明日できること今日はせず  

最新ページ



6某日17 一日

パロル舎にて最終チェック。これで私のすることは終わった。 帰宅後『大阪人』用の画像に、今回出番のなかった通天閣を使うことにする。連日観つづけている、あしたのジョーも、ようやく力石との対決までこぎつけた。しばらくゆっくり眺めることのなかった水槽。フラワーホーンの幼魚、知らない間に色が出ていて驚く。 そうこうするうち、しばらく遠ざかっていたオイルプリントを始めたくなる。この暑さではゼラチンが固まらないので、用紙を作ることは出来ないが、使用できそうな印画紙があるので、これを試してみるつもり。作品集用のデータは、すべてオイルプリントや、3色分解によるカラーオイルプリント化を視野にいれ作っておいた。『押絵と旅する男』用の浅草十二階のオイルプリントなど良いだろう。田村写真でも、ダイトランスファーを始めるという。『人間椅子』など面白いはずである。


6某日16 思えば遠くへ来たもんだ

小学校3年まで同じクラスだった女性からメールが着た。恐ろしいくらい久しぶりである。正義感が強く、やたらしっかりしていて、虐められてる子をかばっていたのを覚えている。風邪を引くと、布で包んだネギを首に巻いて登校してきた。今は教室をもって絵を教えているそうである。 私が絵を熱心に描いてたことを覚えているそうだが、私はその頃から何も変っていないわけで、大きな声では云えないが、他の人が変っていくのが私にはよく判らないのである。小学時代は絵が大人っぽいとか、子供の絵ではないと云われ、コンクールには出してくれないし。散々であった。何でまわりの連中が、人をカカシのように描くのか不思議であった。目には星があるし。(4年の図工の先生が初めて認めてくれ、亡くなるまで付き合いは続いたが)中学では美術部には入ったが、ロクな教師でなく。組合運動に熱心で、プラカードなど作らされるのでほとんど顔を出さなかった。高校では美術部にも入らず、つながっている大学の芸術学部は筆記試験だけで入れるものと思い込み、デッサンの試験があるのを知ったのは3年の時である。一応デッサン教室に通ってみたが、石膏デッサンなんて面白くも可笑しくもないし、だいたい何かを見て描いたり作ったりに興味が無いので、早々に止めた。そんな訳で、気が付いたらこんな事になっていた。


6某日15 明日はどっちだ

片手に人形、片手にカメラの、いつもの名月赤城山撮法では、かならず人形が手前に配されることになり、本になるとページごとにそれでは具合が悪いとデジタルを多用したが、自己流なので、デジタル専門の人が見たら、面倒なやり方をしていて呆れること請け合いである。データの設定なども解らないことばかりで、最後の1カットでやっと解ったことすらある。おかげで編集者には少々面倒をかけた。いつも思うのだが、夏休みのバイトのようなもので、コツが解ったときに夏休みは終わることになっている。死ぬ時もこの調子であろう。 中井英夫戦中日記 彼方より<完全版>を読みつつ、インターネットTVで、あしたのジョーを観る。止まらなくなり25話まで観てしまう。


6某日14 デザイン決まる

印刷見本と表紙デザインが上がってくる。社長以下全員で検討する。 北村さんから一つアイディアが出される。しかし、常識から外れているなどの意見が方々から。私には、それがどれだけ常識外なのか、サッパリ解らないのでただ聴いていたが、北村さんの料理の腕前に感服していたし、普通はしないと聴けば北村さんにがんばってもらいたところ。結局社長の決断で北村案に。良く解らないがよかった。 そのあと印刷のチェック。2,3気になるところを指摘し、あとは良いんじゃないでしょうか。「もう終わりですか?」みんな呆れているが、北村さんも、これはよく出ているとおっしゃっているし、私にはカッコ良いのが肝心であり、私にはそう見えたのであった。


6某日13 チェック

夕方原稿のチェック。コピー紙ではあるが完成状態に近い。簡単に綴じたものをパラパラ見ながら編集のS氏「ナニ思いっきりやってんだよという感じですね。」編集者がそういうこと云いますか?「確かに半分くらいくると、まだあるのという気はするけど。」と私。 始めはシッポがはみ出た天丼のような感じであったが、北村さんのデザインのおかげで、見事丼内に収まった。「本なんて、見たくないページは見なけりゃいいんだから。中がスカスカよりいいでしょ。」


6某日12 再撮

二十面相のセリフを抜書きするため深川図書館へ。 出版にあたって心残りがあるとすれば、乱歩作品の重要なジャンルである、人工ユートピア物を手がけなかったことである。技術的にいけそうだと思ったのが締め切り三週間前。時すでにおそい。もっとも広大な乱歩世界を、一冊におさめるなど無茶な話だと諦めもついた。公園では子供づれの母親が、これでもかと集まっている。ベンチで一服していると、乳母車がベンハーの戦車のように見えてきた。 少年探偵団シリーズは、あらためて見ても初期作品の出来が圧倒的に良かった。帰宅すると編集のS氏からの電話。ついでに駄目だろうとは思いながら訊ねてみた。二十面相の一カットを再撮をしてみたい。S氏は呆れているようだが、印刷テストに選んでいなければと調べてもらうと、入っていない。「これが最後ですよ!」念を押される。わかったわかった判りましたって。こうなると、この楽しみをすぐに終わらせる気にならない。食事をしたり、雑誌を眺めたり、TVでバラエティー番組など観て、撮りたい気持ちをさんざんじらして、もてあそび、頼むからもう撮らせてくれーと撮影にのぞみたい。そうまでして撮るのが怪人二十面相だが、私の中では特に問題はない。


6某日11 アナモレンズ

撮影は終了と思っていたが、もう1カット、話の流れ上どうしても欲しいという。私は被写体自体があまり魅かれるものではないのでトボケていたが、編集者とデザイナーが同意見といわれれば、すっかり任せているので撮らないわけにはいかない。 しかし、ただ撮る気にはなれないので、出番のなかったレンズを使うことにした。アナモレンズ(アナモフィックレンズ)と云う映画用レンズである。撮影レンズの前に装着して両サイドを圧縮して撮影し、映写時に再び装着して、両サイドを広げ、ワイド画面にするというレンズである。メーカーはKOWA。薬のコーワである。昔はスーパーワイドなどの個性的なカメラも作っていた。 我が家から息を止めたままいける距離に、ホッピーの社長が、ホッピーが飲める店ベスト5に選んだ店がある。ホッピー、チューハイには勿論氷は入れず、焼酎は三重県の亀甲宮。店内にはここで撮影させてもらった荷風の写真が飾ってあり、荷風がいつ来たんだという客がいるそうである。通りかかると同じマンションに住む人に呼ばれる。『乱歩地獄』のプロデューサーと友達で、ここにもよく来るという。私も顔をあわせているようで、世間は狭い。しっかり焼酎の入ったチューハイ2杯と煮込みで9百円に届かず。 その後、高田の馬場のHのところに行き、久しぶりに熱帯魚をゆっくり見て飲む。つい最近、昼間のTVに、アクセサリー作りの親方という設定で出演したそうだが、ディレクターから何も知らないレポーターの女の子に対し、怖い親方を演じてくれるよう頼まれたそうである。レポーターが食事を作ったそうだが、よせばいいのに気を利かせたつもりで「久しぶりに美味しい物を食べた」と発言。家で奥さんがどんな反応するか判りそうなもんだが。久しぶりに魚談義などで楽しく過ごす。


6某日10 眠気で1日

パロル舎に着く前に近くの自販機で煙草を買うが出てこない。 最近は睡眠時間は短くてもアクビすら出なかったが、すでに元の私にもどっているので眠くてしょうがない。最終デザインを見せていただく。白昼夢の終わりにイメージカットをいれたいということで、いざとなれば撮影する気でいたが、北村さんが選んだカットを見て驚く。そう来ましたかー。驚きながら納得。編集のSさんは作業が山積だが、私は一ごこちついたので、社内に常備の焼酎を軽く飲む。 今日は『乱歩地獄』の試写会の日だったが、印刷所にデータを渡す日だったので行けず。オムニバス形式のようだが、中でも気になっているのは『鏡地獄』。数年前から考えていながら、今回取り上げなかった作品だからである。もちろん球体の鏡の内部の表現をどうしたのかを知りたい。見てきたTさんに聞くと意外な展開であった。


6某日9 一日

やはりと言えばやはりなのだが、朝からフィルムスキャナーの調子が悪い。昨日まで使いまくっていたのに。故障かランプの光量が足りないという表示が出る。あと数カットというところで、これだから嫌になる。十数回も再起動して何とか取り込む。出版に合わせたライブに、フランスを拠点に活躍する、現代音楽のメゾソプラノの方が急遽参加してくれることになった。何を歌ってくれるのかは未定だが、資料の中の楽譜(ジョルジュ・アペルギス)は、実に変っている。しかしこんなラインナップのライブはまず無いであろう。 スキャナーと2台のパソコンは起動したまま田村写真に向かう。夜中に再起動の繰り返しはごめんである。田村さんに色調整をしてもらう。私は何も知らずに、印刷で再現できない領域で作業している恐れがあるのだ。しかし幸い何とかなることが判りパロル舎へ。デザイナーの北村さんのラフデザインを拝見。私の予想と反した並びに驚く。1作品につき数ページなので、結末まで描いている作品はほとんど無く、当然はしょっているわけだが、見事に流れが出来ていた。 帰りにTラーメンに寄ると、水槽用の外部式フィルターをくれた。これで多少、スキャナーのマイナスを取り戻した気分に。


6某日8 魔法解ける

集中力が高まっていると引きが強くなり、やることなすこと良い結果が出る。瀬戸際で思いついたことも上手くいき、数日前とすっかり変った。今の私は先週の私とは違うのである。こういうことは個展など締め切りの一月前辺りからおき始め、最後の数日間は顕著になる。出来上がったものを確認し、あとがきを一時間ほどで書き出版社に送信して寝る。 昼過ぎ外に出ると、ここ数ヶ月、街行く人が流木や石ころに見えていたのが一変している。特に女性が輝いている。昔4キロ四方、誰も住んでいない廃村で、男三人で焼き物をやっていた頃、たまに東京に帰って来た時の状態にそっくりである。 銀行にいき、受付でまっていると、窓口には女スパイと、おてもやんのような行員。是非女スパイをと思っていたら、私を呼ぶのは、おてもやんであった。昼食にタンメンを頼むと、味が付いてない。字の如く湯麺である。向かいのおばさんも、味が付いてないわよ!調べ事があり、近くの図書館に行くが休み。どうやら魔法が解け、急激に元の私に戻りつつあるようである。熱帯魚に最近生餌を与えていないと餌を買い帰宅。ライトのスイッチを入れると、魚が跳ねて濡れていたようで感電。「もうわかったって言ってるだろ!」私は誰にいっているのか。それにしても、もう少し穏やかに元に戻ってほしいものである。


6某日7 あきらめが肝心

昔、レオ・ノメリー二というフットボール出身のプロレスラーがいた。当然得意技はタックル。古すぎて記憶にある選手ではないが、力道山にタックルをかわされリング下に転落した。「あの野郎、落ちながら、俺の腹を蹴っていった。」その根性をたたえる力道山の言葉を読んだ覚えがある。子供心に凄い選手だと感心した。 私も見習って、印刷所にデータを渡すまではと作品に手を加えている。リミットが迫れば迫るほどアイディアは浮かんでしまう。今も、この期におよんで初の試みをしている。 私の育った地域は、小学生が「男はあきらめが肝心」などと言ったりして、しつこいことが嫌われる風潮があった。物事に執着せず、あっさりしていればしているほど男らしいというわけである。しかし実際はあきらめの悪い奴に限って、そんな事を言っていたようである。かくいう私もよく口にした。私はどうでも良いことがたくさんある人間なので、だいたいはあきらめが肝心で良いのだが、やりたい事に関してはマムシに蛸足の如くのしつこさなのである。 と、どうでも良いことを書いて一服している。しかしノメリー二は、リングから落下して負けているわけだから、もう少し別の話にすれば良かった。


6某日6 一日

デザイナーの北村さんと2度目の打ち合わせ。これを始める前に作っていた乱歩作品をすっかり忘れていたが、何カットか加えたいと思い始めていた。しかし、すでに容量をオーバーしているようだし、無理だろうと思っていたら、北村さんから、そんなカットも入れたいと言う有り難い申し出。編集者によると30数ページほど、ページが増えてしまったと言う。丼からは物理的にもはみだしていたようである。私はおまかせしているので、ただ喜ぶだけである。ヒョウヒョウとされた北村さんは、静かに秘策をめぐらせていただいている様子である。試作の1ページは、空気感がアップしていて驚く。 青い色で統一した『目羅博士の不思議な犯罪』は、青が難しそうなので、田村写真に出力してもらいに行く。待っている間に、「ジャズポートレート」佐藤有三(ギャラリー東京影像)を観にいく。本人がプリントしたというモノクロプリントは、どれもこれも素晴らしい。サックス4本くわえたローランド・カーク。サラ・ボーンの極太アイライン。そこには昔のジャズ雑誌で覚えのあるカットも。私がジャズの人形を造っていた頃、一番関心のあった時代がそこにあった。


6某日5 何処へ行くのか

「人形の作品集じゃなくなっちゃいましたね。」編集者のSさんがいう。まったくである。今年の始め頃までは、そんなつもりはなかったのだが、気が付いたらこんなことになっていた。思いつきで走っていると、気が付くと違う場所にゴールしている。それは私の常である。最近では人形作家といえるのかどうかも怪しいし、私が作っているのが、写真と云っていいのかどうかも知らない。小学校でのクラスの立場も、すでにこんな感じであったから、今に始まったことではない。以前にも書いたが、先の目標を考えたとしても、考えて決めた目標は到達することはないので、無駄なことはやめている。 将来の自分はこうだと決まっていることに、安心感を得る人がいるかもしれないが、私にはこんな寂しいことはない。決まっているということに耐えられないのである。それがどんなに楽しい事であっても同様である。人形制作と写真だけを一生やり続けなさいと国家から免許を発行されたら、私は絶望して飲んだくれ、しばらく押入れに閉じこもって出てこないであろう。


6某日4 ニコンの水

最近はもっぱらデジタル作業が多いが、はじめに光が通ってくるレンズは、その多くがおそろしく古かったり、性能が悪いレンズを使用している。色は微妙だし、まっすぐな柱が曲がったり、フレアーのせいでソフトフォーカスになったりする。しかしそれは、黒人のピアノ弾きが正確な音階が肌に合わず、ピアノ線の間に新聞紙をはさんだという事と同じである。まして野暮を承知のデジタル作業であるから、最初の光の入り口の選択は重要なのである。 私は世界に誇るニコンのレンズを覗いた事もないのに嫌っている。ほとんど興味の無い、社会派リアリズム写真とイメージがダブっているからだと思い込んでいたが、実はそんなたいそうな物でない事に最近気付いた。レンズは多くがガラスである。ガラスはその性質から液体に近いものだそうだが、水を連想させる。例えばペットボトルの水があったとして、私が始めて買った一眼レフのミノルタは美味しそうだが、ニコンというネーミングは不味そうである。どうも、そんなレベルで嫌っていたようなのである。考えてみるとアホらしいが、私なら充分あり得るし、別に困っていないのでそれで良いのだが。 このくらい商品のネーミングは大事だということで、この話をシメることにする。


6某日3 一段落

昨日撮影したデータを早朝メールで送り、昼前にパロル舎へ。7月に出版にあわせたライブイベントがあるが、その件でプロデュサーのTさんがみえる。これが決まったことにより、発売を間に合わせなければならなくなった。 Sさんが資料を作るのを待って駅前の喫茶店へ。デザイナーの北村武士さんと顔合わせ。私はそれほど言う事はなかった。自分が見ても、エビのシッポがはみ出た天丼のような感じがするので、そのへんを上手くやっていただければと思う。 その後Sさんと青木画廊の装画展 七戸優/大竹茂夫に出かける。七戸さんとはメールのやりとりはあったが、お話は始めて。翼竜が描かれた絵が気に入る。 Sさんと一段落の軽い打ち上げ。始めに彼の作ったラフを見て、私の作品に冴えたイメージを持っていることがすぐに解ったので安心した。Sさん、ここ数日の疲れが出ているようである。私はウチへ帰り、シッポがはみ出てといいながら、まだ濃くする気でいる。


6某日2 雨に濡れない女

昨日に続いてパロル舎へ。『押絵と旅する男』『盲獣』『黒蜥蜴』『怪人二十面相』にとりかかる。予想通り、『押絵と旅する男』が難航する。『怪人二十面相』は特に筋を追わず。 昨日作業した作品を含め、集めた乱歩の文章を削る作業に入る。夕方、Tさんが差し入れを持って陣中見舞いに来てくれる。Tさんの客観的意見も聞きながら、バッサリと削る作業に拍車がかかる。昨日に続き、ああだこうだ言いながら日本国憲法草案作りのGHQの如し。そんなことはない。 12時近くなり、大体のメドがつく。束ねた物をめくりながら「昨日、あれだけ濃いと思ったけど、文字が減ると随分あっさりした感じになりますね。」「石塚さん、そこにあるの、今終わったうちの3つだけですよ。」私もどうかしてるが、ということは、やはり濃い。 大江戸線で門前仲町から雨の中帰るが、門前仲町の交差点を渡ると、前を行く若い女性が傘もささず、慌てる様子もなく歩いている。ビニール傘の私は半分濡れているのに、何故か濡れていない。そんな素材の服なのかと思うが、一滴も濡れている様子がない。1メートル数十センチまで近付いたが、筆先のように束ねた髪が、雨が滴りもせず乾いている・・・。 まあこんな事もあるさ。私は角をまがって家に向かった。


6某日1 編集作業

元大関貴ノ花が亡くなった。名勝負の数々が思い出される。当時私は魁傑一筋であったが。 それにしても次男、光司君の聞く耳持たない頑なさが不気味である。いずれ問題を起こすことは必至であろう。もう起こしてるが。父親は心残りであろう。 昼過ぎパロル舎に向かう。乱歩作品からテキストを抜き出す作業。編集者のSさんがおおまかにやってくれたものを元に、二人でさらに絞り込む。ああだこうだいいながら作業をする。シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』ならぬ二人の怒れる男。それほどのものではない。だいたい私が自分のイメージを炸裂させているので、編集で少々薄めてほしいくらいである。また最後の結末まで描いていなかったりするので、少ない文字数で、どう割り当てるかが難しい。 『D坂の殺人事件』『人間椅子』『屋根裏の散歩者』『白昼夢』『目羅博士の不思議な犯罪』がおおまかに終わる。ざっとコピーしたものを束ねてみると、やたらと濃い。「押絵と盲獣やりたくないー。」うめくSさん。私とて同感である。帰宅は12時近く。