明日できること今日はせず  

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9某日17 世田谷撮影第三回

1時に世田谷文学館に到着。 中井英夫撮影のため、太子堂の目青不動尊に向かう。『虚無への供物』に登場する五色不動の一つ。以前、文京区本駒込の目赤不動で撮影したことがある。その時は外からであったが、本日は、お堂の中にて撮影。もちろん秘仏である本尊を撮るわけではなく、前立ちの不動明王の撮影である。当然光量が足りず、手持ち撮影は無理なので、カメラ、人形とも三脚に立てる。なにしろ古い建物。床がブカブカしていて数秒の露光は難しい。ジッと息を止める。 続いて金子ボクシングジムにて寺山修司。名誉会長 金子繁治氏は日本人初の東洋チャンピオン。比国の英雄フラッシュ・エロルデに4戦4勝。二階のトレーニングルームに上がって早々、鏡があると気付かず、映った人に挨拶をしてしまう。時間的に練習生ばかりのようである。なんでも言って下さいと言われているが、月謝を払っている練習生の邪魔をする気にならず、それなりに撮っていたが、下から若いトレーナーが上がってきた。一目見るなり全然違う。上半身裸になってもらいポーズをお願いする。 その後下北沢の駅前で撮影していると、拙著にて『白昼夢』の首をやっていただいた仲音映里さんとバッタリ。一段とさわやかな笑顔。


9某日16 女流義太夫の会 Vol・1 八重洲ブックセンター内 八重洲座

『万歳』『野崎村の段』 太夫:竹本綾之助 三味線:鶴澤寛也・鶴澤津賀榮 鶴澤寛也さんは伝統文化ポーラ賞の奨励賞(義太夫節(三味線)の伝承)を受賞されるそうである。御目出度いことであるが、私にとっては、なんといっても拙著『乱歩 夜の夢こそまこと』の人間椅子の佳子役である。これに協力いただいたことにより、以降、本の内容が予定と違っていってしまった。もちろん良い方向にである。おかげでヘンな本だとか、どのジャンルに入れてよいか解らない本だとか、なかなか褒められている。 今回の会は翻訳家の金原瑞人さんのプロデュースによるが、義太夫の歴史や、使用楽器の解説もあり、三味線のバチや皮が客席をまわり、直接手に触れることができたりと、初心者にも楽しい会であった。背景に8階の夜景が広がっているというのもオツなもので、料金が格安なこともあり、古典芸能に手軽に接する機会になりそうである。打ち上げにもお邪魔したが、解説の方のお話で、江戸時代に娘義太夫が禁止された事があり、それは夢中になった下級武士が遅刻をするからだったというのが可笑しかった。


9某日15 給水塔

11時に休館日の世田谷文学館に着く。すでに壁にかかっている『二少年図』。右からの外光をイメージしていたが、実際乱歩と槐多を並べてみると、左からの光の方がよいことが判り、反対側の壁に掛けてもらう。さっそく人形とカメラの名月赤城山スタイルで撮影。 昼食後、駒沢給水塔に向かう。水道局員の立会いの下撮影。大正時代にできた双塔の給水塔を背景に撮るのは、当然江戸川乱歩。どこへ持っていっても絵になる。雲の様子もよい。二十面相も連れてきたので二人並べて撮影。乗ってきたので、廃園調の池の周囲で中井英夫。背景は最高だが藪蚊が多い。カラスを撃退するためゲージの中でカラスを飼っていた。 最後に世田谷線旧車両内、さらに豪徳寺の招き猫の前で永井荷風を撮影し本日は終了。以前はよく一人で街中で撮影したものだが、今回のように何人もの方に手伝っていただくと、何か事情があるように見えるので気楽である。この撮影は腕力勝負。腰と両肩にくる。


某日14 二少年図

世田谷文学館に平井家から寄託されている村山槐多『二少年図』の前で、乱歩と槐多を並べて撮影する予定。村山槐多を撮るのは7年ぶりくらいか。まったく冥利に尽きる撮影である。 背広姿の像の場合、首を別な胴体に差し替えるのは簡単だが、着物、とくに槐多のように、つねに胸元をさらけだして、病んだ胸を日光にさらしているような人物は、胴体とつながっているので、首だけ挿げ替えるわけにいかない。最後に撮影した槐多は、彼の『尿する僧』にならい、虚空に向かって小便の放物線を描いているところである。当時の私は槐多の青春の在り様を、こんな形で表現したかったのであろう。よって今はペニスを突き出しているバージョンしかないので、着物を少し修正することにする。背後に仕掛けられた、小便発射用チューブはどうすべきか。


9某日13 アクセサリーの撮影

午後、高田の馬場の友人Hの会社へ。新作アクセサリーのカタログ用撮影を頼まれている。普段、自分の撮影には使用しない性能の良い名レンズを持っていく。 水槽内には、始めてみるメキシコ産熱帯魚。 Hが用意した、爬虫類飼育用の白い砂の上に、Hと今回の企画を進めている Iさんが、アクセサリーを次々と配置していく。 8時過ぎに終わり、いつもの店で飲む。今後の展開を聞いたりしながら過ごす。女性である20代のIさんの口から、高橋鐵や『あまとりあ』などと聞く。しまいには小口末吉の妻などというので、つい盛り上がってしまう。こんど『世界の刑罰・性犯・変態の研究』昭和5年の復刻版(昭和52’若宮出版社)に載る小口末吉の妻を見せてあげよう。



9某日12 一日

実家を建替えることになり、最近、行ったり来たりをくり返している。なにしろ元は戦前の家なので限界がきている。父が補修、増築を繰り返したおかげで、形が随分と変わってしまって原形が思い出せない。 今年は乱歩にかかりっきりで、すべて母にまかせたまま、図面を見せられても、まったく関心がわかなかった。もっとも図面、地図のたぐいを私に見せても無駄である。常に頭の中では、あらゆる物が立体的に浮かんでは消えているのに、こういったものに関しては、ただ線が引いてある紙にしか見えず、ピクリともイメージできない。 生まれも育ちも東京の私は、街が壊され変わっていくことに慣れてしまい、粘膜も角質化してしまって不感症になっている。しかし実家が壊されていくのを見れば、それなりの感慨がわくかと思えば、これもどうということもなく、面白がって写真など撮っている始末である。結局私が決めるのは、外壁の色だけになりそうである。


9某日11 三島由紀夫

未完成の三島の首を久しぶりに見たら、ほとんど完成していた。まだまだだよと、誰かに言った記憶があるのだが。私の中で、どこかイメージが変わったのであろうか。そうだ、1作目に計画していた表情は、もっとチンピラ風にするつもりだったのだ。バルコニーの上から辺りを睥睨する、頭はカラッポで身体だけの男。殴り合いのケンカなどしたことはないだろうから、傷だらけにしてあげよう。私は三島本人だけにはウケたい。そして誠心誠意の男は誠心誠意つくらなければならない。 それにしても私もいつのまにか、三島より年上になってしまった。力道山より年上になった時の驚きほどでもないが。


9某日10 改訂版

近所の喫茶店にてダカーポ取材。昔読んだ本について話す。事前に図書館にて改訂版を見てみたが、私が読んだ版とは、似て非なるものであった。 いつものいい加減な切り方のせいで、髪が落ち着かず、薬局にて整髪料を買う。懐かしいM○5があった。澁澤龍彦邸書棚の上にあったのを覚えていたので買ってみる。しかし、中学生以来に嗅ぐ香りは随分変わってしまっていた。改訂版はオジサン臭い。 いきつけの店で飲む。いつもと違う時間に行くと、杉浦康平の話を熱心にする業界人や、荻窪からわざわざ飲みに来たというカップルなど、いつもと違う雰囲気の客。時間帯によって違う生息域の人種が集うようになっている。やはりいつもの時間に来ることにしよう。 頭から降りてくるM○5の匂いに閉口し、帰宅後洗髪。当時CMで、セッターだかポインターだかと、並んで映っていた団次郎も随分と変貌を遂げた。しかたが無い。バイタリスも同様だろうか。


9某日9 けっして電波ではなく

最近どうも落ち着かない。作品集にかかりきりだったことで、色々とツケが回っているといったところである。粘土でも触ったりしていれば良いのだが、こんな時は、頭の中で様々なイメージが浮かんでは消え、やかましくてしょうがない。『美食倶楽部』の谷崎は、美女に口の中に指を突っ込まれ、恍惚としてヨダレを垂らしてるし、白衣姿の夢野久作は薄暗い部屋に座ってボーっとしている。三島は皮ジャン姿でバルコニーの上から早く撃てと挑発しているし、稽古着姿のニジンスキーは、上目使いにこちらを見てニヤニヤしている。昔と違って、思いついたらすぐ始めるというわけには行かないのだ。お前等あまりうるさくすると、他の人間つくり始めるぜ。


9某日8 夢の共演

ジャズ・ブルースの人形を作っていた頃、構想だけで果たせなかったのがオーケストラを作ることであった。雛壇のようなものを作り、ピアノと指揮はカウント・べイシー、アルトはチャーリー・パーカー、テナーはレスター・ヤング、トランペットはマイルス・デイヴィスとリー・モーガン、ボーカルはジミー・ウィザースプーンと好き勝手なメンバーで編成する。ライティングにこったりして悦に浸ろうという計画であったが、楽器は作りたくないし、気力も続かなかった。だいたい最低でも二畳のスペースは必要だったであろう。そんなこんなで頓挫したが、今だったら画像としては可能である。そこで作家シリーズでは、いずれビートルズのサージャント・ペパーズのジャケットのように全員を並べてみたい。 世田谷文学館用ポスターで、一足早く4人の共演が実現した。続いて○少年○の前で、乱歩と村山槐多の共演も予定している。来月、神田の古書会館、アンダーグラウンドブックカフェでは、作品集に、中井英夫と澁澤龍彦の写真を数点、出品する予定である。場合によっては新作を考えてみたい。と言ってる時は、私の場合すでに画は出来ている。感心されより、呆れられる方向に持っていきたいものである。


9某日7 プリンターズ展

昼の12時半に田原町にてKさんと待ち合わせ、浅草で飲む。先日すっぽかした埋め合わせである。これをやっておかないと10年は言われる。浅草生まれのKさん、家族でアリゾナに移住して随分になる。スポーツお宅のアメリカ人の御主人と、山に登って初めて御主人に頼ったという話に笑う。また来年。 3時間ほど飲み、目黒区民美術館市民ギャラリーに向かう。プリンターの方々の、様々なアプローチを見ることができた。同じネガでも感性により、これだけ違う作品になるという事が判る。その他、サイアノプリント、ダイトランスファーによるプリントなど。田村写真の田村さんが来場者に説明をしたり、写真を撮ったり忙しくしていた。昨日撮影した、世田谷文学館前のプリントをお願いする。その後パーティー会場へ。プリンター、カメラマン、その他写真業界人で一杯。昼間すでに飲んでいたことをすっかり忘れ、また飲む。植木鉢のような巨大なレンズ好きで、小さな歯車から自製するOさんとも始めてお会いする。帰りはカメラマンのAさんと、育った地域が意外と近いこと知り、そんな話をしながら帰る。


9某日6 乱歩・寺山・中井・荷風

11/8〜3/31世田谷文学館展示のためのポスター撮影。PM1時、文学館に到着。さっそく撮影ポイントを考える。縮尺の違う4体を(寺山は上半身しかない)人間大に、しかも同じ地面に立っているように見せなければならない。さらに背景に文学館。人形が数センチ上下左右するだけで不自然になる。少しでもチェックポイントを減らすため、前から2番目に位置する寺山だけ、サムソンの三脚に載せ、それを基準にして、残りの三体を学芸員の方々や学生さんに持ってもらう。女性ばかり6、7人に囲まれての撮影。(囲まれてるのは私でなく人形だが) 乱歩、寺山、中井はともかく、問題は荷風である。そっぽを向すか、通りがかった人のようにすることも考えたが、結局一緒に。 フィルム2本撮って終了。結果、ダントツにかっこいいカットが2カット。まるで一昔前のブリティッシュロックのアルバムである。しかも音楽性の違いや、仲の悪さがジャケットにでている、解散後に発売されたアルバム。


9某日5 再び

デジタルな腕時計をして、フィルムスキャーを取りに行く。6月に作品集用の作品を取り込み終えたと、ホッとしたとたん調子が悪くなった。何故だか機械にはこういう事がおこる。追加の数カットのため、祈るように再起動をくりかえしたものだが、それを最後にコト切れた。古い機種なので、XPで使うには何とかマネージャーが必要ということだったが、よく判らないのでW98経由でXPに取り込んでいた。結局16800円で、XP対応の後継機に取り替えてくれるということになり、面倒が一つ減ることになった。どうせスキャナーでデータ化するのだから、デジタルカメラで良いかというと、やはり牛をグツグツ煮出して作ったゼラチンを塗布したフィルムに、記録される安心感は捨てがたい。田村写真に寄り、サムソンの三脚を借りる。天候によるが、明日予定している世田谷文学館前での撮影のため、江戸川乱歩、寺山修司、中井英夫(塔晶夫時代)永井荷風を点検する。


9某日4 スッポカス

午前中アリゾナから帰国したKさんからの電話で起こされる。今日の7時。毎年恒例飲み会の件。途中の駅で、修理を頼んでいたフィルムスキャナーを受け取りにいくこともあり、6時半に大江戸線のホームで待ち合わせることに。 起こされたせいで少々眠くなる。目が覚めると4時半。ちょっと早いが5時過ぎに出かける。修理センターに着くと、6時までのはずが、シャッターが半分閉じている。台風が近づいているといったって、だらしがない。許さんとばかり、目が合った店員に目的を伝える。「申し訳ありませんがレジを閉じてしまったので。」目の前に出された看板を示し、「18時までってあるじゃないですか。」店員申し訳なさそうに。「スイマセン時間が過ぎてしまって、もう7時40分なので。」 確かに頭のすみで、日が短くなったものだと思ったような気が。急いで新宿西口に向かう。Kさんが場所を把握しているということで、店名すらひかえてこず。Kさんの携帯に電話するが留守電。万事休す。門前仲町に帰る。留守電がチカチカしていることを想像すると、そのまま帰宅する気にならず飲みにいくと、「新聞見ました」と言われ、何故かさらに落ち込む。 教訓。自動巻きの時計は、規則正しい生活をしている人のためにある。当時のCMでは、活動的なサラリーマンが腕をフリフリしていた。


9某日3 一日

まだ薄暗い中、富岡八幡の骨董市にむかう。収穫は無し。 昼過ぎにチャイムで起こされる。ドアを開けるとマンション塗装中の、近所の工務店のおじさん。手には新聞をもっている。「出てるよ。」朝日新聞にピストルもって出る機会はそうないだろうと提案してみたら、そのカットが使われていた。私としては逃走中、新聞記者に写真を撮らせたボニー&クライドをイメージしていたのだが、大分違っていた。土蔵の中で、蝋燭の明かりで人形作っているようにも見えない。「どこで撮ったの?」「おじさんのすぐ後ろ」 以前撮影した場所が取り壊されるらしいので、散歩がてらでかける。月島あたりはすっかり変ってしまっていて驚く。以前ハゼ釣りなどしたあたりはマンションだらけ。小雨の中某所に到着。以前も立ち入り禁止であったが、穴の空いていた金網も補強され、とても陽のあるうちに入る気になれず。


9某日2 SERENATA 国立エソラホール

嵐山光三郎氏プロデュースの中村誠一/伊藤忍『SERENATA』発売記念ライブ。村松友視さんがみえるということで、サインをしてもらおうと『7人のトーゴー』を探すが出てこず。 エソラホールに着きエレベーターを出ると、いきなり嵐山氏と篠原勝之氏。お二人が並んでいると、そうとうな迫力である。客席には坂崎重盛氏、藤森照信氏。 伊藤さんのNYのアパートで録音したという『SERENATA』を中心に。以前、落語会で国立にお邪魔した時、嵐山さんが絶賛していた曲がこれだったのだろう。特に表題曲が良かった。中村さんのお嬢さん、沙理さんがデビューということで、何曲か共演。嵐山さん作詞の『ブルー・サングラス』とジャイヴっぽい、ナット・コールの曲が良かった。他に中村/伊藤さんでは、なにもジャズにしなくてもという曲まで披露。 打ち上げでは、お隣りに鶴澤”人間椅子佳子”寛也さん、蕃茄山人さん。中村沙理さんが『オーバー・ザ・レインボウ』をアカペラで。村松さんに御挨拶。『私プロレスの味方です』が出版されてすぐに、プロレス好きな父に読ませたことを思い出した。


9某日1 二十面相は遠藤平吉

深川八幡の向かい側にあるA書店、改装したので寄ってみる。以前は湿気た路地裏のような臭いがしていた店内がすっかり綺麗に。奥にはガラスケース。流れるボサノバ。『文藝名作漫画 現代漫画大觀2』昭和3年(中央美術社)を購入。佐藤春夫『李太白』は次回に。 帰宅すると『アルス寫眞大講座(第八巻)』(昭5 ARS)が届いていた。木村伊兵衛をして名人と言わしめ、私がもっとも関心のある林平吉は、ブロムオイルトランスファー(転写)について、『自分は目下帶地又毛布に印畫してテーブル掛けに應用しようと思ってゐる。』といっている。テーブル掛けとは恐れ入ったが、芸者の襦袢にまで転写していたことは、この大講座では内緒にしている。曰く「『名工は名木を選ぶ』先ず此言葉を味はひ、この印畫法を研究され、世の中より不變色寫眞の文字削去して、寫眞は即ち變色せずといふ事を世人に常識化せしむるよう努力を望んでやまぬ。」日本橋の丸善の裏にすんでいた遊び人の林平吉。ポートレートを見ると、ほとんどギャングの親分に見えるが、私は野島康三より、この林平吉に会いたい。