明日できること今日はせず  

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9某日17 30日

明日渡さなければならないので、二十面相の仕上げ。たてもの園内に置かれた二十面相を子供達が探すのだが、景品は学芸員の方が手作りした二十面相の仮面。子供用とはいえ、欲しがる大人もいるかもしれない。クイズラリーに参加すれば大人にもくれるそうである。私はあまるようだったら(発案者として)一ついただいておこう。 毎年恒例、アリゾナから帰国するKさんを囲んで飲み会。渋谷『菜な』 吉田ルイ子さん、デザイナーの熊沢正人さん、ミュージシャンのジョジョ沢渡さん、講談社のIさん、など同じ顔。今年はライターの妹尾美恵さん、Y夫妻も参加。 せっかく浅草に生れ、花火が近すぎて見ていて首が痛くなるような所に住んで、なにもアリゾナくんだりに移住する事もないのに。と毎回思うのであった。帰って二十面相の続き。


9某日16 一日

我がサイトの掲示板でお馴染み、ピッポちゃんから『江戸川乱歩 小酒井不木往復書簡集』(副題)に掲載する不木筆の扁額を、乱歩邸に撮影しにいくと連絡。ピッポちゃん、皓星社のSさんと池袋で待ち合わせる。乱歩邸におじゃまするのは四回目くらいか。 お孫さんの平井憲太郎さんに案内して頂き、乱歩邸へ。未整理の物で一杯の部屋があり、包装された数枚の額の中から見つかる。玄関先に運び出し、撮影するピッポちゃん。文章から撮影から何でもこなす。 その後、土蔵を見下ろすように建つ、憲太郎さんのお宅にお邪魔する。 応接間の仏壇の上に、シネカメラを構える乱歩の写真。それを両側から挟むように、私の気球の乱歩と棟方志功の作品が!(記念に写真を撮らせて頂く)乱歩愛用のカメラ、ライカ3C(エルマー3,5付き)、ベスト版コダック、憲太郎さん御専門の鉄道の写真集を見ながらお話を伺う。 帰宅後近所の喫茶店で、西秋書店の西秋さんとアンダーグラウンド・ブックカフェの打ち合せ。初対面で三時間も話す。お土産に『本格焼酎黒さそり』をいただいた。


9某日15 ベニテングタケ

嵐山光三郎先生サイン会』事務所移転のため著書を格安で放出とのこと。お知らせいただいた蕃茄山人氏に紹介してもらい、サインをいただきながら、しばらくお話を伺う。 明治の作家の身長が判らず調べたが、作家の大きさ、これは重要ですよ。おっしゃるとおりである。次々サインをされる前で、澁澤龍彦の話なども伺うが、身振り手振り声色付きなので、嵐山さんの著作を読んで知っていたエピソードも二味は違う。真近でお顔を拝見し、コンサートで観たジョン・リー・フッカー以来の感銘を受けた。失礼ながら、ただ生きていただけでは、こうはならない事は私にも解る。 国立から渋谷のギャラリール・デコへ向かう。埼京線の方向を間違え、渋谷からはデザイン化されたDMの地図に腹立てながら迷う。私の方向音痴は単に地理的な物ではない。だいたい今頃、数年に一度は『ああ嫌だ、これから梅雨か。』と思ってしまう。 最終日なので時間は過ぎていたが間に合う。表参道からB商会へ。たてもの園のチラシを渡し、付き合いの長いMさんと、シミジミとなる話題はせず楽しく飲む。 車中で嵐山さんの本を読みながら帰る。壇一雄の壇流クッキングもそうだが、何が何杯、何ccと書いてないからこそ試したくなる。ドクベニタケ、ベニテングタケが食べられ、しかも美味しい事を知った。ムラムラッと来る。


9某日14 一日中図書館

午前中から、近所の古石場文化センター内の図書館で調べもの。三島由紀夫関係本などを読む。 夜になり、怪人二十面相がロクロ台(作業用回転台)の上にスックと立つ。マントが柔らかいうちは作業が進まないので、いったん乾燥させる事にする。それにしても私の場合、こういった役立たずな人物に限って出来が良いような気がする。


9某日13 二十面相の仮面

子供向けイベント『二十面相を探せ』だが、二十面相を見つけた子供に、二十面相の仮面をあげたらどうでしょうと提案してみたら、どうやら決まったらしい。学芸員の方が手作り中との事。なんて素晴らしい。泥棒とはいえ、大乱歩の創り出した愛すべきキャラクターだからこそである。 二十面相といえば、私の子供時代はリーダーの役割。明智は少々の洟垂れでも務まるが、二十面相はそうはいかない。その演技力、機転により遊びの盛り上がりが違ってくるからである。一人だけ仮面に風呂敷というアイテムを身に着けられる特別な役どころだが、まず高いところに登れなければ務まらない。その他大勢の探偵団は、いつも二十面相を見上げ、二十面相は見下ろしていた。 我々の二十面相は、ある木造アパートの二階からから隣のアパートに飛び移れる唯一の子だったが、いざとなると飛び移って逃げてしまう。それはズルイよと洟垂れどもが言い出すと、リーダーは盛り上げる責任があるので、次ぎからはその手は封印した。ガキ大将は、ケンカが強かったり自分で洟が拭けるくらいでは務まらないのである。 ノンビリ完成させようと思っていた二十面相。10月までに造らなければならなくなり、なんでこんな事にと少々思っていたが、心してかかる事にしよう。 子供達よ。園内のゴミ箱に仮面を捨てたりして、財団法人東京都歴史文化財団のお兄さんを凹ませないでおくれよ。 


9某日12 風呂敷のマント

たてもの園に行かれた知人から電話をいただく。小岩でお茶屋を営んでいる方だが、園内には小岩の傘屋が移築されている。子供の頃、配達に行かされた家だそうで懐かしいと言っていた。四十四代横綱栃錦の生家は傘を造っていたが、この家に卸していたらしい。閉園時間の陽がかげってくる頃は、昔の恐かった東京の夕暮れを思い出したそうだ。あそこで月光仮面やまぼろし探偵、二十面相の仮面を着けて、風呂敷のマントを着ければ完璧であろう。 しかし、それにしても我々の鼻からは、何故あれだけ洟水が垂れていたのであろう。栄養状態のせいだと云われるが、どの栄養が足りないとああなるのか知りたいところである。 園内の立派な御屋敷などを見ると「ボール取らしてください」といいながら木戸をくぐった事も思い出す。だいたいこういう家は女中さんが恐かった。バットやグローブには、みんな自分の名前を書いておいたものだが、窓ガラスを割った時の事を考え、ボールに名前を書く馬鹿はいなかった。


9某日11 武蔵野の文学

武蔵野文学散歩展で紹介されている作家は徳富蘆花、田山花袋、太宰治、国木田独歩、井伏鱒二、大岡昇平だが、それに対して私の展示は、鏡花、乱歩、荷風、谷崎と、わざわざ反目したかのようなラインナップである。私が武蔵野の作家を造っていれば良かったのだろうが、そう上手くはいかない。中学生の頃は、片っ端から乱読したものだが、私には、自然主義文学などは肌に合わなかった。以後、接する機会も少なかったが、展示品を観ていると、現在読んだらどうだろうかという気もしてくる。近いうちに、図書館で借りてみようと思うのだが、しかし、私の趣味は、物心ついた時から、悲しいくらい変っていないのは自分で良く解っている。というより、産まれたときから内容的にはこんな感じ?だった気がする。私のような人間は迷う事は少ないが、可能性が1パターンしか与えられていないようで、損な感じがしないでもない。 完成間際でそのままになっていた三島の頭部。(首とは云い難い)本人は鏡を見ながら「僕はどうしてこんなに大工や魚屋や修理工が似合うのだろう」と作家らしくない事を嬉しそうにしていたそうだが、これは三島の顔を造るに辺り、最重要ポイントといえるだろう。


9某日9 武蔵野文学散歩展・内覧会

会場は写真作品の数からすれば、ゆったりとしている。十月二日、三日の『二十面相を探せ!』で二十面相が隠れる場所を下見する。見つけた子供には何か賞品が?と訊くと何かのシールを考えているという。おそらくたてもの園トレードマークのケムンパスのようなシールであろう・・。「二十面相のマスクなんてどうです?」予算が出ないとは思ったが一応云ってみる。昔の少年雑誌の付録のような紙の仮面を輪ゴムで着けさせ、子供に少々猟奇の味を味あわせるのである。古色を帯びた建物の間を走りまわる小さな二十面相達。あの夢をもう一度。 レセプションの後、学芸員の解説で会場から園内をめぐる。展示品で面白かったのは、井伏鱒二と太宰治他の将棋の星取表である。四股名が『井伏川・小田ヶ嶽・亀井山・太宰川・捷木山・・・』 熱帯魚仲間の金工家Hの仲人は井伏の息子だった。食う物もろくにない時代に、学生の身分で芸者遊びをしていたそうである。 チラシに使われた荷風の背後の居酒屋『鍵屋』は山口瞳や内田百間が通った店と知る。


9某日8 第一回ほぼ日寄席「春風亭昇太ひとり会」六本木ヒルズ

主宰:ほぼ日刊イトイ新聞/東京糸井重里事務所 出不精で混雑しているところが嫌いなので、最近めったにライブなど出かけない。それでも未見の人で、あと誰を観たいかといって浮かぶのが、かつて100万ドルのブルース・ギタリストと言われたジョニー・ウィンターと本日の春風亭昇太である。 それにしても場所が悪い。チケットにあるアカデミーヒルズ40キャラントBという訳のわからない会場を見て嫌な予感がしていたが、案の定なんだかゴチャゴチャしたビルで方向音痴にはつらい。開演後は入場お断りとあるので諦めかけたが、警備員とインフォメーションで二回聞いてなんとかたどり着く。こんな所で神輿をかついでいて苦笑す。 新作の『人生が二度あれば』ホントに面白い。休憩のあと三増紋之助の曲独楽も楽しかった。こういう芸は若い人の方が。続いて『壷算』判りきってはいたが、やはり春風亭昇太である。実に満足。後はジョニー・ウィンターだけ。


9某日7 プリント搬入

たてもの園にプリントを届ける。会場では作業の真っ最中。収蔵庫から人形を出してもらい、撮影で着彩の剥げた所の塗りなおしをする。一人塗っていると、職員やボランティアの老人等が見に来る。等身大でないのが不思議らしい。 十月に三日間、子供向けのイベントを企画しているそうで、二十面相も出品して欲しいという事である。たてものの何処かに二十面相を展示し、これを子供達が探すという事らしい。『二十面相を探せ』池袋のミステリー文学館は『二十面相をつかまえろ』こちらはホントに探すわけである。それまでに全身像を造る事にする。プリントと人形四体の配置を決め、すべて終了。帰りに三鷹のS氏のオフィスに寄り、ビールを御馳走になる。八十過ぎの母親や伯母さんが『冬のソナタ』に夢中だそうである。私は東洋人の日本語吹き替えが苦手である。日本語を喋るのは西洋人に限る。


9某日6 炎のシュート

麻布十番の田村写真からプリントを受け取り、都営地下鉄大江戸線で門前仲町に帰る。 大江戸線は車内が狭い。にもかかわらず良く見かけるのは、入り口脇の座席で脚を組んでいる男である。よほど広いところで育ったのか、東京の狭さを把握できずにいる、距離感覚の欠如した障害者なのであろう。 私は必ずのように、その突き出した靴を思いっきり蹴飛ばしてみたい欲求に駆られる。私は勤め人ではなく、奥さんや子供もいないので、そんな事が比較的行いやすい状況にあると云える。しかし、思いっきりシュートしたとして、空振りや、当たったとしても男の靴がちょっとずれただけに終わった場合、私はどうしたら良いのだろうか?それを思うと躊躇してしまう。さらに、自分のイメージでは炎のシュートのつもりが、実際はモソッとしたドン臭いシュートに終わる気がするので、我慢をしているのである。


9某日5 モノクロームプリント

AM10:30に田村写真。たてもの園展示用モノクロプリントをお願いする。いつもは、まったくお任せしているのだが、今回は撮影現場が特殊という事と、多少工夫したい事があり、プリントに立ち会う事にした。久しぶりに見る田村氏のプリント作業。私は田村氏のプリント技術を見て、我流でやっていたモノクロプリントを止めたのであるが、知らずにいたら、随分と時間を無駄にするところであった。ユラユラと縦横無尽に印画紙上を這う光は相変わらず。 私のオイルプリントの個展を見に来て知り合ったHさんが、ひょんな事から田村写真に入社し、すでに戦力になっているという事であった。 PM10;00終了。強風の中、Tラーメンに寄り帰る。


9某日4 遺影

葬儀屋が作った父の遺影が、あまりに寒々しいので私が作り直した。水平線に沈む夕陽にオレンジ色に輝く海。それをバックに、わずかに微笑む父。カメラを向けるとニコリともしないので、葬儀の前日、唯一といえるこの写真を探して大変だったそうである。甥っ子の七五三の時に私が撮ったものだが、多少望遠レンズだったせいで、うかつにも微笑んだのであろう。 実家に帰り、やっと作ったその写真を母に渡し、小岩のストンプに行きFさんに頼まれていた資料を渡す。来年五ヶ所を廻るというジャン・コクトー展の話しなどする。ソウルダンスのニック岡井さんに久しぶりにお会いした。


9某日3 イチゴ牛乳

午前中に木場駅でTスタデオのTさんに、たてもの園の建物の中に配される、カラーパネル用データを渡し、午後、出力されたプリントのチェックに小伝馬町まで出かける。モニターでしか見ていなかったので、半切サイズのプリントは面白い。Tさんは背景に写る人物を、逆に人形みたいだと云っていたが、今回、背後でエキストラを務めてくれたO君も、かえって自分が人形のように見えるといっていたし、チラシになってしまったミュージシャンのTさんも、これは人形だと言い張ろうと云っている。(酒屋の御用聞きが「ヤマザキ屋ッスー。」という設定だったが、暖簾をくぐって表からというのが変だったら、仕事中に一杯引っかけようとしている駄目な男とする。)私は、自分が撮っているので考えた事もないが、今回はそんな意見を他にも聞いた。 慎重にチェックをしたつもりだが、ところどころにゴミの跡。スポッティングだけお願いして帰る。途中、茅場町駅のスタンドでイチゴ牛乳を飲む。茅場町でイチゴ牛乳。私のおかしな習慣。 夕方プリントが届いたたてもの園から『大いに盛り上がっております。』とメールが来る。私の撮影は、その撮影現場を見る限り、どんな作品になるか想像がつかないであろう。撮影中クライアントが側にいる場合、私はできるだけその不安気な顔は見ないようにしている。


9某日2 プラチナプリント

モノクロームプリントをいつもお願いする田村写真に、プラチナプリントの小全紙、密着用プリントフレームが入った。随分と大きなプリントができる。アメリカなどではプラチナを手がける作家も多いようだが、プラチナというイメージのせいか、雄大な自然とか、長時間露光のテーブル上の花だとか、キリキリのピントでディテールを表現したような、見るからに豪華な作品を目にする。私は一つ、この大上段でかまえたようなイメージの技法で、刀を抜いてすらいないような物を手がけたいものである。始めに澁澤や谷崎でプラチナを、などと云ったら、いささか嫌味な感じもしないではないが、何度か書いているように、江戸川乱歩や二十面相だったら愉快であろう。私は人を感心させるくらいなら呆れさせたい。 ところで私がもう一つ手がけている技法にオイル・プリントがある。プラチナ同様、使用材料から来た名前だから仕方がないが、もう少し気が利いたネーミングはなかったのか!


9某日1 怨念もルミノール反応消えるまで

江戸東京たてもの園、園内に移築された高橋是清邸だが、是清は2・26事件で二階の部屋で殺害されたらしい。どこかに刀傷など残っているそうだが、よく判らなかった。陰惨な歴史的事件が起きた邸だが、一階は食事ができるようになっていて、かき氷など甘いものも食べられる。この暑い中エアコンはなく、蚊に刺されながらも良い雰囲気である。 事が起きた部屋では泉 鏡花を撮影したが、背後には浴衣姿の女性を配した。鏡花という事もあり、せっかくなので日本髪の幽霊という事にしたのだが、展示のキャプションを作る都合があり、出来あがりの画像をたてもの園側に送信した。撮影に協力しておきながら幽霊にされてしまった学芸員の方が、どういう反応をしているのか気になっている。拡大すれば、なかなか可愛いらしい幽霊になっているのは解っていただけるはずなのだが。