明日できること今日はせず  

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3某日18 白昼夢

『白昼夢』は、薬屋の店主が女房を殺してバラバラにし、屍蝋化した死体を店先に飾っていたという話だが、私が中学生の時、大人むけ乱歩作品にはまるきっかけとなった作品である。白昼の笑顔が怖いというのは、私にとって始めてのイメージであった。 店先に展示されている”部品”は頭部だけである。男は愛する女房を、見せたくてしょうがない。どうせだったら全部品を展示するべきであろう。しかし考えてみると、すべて展示しては、この作品の秀逸なオチが決まらなくなる。街中で男が一生懸命、我が女房を見てくれというのに、聴衆は笑うばかりで信じようとしない。ここでもし頭部だけでなく、すべてが展示されていたなら、興味津々、黒山の人だかりであろう。当然オチが決まらなくなる。だが私は裸のトルソが、ショウウィンドウに飾られた画像を造ってしまった。何故なら造るのが面白いからである。 いつものように、ここで予告編と行きたいところだが、それではオチが決まらなくなる。


3某日17 ダウジングロッド

首吊り死体役をたのんでいた友人が、通風を発症し撮影は延期。1日たち楽になったと云ってくれたが、そんな時にお願いするのが、首吊り死体では申し訳なさ過ぎる。改めて天気の良い時に。 雨が降りそうだが、散歩でもするかと、木場から両国まで歩いて江戸東京博物館へ。エミール・ガレをやっていたが、興味がないので『東京空襲60年』〜犠牲者の奇跡〜を観る。風船爆弾のレプリカが展示されていた。和紙をコンニャクで張り合わせたとは聞いていたが、相当頑丈な感じ。しかし、こんなものを造るのに駆り出された女学生が哀れである。多少はアメリカ本土に到達したらしいが、さぞ呆れたことであろう。北朝鮮を笑えない。 帰り道、ついでに江戸深川資料館に寄る。展示品は相変わらず。一周りし出る。しばらく歩いていると、取り組むかどうか迷っていた物に出くわす。2カット撮影。ナルホド。天気も良くないのに、柄にもなく突然散歩しようという気になったのは、これを見せるためだったのか。誰が? 急いで現像する。以前撮影した、組み合わせるべき風景と比べてみると、天候が同じで、光線状態がそろっていて驚く。引きが強くなってきた。こういう状態になってきたら、悪い頭はなるべく使わず、水脈を探すダウジング用の棒に徹するべきでなのである。


3某日16 鏡地獄

内面が鏡になった球体に閉じこもった男が発狂するという話である。鏡の中で男は果たして何を見たのか。乱歩は確かめようのない光景に賛辞を与える。今年、公開予定のオムニバスの乱歩映画は、鏡地獄もラインナップされているので、おそらく実物大の球体が用意されたことであろう。どんな映像になったのか興味深い。光源と男の位置、それによって像の見え方は変ってくるであろうが、しかしおそらくそのままでは、人が狂うほどの光景が展開されそうもない。積層状の像が、無限に現れると思っている人がいるようだが、(確かにその方が発狂しやすくはありそうだが)見える像は、おそらくたった一つであろう。


3某日15 立川志らく「国立お花見落語会」

嵐山光三郎さん主催の落語会。寝不足で眠くてしょうがなかったが、志らくさん登場で世界に引き込まれ、眠気が失せたのはさすが。私の大好きだった先代の金原亭馬生の話が出たのも嬉しい。『死神』のサゲが決まる。 打ち上げ会場に向かうが、場所が判らず遅れると、空いているのは嵐山さんの真ん前。その横には中村誠一さん。しかし転校してきた美少女のようにしているわけにもいかず席に着く。周りは知らない人ばかりで、しばらくは針のムシロであった。中村さんの新作CDが披露される。ずっと聞いていたくなるような音である。しかし店内が騒々しい。せっかく真ん前なので、ヤシカエレクトロで嵐山さんの写真を撮らせていただく。シャケ皮のジャケットを着ていたのを、何かで拝見したことがあるので伺ってみると、もう20年も前の話だそうで、未だにしまってあるとの事、他にも様々なジャケットを試された話が可笑しい。やはり嵐山さん発案の唐十郎の油揚げのジャケットは、舞台で黄金に輝いたそうだ。中村さんが私のジャズシリーズについて話しかけてくれたのも嬉しかった。帰り際、以前個展会場に来ていただいた安西水丸さんに御挨拶する。 帰宅後、『目羅博士の不思議な犯罪』の首吊り死体役をお願いしていた友人から、快諾のメール。2秒くらいなら我慢してくれるだろうか、というのは冗談だが。彼は昨日、志らくさんを観て来たそうである。


3某日14 プロマイド

知人から誰だか判る?と女優のモノクロプロマイドの画像が届いた。彼はネットオークションに本を出品しているので、てっきり出品のため、女優の名前を知りたいのだろうと思った。団令子風の丸顔で、スラリとしたプロポーションの素敵な水着姿である。彼は私の趣味を知っているので送ってきたのかもしれない。しかしピントがはっきりしないので、もう少しまともな画像を送って欲しいと返事をした。すると彼から九条映子だと返事が来た。『君、オークションなどでさらすのは断じて止めなさい。私がいただく。』 現、九条今日子さんには、以前個展に来ていただき、作品を差し上げるというのを固辞され、買っていただいた。画廊で額装された作品を届けに伺ったマンションは、倒れたらしぶきがかかるようなところで、私はしょっちゅうハゼ釣りをしていたのであった。寺山の話など伺いながら、元映画女優の方と話しているのだと、失礼ながら、そんな事を考えていたのを思い出した。 今年は寺山修司生誕70周年である。


3某日13 ジレンマ

出版にさいしカラーで行こうと決めたため、今年に入ってモノクロでは撮っていない。 それまでは、たまたま人間を撮影したように見える事はあっても、特にそれにこだわっていた訳ではなく、粘土製であるというのは、ちょっと見れば判るものであった。しかしカラーで制作していると、粘土丸出しのままでは質感が画面に合わず。さらにリアルにして行かざるをえない。 そこで私の中にジレンマが生じてくる。自分で作り物に見えないように作っておきながら、なぜ私が作ったという事に気付いてくれないのだと不満なのである。実に矛盾した勝手な話である。 だいたい作家シリーズを始めるきっかけは、初めて人形とその人形を撮影した写真を発表した時、雑誌社の記者が、人間を撮影したものだと勘違いした時である。同行したカメラマンは、それだけリアルですよとおだててくれたが、自分で全部作ったと云いたがりな私は面白くない。そこで誰がどう見たって作り物にしか見えないものを作ろうと作家シリーズを始めたはずなのである。 これは”有り物”の風景で、簡単に撮ってきましたという顔をしていればカッコがいいと思うのだが、造っているから私なので、造っていないのであったら、居なくなってしまうという恐怖感が私にはある。その辺はまったく大人になれず、子供の自己顕示欲に近い。だいたいこの雑記で、こうしたああしたなどと云ってるのも、私が造っているということを云いたいのであろう。


3某日12 都会の渓谷

目羅博士は不思議な味のある幻想的短編だが、ルンペン青年の語る、都会の風景描写が効果をあげている。 銀座界隈にでかけ、ビルを見上げながら撮影してまわった。それにしても趣のあるビルは激減している。そのままでは、とても使い物にならない。 歩いていて新しいアイディアが浮かぶが、こういった物は上から降ってくるのか、上を向いた時に起きやすい気がする。血流の関係だろうか? 歩き回ったので某ハンバーガーショップに立ち寄る。何とかバーガーと、ノンカロリーコーラを頼んで待っていると、ミルクお付けしますか?と云われる。何とかミルクと聞こえ、私の知らない新しい飲み方でもあるのかと、お願いする。カバがシマウマを食うご時世である。しかし結局先方の勘違いであった。すっかりコーラにミルクを入れる変な人になってしまう。お姉さんも、自分が間違えといて笑ってやがる。 帰宅後さっそく現像し、風景に月光を振り掛ける作業に没頭する。合わない光線状態があることも判ったが、どんな風景も月夜にしたくてしょうがない。


3某日11 月光の妖術

乱歩作品の話を人としていると、細かいディテールについて、それぞれ異なったイメージを持っていて驚くことがある。私にしても読み返してみて、勝手に思い込んでいたが多いことに気付く。それだけなら良いが、ちゃんと読んでいても、人によってディテールの解釈が異なる。それは当然そういうものであろうが、乱歩作品は特にはなはだしい。だからこそ映画化された乱歩作品を観ては、違和感を感じるのだろう。 あいまいに書かれているところが、また怪しく、乱歩は着火だけしておいて、読者の頭の中ににモクモクとイメージが沸き続けるような仕組みになっている。まるで月光の妖術を利用した目羅博士である。やはり博士は乱歩にやってもらおう。最後は博士本人も月光に惑わされて死んでしまうが、乱歩は律儀な人物なのである。 『首吊りの姿が、少しも恐ろしくも醜くも見えないのです。ただ美しいのです。』こんな場面は相手にしてはいけない。しかし、判ってはいるが、つい窓枠に腰をかけ、ビルの谷底を見つめている私である。考えてみると乱歩をテーマに何か作ろうなどと考える人達は、みんな乱歩の妖術に犯されているのであろう。


3某日10 一日

昼過ぎにTさんと待ち合わせ、T大構内を案内してもらう。 新入生の部活の勧誘をやっている。「今のうち始末しておいた方が日本の将来のため、なんていうのが何人か混ざってるんでしょうかね。」などと話しながら古い校舎を見学。Tさんと別れたあと小雨が降りだすが、かまわず上野動物園に向かう。目的は『目羅博士』冒頭のサルなのだが、カバも見たい。先日TVで”ド草食”と思っていたカバが、ワニの獲物を横取りし、シマウマやヌーをバリバリ食べているシーンを見たからだ。少なくとも今月中、あれ以上驚くことは起こらないであろう。実際は相変わらず草しか食べないような顔してトボケていた。雨に濡れながらサルを撮る。別に良い表情など必要なく、サルとして写っていればよい。乱歩は目羅博士の中で『動物園でもそうだ。東京の人は、なぜか帰りいそぎする。まだ門がしまったわけでもないのに、場内はガランとして、人けもない有様だ。』『下足場の混雑ばかり気にしている江戸っ子気質はどうも私の気風に合わぬ。』と云っているが、目羅博士が書かれた昭和六年に比べると、東京人の気質も変ったようで、門を閉めるとアナウンスがあってもダラダラゾロゾロ。 帰りに上野方面に向かい、鈴元演芸場近くで、九代目襲名の林家正蔵が、子供用自転車に乗っているのを見かけたのを思い出した。「あの子サンペイんとこのチビじゃんか。」云ってる私も、まだ十代であった。


3某日9 隣で殺人

八丁堀で、孫が祖父と祖母をカッターナイフで惨殺するという事件が起きた。犯人は覚せい剤で刑務所から出てきたばかりらしい。ニュースで現場のマンションが映り、親戚が事務所に借りているマンションに似ていると思ったら、まさにそこで、しかも被害者は隣の大家夫婦であった。ペラペラの壁だからら当然、異変に気付いたはずだが、本人は留守にしていて、大学生の息子が寝ていたが、バイト疲れで気が付かなかったらしい。寝ていた息子の頭のすぐ上で事は起きていたことになる。幸い犯人は犯行後、その足で自首したらしいので、取材攻勢にもたいして合わずに済んだようだが、ベランダは隣と簡単な戸で行き来できるようになっていて、しょっちゅう老夫婦とお茶を飲んでいたそうである。一日経ち、落ち着いた頃、思い出されて夜はいたたまれないようである。たしかに様子は普段と違っていて、いつになく長電話をした。 「自分のことをかわいいと思っていない。口うるさいので前から殺そうと思っていた」とは30男の云うことではない。覚せい剤の影響なのだろうか。いや、今時はシラフでこんなトボケタことを云ってる輩が多いのかもしれない。


3某日8 出会い

手焼きのプリントを、すべてお願いしている田村写真の田村正実氏が、サイトでプラチナプリントの制作工程を動画で公開している。プラチナプリントというと、敷居が高い技法というイメージがあったが、薬品類が高価なことを別にすれば、実に簡単な(とりあえず画を出すのは)技法である。諧調表現の素晴らしさや、画像の耐久性に関しては、やはり素晴らしい。海外でも、古典技法が注目されているようだが、デジタル写真の時代に入り、感材メーカーがフィルム、印画紙製造から撤退していっている状況も無縁ではないようである。プラチナは今後、田村氏もワークショップなど催すようなので、チャレンジする人も増えていくことであろう。 フィルムを整理していて、昔撮影したフィルムが出て来た。この頃は、ネガはアマチュア用でポジはプロ用のフィルムだと思い込んでいたくらい無知な私であった。ほどなく始めたモノクロのプリント作業は性に合わず、上達することもなかった。廃れてしまったオイルプリント習得に一人苦しむのは当たり前である。しかし、知らないからこそオイルプリントにチャレンジしたとも云えるであろう。ちょうどそんな頃、田村氏と出会ったのだが、田村氏と会わなかったら、写真家などと、スカしたまねはしていなかったかもしれない


3某日7 D坂の三人書房

『目羅博士の不思議な犯罪』は月光が重要である。というより、この犯罪はすべて月光のせいである。当然、月の光が降り注ぐシーンが必要だが、長時間露光による夜間撮影ではイメージに届かない。そこで”アメリカの夜”でいくことにした。 (1)目羅眼科 古風な煉瓦作りの、小型の長屋風の貸事務所。入口に石段。(2)自殺ビルS通り(→外濠通りか。今の大手町辺り?)に面した、コンクリートのビル。「正面は明るくて立派」だが、背面に廻ると「別のビルディングと背中合わせで、お互いに殺風景な、コンクリート丸出しの、窓のある断崖が、二間幅ほどの通路をはさんで、向き合って」いる。 五階の北の端の部屋で、窓の外にある電線引込み用の小さな横木に細引をかけて、首吊り自殺が起こる。(3)向かいのビル 「同じくらいの大きさで、両方とも五階」。 「表側や、側面は、壁の色なり装飾なり、まるで違っている」が、「峡谷のがわの背面だ けは、「屋根の形から、鼠色の壁の色から、コンクリートのひび割れまで、同じ形を」している。 目羅眼科に続き『三人書房』の看板を造った。団子坂の古本屋といえば、乱歩が経営した三人書房ということになる。


3某日6 目羅眼科

乱歩の短編『目羅博士』用の二十センチほどの看板を作る。二枚目。なぜか目羅医院と思い込んでいた。板に下書きをした時点で目羅眼科だったかな?という気がしてきた。本を探すが、どこに潜り込んだか出てこない。図書館を検索してみると近所の図書館にはない。知人にメールで訊くがすぐに返事は来ない。ここで私の悪い癖がでる。小さいとはいえ、看板など造った事がないので、造りたくて我慢が出来なくなってしまう。遠くの図書館など行ってられない。板に文字を彫り、金看板というのは覚えていたので金色をさす。なんだか与太った字になってしまったが、これも味ということにしよう。しかし結局『目羅眼科』なのであった。 二枚目は改良され、さらに看板らしくなった。失敗して良かったと無理矢理思い込む。与太った字の何処に味などある。 目羅眼科があったとされる場所はその昔、一丁倫敦といわれた場所だと教わった。後の丸の内オフィス街である。撮影場所はすでに決めてあるので来週撮影の予定。看板も持って行き、建物と同じ光を当てて撮影しておく。そうすれば、ウチで光を再現して撮影する必要がなくなる。結果、ペラペラの板切れが、道場破りが持っていきたくなるような看板になる予定である。


3某日5 皇居に向かって

午後二時ごろ、おそい朝食のため、糠漬けにした牛蒡の漬かり具合を確認していると、玄関のチャイム。ドアを開けると7〜8人の女性がいきなりなだれ込んできた。唖然とする私をよそに、いつも外光を利用して撮影する部屋にかってに入り込み、次々と服を脱ぎだす。リーダー格とおぼしい女性が「皇居はどちら?」と聞くので「あっち」と、一応迷惑そうな顔をして窓の外を指差すと、一斉に皇居に向かって整列した。そんなシチュエーションを本日撮影したらこんな感じだろうという場面ができた。ホンノ予告編ところで、それにしたって。今頃の新牛蒡の糠漬けは、まったくもって美味である。


3某日4 自炊

緑黄色野菜、根菜類を沢山いただいたので、最近、毎日食べている。普通に食べていたらおっつかないので、鍋に適当に切ったものを放り込み、具沢山の味噌汁などにして食べている。いやにごついホウレン草だったりするが、ヘルシーで体調も良いような気がする。気に入ると何日でも続くのが私の癖である。そしてある日突然飽きて、そのシリーズは終わる。先日、荷風が通った浅草のアリゾナで食事した際、気が付いたのだが、これはまるで永井荷風の自炊メニューである。こんなシミジミとしたものを嬉しがるには、少々早いような気もする。トンカツでも食らおうかと外へでると富岡八幡の骨董市。撮影用に探している物はないが冷やかしに寄ると、『犯罪実話』などとともに『不思議の国のアリス』金子国義(イタリア・オリベッティ社刊)が寒風にさらされている。例によって、さほど欲しそうな顔をせず、表紙の上の蜘蛛の巣をそのままにオジサンと交渉。「アリガトウ。」こちらこそ。


3某日3 一日

Hに頼んでいた黒蜥蜴用スタンドが出来たというので、高田の馬場へ行く、真鍮製で美しいものを造ってくれた。サイズもぴったり。社内で飼っているフラワーホーンはウチのより大きい。大きくなりすぎたので、小さいのと取り替えてもらおうかとH。おかしな話である。 まだ松葉杖を使っている。剥離骨折は運動しようと早歩きをしていておこったという。かなり痛そうだが、私は肩は貸さない。ひとしきり魚談義のあと飲みに行く。TVでは最近逮捕された男がアップに。Hは一族の一人に会ったことがあるそうだが、何人も取り巻きがいて、中には灰皿を持つだけの男がいたそうである。昔、私に失礼をした男もあそこの系列会社の人間であった。転職後ではあったが、サーフボードに頭をぶつけて死んだ。ちゃんとバチは当たるように出来ているようである。


3某日2 密偵より

『白昼夢』用生首が手に入りそうだとメール。ついでに美しい手も入手の可能性ありとのこと。『白昼夢』だけでなく『盲獣』その他用の死体パーツが不足している。密偵に美しいパーツを見つけたら連絡せよと頼んでおいたのである。職場内に美形がいるらしい。フランケンシュタイン博士の間抜けな助手のように、出来の悪い脳みそを調達してくるようなヘマはせぬよう念を押しておいた。 夕方銀座のコダックフォトサロンに佐藤義孝さんの写真展『New York Bert』のオープニングに出かける。佐藤さんとは何年も前に、白金のディスコ、ダンステリアでお会いして以来。現地に住んで撮っている雰囲気の写真。会場にはニック岡井さん、油井昌由樹さん、小宮山書店のTさん。油井さんとは久しぶりだが、高一の時にお会いした時と印象が変わっていないのが不思議。黒澤監督が書き物をした旅館は泉鏡花が逗留した旅館だと伺う。機会があれば見てみたいものである。 帰宅後『屋根裏の散歩者』を撮影。チャーリー・パーカーを流しっぱなしで乱歩を撮る。仮に宇宙人と戦争になり、どういうわけか音楽対決という事になったら、地球最強の武器はチャーリー・パーカーだと思う。


3某日1 一日

Hが足を剥離骨折したと聞いた。松葉杖だというので、さぞ不自由だろうと思っていたら『松葉杖を使ってると他人がこれほど親切にしてくれるとは思わなかった。喫茶店に行った時など、美しい店員が居ると必要以上に不自由な素振りをして優しくしてもらう。場合によっては肩をかしてくれることもある。』などというメールが着た。同情して損をした。この調子だと全快するにはしばらくかかりそうである。某国大使館の車に追突され、豪華な花束に囲まれながら、全快までおそろしく丁寧に時間をかけた友人もいた。もっとも相手がその国だったら、心行くまで治療に専念したまえと思ったものだが。 数週間前、子供を孵化させたフラワーホーンのペアだが、また産卵をした。生き物のオスは、すべからくボンクラだという偏見のせいで信用をしておらず、孵化と同時に別の水槽に移していたのだが、今回は水槽の事情により、そのままにしていたため、また産卵に及んだのである。しかし、こう頻繁に生まれても困る。子供の頃は魚がなかなか大きくなる気がしなかったものだが、今は見る間に大きくなっている。こうなると盆栽が日々ニョキニョキ成長しているように見える日も近い。最近はアクビを一つすると3日は経っている。