明日できること今日はせず  

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8某日18 海外より

私のオイルプリントに対して感想が届いた。外人らしい絶賛の仕方である。どうやらこの人は、私が人形を撮影してオイルプリントにしていることが解っていないようである。日本人でも解らない人が多いから仕方がない。面倒なので今度生まれ変わったら、人形作ってることは内緒にしておこう。 その人の作品も添付されていたが、それは例によって、陽光ふりそそぐ森や、小川のせせらぎなどの懐古趣味なブロムオイルが4カット。そもそもこの技法は絵画的な手法ということで、ピクトリアリズムとして流行した技法である。懐かしくロマンチックな風景がはまりやすい。『あいかわらず昔と同じ事をやってて何が面白いの?これじゃ昔の人は偉かったと証明しているだけでしょ。嬉しそうな顔写真まで送ってきゃがって、テメエと一緒にすんじゃない!』などという事は、私の英語力ではソフトを使ったって無理なので、「大変素晴らしい御作です。お知らせいただき大変嬉しい」とお返事。


8某日17 一日

午後、近所の喫茶店で『乱歩 夜の夢こそまこと』の朝日新聞取材。記者の方は、”夜のムード”の人物が登場すると想像していたらしい。現実はえてしてこういうものである。書店でヘンな本といわれた人もいるらしいが(決していやな気はしない)取り上げてもらえるのは有り難いことである。 本の中で細かい説明はしていないが、気が付かれないところで色々やっている。しかし、気が付かれないようにやってるくせに、友人に簡単にページをめくられると、ちょっと待てと、相手が感心するまで解説を続ける私である。今日は質問いただくので色々話す。合成などしているのに関わらずデジタル臭くないといわれるが、古いレンズを使い、時間ばかりかけて泥臭く作業したせいと話す。


8某日16 東京タワー

台風接近の中、東京タワーへ。Hさんは急用とのことでIさんと登る。多少ゆれることを期待したが、この程度ではピクリともしない。 蝋人形館は初めて。大体雰囲気が想像できるからだが、入ってみるとやはり。みんなどこか似てるが、出来はキビシイ。出口近くにはフランク・ザッパがいたり、コンセプトが良く判らない。そこを楽しめないといけないのだろうが、あまり笑えず。アンドレ・ケルテス(1894-1986)がディストーションヌードのシリーズに使用したのと同じような歪んだ鏡が面白い。ケルテスが使用したレンズ、プラズマートを持っているので撮影してみたいものである。水族館に行く。ここは私の趣味の熱帯魚、特にシクリッドが充実している。しかしどちらかというと、男性向け水族館である。門前仲町近くの辰巳新道で飲んで帰る。


8某日15 古典レンズ

最近古典レンズを使いたくてしょうがない。田村写真で、田村さんが古典レンズを覗いて嬉しそうにしているのを見たせいである。 5×7インチ〜8×10インチという大判カメラを入手したのは、オイルプリントの感度が弱く、引き伸ばしが出来ないためだったが、今はデジタルでネガを作成するので出番がなくなってしまった。それに人形の撮影は三脚を使わず、手持ちで撮りたいということもある。人形は動かないので、おかしな話のようだが、手持ちでないとシャッターチャンスを逃すことが多いのである。 現代のレンズには望むべくもない話だが、製造から百年以上経ったレンズの中には、三脚を立て、絞りを絞り込んだ時に、自らシャッターチャンスを生み出すレンズがありそうなのである。おそらく間違いない。何故なら、私がそう思い込んだからである。


8某日14 美食倶楽部

昼食前に、門前仲町の○ッ○・○フに寄る。ひっきりなしの店員の「いらっしゃいませ」「〜がお安くなっております」が、やかましい。あんまりうるさいので階下に降りると、タイミング悪く店員がゾロゾロ、各々が「いらっしゃいませ」と口々に。八百屋じゃあるまいし。追い出されるように店を出る。 空腹のまま歩いているうち、急に谷崎の『美食倶楽部』が読みたくなる。以前探したが出てこなかったのを思い出し、いっそのことと八重洲ブックセンターまで歩いていく。『潤一郎ラビリンス 怪奇幻想倶楽部』中公文庫。八重洲口近くのルノアールに入り読み始めると、となりに作中の人物のような、私をも、はるかに超える肥満体が。四十センチはなれていても熱気が来る。男の会社で作る、醸造味噌のラベルのデザインの相談らしい。美食倶楽部を読みながら、美味そうな味噌の話に耳をそばだてるが、ラベルのデザインは最低であった。 帰りも歩き、永代橋たもとで続きを読む。頭の中で、架空の美食に身悶えす。やっぱり谷崎。Tラーメンに寄り、魚の赤色の出し方などを聞く。


8某日13 憂国

小学一年からの友人Eと会う。彼によると三島の『憂国』(66’公開)フィルムが三島邸から完全な形で発見され、近くDVDになるらしい。 80年代の始め頃、個展で作品を購入いただいた方に届けに行くのに、たままたまEに付き合ってもらった。中央線沿線に事務所を持つデザイナーだったような気がする。仕事中ということで、ビデオでも観ていてくださいということで、棚の中から選んだのが『憂国』であった。三島の死後、焼却処分された作品だが、なぜそこにあったのかは判らないが、鮮明なビデオであった。DVDになったら是非観てみたいものである。今観たら相当違った物に感ずるであろう。帰りに阿佐ヶ谷だかの高架下で、観て間がない『狂い咲きサンダーロード』の石井聰亙とすれ違ったのを覚えている。 Eから水着姿で微笑む、九条映子のブロマイドを受け取る。気を利かして写真立てに入れてくれた。


8某日12 世田谷文学館

午後、世田谷文学館に出かける。下町の人間には世田谷は遠い。だいたい、草木豊かな場所でポツンとした駅があると、すべて田舎に思えてしまうから感覚が狂っている。そもそも閑静などという言葉は、下町の人間の辞書には載っていないのである。 文学館の前で人形を何体か撮る予定なので、少々構図を考えてみる。学芸員の方に、撮影の候補地について伺う。世田谷で無ければ意味が無いし、だからといって単なる観光写真になってもつまらない。これは熟考を要する。 先日の渋谷JZ・Bratのライブで、スクリーンに映し出された私の作品をバックに、嶋津健一 さんのピアノに、田中 完さんの朗読で『人間椅子』と『白昼夢』が披露された。大変評判が良かったが、これを来年、世田谷文学館でといわれる。私自身一度きりではもったいないと思っていたので、実現すれば嬉しい。そうなれば作品集に使わなかったカットを追加したい。ピアノはスタンウエイだそうで、上演するとしたら夜。


8某日11 ムスク

昼過ぎに門前仲町で蕎麦を食べていると、斜め前にTシャツ姿の男女。男はどうやらTVの制作に携わっているらしく、携帯片手に打ち合わせている。それに張り付く女性は、一応どこかの事務所に所属するヘッポコタレントらしい。困ったことに男の付けるムスク系のコロンがやたら臭う。蕎麦は台無し。 私は良く知らないが、こんな匂いにはTPOというものが有るに違いない。昔ポワゾンという香水がはやった。なかなか良い香りではあったが、ある昼下がり、電車に乗って居眠りをしてしまった。気が付くとポワゾンの香りが。いやーな予感がして顔を上げると、予定の場所をすっかり通り過ぎ、車窓には田園風景が広がっていた。


8某日10 ヴァスラフ

家庭で立体をスキャニングし、3Dで動かすことができるようになるのも近いだろうし、早くそうなって欲しいと書いたことがある。また、乱歩のおかげで、可能性が拡がり、ニジンスキーなど、今ならちがったアプローチができるだろうと書いたばかりだが、『ヴァスラフ』(中央公論社)高野史緒著を、ニジンスキー降臨!という帯に引かれて購入してビックリ。 インターネットが発達した帝政ロシアにおいて、サイバースペース上に、バーチャルで作られたのがヴァスラフ(ニジンスキー)だという話であった。ディアギレフのロシアバレエ団もサイバー上のバレエ団として出てくる。何がよく出来ているといって、言葉を発しないヴァスラフが、動く映像なども残っていない、伝説のニジンスキーの”あの”感じが出ていることである。ニジンスキーをまったく知らない人にとって、どれだけ面白いかは判らないが、私には物凄く面白かった。色んなことを考える人がいるものだと感心。脚本調に書かれているが芝居になったことがあるのだろうか?観てみたいものである。 そんな時代が来て、私の人形を使って動かしてみたいといえば、このニジンスキーと、ロバート・ジョンソンであろう。


8某日9 深川八幡大祭

54基の神輿が水浸し。こればかりは見逃せない。男も女も、それぞれ20パーセントは男っぷり、女っぷりがアップする。少なくても都内では、ワッショイ以外の神輿は私は無視する。ビートが違う。


8某日8 孵化に至らず

先日フラワーホーンのメスが産卵した。垂直なガラス面に産み付けたのだが、オスが放精しているところを確認したので、うまく行けばと期待していた。Hからもらったこのメスは、そうとうなグレードである。その後、孵化するまで、卵がカビないようヒレで扇ぎ続けるのだが、オスが手伝いもせず役に立たない場合、別な水槽に移せばよいのだが、小さいくせに、あまりにメスが強いので安心していた。しかし残念ながら無精卵だったらしく、見る見る卵が少なくなっていく。今回は駄目だなと、世界陸上を見終わって寝てしまった。ところが昨日水槽を覗くと、悲惨な光景がそこにあった。メスはオスの半分くらいしかないのに、発情後の強さといったら大変なもので、オスを追い掛け回し、産卵後も近付くオスを寄せ付けない。まさに母は強しだが、孵化が失敗したとたん、主従逆転したらしく、メスはボロボロにされ、ヒレなどほとんど残っていない。どんな理由でオスがこんなことをするのか判らないが、メスが強いのは発情から母の間だけということらしい。以前も似たようなことはあったが、ただ日常に戻っただけであった。メスはおそらく助からないだろう。大量の塩を投入する事くらいしかやってやれない。


8某日7 背景に人物

11月の世田谷文学館のリニューアルに伴う展示があるが、ポスターを作れないかと連絡が入る。4体ほど文学館の前でという話だが、2体以上で、サイズがまちまちの場合、なかなか厄介である。そこで以前、阿佐ヶ谷駅前でCDジャケットを撮影した方法をとることにする。人に一体ずつ人形を持ってもらうのである。普通は4体とも配置し、固定して撮るところだろうが、そうすると、そのまま正確にお人形さんになってしまうのである。 私は通りがかりの人を画面に入れるのが好きなのだが、この時も、いい感じで後ろを通るのを待った。すぐ後ろを通られては巨大に写ってしまって具合が悪いが、人通りのある駅前で、人形を持った大人が何かしていたら、人はそう近くには寄ってこないものである。 私は世田谷にゆかりがあり、誰でも知ってる作家で、シャレが判る人はいないでしょうかと提案してみた。


8某日6 打ち上げ

神田。『乱歩 夜の夢こそまこと』が書店に置いてあるところを見ておこうと大型書店に向かう。名古屋のパルコで見たきりである。しばらくうろつくが見当たらない。文芸書扱いと聞いていたが、どのジャンルなのかが自分でも判らず。店員に聞こうか迷うが、自分の本を買うハメになるような気がして聞かず。ホントに発売されているのかと思い始めた頃やっと発見。パロル舎のSさんと、D坂の殺人事件で撮影させていただいた珈琲エリカに伺う。お礼に伺ったつもりがお茶を御馳走になってしまった。Sさん、デザイナーの北村さんと、ようやく打ち上げ。すでに何もかもが懐かしく感じる。今だから話せる話しで盛り上がった。 色々勉強になったが、デジタルを使ったとはいえ、気分はアナログな自己流で、時間ばかりかかるアプローチであったが、こういうことは画面から伝わるはずと考えていた。でなければ私などやってられない。途中パロル舎のNさんが合流。昔、30センチのバッタを見たと言いはる。釣り好きなNさんだが、子供のころ繰り返し読んだ、ジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』にも、釣果についてとんでもないホラを吹く釣り人がでてきたのを思い出した。


8某日5 アンテスとカチーナ人形 神奈川県立近代美術館 葉山

昼過ぎ葉山に向かう。逗子からバスで20分。堀口大学邸近くを通る。以前お邪魔した時拝見した、コクトーが来日時に残した作品が、日本橋三越のコクトー展で初公開されていた。 観てきて何か書けと言われているのだが、近代美術館のあとに”葉山”が付いているのに気付くのが遅かった。片道2時間以上かかって到着。 ドイツのホルスト・アンテスの作品と、彼の北米プエブロ・インディアンの「カチーナ人形」のコレクションを展示している。これは本来人形とはこういうものであろうという展示であった。 こういったプリミティブアートを見て、昔地球に降り立った宇宙人だと言いたい気持ちは判る。ウルトラセブンに出てきてもおかしくない。 これを作れるのは人形作家以外の人々であろう。実に楽しく興味深い展覧であった。8月28日まで。


8某日5 ジャン・コクトーとシャルリ・パケール

サルトルとチャーリー・パーカーが会っているのは知っていたので、二人が一緒の写真はあるだろうと思っていたが、コクトーとパーカーが一緒に写った写真が存在することを知る。少なくとも私は見たことがない。この組み合わせは我が家の棚の上だけだと思っていたのだが。しかし、考えてみるとヨーロッパに渡ったジャズマンは、特にフランスで芸術家として熱狂的に迎えられ、著名人とも会っているのは当然である。ホントの事などどうでも良いと言いながら、もっとも見てみたい歴史的写真である。コクトーを前に、愛想笑いのパーカーの姿が浮かぶ。


8某日4 「幻の南湖」 お江戸両国亭

「新作講談モリゾー・ナンコのショート講談」愛知万博ネタだが、万博に行っていなくても楽しめる。「魔術師 前編」今日で三回目くらいだろうか。今日の最大の目的は後編を聞くことである。「古典講談蛤の吸い物」怪談というだけあり怖い部分も少々あったが笑わせられた。「講談紙芝居 原子怪物ガニラ3」これは初めて体験したが、判っていながら延々と次が見たくなる。「魔術師 後編」ついに後編だと思ったら、まだ完結せず。乱歩が連載小説で、読者を引っ張る手と同じである。というより乱歩が講談の手法を使っていたのであろう。休憩のあと、山前譲さんと南湖さんの対談。以前よりお二人の息が漫才調になっているのが可笑しかった。私の「乱歩 夜の夢こそまこと」にも言及いただく。 イラストレーターのAさんと編集者のYさんと、浅草の飯田屋へドジョウ鍋を食べに行く。夏のドジョウは格別。荷風が通っただけあり、甘めの味付けであった。


8某日3 ある日の水槽

Hからもらったフラワーホーンのメスは、ウチに来たとたんテキサスシクリッドとフラワーホーンのハーフのオスに発情。以来、目は真っ赤に輝き、発情を示す縞模様も出て美しい発色を示している。これはすぐ産卵かと思ったが、未だ進展は無い。問題はオスのようである。三周りほど大きいのに関わらず、メスに追われ、鱗をはぎ取られながらコソコソと逃げ回っている。オスはテキサスシクリッドという、小心者の血が混ざっているとはいえ情けないが、発情時のメスは実に恐ろしく、何を言ったところで聞く耳は持たないという感じである。しかし、オスは虐められながらも刺激はされているようで、輸精官をピョコンと屹立させているところに哀愁さえ漂っている。今後はわからないが、小さいメスにボロボロにされながらも、役目を果たすことを期待したい。 我が家もそうだが水槽といえば、昔から下駄箱の上に置かれることが多い。仕事から疲れて帰ってきたお父さんが、玄関を開けてこんな光景を目にしたら、疲れは倍増することであろう。


8某日2 世界が私から始まっていた頃

写真もデジタル化が進み、もともと真など写っていたかどうかは別にして、写真がマコトを写さない物ということで、居心地の良い情況になってきている。裁判の証拠として使われることもなくなるだろう。 私は小学生の頃から、自分の生まれる前の、古い写真(が掲載された本)を見るのが好きであった。好きというより、小学一年生くらいの私には、自分が生まれる前に、すでに世界が在ったことが不思議でならず、ほとんど納得ができなかった。木造校舎の図書室には、戦前の本など残っていたものだが、そんな本に載っている写真を見ては不思議がっていた。私の生まれる前に、すでに世界では色々あったような感じであるが、しかし、現代とは明らかに描写の違う写真や、修正され、半分絵のようになってしまっている写真を発見しては、やっぱり、どうも怪しいなどと疑っていたものである。そもそも、両親の独身時代、さらに子供時代の写真があるのが、納得できなかった。『まあ、そういう事にしといてやろう』ということで、数々の理解できないことを、ノイローゼにもならず乗り切ってきた私だが、私の古い写真好きは、実はこんな事に由来しているのである。そんなわけで、百年以上前に製造されたレンズが何本も、棚の中で出番を待っている。


8某日1 使用機材

遅ればせながらライブ画像をアップ。暗い中でヤシカエレクトロという、70年前後に製造されたカメラで撮っているのでボンヤリしている。これはその頃、お父さんが子供の運動会を撮ったようなカメラで、カメラメーカーがレンズの明るさを競っていた頃のものである。画角の違う機種を数台所有しているが、どこで購入してもほとんど5千円以下である。露出も正確な良いカメラだと思うが、水銀電池が使えない現在、多少工夫がいるせいもあり、骨董市などでも、ホコリを被って二束三文で転がっている。実は作品集の半分以上、これで撮影しているのである。あとはイオスにアダプターを介して、ヘリオスの28mm。これはロシア製かと思ったら日本製らしく、どこが作っていたのかは不明なトボケたレンズである。いずれもフレアー、ゴースト出まくりで、エレクトロにいたっては、収差のおかげで直線が曲がる。ピントが甘いのヘンだのと言う人もいるが、私の作品を、他の何かと比較してもしかたがない。 しかし私にすれば、案外悪知恵をはたらかしているのであって、おかげさまで作品がデジタル臭くならない。