがライカという事になるのだろうが、高価な事と、一般人がぶら下げていると、写真が下手な人に見えてしまうという欠点がある。私には逃げる時に、石ツブテや、撒きビシのかわりにしても惜しくないようなカメラで充分である。 昼にマニュアルカメラのファインダーを覗きながら、夜にはパソコンのデジタル作業というわけだが、昨夜はパソコンが息切れし、作業が一向にはかどらなかった。限界を感じ、秋葉原に出かけパソコンを注文した。それにしても新しい機械を買う割には、カメラと違って嬉しいという気がそれほどわかない。面倒な設定やら何やらが待っているからであろう。全自動ハナクソホジクリ機を買ったくらいの感じである。


12某日16 恒例の忘年会

毎年恒例の男だけの忘年会。あまりにバカバカしく、わざわざ書くような事もないのだが。 Hが、今年200万円の詐欺にあった話し。被害者の中には某銀行も含まれていて、総額4億円に及んだそうである。見事な手口に感心する。宝石デザインもしているというタレントの作品を見たら、彼がデザインごと売った物だったという話し。昔、刑事役などでお馴染みのシブイ俳優にナンパされた事など。 Mさんは、ある鋳物屋が、博物館級、巨匠クラスの型抜きした鋳物の原型を床下に隠していて、某大教授が何体も購入したが、盗難にあっても黙っているしかなかったという話し。昔、三島の裸体の銅像を見たが口止めされたこと等。何十年も律儀に黙っていた事が可笑しい。 Kは先月秘密クラブに出かけ驚いた話し。詳しくは書けず。 今年は始めから焼酎で飛ばして何本も空けたので、大きな声では云えない話ばかりに終始した。帰りの電車があるうちに、今年も無事終了。


12某日15 切断された腕

忘年会の帰り。ピアニストのTさんに、例えば盲獣にバラバラにされた死体の腕でもやってくれないかと訊いてみる。「私ピアノ弾いてるので手がゴツクて。」いやピアニストだって殺される事ぐらいあるだろう。そんな事は全くかまいません。 小学生の頃、父から訊いた話。学生時代、友人の下宿に遊びに行くと、そこにN大の医学生が居て、カバンに人間の腕を入れていたそうである。大学から持って帰って解剖の自習でもしようというのか、昔の事とは云え実にいい加減な話しである。珍しく父の口から出た面白い話しに、猟奇少年の私は興味深々である。ところが話しはそれだけなのである。その学生がどんな男で、こんなことを云ったとか、腕には剛毛が生えていたとか、何かありそうな物だが何もなく、面白くも可笑しくもない。友達の家に遊びに行ったら、カバンに切断された腕を入れた男が居たのである。嘘でも良いから、話を盛り上げる工夫をしたってバチは当たらないだろうと腹が立った。もっとも平凡な父からすれば腹を立てている理由が判らず、私自身が当たったバチに見えていたかもしれない。


12某日14 『子不語の夢』刊行記念大宴会

銀座にて135ミリレンズを購入した後、池袋の光文社ミステリー文学館に行き、二十面相の展示パネル二枚を引き取る。喫茶店で本を読んで時間を潰し会場へ。 人数の多い宴会などでは、知った顔がないとほとんど黙って飲んでいるが、さすがに何度も顔を出しているので、そろそろ顔と名前が一致しはじめている。隣には読んだばかりの『ゴシック・ハート』の作者、高原英理氏。伺いたい話もあったが、こういう時人見知りは損である。 主役の一人、名張の中相作氏が欠席なのは残念であったが盛会であった。この乱歩、不木の往復書簡集は、池袋の宴会の、まさにこの店から事が始まったそうだから、飲み会というのもなかなか大事である。書簡はまだあるようなので、いずれ刊行の機会もあるのだろう。この『子不語の夢』は脚注が面白い。それがなかったら、どうしたんだろうというくらいの物だが、担当した村上裕徳氏の4ヶ月間の苦労話などを二次会で伺ったりと楽しい宴会であった。 明日からもしばらく忘年会は続くのであった。


12某日13 泣いたカラス少々笑う

予定した撮影場所の、年内の公開はあと数日らしい。今日しかないと出発。上野から特急に乗る。カップ酒にシウマイ。冬枯れた関東平野を眺めつつ読むは乱歩の『猟奇の果』。「猟奇の徒よ、君たちはあまりに猟奇者であり過ぎてはならない。」が身に染む。押絵と旅する気分で閑散とした駅に到着。タクシーにて目的地へ。 到着するといきなり室内撮影禁止の張り紙。見なかった事にしようと中に入ると、叔母さんがチケットを切りながら「縁側から外は良いですけど、室内は撮影できません」とカウンターパンチ。シマッタ!カバンから三脚がはみ出してる。予想しないではなかったが、確かめるとメゲルと思い確認せずに来たのである。半分へこみながら目的の部屋へ入る。ズバリ!惨劇はここで行われるべきである。叔母さんには申し訳無いが、シャッター音のしないハーフ版カメラで数カット。一眼レフはシャッター音が大きい。一カットだけシャッターを切る。同時にクシャミでごまかすが、怪しんだ叔母さん、そばに来て貼り付く。結局一カットで断念。撮影後すぐ帰る予定であったが、30分も居なかったので、近所に住む旧知の陶芸家Sさん宅に寄る。Sさんは二十年以上前から何も変わっていない。工房にはニール・ヤングの写真。息子が好きなことをやってるのが悔しくてしょうがないと嬉しそうに笑う。しばらく楽しく過ごしたが、帰りは暗い夜道をトボトボ。『ここまで来て一カットかー。だから写真て嫌なんだよ』とブツブツ。クシャミでブレタかなと後悔しながら駅に向かった。 帰ってさっそく現像すると写っていた。入手したばかりの20ミリレンズが物をいった。


12某日12 無いものは撮れず

一つ場面が浮ぶ。ただ描いては悲惨な場面も過剰にすることにより、ある種の可笑し味がでるのではないかと考えた。乱歩は後は読者が想像してくれと無茶な事も書いている。無茶なのに美しい場面という事になっていたりするから始末が悪い。ところがこちらとしては見てきたようなイメージが残るので、調子に乗って作ると墓穴を掘る事になる。 背景を作って感じが出るであろうか。ファインダー内に入る地平線の果てまで、自分で作る方が良い場合もあるが、嘘を付く時は本当の事を混ぜておくのがコツである。熟慮の末、この背景は実写でいこうと決める。メールでこんな場所は無いかと知人に尋ねていて、マズイ事を思い出した。私が陶芸作家を目指していた頃、そんな場所がある事を訊いていたのである。まずいと言えば大げさだが、案外遠い所にある。しかし検索して見ると、イメージにピッタリ。他に探す気がおきないほどイメージ通りなのである。一度そう思ったら行かずにはおれないであろう。厄介なものである。


12某日11 乱歩の甘い罠

黒蜥蜴が死体を盗み出した事になっているT大にて、職員として内部に潜り込んでいるTさんの手引きにより撮影を敢行。夕方から夜にかけての撮影だが、暗くなるのはあっという間である。鉄格子のはまった窓や、欠けたタイル貼りの壁、アールデコ調の街灯など趣がある。クリスマスの電飾はセンスがなんともお粗末。途中から出版社のS氏も合流。撮影終了後近所の焼き鳥屋へ。さらにH氏も来る。 乱歩作品には、読者がイメージするための広々とした空間が用意されている。これが甘い匂いを発する罠になっていて、この匂いにクリエーター魂を刺激された人々が、映画化などを試み失敗を繰返す。私はこの匂いに酔って、野暮な事をしでかさないよう頭を悩ませているのだが、編集者やH氏は、あれを造れ、もっとこうすべきなどと酒に酔って上気した顔で私に詰め寄るのである。しかし、乱歩作品を手がける場合、罠の縁から底を覗きこむようにして、酔っ払って中に落ちる事は避けなければならない。この魅力的な罠は、乱歩作品が永久に古びないために一役かっている。


12某日10 新築の屋根裏

来年一月、神田古書会館で催される、アンダーグラウンド・ブック・カフェ期間中の十六日、江戸川乱歩・小酒井不木往復書簡集『子不語の夢』(皓星社)出版記念トークショーがある。一日限りではあるが、新作の『屋根裏の散歩者』(乱歩)を出品する事になった。乱歩の人形といえば、黄金仮面を持った乱歩以外は撮影のため、正面しか造っていなかったりするので、人形を披露するのは二体目となる。展示には屋根裏に潜む乱歩という趣向を考えていて、屋根裏付きの展示になる。そうでもしないと、尻ッパショリの太鼓持ちが、お座敷で旦那に御機嫌伺いしているようにも見えるし、芸能人スポーツ大会にコロムビア・トップが出場し、クラウチングスタイルでスタートを待っているようにも見えるからである。 展示はともかく撮影では、屋根裏らしく蜘蛛の巣や埃とかで、おぞましくするのを楽しみにしていたのだが、考えてみたら散歩者が徘徊する建物は新築であり、埃が積もっていないので形跡が残らず、安心してうろつくという話しだと気付き、たった今ガッカリした所である。


12某日9 来年のコクトー展

実家に寄ったついでに、小学一年からの友人Eに会う。私は覚えていないが、東京オリンピックの開会式を、私の家で観たと云っているくらいなので、母も良く知っている。Eが来る度、顔を出す。母はEの母親に会いたがっているが、Eと私は、会ったところでロクな話にならないだろうから、会わせるのは止めておこうと云っている。私はどちらかと言うと聞き役に回る事が多いが、彼は数少ない私の聞き役である。ハナを垂らしている頃からの付き合いなので、湯船に使っているように気楽。 夕食後Fさんと会い、来年開催される『ジャン・コクトー展』の企画書を拝見する。ポンピドゥーで行われたコクトーの大回顧展、ほとんどこちらに聞こえてこなかったのは不思議なくらいだが、今回は個人コレクションでは最も多くの作品を所有する、サヴァリン・ワンダーマン氏(米国)のコレクション約300点。4月16日北海道立近代美術館から日本橋三越、山梨県立美術館、大丸ミュージアムKOBE、06年4月岩手県立美術館まで。これがどれくらいの規模か私には判らないが、多様なコクトーの世界を楽しむには、規模は大きいに越したことはない。


13某日8 一日

小説推理に掲載されたアドニス(男性同姓愛者の同人誌)版『虚無への供物』を読む。あからさまな性描写だとは訊いていたが、あからさまという事においては”期待”ほどではなかった。 『虚無への供物』は一番始めは友人に借りたのだが、途中で早々に還してしまった。その時の気分の割には長編すぎ、久生が鬱陶しい。それと友人は認めなかったが、借りた本には、いつも絶妙なタイミングで『犯人はこいつだ』の印が(例えば一見コーヒーでもこぼしたような染みだったりして)あるからである。 アドニス版のペンネーム『碧川潭』は中井英夫の好きな乱歩の『黒蜥蜴』(緑川夫人)とは関係無いのだろうか。本多正一氏に伺うと思い当たらないようだが、中井英夫がもし乱歩作品の登場人物からペンネームを考えるとしたら、女性の名から着けそうな気はする。アドニス版公開に付いては賛否あったようだが、私は気分が収まった。  今日の乱歩


12某日7 白昼夢

朝起きてボンヤリしていると突然『白昼夢』の画が浮かぶ。乱歩の大人向け作品の中で始めに衝撃を受け、乱歩にはまるきっかけとなった作品であるが、どんな画面を造るか思いつかなかった。 上からボタモチが落ちてくるように浮かび、目の前にあったFAX用紙に走り描きする。色々なアイデアを出してという場合と違い、こう云う場合はおそらく完成の暁には、走り描きそのままになるはずである。少し工夫しようと思っても、始めの走り描きが結局一番という事になる。浮かんだは良いが、この場面はどうやって撮るんだよと我にかえるが、ほどなく良い方法を思い付く。どうも今日は冴えている。 ただ頭に浮かび過ぎるのも良くない。まだ目の前には無いけれど、頭の中に完成品があるので飽きてしまうのである。ここに古いレンズや、その日の天候、腹具合などの偶然が重なり、時には”事故”を招いて頭の中に描いていたより良い画が出きれば良い。自分が撮ったような気がしない作品がだいたい出来が良いのである。 『屋根裏の散歩者』の乱歩は自分で造っていて可笑しい。「先生そこで何してるんですか・・・。」


12某日6 飲み会

最近イベント会社を立ち上げたSと木場で待ち合わせる。今日は数年ぶりにT君が来るというので時間まで飲みながら時間を潰す。T君、雀荘経営を止め、痩身を含めた整体院を始めたそうだが、随分思いきった転身である。会ってみると仕事柄20キロも痩せていた。 私の父が亡くなった話から、Sの85歳の父親が、愛読書が週間現代から週間大衆に変わり、袋とじグラビアを押入れに貯めていて、それを捨てたら物凄く怒られたと嬉しそうに話す。元気でなによりと感心するT君と私。Sの目には薄っすらと涙。最近涙もろくてと云う。 彼は14若い彼女と結婚が近いようだが、詰め将棋のように、計画的かつ緻密に追い詰められているらしい。三件目の門前仲町のバーでは彼女から何回も電話。薄くなった頭をカウンターにこすり付けるように平身低頭、敬語で言訳するS。電話の向こうにいるのはパットン将軍か?結婚後、愚痴られるの避けるため「俺は止めたからな。覚えておいてくれよ」と念を押すのを忘れず。T君は随分前にパイプカット済みだが、手術後物凄く腫れて大変だったと始めて聞く。 同年輩の男同士で飲むと、薄いガス室にいるように哀愁が漂う。これはこれで味があり、タクアン程度の肴にはなる。


12某日5 やり直し

黒蜥蜴の頭部が気に入らなくなりやり直し。何かを造る時、最も難しいのは止め時である。昨年の私であれば許したものを、今年の私は納得しない。これが延々と続くのであろう。 ほとんど完成したと思っていたが、何か引っかかっており、何が気になるのか常に考えているものだから、友人と話していてもノリが悪いと云われてしまう。そこでこの未練がいけないと首を潰した。黒蜥蜴はゆっくり続ける事にして、本日より天井裏に潜む乱歩を造る事にする。始めに作家を造って写真を撮ろうと考えた時、間髪入れずに浮かんだのが天井裏の乱歩であった。『芋虫』も是非という意見があるがどうだろうか。やり方により見え方が違ってくる作品である。


12某日4 ハーフカメラ

数十年ぶりにハーフ版カメラを入手。フィルムが良くなった今こそ使えるカメラであろう。写真を撮る場合、できれば見た目以上の世界が現れて欲しい。古のレンズを使うと打率こそ低いが予期せぬホームランも生む。その点、現行のレンズは打率こそ高いがホームランはあまり期待できない。ホームランのためならば、原因がレンズ面に付着した埃であっても良いという私である。当然、デモや戦火をくぐって来たようなカメラに憧れ、自分のニコンにヤスリをかけるような人間とは話が合わない。 ハーフカメラは通常の35ミリフィルムの1カット分に2カット写る。当時の中学生としては、フィルムが節約できる事はよかったが、たまにしか使わないので、なかなか撮り終わらず、半年前のフィルムが入れっぱなしなどは、いつもの事であった。何処の一眼レフだ、写真誌だのと夢中の友人達をよそに、写真に興味が無いまま時が過ぎていった。 陶芸作家を志していた頃は、炎により窯内に予期せぬ事が起こる事が、どうにも我慢できなかった。思えば人間、随分変わるものである。


12某日3 狂ったバランス

先日来、魚が次々と死んでいる。ここ数ヶ月、珍しいくらいバランスがとれていた我が家の水槽だったが、たった一匹のメスが発情したお蔭でバランスが狂った。そうなるとどこかに皺寄せが生じて、魚が傷ついて死んでいく。どの魚が殺られるか、これが全く予測がつかない。勿論ただ眺めていたわけではなく、水槽間で強い魚や弱い魚を、時には一日に何回も移動させてバランスをとろうとしたのだが、水槽が4つしかないのでそれにも限界がある。今日は傷ついた魚のために多量の塩を投入した。殺菌のためもあるが、淡水魚も適切な量の塩を入れる事により調子が良くなる。 魚が少なくなれば、それだけ弱い魚に攻撃が集中しやすくなるので、新たに魚を投入しなければならないだろう。魚で一杯の場合、こんな事でもなければ新たに魚を購入できないので、死んだ魚には申し訳ないが、新しい魚が飼えるという意味でははチョット嬉しい。 そういえばメスが発情した事によりオスが次々死んでいく。そんな映画を随分観てきたような気がする。


12某日2 時計台

先月撮影した時計台。現像してみると目論見通りゴシック調に上がった。避雷針に雷が落ちれば、時計内の巨大な歯車の間から、フランケンシュタインの怪物が出現しそうである。最新の優秀なレンズではこうは行かない。横にいたカメラマンが私の綺麗とは云えないレンズを見て、綺麗にしたらどうだと云うのだが、私は何処か予想外の事故を期待して、見て見ぬフリをしているところがある。大体いい加減な私が、レンズだけピカピカというのもおかしい気がする。昔、黒人のピアノ弾きは、その完璧な音程を嫌い、ピアノ線の間に新聞紙を挟んだというが、そんなところである。今回のレンズは西側のレンズをパクッたロシア製で、写ってはいけないものまで写ってしまったが、写るとなれば実景を超える。


12某日1 一日

某デジタルラボに出かける。モニターには加工中のアイドルの画像。睫毛を描いている。整形だけでは飽き足らず、こんな事も事務所がうるさく指示をするらしい。このアイドルのデビュー当時のドラマ出演を、再放送で見た事があるが、にわかには気がつかないほど顔が違っていた。あれだけ眼を切り開くと、睫毛が生えない部分もありそうである。こういった作業では、モデルやアイドルの脚を長く加工する事など、極普通の事らしい。”たまたま”黒蜥蜴を持っていたので女性社員に、ヘアースタイルの事やアクセサリーについての疑問をぶつける。自分が作ったのにもかかわらず「このヘヤースタイルはどうなってるんです?」 帰宅後、待ち合わせの神田は東京堂へ。話が見えないまま出かけたが、話の行き違いが随分あるようで、打ち合せに参加はするが、人形展示をなどという話にならないよう傍観者で通す事にする。飲みながら様子が解って来たが、一日だけの往復書簡集発刊記念トークショーという事らしい。そんなむさくるしい場に黒蜥蜴様を?まあその時に出品できる新作があれば、という事にとどめる。それにしても企みに相手を引き込もうという時、あまり嬉しそうな顔をするものではない。来年からは私も、メリットが無い事は、引き受けそうにない人間に見える工夫が必要であろう。※これを読んだ当事者から怒ってます?という連絡。単なる冗談なので(笑)を追加。