明日できること今日はせず  

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8某日15 バッタ

先日ジュルパリという熱帯魚が我が家に来た。子供の頃飼っていた懐かしい魚である。現在ではジュルパリとは別種ということになっているらしい。 メタリックに輝くところはなかなか美しいのだが、その酷い馬面を見ていると、どうも正面からの顔が気に入らない。私の嫌いなバッタを正面から見た顔に似ているせいである。兎も正面はそんなニュアンスがあるが、犬でもたまに不愉快なのがいる。 バッタといえば、通称首切りバッタというのがいた。たとえば女の子の背中に、そっと食い付かせる。そのまま引っ張ると首だけ残ってぶら下がる。時にはズラリと。帰宅後の、彼女の恐怖の叫びを想像して喜ぶというシブイ遊びなのだが、男子にはどんな目にあっても、大人に云いつけてはならないという厳しいルールがあったが、女子は野蛮な分、そんなルールがないので男子を困らせたものである。ジュルパリってバッタみたいだから嫌だと、小学生の私が水槽眺めながらYに云ったのを思いだした。


8某日14 谷崎潤一郎

撮影にあたり、久しぶりに谷崎を読んでみると、熱中した中学時代を思い出す。読みはじめの動機はいささか不純であったが、何をいつ読んだかというのは、案外重要である。私は身の内に悪魔を飼っていた時代に読んだ事になる。 谷崎は作品中で『ああ己は西洋にいきたいな。あんな荘厳な、堂々とした婦人の肉体を見る事の出来ない国に生れたのは己の不幸だ。』と云っているが、私も今と発育が違う女子連に、同じセリフを吐いてヒンシュクをかった。当時はハリウッド女優のコルセットで作った胸の谷間に釘付けだったものである。(後年、考えてみれば当たり前なのだが、それが単に脂肪であってイメージと違い、私は宗旨変えをする)しまいにはナオミという女子が転校して来たりしたが、私が『譲治』さんよりずっと年上になってしまう事など想像もできなかった。 いまでも『春琴抄』は谷崎の最高傑作だと思うが、当時以外と印象に残ったのが『瘋癲老人日記』である。老人の性を扱った異色作だが、考えてみると、想いは満々としているのに身体が云う事を利かない老人と、満々としているのに状況がゆるさない中学生、似たようなものといえば云えなくもない。


8某日13 第二回撮影 (江戸東京たてもの園)

九時半に集合。今日も台風の影響で天気は良くない。ニジンスキーの牧神で手伝ってもらったTさんに、エキストラ兼助手で来てもらう。前回雨降りで撮れなかった屋外を先に撮っておこうと、たてもの園研究員Oさんに、さっそく浴衣姿でお願いする。Tさんは前掛けに草履。手ぬぐいは自前のコレクションから。背が高いことを除けば背景になじんでいる。 万世橋交番から都電周辺で荷風を、路地や仕立て屋前の柳の下で鏡花を撮り、予定の屋外撮影は終了。騒がしく鳴く蝉の中、どうやら雨は大丈夫のよう。 高橋是清邸内の店で、蕎麦にオニギリで昼食。ビジターセンターで一服していると『水木しげるの妖怪道五十三次 ー妖怪と遊ぼうー』に出演中の鬼太郎とねずみ男。この季節にかぶり物はキツイ。そういう契約なのかセンター内で職員に話しかけられても身振り手振り。 午後は是清邸二階の是清が暗殺されたという部屋で鏡花。今日は開園日なので、見学者の合間をぬっての撮影である。ボランティアの方が見学者に説明している。子供達には「悪いことして殺されたんじゃないのよー」と必ず。 乱歩は『屋根裏の散歩者』を考えていたが、予定していた三井邸屋根裏は梁など立派過ぎ、イメージと合わないので断念し、小出邸洋室にて撮影。最後に石灯籠や、庭を背景に鏡花を撮り、ちょうど閉園時間となる。


8某日12 人生波乗りの如し

随分前の話であるが、都内某所で展示をした時の事、担当者のミスで私は迷惑をこうむった。正直に云えばいいのに、ああだこうだと誤魔化そうとする。上司まで出てきてノラリクラリと。世の中には、ばれるような嘘を平気でつく人種がいるものだが、実に腹立たしい。多少こじれたが結局二人で謝罪に来た。手土産が高級チョコレート。当時の私は甘い物、特にチョコレートなど受け付けず、こういう場合は一升瓶、もしくはそれに類するものが常識だろうと思い込んでいたので、さらに喧嘩を売っているように感じたものである。後で聞くと、「二度と○○で仕事があると思うなよ」と吐き捨てていたそうであるが、以後ホントになかった。まあ、そうしたものであろう。 友人からのメールによると、その男が豆腐ならぬ、サーフボードの角に頭をぶつけて亡くなったそうである。私は今ならチョコレートも美味しくいただけるのに。残念な事ではある。


8某日11 撮影第一回 (江戸東京たてもの園)

AM10:00武蔵小金井駅にて、江戸東京博のお二人とO君と待ち合わせ。涼しくなったのは良いが、今にも雨が降りそう。 残暑を想定していたので調子が狂うが、着物の方々には良かった。 女流義太夫三味線の鶴沢寛也さん和服で登場。さっそく三井邸にて谷崎の背景に入っていただく。今回は光量の事もあり、じっと動かずにいてもらうのだが、ピタリと決まる。さすがに一般人とは佇まいが違う。昼食の前に、万世橋より移築された交番の前で、片手に人形、片手にカメラの名月赤城山スタイルで荷風を撮っていると、固定されていない首がポロリ。顎に負傷する荷風。 次に舞台衣装で寛也さん再び。音は関係無いのに三味線のチューニングをする師匠。そばで聞く太棹の音量の大きさに驚く。ファインダーの中は暗いが、庭の緑と座布団の朱色の対比が美しく、実に贅沢な画となる。 屋根裏部屋にて、長持ちから垂れる着物を、嫉妬に拳を握りしめた女性が見つめる『人でなしの恋』。乱歩は着物姿。一応『お勢登場』も撮る。 高橋是清邸では鏡花だが、暗くて数カット。人形だけならどんな長時間露光でも良いのだが、人は微妙にゆれて振動しているように写ってしまう。最後に居酒屋内でO君に印半纏を着てもらう。荷風の背後で、何十年もそこに居続けているように写った。 今日は途中で雨降りとなり、予定カットをこなせなかったので、残るは後日に。


某日10 撮影前日

明日は『江戸東京たてもの園』園内での撮影である。乱歩、谷崎、荷風、鏡花の4体。先に人形、機材などを送る。江戸東京博の女性学芸員の方々には、和服着用のエキストラをお願いする事になっている。しかし街を歩いているのが女性だけというのも妙。 仮に女だけ、男だけの世界を選択しなければならない場合、賢明なる私は、断腸の思いに噛んだ唇から血を垂らしながらも、男だけの世界を選ぶ事であろう。それはともかく。そんなわけで、旧くからの友人で、乱歩の小説に出てくる高等遊民のように、日々遊び暮すO君に後ろで写る?と聞くと「写っちゃおうかな〜」と喜んでいる。エキストラ兼助手として参加してもらう事にする。彼には、印半纏など着てもらう予定。彼がどんなにお洒落をしようとも、それを凌駕して似合うはずである。


8某日9 反対人間

実家でかたずけていると、陶器でできた黒人ブルースマンの人形が出てきた。これは茨城で焼き物を造っていた頃造ったもので、学生時代に続き、二体目の人形のはずである。この時はまさか人形を造り続ける事になるとは思わず、お遊びという感じで、不細工にデフォルメされたおかしな物である。ギターのヘッドや、指も折れていたが、捨てる気にもなれないので、持って帰ってきた。ちなみに学生時代の一体目は素焼きの人形で、壊れてはいるが、友人がいまだに保存してくれているようである。 私の記憶に残っている、自作の人形というと幼稚園時代に造った『反対人間』。割り箸と画用紙で造った。反対人間は一般人の足下の地面に、鏡に映ったように逆さまになっている。人間とは靴底で接していて、何か変だと感じながらも、人は反対人間の存在には気付かないのだ。


8某日8 『江戸川乱歩と大衆の20世紀展』 池袋東武百貨店

昨年西武の乱歩展と違い、乱歩と二十世紀に重きが置かれている。若き日の乱歩が、退屈してごろごろしていたであろう部屋や、貸し本屋などが再現されている。歴代の明智役者のポートレイトが飾られていた。戦前の「一寸法師」で明智小五郎を演じた石井漠は、明智登場時の講釈師、神田伯竜に似ているという事になっていた最初で最後の明智であろう。乱歩と奥さんの隆さんの人形も展示されていた。眼鏡に禿げていれば乱歩という事でもないと思うが。 会場の外に小さなプリントを置いてもらっている。乱歩邸土蔵内に二十面相を配すなど、始めての試みもしているカラー作品。4点は未発表なので、反応が気になるところ。 帰宅して100キロ級の井上康生が負けたことを知人の電話で知る。なんて余計な事を。敗者復活戦の初戦敗退は、日本のサムライの欠点を露呈。阿武教子 袖つり込み腰で金メダルに感動。世界選手権4連覇に関わらず初のメダル。永かった。 着物の姿の乱歩乾燥に入る。コロムビア・トップに似ている。


8某日7 オリンピックな日々

毎日がオリンピックである。いつもだったらあらかじめ、番組表をチェックし備えるのだが、そうもしていられず、たまたまやっているのを観るようにしている。できれば何台ものTVを前に、安楽椅子で過ごしたいところである。 江戸東京たてもの園の撮影も迫っているので、乱歩の着物バージョンの上半身を作り始める。たてもの園は、どちらかというと和風建築が多い。告知用には、モダンな外観の元写真館を背景に撮影したので、『屋根裏の散歩者』『お勢登場』『人でなしの恋』あたりを考えている。もっとも今のところ頭の中では、『お勢登場』『人でなしの恋』は、長持ちから女物の着物がはみ出しているか、いないかの違いしかない。


8某日6 産卵

先月、Hとお互いのフラワーホーンのメスを交換。メスは発情時や、出産直後は猛烈に強くなるので、オスはメスより大きくないとならないが、ウチのメスは大きすぎた。交換したメスが二週間前に産卵したが、無精卵に終わった。セパレーターで分け、別のオスを入れてみると、一匹のメスをめぐってセパレーター越しに威嚇しあっている。片方のオスには気の毒ではあるが、こんな時、体色が鮮やかになる。 そして昨晩再び産卵。メスが輸卵管をガラス面に卵をすり付けている姿はなかなか官能的である。後から放精を繰返すオス。しかし、一晩明けるとメスの顔面が傷だらけ。前回もそうだったが、このオスは事が終わった後、態度が豹変するタイプらしい。別の水槽へ移す。卵は四センチ四方にほんの少し。


8某日5 幻影城

19日より「旧乱歩邸・土蔵公開」が始まる。立教大オフィシャルサイトによると『推理小説家乱歩関連の資料に貴重なものがあることはもちろんである。私が殊に胸をときめかしているのは、江戸時代の版本・写本類である。江戸川乱歩即ち平井太郎が、岩田準一・南方熊楠等と男色文学に関して書簡を交わしていることはよく知られている。西鶴関係の貴重本の他に、乱歩のみが所蔵した男色関係の典籍や江戸時代初期の遊女評判記の山が土蔵の中には眠っている。秘密の花園がようやく幕を開けようとしている。』 よい子のみなさんは、もうとっくにお察しのことと思います。そうです。これは二十面相が教授になりすましているのです。そして幻影城の中を、出たり入ったりしているのです。 


8某日4 一日

糠床絶好調。その芳香は糠味噌を、白い御飯の上にのせて食べてみたい誘惑に駆られるほどである。胡瓜を一本洗って、ジェームス・キャグニーの葉巻をイメージしながら、ヘタを齧ってペッと捨て、そのまま齧り付く。熱帯魚の水槽に入れるため良い塩があったので、思い付いて、塩ムスビを作って昼食とする。しかし生野菜サラダと、おムスビは、何度やっても自分で作ったものは美味しくない。何故だか判らないが、こればかりは他人に作ってもらわないと駄目である。 最近美味しいと、そればかり飲んでいた2リットルのペットボトルの水。それまで飲んでいた物より、百円も高いのを今日気が付き驚く。


8某日3 プラチナプリント

田村写真の田村氏から、プラチナプリントの試作を始めたという電話をもらう。プラチナプリントとは乳剤にプラチナを使う古典技法で、色調は独特。画像の耐久性は最もすぐれているといわれている。 以前、田村氏とは、大判カメラに古典レンズを取っかえひっ換え遊んだものだが、その時イヤな感じの描写をしたレンズが、プラチナで焼いてみると実に美しいという。レンズと技法のマッチングの妙。確かにモノクロ密着焼きにおける重ったるさがなく、同じレンズとは思えず。こんな発見は田村氏ならではであろう。ただ闇雲に昔のレンズを使用したり、昔のテキスト通りに古典技法を行ったところで、それはただの酔狂である。 平行してデジタルネガを使用したプラチナプリントの試作も続くもようだが、いずれ『怪人二十面相』をプリントしてもらいたい。人を殺さず傷つけず、高価な美術品ばかり狙う怪人二十面相。画題だけ見れば『ヨセミテ公園』より数倍プラチナ向きである事は疑う余地がない。


8某日2 銀座の二十面相

午後、光文社に出かける。ミステリー文学資料館で昨日より始まっている『江戸川乱歩と少年探偵団』に二十面相が2カットパネル展示されている。(只今トリミングのやり直し中)会場に置いていただく二十面相のプリントを担当者に渡し、東急ハンズに寄った後インドカレーを食べて帰る。 仕上げにかかっていた、銀座を背景に縄バシゴにぶら下がる二十面相、無事完成。二十面相はシルクハットをかぶせた方が感じが出るのかもしれないが、仮面はしかたないとして、頭が隠れるのがいやで、ついとってしまう。今回は上空の設定なので、被っている方が却って不自然であろう。(銀座でぶら下がっている事自体が自然ではないが) 新作は自分でも始めて見るわけで、目が慣れないせいもあろうが、完成から数日は、私の代表作という気分でいるものである。交通事故には気をつけなければならない。夜、Rが『野田岩』の大ぶりの鰻の蒲焼を持って来宅。大いに堪能する。


8某日1 美味しい水

最近の猛暑で水を良く飲む。水など、どれを飲んでも大差はないと思っていたが、最近、一つの銘柄ばかり買っている。 私の場合、美味しい水というと始めに浮かぶのは、どこかの谷川で飲んだ水などではなく、子供の頃、お隣の台所で飲んだ水道水である。近所の連中と走りまわって遊んでいると喉が乾くわけだが、その場合、勝手にお隣の台所にあがりこみ、勝手に飲んで出て行く。その間数秒。たった数メートルで我が家なのだが、とにかく少しでも早く戦列に復帰したいので、その時間が惜しい。 ウチとお隣の水に違いがあるはずはないし、だいたい葛飾区の水なのだからと思うのだが、私の中にはお隣の水は美味しかったというイメージが残っている。汗を掻いて遊んでいる最中に飲んだという事もあろうが、蛇口が真鍮製だった事と、そこに針金でぶら下がっていた、赤い塗装が剥げたアルマイト製カップとのコンビネーションが重要だった気がする。 最近お気に入りの銘柄は、お隣の水の味を思い出させるのであった。