明日できること今日はせず

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4某日15 搬入

八重洲ブックセンター搬入のため車でOさんが来てくれ、木場のヨーカドーで昼食をとった後、ブックセンターへ。撮影用に作った黒蜥蜴。ブックフェアとはいえ、出品して良いのかという気分が残るが、先月の個展に来ていただいた方に、観たばっかりの物ばかりというのも申し訳ないので出品することにした。たまに美輪明宏に似ていると言われるが、実物はかなり違う。世田谷文学館のチラシも置いてもらうが、チラシには、朗読なのだがトークショーと書いてあるし、私が出演などと表記されているので誤解を招く。文学館には言っておいたが、チラシができてしまっているのでしょうがない。それにしても乱歩関連の書籍というのは、随分出ているものである。


4某日14 健康診断

健診の結果を聞きにいく。最近飲むことが多いし、個展のため外食ばかりで、ろくな事はないだろうと覚悟をしていたら、意外なことに好結果であった。これはいったいどうしたことか?焼き鳥屋の親父に、サンマを食べさせられ続けたせいであろうか。もしくは美味くもなんでもないが、良い点といえば、高齢の主人が厨房から腰を折って、丁寧に挨拶をしてくれるのと、ヤクルトが付いてくるくらいの定食屋のおかげのような気もする。揚げ物などメニューに無いし、なんだか冴えないラインナップが、結果的に身体には良いのかもしれない。感謝の印に、もう少し親しくなったら、ラーメンやウドンの飾られたショーケースの中に、ワニの剥製は止めた方が良いとアドバイスしてあげよう。 初めての検診で顔を曇らせながら、私に思わぬ高得点を告げた医師は、あんたに言われたくないよと言いたくなる、相撲取りのような男であったが、風の噂ですっかりスマートになったらしい。そうなると図に乗って、言いたい事を言われそうな気がして病院を変えた。二日酔をしない私に、肝臓の検査をと言うのも気に食わなかった。二日酔しないのは逆に悪いのかもしれないと、微妙に不安になったではないか。しかし、肝臓も何事もなし。当然である。



某日13 8時間呑む

八重洲ブックセンターにプリントを届け、天気が良いので歩いて帰る。Wさんと喫茶店で待ち合わせ、古典レンズの話などする。Wさんが煮込み屋に行ってみたいというので、4時過ぎにKへ。すでに奥に陣取る常連客。天井にところどころ、割り箸が小さな釘で打ち付けられていた。薄ベニヤの天井が垂れ下がってきて、落ちそうなところを割り箸で補強したらしい。なんとも不思議な光景である。ここでは屋根裏の散歩は不可能であろう。潔癖症の泉鏡花が落ちるホコリを避けるため、天井板の境目を和紙で塞いでいたのを思い出したが、かなり違う。 そこそこ飲んで、続いて焼き鳥屋のKへ。今日はかつおが入ってると親父。Wさんと飲んでいると、先ほどの常連客も。すっかり賑やかに。 常連、Wさんが帰ったあと、初対面のOLと、店の夫婦と1つのテーブル。私は帰りたいのだが、きっかけを失い親父の人情話を聞くハメに。親父がトイレにたったすきに帰る。


4某日12 南風

カラープリントをプリントに行こうと思ったらラボが潰れていた。プリントしたのはついこの間だったのだが。しかたがないので本社のある広尾まででかける。(ネガからのプリントは田村写真だが、データからの場合は別)例によって場所が判らず。公衆電話を見つけるが男が長話。仕方なく戻ってコンビニへ。地図をみて貰っても判らない。公衆電話を聞くと、あそこしかない。再び行ってみると、随分経っているのにまだ話をしている。おまけにボックス内でタバコを吸いながら。とんでもない男である。貴様、いまどき携帯も持っていないのか! 新聞販売店で親切にも調べてもらうと、さっき通り過ぎていた。 用事を済ませファミレスで食事。ウエイトレスの女の子が実に感じが良い。そんなに喜んでもらえるもの注文した?すっかり気分が立ち直り帰る。ついでに煮込み屋に寄ると、グラスに焼酎を注ぎながら女将さん「お母さん,ホントのお母さんじゃないんでしょ?」いきなり言われ、あまり行きたいと言うものだから、しぶしぶここに連れて来た私の母のことかと思ったら、『知るを楽しむ』で観た寺山の母親の事を言ってるのであった。それはそうであろう。私の母を見て、ホントの母親でないと思う人がいるわけがない。


4某日11 一日

29日から八重洲ブックセンターで、江戸川乱歩のブックフェアがある。人形は寝ている乱歩と二十面相の出品を予定しているが、黒蜥蜴も出してしまおうかと考えている。 始め上半身だけつくり、気が変って腰から膝を付け足し、さらに付け足して全身像になったという、私ならではのひどい造り方をしている。おかげでヒビは入っているし、仕上げも中途半端という代物だが、始めから撮影だけで、展示するつもりが無かった作品である。個展はともかく、ブックフェアなら撮影用小物ということで、賑やかしで良いかも知れない。永いことやっているが、もし出品するとなると、女性の人形は二、三度目、二十数年ぶりかもしれない。珍しい人形作家である。 午後、近所の喫茶店で、オイルプリントをやりたいというWさんと会う。廃れてしまった技法なので、再興できればと、このHPで技法を公開したわけだが、他の写真技法と違って、処方の通りやれば画像が出てくるというものではない。しかし、写真の教養があり、上手いからといって、必ずしも向くわけではなく、写真は下手でも、オイルプリントは向いているということが起こりえる、唯一の写真技法であろう。自分で用紙を作るところから始めるので、短期間のワークショップでは、なかなか面白いというところまで行かないのだが、Wさんは長期的に考えているようだし、ワークショップの場所も心当たりがあるということで、考えてみることにする。


4某日10 ジャンプ

タマラ・カルサヴィナのフォト・グラビュールを落札。舞踏会から帰った乙女が、昨夜の舞踏会の夢を見てまどろんでいる。手にしたバラをポトリと落とす。すると窓から『バラの精』ニジンスキーが飛び込んで来る。まさにその場面である。おそらく初演当時の物であろう。私がバラの精のカルサヴィナを、造ると決めた翌日に出品されるのだから不思議なものだが、これは充分お守りになる。 ニジンスキーが垂直にジャンプしている写真が残されている。当時の写真感材の感度の低さゆえ、室内撮影は不可能なので、バレエコスチュームのまま屋外でジャンプしている。そのジャンプ力がどのくらいのものか、コンピューターで解析した酔狂な人物がいそうなものであるが、私は今のところ聞いたことがない。ニジンスキーの身長が判っていることが必要だろうが、おおよその事は推測できるのではあるまいか。私がコンピューターにたけていたら、何を置いてもやってみるのだが。何しろ当時の観客が感動し、伝説となり語り継がれているのだから、とんでもない数値がでるかもしれない。 私がジャンプで驚いたといえば、メキシコオリンピックにおける、フォスベリーの背面とびを始めて観た時だが、もっとも器用な連中は翌日から砂場で試してたし、今では当たり前になってしまった。


4某日8 出版記念会

ロシアより麻紐で縛られた、40年前の物のような荷物が届く。貼られた切手はバレリーナ。バレエ彫刻の写真集と、劇場関連の本。薫りたつスラブの匂いに鼻が曲がる。特に屋内外で撮られたブロンズ、陶器、大理石の彫刻写真が素晴らしい。古い物だが、あちらにはバレエ彫刻というジャンルがあるらしい。 夕方親戚の寺へ父の墓参り。最近見ないと思ったら、ここにいたんだっけ。時間がないので後でまた来るよと、そそくさと線香に水。通りの向かいにある日本出版クラブ会館へ。紀田順一郎さんの古希のお祝いを兼ねた出版記念会。『幻想と怪奇』で見た、トッド・ブラウニング『フリークス』のスチールに釘付けになったのは十代の頃。 パーティーではいつもそうだが、間が持てないので飲み続ける。ついに御尊顔を拝した発起人の荒俣 宏氏、私の二まわりは大きいが、他人とは思えず。数年前、某出版社から書籍表紙を依頼され、氏を途中まで作ったお話をする。そういえば、あの頭はどこへ行ったのだろう。最近見ていないのだが。まだ当分かかりそうだから、かまわないであろう。 帰りに150部限定の函付き紀田順一郎著『戦後創成期ミステリ日記』をいただく。暗い中、もう一度父の墓を見て帰る。


4某日7 寺山とコクトー

ディアギレフに「俺を驚かしてみろ」といわれ、コクトーが作ったのが”驚愕の演劇”こと『パラード』だが、サーカス芸人や手品師が登場し、コクトー自身「サーカスやミュージック・ホールでやるスペクタクルのほうが劇場で上演されるすべてのものより好きだ、だからといって、劇場で上演されるすべてのものより、それらのほうが好きというわけではない。」と言っている。『知るを楽しむ』の寺山を観ても、ついコクトーの影響を感じてしまうが、演者が、かたやロシアバレエ団の一流どころにひきかえ、寺山は家出人を出演させたり、スキャンダラスなところは同じでも、意図するところは大分違う。しょせんコクトーは劇場内に納まってるし。それにしても寺山の話す様子は、延々と編集したビデオでもあれば、ずっと観ていたいほど魅力的である。あの頬骨あたりから、何か波動でも出ているのではないか? 番組内では、寺山の人形と渋谷の女子高生がプリクラを撮っていた。私がロケ中、自販機でタバコを買っていて、スタッフとはぐれている間の出来事だが、いくらか暴走気味ではあったが、あの場所に同席できなかったのが悔やまれる。渋谷自体が嫌いなので、一生縁はないであろう。寺山とのプリクラ画像は、送るようにスタッフに言っておいたのはいうまでもない。


4某日6 一日

世田谷文学館から、赤帽さん、なんとか引きのばしたのですがと電話。都内の場合、搬出入は近所の赤帽に頼むのだが、なにしろ江戸っ子でせっかちなので、とんでもなく早く着いてしまう。文学館の方も、それを知っていたので電話をくれたわけである。私がまだ寝ていたらと、時間をかせいでいてくれたらしい。しかし、結局、予定より大分はやく到着。6月2日、文学館での乱歩の朗読会で、その日だけ可能な演目について、学芸員のどなたかに看護婦のコスプレお願いできないか頼んでみる。推理作家協会賞、候補作が発表され、私の本が入っていなかったと友人からメール。出版社には候補にするのでと封書が着ていたそうなので、候補の候補であったということであろう。いくら評論その他部門と言っても、絵本に近いものだしと思っていたので、言えるのは今のうちと、せいぜい言いふらしておいた。ネットの古書店で、カルサヴィナが表紙のロシアバレエ特集を購入。振込先支店、常盤台を常磐台と思い込み、振込先支店がないと2日間首をかしげていた。


4某日5 『ディアギレフ・プロ』東京バレエ団 簡易保険ホール

ここはBBキングを観に来て以来である。その間、私の身に何が起きたというのであろうか。 まず『牧神の午後』あれ?という感じ。牧神のエロティックな感じがせず。『バラの精』ガッカリ。その日に来る予定のSさんが来そうにないとのことで、一番前の席に移る。『ぺトルーシュカ』まだましであったが・・・。 私のイメージの中で、ニジンスキーが膨らんでいるせいもあろうが、伝説とは、とかくそういうものである。 入り口でもらったパンフレットを見ると、私がイベントで始めてみたバレエで、バラの精を踊ったバンジャマン・ぺッシュがエトワールになっている。当時何も知らない私は、プロデューサーのSさんに「エトワールって横綱みたいなもんですか?」Sさんによると、バンジャマンは前頭止まりだろうということであった。同時に観たマニュエル・ルグリは当然素晴らしく驚いたが、柔らかそうなモリ々とした筋肉で、ピンクの奇怪な衣装をつけ、リハーサル中、妙にシナをつくる男が初心者の私の印象に残った。始めにこれを演じたニジンスキーっていったい何だ?それがきっかけである。 本日も一緒だったSさんに「バンジャマン、エトワールじゃないですか」「あ、ホントだ!」私のような男がニジンスキーを造り、こうしてバレエを観に来ているのである。きっかけになった人物は、横綱くらいになって当然であろう。


4某日4 CDで聞くロバート・ジョンソン

田村写真に行くと、先日の妙なスピーカーがさらに調子良く鳴っていた。50年前の物らしいが、CDのロバート・ジョンソンのギターが実に良い音をする。これはちょうど私が古いレンズで、今のフィルムやデジタルで作業するのと同じことなのかもしれない。私は未だにレコードを聴いている。デジタルでは、胸にワクワクとくるものがないのは明らかである。便利になるのは良いことであり、コンピューターなど、たいした物を造ってくれたと感謝することしきりだが、そうは言っても、一番肝心なのは胸にくるものである。百年以上前、どこかの親方が手で磨いたようなレンズや、水晶のレンズが、デジタルの野暮さを補い、デジタルの新たな面白さをを引き出してくれるはずである。 田村さんがロッカーからごそごそと出して見せてくれたのは、最近集めているという、イギリス軍御用達の真空管であった。


4某日3 キャスティング

乱歩の本を作ったおかげで、やれることが大分ひろがった。下手糞ではあるが、デジタル合成のおかげである。しかし、いくらデジタルといっても、人形を作り、それを撮影するところから始まることに変りはない。ニジンスキーに再度挑む事は決めているが、まず出演者を決めなくてはならない。乱歩以来、キャスティグを考えたり、まるで1本の映画を制作するかのようである。 ニジンスキー、ディアギレフ、コクトー以外には、サティあたりもいいかもしれない。となるとストラヴィンスキーも考えないではないが、『春の祭典』には絶対手を出したくないので却下。それなら『牧神の午後への前奏曲』のドビュッシーのほうがマシである。ディアギレフがコクトーに向って言った「私を驚かせてみろ」の名場面は是非造りたいところであるが、ピカソまで造って『パラード』というのもキリがない。やはり『バラの精』『ペトルーシュカ』『牧神の午後』を中心にまとめたい。特に『バラの精』は1911年のパリはシャトレ座の舞台装置も再現する予定である。そこでニジンスキーには伝説の跳躍をさせるわけである。そうなると相方のタマラ・カルサヴィナを登場させないわけにはいかない。写真で見る限り、私にはアンナ・パブロワよりカルサヴィナのほうがスタイルも顔も良いように見える。カルサヴィナの頭上を漂うバラ色のニジンスキー。これは観てみたい。カルサヴィナは出演決定。
 それにしてもドビュッシーのほうがマシだの、シャトレ座を造るだの、頭上を漂うだのと、言うの簡単だよともう一人の私。


4某日2 一日

都合により青木画廊からの搬出がようやく。隣りの煉瓦亭で昼食を済ませ、タクシーに詰め込み無事終わる。 くたびれたので、寝乱歩のポーズで、しばし空想に耽る。耽っているうち6時になったので焼き鳥屋Kに向う。 昨年までの私は、個展など決まると妙に禁欲的になり、楽しい事は避け、数ヶ月飲まないことなどもあった。しかし、どういう心境の変化か、今回は近所で飲み続けた。初の試みが良かったか悪かったか、効果の程はよく判らず。 新聞読みながら飲んでいると、工務店の親父さん。この七十の親父と飲む。最近マンションのエレベーターの脇に鏡が付いたのだが、鏡をつけるとマンション内で悪さしにくくなるとTVで観て付けたという。「いいだろあれ。あの鏡割れねェんだ。」「よくないよ、あんなの。外から帰ってきて映った自分見て、一日何やってたんだって反省しちゃうじゃんか。」毎度バカバカしく飲んでいると店も終わり、Kの親父も印刷屋と飲み始める。この店のおかげでNHKの乱歩を2回見逃している。今日ははやく帰るつもりだが、そうはいかず。何を言ってるか判らなくなってきた工務店の親父、私の勘定も済ませて帰ってしまう。Kの夫婦とNHKの寺山を観て、最後は親父と二人で1時まで。親父が「女房をもらえ」と「よし判った」と言ったのを覚えているが、何が判ったか知らないが、はやまった事だけはしないでもらいたい。 エレベーター脇の鏡を見ないようにして帰る。


4某日1 ロシア

友人が日本語臨床学会とやらの発表で九州大学に行くという。北山修や河合隼雄の前で発表してくるそうだが、私にしてみれば九州大学といえば、ドグラマグラか生体解剖事件ということになり、一瞬着いて行こうかと考えるが、個展その他のダメージが残っており、頭が切り替わらない。河合隼雄といえば、ニジンスキーが診察を受けたチューリッヒの病院には、かつてユングが勤めたそうだから、もう少し早く狂っていたら、ニジンスキーとユングは顔を合わせていたのであろうか。ニジンスキーの女房ロモラは旦那同様バイセクシャルで、日本の宝塚女優とも関係があり、そのため日本語を習ったのが若き日の河合隼雄だというから面白い。 ネット上を中心に、トリュフを嗅ぎまわる豚の如く、ロシアバレエ関連の書籍を探しまわっている。先日はロシアのバレエ彫刻の写真集を落札し、到着が楽しみでしょうがない。なんとも美しい装丁の本も気になっているのだが、装丁だけで購入するわけにはいかない。内容がロシア語という”模様”ばかりでは話にならない。