明日できること今日はせず  

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2某日16 オープニング

中井英夫晩年バージョンも急遽出品する事になり、人形を立てるためのパイプを脚に埋めたり、撮影のため剥げてしまった部分の塗りなおしなどしているうちに6時のオープニングに遅れて到着。中井英夫の勧めにしたがい腕時計は逆さまにつけて参加。入り口から人があふれている。人形の設置などはお任せしていたのだが、良い感じに置かれていた。中井英夫が入った木製の箱の引出しの中に、黒い羽根を1本覗かせておく予定だったのだが忘れる。盛況の会場から2次会会場のつばめグリルへ移動。一月以上ぶりの飲酒。建石修志さんに生前の中井英夫の話しを伺う。私のように直接本人を造ってしまう人間は、面識が無い方が造りやすいと改めて。中井英夫体験は誰に伺ってもダブルミーニングのブルースを聴くが如しである。3次会まで参加し、電車を乗り過ごしたりして帰宅。


2某日15 2月のゴキブリ

今年の冬は暖冬であり、0℃を下回らないという。外出しようとエレベーターに向うと、なんと4センチほどのゴキブリがいた。30年前だったら天変地異映画のプロローグであろう。動きはさすがに鈍い。 最近は餌ばかり食らってオムツに垂れ流しているそうだが、ゴキジェットの判決にも笑っていたという。それはもちろん豪胆ゆえでは無く、ゴキブリである事すら止めようとしているのであろう。マジメという病気を抱えた若者にはゴキブリがオオクワガタに見えてしまうという不思議。踏んずけてポアする気にもならず、エレベーターの隙間から奈落の底へ。 水槽の掃除と水換えをする。稚魚を母親から引き離す。近頃は母親を突っついたりしていたので限界であろう。 2年ほど飼い、すでに30センチに達しようというフラワーホーンがいる。体色体型共に地味で見るべきところが無く、脇の下がちょっと赤いヘラブナの如しである。しかも随分同居者を殺してくれていて観察する気にもならない。義務的にただ餌を与えていたが、気がつくと体色がわずかに変化していた。なにやら滋味のようなものさえ発している。久しぶりに目を見ながら餌をあげた。


2某日14 オイルプリント搬入

黒人の音楽には鍵盤と鍵盤の間にブルースがあると云われるが、この雑記の某日と某日の間にも、なかなかにブルースがある。その結果なんとか3点のオイルプリントが完成。 ベンゾールによる油抜き兼コーティング処理を施し、ゼラチンの乾燥により焼いたスルメのように丸まったプリントを、フラットニングのため田村写真に向かう。『魁!!クロマティ高校』というアニメのDVDを見せてもらいながらドライマウントをお願いする。くだらなすぎて面白すぎ。今度借りよう。その場で額装しオキュルスに向かう。 すでにほとんどの作品が搬入されていた。中井英夫へ捧げるオマージュという事だが、様々な解釈があり面白い。本多正一氏もみえていて、DMの背後に見える竹中栄太郎が送った『怨』の字の色紙を見せてもらう。カマキリの絵も描かれていた。それに愛用の眼鏡。中井英夫はこのレンズを通して異次元のワンダランドを見ていたわけで、さっそくレンズ越しに覗かせてもらうと、さすがに世界が違って見える!ほどの度の強さであった。


2某日13 DM

虚無への供物出版40年記念企画のDMは中井英夫最後の助手である本多正一氏撮影の、虚無への供物とバラの花束を手にしたポートレート。傑作をモノにした人物の笑顔である。 私の友人は男性に限れば文学好きなど皆無で、『現世がまこと 夜の夢はただの夢』という連中ばかりで中井英夫など知らない。 ポストを開けると、見覚えのない老人がバラの花束を持って微笑んでいる写真。表にタイトルが無いので、誰かが写真を投げ入れていったと驚くらしい。しかも背後に怨の字。日付けは92年である。 先日ラジオでゲイのタレントが好きになるのはゲイではなく、ノンケの男だと云っていた。夜の夢こそまことタイプの私も、夢は結局一人で見るものと思っているせいか友人には堅気タイプが多い。だいたい『夜の夢こそまこと』などとほざく友人がいたら、イライラしそうである。


2某日12 ガード下の靴磨き

オイルプリントを1回のインキングで完成させるというのは至難の技で、私は今まで2回しかない。そのときは後ずさるように作品から離れ、そのまま飲みにでかけたはずである。そのまま続けても、そんな幸運が続くわけがないし、続くわけがないと思いながら制作してもうまく行くはずがない。さっそく私の胃袋から肝臓あたりに巣くっているらしい創作の貧乏神に御神酒を捧げたわけである。 始めてしばらくは最後の一叩きでインクが剥がれ、台無しにする事がよくあった。それ以来少々臆病になり、仕上げの段階で躊躇したものである。さすがに今では後悔しているヒマがあれば次にとりかかり、さっきは失敗して良かったと無理やり思うまで続ける。 今日はある一枚が9回表までパーフェクトであったが、突如崩れノックアウト。 体のところどころに黒のリトグラフインクをつけ「おじさん靴磨かせておくれよー。」の宮城マリ子状態。赤い夕日がガードを染めてビルの向こうに沈む頃♪ゼラチン紙にネガを密着させた木製プリンティング・フレームを、今日最後の貴重な夕日に向けて露光する私であった。


2某日11 人形搬入

オイルプリント用ネガ。4カット完成したのに、この後に及んで作り直したくなる。また始まってしまった。しかしこうなると、やらずにおれないタチなのでしょうがない。人形だけでも早めに搬入しておきたいところ。 夕方、Hから電話。ひとしきりお互いの魚の話し。中井英夫展会場近くに、熱帯魚ショップがある。会期中に一度覗こうと話していたのだが、これからそこに餌を買いに行くというので、ついでというには物凄く遠回りだが、人形の搬入を頼む。 オキュルスに着いてみると何やら上品な御年配の方々が集っていた。もともと乱歩を入れるつもりで購入した木箱と共に人形を搬入。渡辺東さんに御挨拶する。どなたかが「あっ中井さんだ。」 その後熱帯魚ショップに寄って餌を買って帰る。人形を無事搬入して安心する。何が安心といって、これで眼鏡をもう一度作ろうとか、ポーズを変えようなんて事を始めないですむという事が、何より安心である。


2某日10 素質と水質

朝まで作っていたネガのデータを出力センターに持って行く。しかしデータが開かないとの事。帰って確かめるとEPSファイルをCDに焼こうとすると拡張子が変になる。しょうがないのでBMPでもう一度。Tラーメンに寄る。御主人によると綺麗な魚を育てるのに「餌は関係無いね。素質と水質。安い餌は水が汚れやすいけど。」 才能は血統か環境かという内容の本を読んだ事がある。昔の事ゆえ定かではないが、世界最悪の家系という売春婦から始まる犯罪者だらけの一族と、バッハ一族の音楽家だらけの家系図が載っていた。それは結局、血筋、環境どちらも示していて良く判らなかったのだが。 ウチの母魚の元気が無いのは、どうも子供たちに遠慮して餌を食べないからのようである。餌を入れたとたん稚魚が大騒ぎで集まるが、その中に割って入るという事をせず、ひもじそうに眺めている。たまたま目の前に来た餌を食べると稚魚まで一緒に口に入ってしまい、あわてて吐き出している。見上げた母親振りである。来月といわず、なんとか別の水槽に移さなければ可哀想。 結局出力センターは三往復し、最後に帰宅したのは明け方の4時であった。


2某日9 菜の花

房総から菜の花とアスパラ菜、卵が届く。この季節、青い野菜の苦味が嬉しい。特に菜の花は好きな野菜のベスト5に入る。アスパラ菜は湯がくとアスパラの味がするというのだが、そう言われればそんな感じがしないでもない。卵はなんとかいう鶏の卵で、小ぶりで大きさもまちまち。中には殻が薄く緑がかったものもある。味はすこぶる美味。これらに糠漬けのゴボウで遅い朝食。 午後、来月の荷風展に展示されるモノクロプリントを、市川市文化部の方に無事手渡す。会期も迫ってきており、疲労で体調を崩す職員の方も多いようで、それを『荷風熱』と言っているそうである。 水槽の稚魚はすでに2センチ弱。稚魚だらけという感じである。現在の水槽では限界なので、来月早々には移しかえなくてはならない。友人にお裾分けも。母魚は稚魚を避けるように隅のほうでジッとしている。心なしか餌食いも悪い。『私がしでかした事とはいえ、えらい事になったわ』そんな所か。もう少し我慢してくれ。


2某日8 再びアパートへ

先日潜入したアパートだが、少々撮り足したい所があり、再撮する事にした。ポイントは決まっているので、フィルム1本程度で済むであろう。集中するため、カメラに入った残りに、あえて1本だけ持って出かける。予備のフィルムが無いためチャンスを逃すという事があるものだが、何が大事といって集中力である。私の場合は準備を万全にした時より、あれを忘れた、これも無いなどという時の方が結果が良い。事実、今日は黒い帽子に黒いマフラーの美女が階段を上がってくるところに出くわし、フレームの端に収めた。私がもう1本フィルムを用意していたら、美女は階段を上がるのを止めていたか、美女ではなかった。そういうものである。 男が上がってくる気配にバルコニーに隠れる。バルコニーと云っても幅は50センチ位しか無く、膝までの高さしかないので非常に怖い。国鉄の資材置き場に隠れたりしていた子供の頃。まさか未だに同じような事をするとは思わなかった。そのころ駄菓子屋のオバさんに「○○ちゃんは社長さんタイプだね」と云われてその気になっていた私なのだが。


2某日7 ワークショップ2

田村さんが手製のケミカルランプ搭載の露光器を車に積んで迎えに来てくれる。これで陽が無くてもプリントができる。今回は二人がお休みで、さらに教室が広々と。皆さん思ったより良いできのゼラチン紙を作って来てくれて安心。さっそくゼラチン紙に重クロム酸アンモニウム溶液を塗ってもらい、乾燥、露光。幸い陽がまだ入っているので、太陽光を使う。水洗し、インキングに入る。昔のテキストどおりにやってみても、まず画は出てこないのがこの技法である。秘密を隠しているという方もいるが、出来てみると文章では表現不可能な部分が多く、何も隠していなかった事が解る。ゼラチンの厚さ、露光量、絵の具の具合、ブラシの叩き方。微妙な加減で変わってくるので、何かあった時、要因が絡み合って、にわかに判断しにくい場合が多い。昨年、京都造形大でワークショップをやった時は午前中から晩までやって二日でオイルプリントらしさが出てきたが、今回は一回につき二時間なのでなかなか厳しい。あと一回で、ブラシで叩いて画像が出てくる不思議をなんとか味わってもらいたいものである。自宅でできるよう2カット処理して持って帰っていただいたが、失敗してもベンジンで絵の具を拭き取り、水に漬ければ、またインキングができると云っておけば良かった。このHP御覧頂いた事があるようなので、見ていたら試してみてください。


2某日6 アパート潜入

八丁堀の出力センターにオイルプリント用ネガを作りに行く。中井英夫1作目。他にワークショップの受講生のネガ。途中Tラーメンに寄り、御主人と恒例の魚談義。ここには立派なアロワナスーパーレッドのペアがいる。この魚はペアになるのは難しく、まして殖やした話しは聞かない。もともと鯉が専門の御主人、鯉のためにアロワナを処分する事を考えているらしい。せっかくのペアを惜しい気がする。いったん帰宅し、ピアニストのTさんに教えてもらった都内某アパート内で撮影を敢行。Tさんにも同行願い、助手というより見張り役をお願いした。私は子供の頃、様々な所に入り込んでさんざん怒られたので、この歳になってまで怒られたくはないのである。空気銃を片手に追いかけてくる国鉄職員などいたが、逃げ足はあの頃と比べるべくもない。幸い不法侵入で通報される事もなく無事終了。手持ち撮影には少々暗かった。


2某日5 撮影

中井英夫を撮影に神保町に向かう。特に神保町に意味はない。 この辺りも随分変わってしまい、閉店の知らせが貼ってある古書店を通り過ぎる。S書房のショーウインドウに、『虚無への供物』三島由紀夫献呈本が見せびらかすように飾ってあった。撮ってもしょうがないと思いつつ前で中井像を撮る。”その頃の私です。”三島は読後、遊びに出かけていた中井英夫を探し出し、どうしても批評を云いたいと駆けつけて来たそうだが、それがこの本なのであろう。 結局イメージに合う場所が無く、数カットしか撮らず。G堂に寄り、以前から好きだったポール・アウターブリッジの写真集を購入。古典的構図にどこか妖しい雰囲気というのが私の好みである。どこか妖しいという所が良いのであって、隠しても滲んでしまう感じ。表現の自由が無い中世の宗教画などそんな作品ばかりだが、いきなり妖しい場合、えてして品に欠ける。この人はカーブロ法(カーボン・ブロマイド)によるカラー作品も残している。顔料を使用した技法で現在でも色彩を保っているはずなので、一度実物を見てみたいものである。 昨晩作ったばかりの眼鏡。ファインダー越しにフレームのカーブが気になり、造りなおしを決める。前作と似たような間違いを繰り返してしまった。わざわざ神保町まで出かけ、それに気付いて終わる。


2某日4 中井英夫2体目完成

ワークショップの受講者のネガを作りに八丁堀の出力センターに行き、その足で田村写真に向かう。荷風の写真、想像どおり面白く出来上がる。今まで焼いてもらっていた印画紙は製造中止になり、ストックしていてもらった紙も限界が来て、今回から別の印画紙に。これはこれで良い。 中井英夫は一体目のサンダル履きと違って若い頃のネクタイ姿である。背筋も伸びている。金属製のバラを5つ周りに飛ばしてみたが、『虚無への供物に』にちなんで5色のバラにするか、金属色のままにするかで迷っている。明日はさっそく街中で撮影の予定。


2某日3 現代美術館

午後現代美術館の『球体関節人形展』レセプション。15分歩いて出かける。球体関節人形の歴史は古いが、ハンス・ベルメールから四谷シモン氏。以後日本独自の解釈と思われる方向に進む。 たとえば能面のような、見るものの想像の余地がある作品を造る作家は出てこないものだろうか。表現する欲望が余地を無くしていくというジレンマ。能面は写しが基本というところに重要な秘密が有る。一回りして知人と会い、上の喫茶店でお茶を飲み帰る。以前この辺りに武蔵川部屋があったような気がするが、様子も随分変わった。一仕事の後三軒茶屋まで行き、用事を済ませ半蔵門線。大手町で東西線に乗り換えるところを面倒になり、清澄白川から歩く事にした。清澄通りを門前仲町交差点で永代通りを左折するのだが、内側を行き、適当なところで右に曲がれば家の近くに出るはずと見当をつける。しかし例によって狐に化かされて。 しばらくすると暗がりの中、間宮林蔵の墓。こんな所にあったのか。こんな所って何処だ?通行人に永代通りを聞くと私が来た方向を指す。ここでさらに方向音痴に加え私の悪い癖が出る。”だって地球は丸いんだもん”というわけで、有りもしない勘をたよりにひたすら歩く。大きな通りが見える。出てみると通りの向かい側に現代美術館の看板が。ナルホド。これが本日のオチか。予定通りの良い運動であった。


2某日2 1センチ

経産婦の色気などという物があるのかどうかは知らないが、フラワーホーンが一段と綺麗になっている。発情時の体色も綺麗であったが、それとは違って一皮向けた美しさである。一時は水槽に近付いただけで威嚇してきたが、以前のように稚魚を守るのに必死という風でもなく落ち着いてきた。稚魚はというと、すでに1センチに達しようとしている。トイレに立つたび覗いているが、母親から離れて好き勝手に泳いでいて、見るたび大きくなっている。朝と夜では、あきらかに大きさが違うのが判る。 麻布十番の田村写真に3月の荷風展に展示するプリントをお願いに行く。全12点。現在の市川市を荷風が歩くという趣向だが、どれをとってもできが良いので、最後まで悩む。今回は写真の方の依頼なので、人形の展示はまだ未定だが、展示する場合は、まだ展示した事のない、全財産を入れていたというバックを抱えたコート姿の方にしようかと考えている。帰りの大江戸線内で、中井英夫のオイルプリントの画が浮かぶ。ペース配分には自信のある私だが、まだそんな事を云っていて果たして間に合うのであろうか?


2某日2 バラ

なかなか着彩に入れない中井英夫だが、困ったのが撮影のため、バラを手に入れなければならない事である。ニジンスキーのバラの精を撮影の時も困ったが、あの時はヨーカドーでバラを買う前に、必要の無い大根なども買ってしまった覚えがある。つまり私は花など持って町を歩きたくないのである。幸いバラの精の時と違って、今回は一輪あれば良いと考えているので、まだましな気がするが、バラを一輪というのも、なにやら意味ありげで、さらに恥ずかしい気もする。今回は何か容れる物を用意する事にしよう。


2某日1 ワークショップ 池袋西部 イルムス館

2時に池袋に着き、荷物を置いて、まだそろえていなかった水準器とビーカーを東急ハンズに買いに行く。戻ってみると、手伝うと云ってくれていたHさん。オイルプリント経験者なので心強い。時間まで一服する。教室へ行ってみると、聞いていた古い教室ではなく、広い会議室のような部屋に変更になっていた。数日メールが受信できず知らなかった。受講者は6名。田村写真のTさんも来てくれている。全3回だが、第1回目で、ゼラチン紙の作り方を覚えてもらい、次回までにゼラチン紙を作ってきてもらわないと話にならないので、思いつく注意点など説明する。その間、練習用の紙を湯に漬けておくつもりであったが、お湯が思った温度に達せず。TさんHさんにお任せして、大正時代の芸術写真ブームから廃れるまでの、簡単なピクトリアリズム史などを説明したりして場をつなぐ。廃れたおかげで、この教室も広々と使用できるわけである。 とにかく、体験して感じをつかんでもらうのが一番。一人ずつゼラチンをひいてもらう。質問はあまりなかったが、ゼラチンの中に粉末状の物など、混ぜる事ができると説明すると、ゴマを入れたりもできるかと質問される。こう書いていて、聞き間違いだったような気さえするが、こうでなくてはいけない。もちろん入れられますと答える。