明日できること今日はせず  

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7某日17 帰宅

まず熱帯魚に餌をやる。数日間留守をするための餌をやっていたので問題はない。名古屋に行く前に、Hからもらったフラワーホーンのメスと、ウチのテキサスシクリッドがペアになっていたので、産卵しているかと思ったが、もう少しかかりそうである。何故かHが持ってくるメスは、ウチに来るとすぐ発情する。 南陀楼綾繁さんから『チェコのマッチラベル』ピエ・ブックスが届いていた。図版が美しいが、資料も面白そうで、こういう本は寝床で眺めてみたい。紀田順一郎先生からは『乱歩 夜の夢こそまこと』に対する過分な内容のお葉書をいただいていた。永久保存箱に入れる。とりあえず蕎麦を食べに行く。


7某日16 名張人外境

松坂屋会場へ、名張より中相作さんがみえ、一晩飲み明かす。名張市で起きる愉快な事象を伺いながら楽しく過ごす。


7某日15 湯ノ山温泉2

午前6時、ヒグラシの大合唱で目が覚める。暮れに数匹鳴いているのは風情があるが、これは凄い。 N君は明日郷里に帰るので、三人で早めにバーベキューにでかける。魚を養殖して客に釣らせている場所へ。経営者は”ほんやら洞のべんさん”のような人。釣るといっても釣れすぎるのは判っているので、ニジマスとイワナをとっととさばいてもらうことにする。 川原で飲み始める。こんな所まできてガスの火というのはさえないが、火をおこしている時間があったら飲もうということで、昨日に続きああだこうだと笑いあう。適度な音量のヒグラシの声を聞きながら、それぞれ川原の岩の上で昼寝。川に削られ丸みを帯びた岩は、何ともいえないフィット感があり気持ちが良い。最近ノンビリの仕方が判らなくなってしまっていた。 その後、二人とも行ったことがないという温泉へ。昨年100メートル掘ってできたらしい。こじんまりとしていて、客もいないのでゆっくりできた。この日も結局飲みながら寝る。


7某日14 湯ノ山温泉

大須神社の骨董市を冷やかし、四日市に向かう。Tが向かいに来てくれ、菰野町の腐れ縁コンビTとN君の工房へ。菰野高校は甲子園出場が決まったらしい。 土産に持参した私の本を見て、この中で私はいったい何をしたんだ?というような顔をしている。確かに違う世界にいると、そろそろお互いの分野の話は通じなくなる。Tは随分痩せていた。ダイエットでもと訊くと、入れ歯が合わず、半年ロクに食べられなかったらしい。私の前で入れ歯は外さないでくれと頼む。おまけに後頭部には円形脱毛。共通話題は昔話と体調の話というのもしかたがない。温泉に入り、居酒屋で飲む。二人とも十代から知っているので、気兼ねがない。お互い、いかに愚かだったかという話で終始する。スタートラインが低ければ低いほど、今は少々ましになったという錯覚を楽しめるものである。次は湯ノ山温泉の彼らの行きつけの店で。N君はカラオケで井上陽水。あの頃を思い出して歌っているようであった。Tの工房の二階の展示室に泊めてもらい、飲みながらそのまま寝る。


7某日13 名古屋松坂屋 本店南館

人形4点と作品集に使用した人間椅子用の椅子、目羅博士、三人書房の看板、カラープリント、モノクロを展示。販売を目的とする作品展としての写真の展示は、松坂屋本店始まって以来だそうである。
かなり思い切った企画ではあるらしいが、その割りに告知がされている形跡がなく、ここでこんな事が行われているのを、どうやって知るのであろうか? 学生時代、アパートの隣りに住んでいた同級生の女性が来てくれる。子供が大きくなったので焼き物を再開したそうである。2,3歳年上だと思うが、お金がなくなると御飯をご馳走になったりして、随分お世話になった。私の部屋では、みんなで酒ばかり飲んで騒がしいので引っ越していった。叔父さんには、かつて鳥羽において東洋一を誇った秘宝館主。 昼は味噌カツ。二十年前に食べた時は、一口食べて味噌をどかしてソースをかけた。味噌カツが箱根の山を超えてきたら、身を呈して阻止すると誓ったものである。今回は名店だけに美味しかったが、なんであんなに甘いのであろうか。夜まで腹の中に残像が残る。夜は名物の手羽先。


7某日12 出版記念ライブ2

来場いただいた方々を、誰も紹介しないのは愛想がないと言われるので、面識があったり、お話させていただいた方々を。 芦辺 拓 阿部 崇 市山貴章 坂崎重盛 三文字和彦 新保博久 金原瑞人 栗本 薫 戸川安宣 中村誠一 中村隆夫 浜田雄介 蕃茄山人 東 雅夫 平井憲太郎 本多正一 山前 譲 油井昌由樹 様 その他、作品の中で、私に切り刻まれ、もしくは刻まれそこなった方々他、お出でいただいた皆様、有難うございました。


7某日12 出版記念ライブ

結局、乱歩の眼鏡を2つ作るのに十時間もかかり、寝たのは朝の六時。三時間ほど寝て、残りの作業をしてタクシーで渋谷のライブ会場に向かう。入り口に乱歩三体に、二十面相一体。作品集で使った人間椅子用の椅子、目羅眼科、D坂用の看板を並べる。そうこうしているうちに出演者の方々のリハーサルが始まる。バラエティーに富んだプログラムである。開場。有り難いことに満席との事。今日はさすがに一言御挨拶をと考えていたが、最前列の方々の顔ぶれを見て、紹介だけにしてもらう。乱歩の本を出した身にとり、まだ御覧いただく前に一言いうにはあまりに濃すぎる顔ぶれであった。 ライブは実に面白い内容であった。嶋津健一さんは、初の試みということであったが、田中 完さんの見事な朗読にピアノの即興演奏がからみ、プロジェクターに映る私の作品も違って見えて、興奮を覚える。一つの作品のカット数を増やし、DVDにでもしてみたい内容であった。竹本越考さんと鶴澤寛也さんの義太夫は、一挙に古典の世界に引き込まれる。このような場所での義太夫は、一味違い良いものである。寛也さんの曲弾きは、三味線を逆さまに弾いたりバチを飛ばしたりと面白い。旭堂南湖さんは、このような催事には、是非、出ていただかなければと、大阪から無理をきいていただいた。『魔術師』乱歩は実に講談向きである。林千恵子さんは、フランスを拠点に活躍しておられるが、たまたま帰国していて、サプライズゲストということで。現代音楽の世界。プロジェクターには、不思議な楽譜が映し出され、客席は水を打ったように聞き入る。マジックのPONTAさんは手首切断、箱に入ってのマジックなど、笑わせながら盛り上げる。フィナーレの紙ふぶきは決まった。 御来場いただいた方々の御紹介は、とても書ききれないので失礼させていただきます。 本日は台風が迫る中、名古屋に向かう。


7某日11 呪いの腐れ縁

名古屋の展示のついでに、陶芸家の二人の友人のところにお邪魔することになった。電話で話していると、その日は村の草刈の日だという。一宿一飯の居候はそのくらい手伝うというと、そんなにかからないからいいよと笑っている。じゃあ、そうしてくれたまえ。 前回おじゃましたのは02年の10月である。雑記で確認していると、乱歩の誕生日に『『盲獣』。一度撮影したが、作品のイメージのように女体だらけの中に乱歩を配置してみたい。『黒蜥蜴』も別バージョンを考えてみたいし、新たに手掛けて見たいのは『人間椅子』『屋根裏の散歩者』『目羅博士』あたりか。』などと、すでに言っていた。この時は作品集などではなく個展の構想であったが。今年になって急遽実現したことになる。 この歳になると、三年くらいじゃ久しぶりという感じがしないのが残念だが、二人とは十代からの付き合いで、それからの二人は修行先からなにまで一緒で、しまいには現在の仕事場も隣同士である。まさに腐れ縁だが、腐った原因は、二人の初体験の相手が私も知っている一人の女性で、その呪いがかけられているのである。その後は見事に何人もの同じ女性を好きになり、悲喜劇が演じられた。呪いというのは本当にあるのである。しかし当事者の苦痛はともかく、はたで見ているぶんにはとても面白いものである。


7某日10 ジャン・コクトー展 日本橋三越

サヴァリン・ワンダーマン・コレクション。意外と年配の客が多い。私はコクトーというと映画だが、デッサンも独特の世界である。額装されたリネンに描かれた手の連作が素晴らしく、今回一番印象に残った。いつも思うのだが、寺山修司はコクトーの影響が強いと思えるわりに、コクトーに触れた文章が思い浮かばない。 帰宅しても、小さくてコチャコチャしたものなど作る気にならず。


7某日9 眼鏡

25日のライブ会場と、続く名古屋の展示には、二十面相、乱歩など何体か人形を展示する予定なのだが、撮影用に、裏側を作っていないものは展示ができないから、そうなると乱歩は3体ということになる。ところが乱歩の眼鏡が使いまわしで、一つしかない。3体とも展示するとしたら、あと2つは作らないとならないのだが、これが面倒でなかなか始められない。私は器用で細かい作業など得意と思われているようだが、全くそんなことはないのである。だいたい眼鏡など、創意工夫を発揮できるでもなく、ただ作るだけだから苦痛なだけなのである。黒人のミュージシャンを題材としていた頃は、楽器が苦痛であった。写真を見ながら製品の複製を作るわけだから、面白くも可笑しくも無い。そんなわけで、個展会場で楽器に感心されても、機嫌が悪くなるばかりで、笑顔も苦笑になってしまった。 そもそも私が作る作家は、みんな眼鏡をかけすぎである。 そう思うと、頭部がすでに完成している夢野久作は眼鏡もかけず、私にとっては実に良い子である。


7某日8 焼き鳥屋にて

近所の焼き鳥屋で本でも読もうと出かけると、工務店のおじさんが一人呑んでいた。今はうちのマンションの塗装中である。手招きするので同じテーブルで。修理で何度かウチにも来ているので、私が人形を作っているのも知っている。昭和30年代から住んでいるそうで、聞くと七十過ぎだという。このあたりの変り様など訊く。昔はそうとうハゼ釣りをしたらしく、400匹くらい簡単だったそうである。私も子供の頃は随分やったものだから話は弾む。餌のゴカイを口に入れ、針につけながら釣る人までいたそうである。近所の川でエイが釣れたので、小学校に持っていった話など。考えてみると、陶芸作家を目指していた頃から、なにかと職人さんと飲む機会があったが、気が良い人が多かったので、友人と飲むのと並んで好きである。何故かおじさんの家も教わる。御馳走になってしまったので、今度『乱歩 夜の夢こそまこと』と、おじさんちの目の前にあり、「こんなもの建てやがって」とぼやいていたマンションを背景に撮影した、重松清著の文庫版『ビタミンF』を上げることにする。


7某日7 完成

銀座に買い物にでたついでに熱帯魚屋に寄る。今年初めてかもしれない。しばし眺める。 本が完成したとのことで、パロル舎に行く。内容に関して言えば、完成に向かっていく過程で見すぎてしまって、特にいまさらではあるが、ハードカバーがついた状態は新鮮。大きさも程よく、行楽のお供に是非というサイズである。しかしデザインというのは面白い物で、シッポのはみ出た天丼のようで、胃弱の人には進められそうになかった物が、すっきりと収まっている。 今度デザインの北村さん、Sさんと飲みながら、お互い、今だから話せる話をしたいものである。だいたい私の雑記は、こう見えても良いことしか書いていないのである。


7某日6 一日

JZブラットにてライブの打ち合わせ。プロデューサーのTさんと、パロル舎のSさん、出演される義太夫三味線の鶴沢”人間椅子佳子”寛也さん。寛也さんは『押絵と旅する男』にちなんで『櫓のお七』と、さらに曲弾きも披露される。バチを投げたり、三味線を立てたりするそうで、相撲太鼓を模した演奏らしい。そう見れるものではないだろう。 ジャズピアノの嶋津健一さんは『白昼夢』を演奏するそうである。テーマを作って朗読とともに即興演奏。探偵講談の旭堂南湖さんは、まだ詳細は決まっていないが、『魔術師』あたりになりそうである。人形を置く場所を見るが、とりあえず入り口あたりか。店内のプロジェクターに拡大した画像を映す予定だが、誰もパワーポイントやらを理解しておらず、後日の課題に。Tさんの骨折りで、来場者全員に本を差し上げられることになった。 打ち合わせの後、フリーペーパーの取材。スラリとした女性が現れる。デジタルに強く、パワーポイントのことなど教えてもらう。お持ちのカメラ付き携帯の画素数に驚く。その後、神保町にてKさんと名古屋の展示について打ち合わせる。ライブの後、人形の梱包をKさんにまかせ、私はしたたか飲もうと企んでいたら、翌日午前中の出発と聞く・・・。


7某日5 昼の夢だってまこと

午前中セールスの電話で起こされる。人はこの時間には起きているというのが前提で一方的に話している。「バカ」と一言、電話を切った。 先月の本の締め切りまでの何ヶ月かは、睡眠時間は長くて4時間くらいであった。ずいぶん寝たつもりで時計を見ると2時間だったりして、ガッカリするので時計を見ないようにしていた。それでもたいして眠くもならなかった。もともと宵っ張りではあるし、何時間モニターを見つめていても目が疲れないという体質でもある。しかし以後、眠りが浅いのはあいかわらずだが、一日に4、5回寝ては起きてを繰り返している。一番悩まされるのは母からの電話で、こんな時間に電話をしてくれるなと、何度云っても伝わらない。母に言わせれば、この時間に寝ている私の方が悪いということになる。以前、実家で作業していた時、母の「情けない」の声でおこされた。電気も点けっぱなし、粘土べらを握ったまま、腹を出して寝ているのだから無理もないが、そうまでして、作っているのかとは思えないの?と云ってみたって無駄である。幼稚園児の頃、クレヨン握ったまま寝ていて怒っているのだから、私が生まれつきこういう人間なんだと判りそうなものだが。生まれつきなので私は悪くないのである。それはともかく、人間には色んな種類があるという事が理解できない人が多い。一番タチが悪いのは自分は普通だと思っている人々である。私はそんな人々から身を守らねばならない。しかし電話の音を小さくする方法が、マニュアルを捨ててしまって解らないのである。


7某日4 気球の乱歩

25日のライブ会場には、作品集に使った人形数体他、人間椅子用の椅子など展示する予定である。そのまま27日からの名古屋の松坂屋に運ばれることになるかもしれない。作品集の表紙にもなっている気球の乱歩だが、制作から8年ほど経つが、展示したことは一度もない。それは人形自体にパースをつけて作ってあるので、ちょっと角度をかえると見られた物ではないからである。そこで思い出したのが中井英夫オマージュ展で、中井英夫を入れた木の箱である。これは本来、気球の乱歩を入れるために手に入れたもの。箱に入れれば横や後ろをかくすことができる。本当は視点を定めるため、穴から覗いてもらえれば、写真と全く同じイメージになるはずである。蓋の取っ手が薔薇のレリーフになっており、乱歩には合わないので取り替えようと思っているところに、オマージュ展への参加依頼があった。中井英夫といえば薔薇だということで、急遽中井英夫を入れることにしたのであった。中井英夫というと、ついそんな偶然に反応してしまうが、どうという効果が有ったわけではない。うまく収まれば、展示することに。


7某日3 一日

某雑誌の仕事で人形を制作。架空の人物である。何日とは云わないが、納期は短い。インターネットTVの明日のジョーも、カーロス・リベラとの対戦までこぎつけたし、退屈しはじめたのでタイミングが良かった。布団乾燥機全開で完成。架空の人物だと、誰かに似せる必要はなく、何も参考にする必要がないので、イメージが頭にあれば完成は早い。一度制作中の様子をビデオに撮って、誰かを驚かせたいくらいである。 作品集の刷りが上がってきたのを見る。いい感じに完成しそうである。ただ終わってしまうと、すでに他人事のように見えてしまうのが私らしい。 本ができると、店頭に並ぶのが嬉しいというのは、よく聞くことだが、私はそれほどでもないであろう。それは納品されて、店頭に並んでいるという状態に過ぎず、返本されるのを待っているようにも見える。私はそれより、古本屋にあるのを早く見たい。これはけっこう感激するのではないか?もちろん献呈本でないことが条件である。租借され、噛み砕かれた状態であればさらに良い。まだ出てもいないのに古本屋とは、気が早い話ではある。


7某日2 乱歩地獄試写会 スペースFS汐留

12時に汐留に出かける。初めて汐留に降りたが、いつの間にこんなことに。方向音痴にはつらい状態になっていた。なんとかたどり着き、受付に屋根裏の乱歩を。プレスリリースの表紙の裏には気球の乱歩。パロル舎のSさんが、新潟の印刷所から刷り見本をもって到着。昨日からつきっ切りだったそうである。乱歩の孫の平井憲太郎さんもみえ、予定通りの刊行をお伝えする。 舞台挨拶。監督と男優陣だけなのが多少残念。オムニバスの中の一作『蟲』は、腐っていくあたりから急に面白くなり、浅野忠信の最後は笑えた。監督は漫画家だそうである。 その後Sさんと刷り上りを見ながらお茶を飲む。私はすっかり忘れていたが、始めの予定では、刊行はもっと早かったと聞く。そういえば、乱歩作品は比較的多いので、大丈夫と云ったような気がしてきた。蓋を開けたら、すっかり撮りおろしにしてしまい、昨年までの作品は数点という有様。 材料を買いに行き、帰りに近所の飲み屋で某映画会社のプロデューサーらと飲む。乱歩地獄は、映画化が出来ないと云われてきた作品が含まれるが、大手だと冒険的企画を出しただけで飛ばされるという。十歩譲って怒られるならまだしも、飛ばされる?耳を疑う。


7某日1 電球

久しぶりに水槽の掃除をしていて、タルホが複葉機に乗ってる画が浮かぶ。私は始めに浮かんだイメージを変更できないところがある。屋根裏の乱歩は8年も前にパッと浮かんだそのままだし。構図から光の方角まで、始めに浮かんだところから変更が出来ない。現場では様々な事があるし、多少変えたって良いだろうと思うのだが、気持ちが悪い。ボタ餅が落ちてきたようにフイに浮かぶと、もう終わりである。 作品集の目羅博士の中に、1カット絵を入れた。目羅博士の世界は、写真だけでは頭の中のイメージが実現されず、しかたなくだったのだが。こんな時も、うっかり悪戯描きができない。たいてい最初に描いたものを超えることがないのである。おかげでゴミ袋の中から、寝ころがって包装紙に描いた6センチくらいの悪戯描き探し出し、スキャンして拡大した。”絵本の”パロル舎だし、反対されると思ったら下手糞な絵が使われる事になってしまった。 おそらく私が釈然としないのは、さてアイディアを練ろうと思ってから浮かんで欲しいという事であろう。私も人並みに、スケッチブックを前に、ああだこうだしたいのである。何も考えていないときに、昔の漫画のように、電球が点くように浮かぶというのが面白くない。水槽掃除など、油断しているときが一番危険である。ここ半年の間に、技術的に出来ることが増えた。ニジンスキーのことなど考えるなよと自分に云いたい。