明日できること今日はせず  

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1某日19 椅子を造る

男の魅力にはまってしまった夫人は、男とともに二人掛けの椅子になってしまう。しかし男は、天井板や革により隔てられていないと感じない男である。おまけに飽きっぽい性格。狭い椅子の中で惨劇が。などと考えながら椅子を制作。 乱歩は自作の変態猟奇的部分に嫌気がさし、反省して後に削除したりしている。またそんな事を随分書き残してもいるが、私は乱歩の云う事を額面通りに信じてはいない。当然、好きじゃなきゃ書けるものではないわけで、こんな事を書いているが、実は常識人なんだと見られたいというところであろう。 かくいう私も、だって乱歩がこんなことを書いているんだから、造らなけりゃ仕方がないですよ。と溜息をついている所を人には見せたいが、腹の中では乱歩先生、良くぞ書いてくれましたと感謝することしきりなのである。そして妙な物を造っても、私のせいじゃないという顔をしてしまう私なのであった


1某日18 人間椅子

人間椅子用ネガをチェックしていて面白い事に気がついた。ストーカー椅子職人が潜んでいるであろう椅子を眺める夫人が、その椅子に対して嫌悪どころかいとおしみを感じているように見える事である。これは私の『人間椅子』に対する解釈に原因があるようである。 乱歩作品には『盲獣』に代表されるような、読者には強引とも思える展開で、始めは嫌がっているが、いつしか人外の虜になっていく女性がたびたび登場する。『人間椅子』は最後にスカされたようなドンデンガエシで終わるが、この夫人も御同様の心持になっていったとしても、おかしく無いのではないか。そして椅子の中に明智が潜んでいると思い込んだ黒蜥蜴が、椅子の革一枚を隔てて愛を語る三島版、黒蜥蜴のような展開を、私はどこかでイメージしていたのである。 好きな事ばかりやっている、マイペースで不細工な男が、なぜか女性にモテモテになる。というのはおそらく乱歩の主要な妄想の一つであろう。これは私の妄想でもあるのでよく解る。


1某日17 人間椅子、撮影

3時間ほど寝て、暗いうちに起きる。普段だったらそろそろ寝ようという時間である。しかし早すぎたので駅のベンチで読書。 都内某豪邸に到着し、編集者Sさんと、佳子役の義太夫三味線の鶴沢寛也師匠と管理事務所に顔を出し、事前にめぼしを付けていた部屋に直行する。早朝なので光線の具合が気掛かりであったが、心配には及ばずイメージ通り。時間制限があるので、さっそく撮影に取り掛かる。寛也さんには、多少の演技をしてもらおうと考えていたが、予定を変更し、その存在感のみで行くことにする。ファインダーの中は、私が常用する無名で性能が悪いがゆえに、世界を印象派的世界に変えてしまうレンズにより、実に穏やかな画である。しかし、今晩から椅子の仕上げに取掛かる私と、その中で窮屈な思いをする乱歩先生とで、近々雰囲気が一変するであろう。申請を出し、許可を取っての撮影はすがすがしいものであった。 夜は神田にて、アンダーグラウンド・ブックカフェの打ち上げに参加。会場で倒れたN書店のNさん。何事も無かったように元気そのもの。作り話でも良いから、三途の川を見て来た話でもしてもらいたいものである。


1某日16 アイアンクローの夢

アパートへの潜入撮影。住人がゴミ出しするのと目が合ったりスリリングであった。レンジファインダー機は、もう少しファインダーの曇りを取らないと、暗所ではピントが合わせ難い。終了後、見張り役を務めてくれた編集者と打ち合わせ。ヒーロー物の話になる。私より大分若い彼はウルトラ何とかが良かったという。私はというと、ウルトラセブン以降は論外という世代である。プロレスの話にもなるが、彼が観たのはタイガーマスクからだそうである。私は力道山時代から観ていて、子供の私にとって、力道山とゴジラは完璧なフォルムとして映ったものである。私のフェバリットレスラーは、『鉄の爪』ことフリッツ・フォン・エリック。親指から小指まで32センチ、握力百数十キロの手で相手の頭や胃袋を鷲づかみにし、苦痛にのたうちまわらせる。地球上にどれだけ格闘技という物があるのかは知らないが、こんな単純にして奇怪な技があるだろうか。私はいささか陶然となり、ジャイアント馬場との流血の名場面を語る。ところが彼曰く、「石塚さん、そんな事信じてたんですか?」 ・・・・。夜の夢こそまことの乱歩をテーマにした本を出そうという編集者が、そんな発言をするようでは問題である。夢は見た者勝ちなのだ。まあ今回だけは許そう。


1某日15 眼鏡を壊す

朝目が覚めると眼鏡が背中の下で壊れていた。制作中の作品を眺めようと、ごろりと横になり、そのまま寝てしまった。良くある事である。当人に寝るつもりは無く、起き上がって制作を続ける気でいるのだが、こういう時は、おそらく5秒以内に寝てしまっている。これが私が眼鏡を壊す理由の第一位なのである。また寝てしまったと、立ち上がった時に踏み潰してしまうのが第二位である。これで空腹になった時に食事を摂っていると、規則正しい生活とは無縁という事になるのだが、学生時代や、陶器工場に勤めていた時代の、規則正しい生活の苦痛を考えると、よっぽど体に良いと思える。 何も起こらないわりに、ちょっと飛ばしすぎたかと雑記を書かないでいると、相変わらず何も起きないので問題は無い。その間『白昼夢』用の乱歩の制作が進み、黒蜥蜴もペーパーの番手をさらに細かくし、いつでも着彩に入れる。明日は打ち合わせで来る編集者に見張りに立って貰い、某アパートに潜入の予定。万が一警察を呼ばれた場合、編集者に無理やりやらされた事にする。しかしおそらく昭和三十年代、東京下町で育んだ、危険を察知する能力が鈍っていると思えないので大丈夫であろう。加えて今回はシャッター音その他、音がしないカメラを各種取り揃えて準備万端である。


1某日14 屋根裏が邪魔

先日撮影に使った屋根裏が邪魔である。撮影まであれだけワクワクして造っていたのに、撮影が終わると急に冷めてしまい、鬱陶しくなって背中を向けてタバコの一服もしたいという感じである。 もう1カットくらい撮影しようかとも思うが、終わったら使える木片だけを剥がして早く処分してしまいたい。しかし、個展のさいにでも出品したら面白がってもらえるかもしれない。いや、やはりそれまでとっておくのが面倒である。だいたい展示などしたら乱歩が潜んだ怪しい屋根裏が、購入したパソコンが入っていたダンボール箱だというのがバレてしまう。


1某日13 黒蜥蜴

黒蜥蜴にイヤリングを着ける。リングではないのだが、イヤリングでいいのだろうか? 結局、残していれば8人分くらいの頭部を造った勘定になるが、ようやく。 私にとって男の人形の場合、何かをしたり、しでかしたり、思ったり考えている所さえ造れば、画になってしまうという単純な物であるが、女の場合はそうは行かない。だから技法からサイズから、男とは変えるのが当然と思い込んでおり、同じ土俵に並べるのは難しい。それくらいジャンルの違うものと感じているのである。しかし同じ世界の中に描く限りは、技法を違えてはおかしな物である。そこで黒蜥蜴はいつもより大きく造った。これでは並べて展示するには様子は良くないが、しかたがない。予告編をアップしたいところだが、着彩を始めるまで自分を信用できないので止めておく。沈没するから早く脱出しろと云われると何か思いついてしまい、さらに造りたくなるという厄介な性分なのである。しかしその分、沈没が迫ると冴えてくる。


1某日12 係りのお兄さん

ブックカフェ会場で倒れたNさんは、単なる貧血だっようで、すでに会場でピンピンしているらしい。 会場には、このサイトでおなじみのMさんに遠方より来て頂いたが、残念ながらお話も出来ず。関係者の巻き毛の男が、Mさんは来たんだろうかとしつこいので、適当な事を云っておいた。女性だと思っていたら2メートル超の大男で、彼の時代劇の悪徳商人のような笑顔が凍りつくのも面白いと思っていたのだが。 Mさんには私が係りのお兄さんに見えたそうである。私は個展会場にいるのに、作家は会場にいなかったとはよく言われることである。そもそも展覧会などは自分の腹の中を見せるようなもので、こんな恥ずかしい事はなく、人事のような顔をしている私も悪いのだが。しかし若い時分はともかく、係りの"お兄さん"に間違われるというのは喜ぶべき事であろう。だいたい乱歩の頃と違って、今は悪役が必ずしも悪い顔をしていない時代である。作者が、作品のまんまというのは、判りやすくていかがなものであろうか。三島は文士風の文士を軽蔑し、自分は魚屋が似合うといって、鏡を見ながら嬉しそうにしていたらしい。


1某日11 子不語の夢トークショー

屋根裏の乱歩を搬入する。三日間の展示。トークショーは椅子を足さないとならないほど人が集まり盛会である。始まって半ば頃、階下で慌しい様子。数分前、話したN書店のNさんが倒れたとの事。救急車が来るまで15分以上かかる。タバコを吸うと罰金などとスカしている千代田区で、何故あれだけかかるのであろうか。トークショーの内容は耳に入らず、すっかり気が滅入ってしまうが、このまま家に帰ってもと二次会に参加する。お隣には乱歩の孫の平井憲太郎さん。まもなくNさんの意識が戻ったとの知らせに安心する。盛会のうち三次会へ。作家の芦辺拓氏や、『子不語の夢』脚注の村上裕徳氏『貸本小説』の末永昭二氏などと話をする。ほぼ同年輩なので、話が通じる。末次氏がかかわった工作雑誌を拝見する。とても完成できるとは思えない工作だが、完成は問題ではないという話に同感する。イメージする事こそが肝心である。誰も居ないところで一人工作する男ほどシミジミとする物はない。(ただしそれを仕事としていない堅気に限る)私は友人の部屋に、マッチが井桁に積み上げられているのを見ただけでシミジミしてしまう。横にいる独身女性Tさん。そんな男ドモにはうんざりの様子であった。 展示風景→


1某日10 屋根裏の散歩者

屋根裏で尻ハショリの乱歩。私はステテコを履いてもらうつもりでいたが、寒い時期に造ったせいであろう。いつの間にか、ラクダのモモヒキになってしまっていたのを、色を塗りながら気が付いた。明日は雪かもしれない。それもいいだろう。 撮影。天井下から光が洩れるよう、チンダル現象を起こす。といってもタバコの煙を吹きかけるだけだが。あまりやりすぎても埃っぽくなるだけなので適当にする。極太の梁は、かなりリアルに造ったのだが、ちょうど暗がりになり、よく見えず、ナタで削った痕まで出なかった。くたびれ儲けという奴だが、プリントではかすかに写っている。構想から8年。乱歩没後40年。屋根裏を散歩す。


1某日9 返品せず

なるべくシャッターの振動や音が小さく、レンズの開放値が明るいカメラを探していると、60年代に競って各社から発売されていた、短焦点のレンジファインダー機に思い当たる。この写りが、現在のレンズには求むべくもない、趣のある描写をするのであるが、当時、各社から競って量産され、今では製造中止の水銀電池を使う機種が多いせいか、安価で入手できる。(水銀電池は代用可能)先日ネットのオークションで1台落札した。完動品という事であったが、露出計はすでに死んでいた。先方は返品に応じるというのだが、安い物だし、露出計以外は正常なので、マニュアルで使う事にした。しかし本当の事をいうと、もう一つ別な理由がある。そのカメラの中には、未現像のフィルムが入ったままになっていたのである。現行品のフィルムなので、プリントも可能である。おそらく、どこかでジャンクとして入手し、たいしてチェックもせずに出品したのであろう。とは云うものの、フィルムを取り出し、カメラだけ返品しては泥棒になってしまいそうだし、何が写っているのかと思うと、この楽しみと引き換えに返品する気になれない。また勿体なくもあり、ガッカリしたくないわで、すぐ現像する気も起きない。些細な事ではあるが、私の想像力を刺激し、露出計の故障を補って余りある。だいたい現像もせずに返してしまうようでは、江戸川乱歩の愛読者として、変態といわれても仕方がない。


1某日8 合掌

やはりフラワーホーンのオスは助からなかった。Tラーメンで貰ってきたこのオスは、二匹のメスを相手に子供を造った。 1回目の子供は5センチになったし、2回目の稚魚は1センチくらいでウジャウジャしている。なんとか育てたいものであるが、成魚になると、30センチを超えることもあるので、数百生まれる稚魚が淘汰されていくのを、見て見ないフリもしかたがない。 下駄箱の上の四角いジャングルならぬ水槽の中で生き抜くのは、なかなか厳しい。先を争って餌を食らう姿は、大きくならないと他の奴に殺られるという殺伐とした雰囲気が漂う。死にそうといえど、まだ生きていた、かつての連れ合いに齧りついていたメスには、さすがに私もウンザリ。死んだオスを水槽から取り出す時、目をそむけてしまった。 屋根裏の乱歩は、8年程前に作家を造ろうと思った時、最初に浮かんだポーズから何までそのままである。写る所だけ造ろうと思った場合、本当にそこだけしか造らない。ところが目測を誤り、ほんのちょっと屋根裏の材料が足りない。夜中にこんな事になると、私のイライラは最高潮に達する。木造家屋に住んでいたなら、壁や柱など剥がしかねないが、幸いコンビ二の割り箸で済んだのであった。


1某日7 マコ 齧ってばかりでゴメンネ

傷ついたフラワーホーン。その御面相は、新東宝の怪談映画を超えた悲惨さである。右頬が欠落し、口の中が見えてしまい、右目も飛び出している。『愛と死を見つめて』状態であるが、こちらの場合はミコでなくマコの方である。 バスフィッシングをやる人に、魚には痛覚が無いと聞いたことがある。あまり納得はできないが、痛ましくてそうであれば良いと思う。 どちらにしても永いことはないだろうが、残されたメスをどの水槽に入れるかが問題である。余裕といえば、下駄箱の上のメイン水槽しかないが、その水槽内ではこのメスが一番大きいという事になってしまう。人間界はともかく、我が家の水槽内では女帝はタブーである。特にこのメスは、則天武后よろしく君臨するのは目に見えている。殺戮の限りを繰り返すに違いない。 そんな事に頭を悩ませながらも、屋根裏を造り始めた。(撮影用)
乱歩邸内で撮影が出来ることにもなり、それを聞いた瞬間に1カット浮かぶ。勿論、乱歩が暮らした邸内で、乱歩が普通にしている所を造るつもりはない。


1某日6 モルヒネの小瓶

富岡八幡の骨董市に出かける。撮影に使う小物は、最近はネットで探す事もあるが、いざとなったら此処へくると何とかなる。今回は『屋根裏の散歩者』用の小さな薬壜である。作中では、茶色い小指の先ほどのビンで、コルクで栓がしてあるという事になっている。 二周りほどして一つ見つけた。小指の第一関節より少々大きいが、小指の先ほどとなると、撮影はともかく展示するには小さすぎる。ちょうどいい大きさであろう。コルクの栓は未開封のようで、白い粉末が入ったままである。品名の入ったラベルも付いていて、裏には薄ぼんやりと厚生省という文字の入ったラベル。 他にポストカード二枚とリリアン・ギッシュのブロマイドを入手。


1某日5 生きるってキビシイ

私が一番気に入っていた20センチを超えるフラワーホーン。昨年暮れに、ウチで生まれたトラシックゴールドにボロボロに傷つけられてしまった。先日別な水槽に移し、大量の塩を投入。このオスは一匹にしておくと元気がなくなってしまうので、一度子供を作った相方のメスも一緒に入れた。このメスはHから貰った魚だが、ウチに来てこのオスに一目惚れ。猛烈なアタックの末、数日で産卵という情熱の持ち主である。昨夜見ると、いつもと違うオスの様子が気掛かりなのか、横に倒れては起き上がりを繰り返すオスに寄り添い、口でつついて励ましているようである。父を看病していた母の姿がオーバーラップし、シミジミとした気分になった。しかし一夜明け、私は自分の甘さに呆れる事になる。 オスは息は荒いがなんとか生きていた。剥がれた鱗が散乱している。いよいよ酷い事になったと眺めていると、メスは相変わらずオスをつついて励ましている。と思ったら。メスは瀕死の旦那を齧っていたのであった。


1某日4 青銅の店員

昨夜に続き、ラジオで乱歩の『青銅の魔人』を聴き可笑しくなる。 昼間パソコンのパーツを買いに某量販店に出かけた時の事。解らないことばかりなので店員に聞こうと声をかけた。店員は、いかにも生まれた時からTVゲームをやってますという感じの若者で、ハリーポッターのような顔をしている。しかもデジタルな若者にありがちな無表情で、声が裏返りぎみで棒読みのような妙なしゃべり方。質問には立て板に水なのだが、専門用語連発で何を云っているのかわからない。相手のレベルに合わせて会話をするという技を持ち合わせていないのであろう。不思議だったのは、彼が喋ると口の中からからギギギ、ギギギと音がするのである。『君は青銅の魔人か?』あとで考えると歯が擦れるかして発する音なのだろうが、面白いので今度行っても彼を探してしまいそうである。 私が彼の親しい友人だったら、マバタキはたまにはした方が良いとアドバイスするのだが。


1某日3 屋根裏部屋

ラジオで乱歩の『屋根裏の散歩者』の朗読を聴く。着彩を待つばかりの屋根裏の乱歩を眺めながら聴いてみたが、なかなかオツなものであった。人間の闇を描いた乱歩という話も出ていたが、いったい闇の無い人間などいるのだろうか。それじゃまるで幽霊じゃありませんかと、つげ義春風に云ってみたりして。 すっかり忘れていたが、岐阜県瑞浪市の陶器工場に勤めていた当時、私は屋根裏部屋に一年間住んだ事がある。一緒に勤める人と二人で一軒家に住んだのだが、一階の普通の部屋には目もくれず、私は迷わず屋根裏部屋を選んだ。梁に頭をぶつけたりしたが、実に楽しい経験であった。ただ冬の寒さは関東とは比較にならない厳しさで、コタツから目だけを出して、壁の隙間から降り募る雪を眺める寂しさは、オツを大分通り越していた。まさか時間がこんな速さで過ぎ行く物とは知らなかった私は、この先の道のりの永さを思ってコタツの中で溜息をついたものである。そんな季節には、夜は水道を出しっぱなしにしないと水道管が破裂するからと云われていたが、つい忘れて破裂させた事がある。応急処置には、水道管にジャガイモを詰めろと云われていた。


1某日2 パソコン

暮れに注文していたパソコンが届く。これからしばらく続くであろう格闘を考えると、嬉しいという気になれず、ダンボール箱を前に無表情な私であった。幸いミュージシャンでプログラマーのTさんが、OSのインストールやら各種設定を2日がかりでやってくれたおかげで、3台のパソコンが無事つながった。配線だらけのその姿は、入院中の父の姿を彷彿とさせるが、旧マシンはデータの移動が終われば早急にどかしたい。愛機などという気はさらさら起きず、数年にわたって私の忍耐力を育んだ、忍耐力養成マシンにしか見えない。 今回は何をしたいかハッキリ判っているので、パソコンの中には必要のない物は一切入っておらず、サッパリとしてスガスガシイ。普段はぼんやりしている私だが、制作中は非常にせっかちである。処理速度の速さには大満足なのであった。


1某日1 元旦

大晦日から実家に帰るというのは久しぶりである。元旦から乱歩原作の『氷中の美女』50’大映『蜘蛛男』58’大映『黒蜥蜴』63’年大映を観ながらダラダラと過ごす。『氷中の美女』は水島道太郎以外、華がある俳優が登場せずつらい。『蜘蛛男』はそこそこ楽しめたが、藤田進は明智というより波越警部であろう。藤田の持ち味ではあるが、終始アクセントがなまっていて明智には見えない。『黒蜥蜴』は子供の頃TVで観たきりのはずだが、これが三島版にかなり忠実で実に楽しめた。私には叶順子は出てくるだけで良いし、ミュージカル仕立てというところが特に良い。三島作、用心棒の歌(〜こんなに強くていいのかね♪)も聴けたが、用心棒の中に国際プロレスの阿部脩がいた。 もともと乱歩の原作は、小学校高学年向けの作品という感じだが、ミュージカル仕立てにすることにより、ウソ臭さが相殺されて大人の鑑賞に堪える作品になっている。うまい事を考えたものだが、どうせならもっとミュージカルの場面が欲しかった。 考えて見ると乱歩作品は、ミュージカルにでもしないと実現不可能な物が多いという気がする。酒を飲みながら観ていると、母が「黒蜥蜴ってメケメケじゃなかった?」