明日できること今日はせず 
 

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1某日14 球々

粘土でピストルを作るなど小学生以来である。何がどうすると、こんなことになるのであろうか。 深夜、TVで中年の元野球選手が打撃理論を披露していることがある。野球にあまり関心がない私からすると、半分呆れ、半分感心しながら観てしまう。玉を棒で叩くことについて、これだけ懸命になれるこの人たちには、たまたま野球という仕事があって良かったなと思う。 しかし、たとえばボールのサイズがちょっと違っていたら、名選手が平凡な選手に終わっていたり、その逆もあったかもしれない。塁間を「カバディ、カバディ」と言いながら走らなければならない競技だったら、イチローもあれほどの記録を出せたかどうか。卓球が、あまりにアジア人が強いので、こんなことならテーブルをもっと高くしておけばよかった、というヨーロッパのジョークもある。何が言いたいかというと、何も言いたいわけではないが、夜中に私がピストルを作っているのも、何だか、たまたまだな、という気がするのである。


1某日13 女流義太夫の世界vol.4 

乱歩に持たせる拳銃と双眼鏡を作っている。今回拳銃はリボルバーに。双眼鏡は『押絵と旅する男』にならって逆さまに持たせる。ただ双眼鏡なら鏡胴を2本並べて簡単だが、プリズム式のと書かれているので面倒である。それにしても地味な作業で、進んでいる感じがしない。 夕方、八重洲ブックセンターへ。『これがホントの娘義太夫』浄瑠璃:竹本越華 三味線:鶴澤駒清。義太夫を実際観るまでは、娘義太夫といえばこのイメージだった「トトさんはー」の『傾城阿波の鳴門』巡礼歌の段。この演目を、お歳を召したベテランががやるものかどうかは知らないが、ホントの娘ならではである。日本髪は地毛だそうだ。二部は女流義太夫。お馴染みの竹本越孝さんと鶴澤寛也さんのコンビ。娘と女流の違いは大きい。今回も堪能する。恒例のコーナーではそれぞれ義太夫を始めたきっかけを伺う。 拙著の中で、椅子の中で寛也さんに”潰されて”いるブルースベーシストの谷口さんと観にきたので、茅場町まで歩き飲む。シャチ横内などの古いプロレスラーの話から、今のプロレス界を憂いたりしてお気楽に11時まで。昨日、1日間違え八重洲まで来て、歩いて帰ったので今日は地下鉄で帰る。


1某日12 一日

小倉優子という娘の、コリン星の名物だという手製のお菓子を食べる羽目になり、マタンゴのような不気味な形に悩んでいるところで目が覚めた。今日はご近所のピアニストに、宣材写真を頼まれているので丁度良い。さっそく、ストラウスのレンズ他一式を担いで出かける。ご実家のピアノがある部屋でということであった。 ライトまで持ってこられなかったので、室内の明かりで工夫する。4×5のポラで撮るのにまだ慣れていないので、色々手間取る。はじめ硬かった表情も、私がドタバタしていたせいか、次第にほぐれリラックスした表情に。木製の旧式シャッターには1秒などなく、結局、手でレンズをふさぎ、勘でシャッターとする。シャッターについては早急に考えないといけないが、しかし、そこから調子が出てくる。調子が出てくるとムードを出しすぎ、大映ヴァンプ女優調に、これはやりすぎと、東宝映画調に軌道修正。無事終了。大分、このレンズを把握できた一日であった。一眠りすると、ニュースでライブドア堀江社長逮捕のニュース。どうしても戦後の事件、光クラブの山崎晃嗣を連想してしまう。


1某日11 恐ろしき連鎖

先日落札できなかったリタ・ヘイワースのポートレイト。リプリントならいくらでもあるが、撮影当時のビンテージとなると、それほど出てこない。再びリタ・ヘイワースで検索してみると、1932年のライフ誌。2色印刷のような粗末なカラーであるが、水着姿のリタ・ヘイワースが表紙を飾っている。水着姿や、テニスに興じているヘイワースのモノクログラビヤや、日本軍のことが記事になっているようである。ところがなんと、晩年のニジンスキーが、スイスの精神病院で突然ジャンプしている、有名な記事が載っている号ではないか!先日のバレエ講座で、たとえ記憶を失っても、筋肉は覚えているという話を伺ったのを思い出すが、このポーズを使ったのが、このオイルプリント作品である。 ニジンスキーの妻が、ニジンスキーの健在をアピールした記事だったはずで、一見常人のように見えるが、実際は何も解らない状態であったという。と最近書いたような気もする。それにしてもリタ・ヘイワースにまで、ニジンスキーがくっついてくるとは。まるでお岩様の戸板返しだが、ここまでくると、いささかニジンスキーに付きまとわれている感じがしないでもない。9・99ドルで落札。


1某日10 ファンクラブ

乱歩の着物姿を作る。手には逆さまにした双眼鏡を持たせようと思う。頭部がすでにあると、小物以外は何も参考にしないでつくるのだが、こんな時が一番楽しい。楽しいが手が走りすぎるので、集中しすぎを避け、本を読んだりしばしば道草をする。人工美の極致、ハリウッド女優のポートレイト集などを眺め、ひょっとしてストラウスの撮影した作品がありはしないかと探したりしている。黒蜥蜴のイメージは、女優で言えばキム・ノヴァクあたりかと思っていたが金髪であるし、むしろブルーネットの、若い頃のエヴァ・ガードナーなどが雰囲気である。そんなことをしていて、リタ・ヘイワースのビンテージプリントが欲しくなったが落札できず。あちらのマニアの本気さには負けてしまう。出品者はヘイワースのファンクラブを主宰しているらしく、興味があればメールをということらしい。英語が達者なら即入会といきたいところなのだが。 ファンクラブなど入った事はないが、中学生の時、東芝EMIのメリー・ホプキンファンクラブに入ろうとしたことがある。たしかすでになくなっている旨の手紙が来たと思う。今思うとなんということもないが、当時は物凄く恥ずかしく、コソコソしていたのが懐かしい。


1某日9 バレエ鑑賞講座 古石場文化センター

第4回の講師は、東京シティ・バレエ団理事長の石井清子さん。地元深川のお生まれだそうで、バレエとの出会いから現役時代の楽しい話を伺う。海外で活躍した舞踏家の伊藤道朗の話で、どれだけジャンプできるか壁に足跡を付けたら、翌日、もっと高いところに足跡があり、それはニジンスキーのものだったそうである。伊藤道朗といえば息子のジェリー伊藤は、私の世代にはTVで歌を歌っていたり、怪獣映画に出演したりと懐かしい。 後半は、若手のバレリーナの実演。バーレッスンを解説を伺いながら拝見する。それにしても、なんと身体の柔らかいこと。バレエの動きはとても自然なものとは言えないが、人間に限って言えば、自然にほったらかしておいて美しいものは少ない。優雅に見えて筋肉がプルプルしていたが、それにしても私のようなシロウトは、バレリーナに目の前でくるくる回転されたりすると、1時間も見ていたら好きになってしまいそうである。


1某日8 夢野久作でヌラリ

大江戸線で出かける。電車に乗るときは、目に付いた文庫本を持って出るのだが、つい先日の田村氏の写真をポケットに入れ、車中にて飽きずに眺める。ふと気が付くと隣りのおばさんの視線。『いや違う、私はそうじゃない!』とっさに車内のライトにかざしたり、指で擦ってみたりして、被写体の人物に惚れ惚れしていたのではなく、この写真に、物理的に関心があるのだという演技をする。これは早急に風景なり女性を撮らなければならない。いや本来、人形を撮る大判レンズを探していたのであるから、人形を撮るべきであろう。そこで思いつく。夢野久作である。頭部はとっくにできているのだが、有名な写真が光線の具合で妙な雰囲気を醸しており、そのおかげで普通に撮ったのでは、久作らしく見えないのではないかと懸念し(実際はノホホンとした平和な顔で、不気味でもなんでもない)そのままにしてある。しかしストラウスのレンズで、ヌラリと撮ることができるのではないだろうか。


1某日7 一日

一晩明けても、枕元の田村氏はツヤツヤしていた。美しい描写に朝からウットリ。男の友人のポートレイトでこれなのだから、自分の作ったこのレンズで、1920年代からハリウッド女優を撮りまくったであろうストラウスが憎い。「このレンズは水晶でできてるんだよ。」なんて言っていたりして。私も石英などと言わず、水晶と言うことにしよう。 これで私がさまよい集めたレンズのほとんどが無用のものになった。いずれすっかり処分してサッパリと。以前にも書いたが、私の育った地域では、執着心が無く、あっさりしているほど男らしいことになっていたのである。 銀座青木画廊に、個展のDM用写真を届ける。拙著でもお世話になった、デザイナーの北村さんにお任せすることに。私は個展会場の配置など苦手な空間音痴でもあるので、DMのデザインから会場の配置までお願いすることに。『乱歩 夜の夢こそまこと』からのプリントと、新作の乱歩を4体の予定。会期が当初の予定から1週間後に変更。(3月13(月)〜3月25(土)) その後、打ち合わせに北村さんと飲みに行く。寺山と仕事をした時の凄いエピソードを伺う。 写真も撮られる北村さんに、田村氏のポートレイトを見せびらかす。あっさりした男のわりに、こってりと語ってしまう私なのであった。


1某日6 ピクトリアリズムで一日

カール・ストラウスのピクトリアルレンズは、次第にいろいろ判ってきた。1909年特許を取得した時点でF4のガラスレンズであったが、20年にF5、6で天然クオーツを熔解したレンズになったようである。(カラー写真の台頭との関連があるのかどうか) 朝8時、田村写真の田村氏と清里フォトアートミュージアムへ撮影をかねて出かける。昨日とうって変わって晴天。山々が異様にくっきりしている。まず開催中のプラチナプリント展へ。私にとってプラチナプリントもさることながら、印刷物でしか見たことがない、ピクトリアリズムの歴史的名品の数々に興奮。眼福を得るとはこのこと。展示してあるストラウス(表記ではストラス)本人のプリントを目に焼き付け撮影に向う。田村氏はペッツバールタイプレンズと、トム・バリルより購入のレンズで快調に撮影を進める。一方私のピクトリアルレンズはというと、紫外線を透過するレンズを、よりによって紫外線の最も強いところに持ってきてしまい、ポラロイドは真っ白け。おまけに収差がひどすぎる。レンズを手に入れハシャグのは、撮影結果を見てからにしろという教訓を得る。そのおかげで疲れも倍増の帰りの車中、あのレンズは逆さまに装着してあるのではないかと話し合い、麻布十番の田村写真に寄り、レンズを逆にして撮影してみると一変、昼間見たストラウスの作品とまったく同じ描写である。田村氏が若々しく、手などツヤツヤに写る。 今晩私は、同い歳の友人の写真を寝床で見つめながら、眠りにつくことであろう。


1某日5 乱歩にダブルの背広

久しぶりに作り始めた江戸川乱歩には、ダブルの背広に、二丁拳銃を持たせようと考えている。私はダブルの背広が嫌いである。嫌いなので作った覚えがほとんど無い。黒人を作っていた頃も、自分が眼鏡をかけたとたん、眼鏡をかけた人形を作り出した。そうしたものである。鏡花を作った時はしばらく家で着物を着ていたし。 しかし二丁拳銃には、ダブルの背広が案外似合うような気がしている。そうなると、いなせな感じでソフトなどどうだろう。写真撮影用だと、肝心の顔が影になるので避けたいところだが、ただ人形として作っているので考えても良い。 天気が良いので近所の木場公園を散歩する。カメラを持ってくれば良かった。今度天気が良い日にカメラを担いで、ストラウスのレンズで、ピクトリアリズムと行きたいところである。


1某日4 牧神の午後

カール・ストラウスは1916年に、アメリカ公演中のニジンスキーを撮影しているが、『ティル・オイゲンシュピーゲル』だけだと思っていたが、本棚をひっくり返していて『牧神の午後』も数カット見つけた。これも1916年撮影である。 牧神の午後といえば有名なのは、バロンこと、アドルフ・ド・マイヤーの撮影したカットである。マイヤーは、ファッション写真のプロフェッショナルとして元祖といえる人物で、貴族趣味の気取ったポーズと、ハリウッドのポートレイトにも影響を与えたライティングで知られる。ストラウスもヴォーグ、ハーパスバザーなどのファッション写真を手がけ、スティーグリッツとの関わりも含め、キャリアに重なった部分が多い。おそらく光量の問題があったと思うが、二人とも舞台写真は撮ってはいず、撮影用に演じられたもののようである。 それにしてもストラウスのレンズを日に何度も覗いてしまう。レンズなど何でも良いという写真家もいて、私も35ミリに関してはあまり頓着しないが、大判というと、特に人形撮影ではそうはいかない。写真はどんな巨匠が撮ろうと主役は被写体であるというのが私の考えである。だから被写体に対する尊敬の念が感じられず、自分ひとりで大きくなったような顔をしている写真家は大嫌いなのだが、そう思うと、人形を通しての人物に対する私の尊敬の念が、そこらのレンズでは表現できず、今まで大判写真で人形を手がけられなかったと言えるかもしれない。


1某日3 食堂

3月の個展に向け、人形を造り始めなければならない。写真は『乱歩 夜の夢こそまこと』から出品するのだが、人形は3月一杯、世田谷文学館に出品しているし、本の中の乱歩は写るところしか造っていないので展示ができない。よって今年もまず乱歩を作ることになった。 ひさしぶりなので落ち着かず、まず腹ごしらえと近所の食堂に。いつも厨房にいる80近い御主人に、年賀のタオルをいただく。アジの開き定食を食べるが、ちょっと温まろうと熱燗とニラ玉を注文。仕事から帰った息子が店内で注文を聞いている。しばらくすると50、4、5のその息子が、厨房に向ってなにやら文句を言っている。熱燗とニラ玉を同時に出せるように、すこし考えろということらしい。そんな言い方はないだろう。年寄りに向って偉そうに。それほど微妙なニラ玉でもないし、どうでも良いことである。一服して新聞を読んでいると、御主人が厨房から出てきて、三人しかいない客に一人ずつ、今年もよろしくお願いしますと、深々と頭を下げる。あのバカ息子め。よしもう解った。これからはいっぺんに頼まず、一つずつ注文することにするぜ。帰りに焼き鳥屋の前を通りかかり、親父にもタオルをもらう。


1某日2 試し撮りを我慢する

大判カメラ用のレンズ。随分溜まってしまったが、いざという時使うレンズが、ようやく3〜4本に絞られてきた。フォーマットぎりぎりだったりするが、画像が破綻している端っこの部分も、パンの耳同様美味しくいただきたい。 かなり与太った広角レンズに、1800年代中頃の無銘ペッツバールタイプレンズ。フランスはダルロー製、RRタイプレンズ。(これは金鋸でギコギコやって、絞りを全開にしてしまい、広角ソフトフォーカスレンズにしてしまった。)それと、ストラウスのピクトリアルレンズである。条件は人形と人間、両方に使える事と、実景より数倍美しく見えるレンズ。なにしろ我が家のカーテンが、リタ・ヘイワースのドレスのように見えるし、部屋の隅にたたまれたTシャツやパンツが美しく見える。(実際はたたまれてはいないが、洗濯済みということが言いたい)こんなもので試し撮りするわけにはいかないと、我慢するのが苦しいくらいである。


1某日1 正月

大晦日から3日まで実家で過ごす。こんなことは高校生以来である。暮れのTVの格闘技戦では、仏壇の父の写真をTVに向けてあげた。小川VS吉田戦は父も観たかったであろう。 父の前では母の身体を気遣うこともなかったが、父がいないと普通に心配することができる。父も同様だったようで、私のいないところでは、母をマッサージすることもあったと訊き驚く。正月は二人だけにしておいて正解だったようである。 正月といっても特にすることもなくTVを見続けていたが、里見八犬伝の玉梓の管野美穂が見ものだったくらいで(怨念を持った化け物をやらせたら入江たか子も軽く越える)あとは電車男をあきれながら観たくらいで特に何もなし。2日になると、ウチに残してきたレンズを覗きたくてウズウズしてきたが、なんとか3日までこらえる。