明日できること今日はせず  

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5某日14 ゲネプロ

今回初演の『屋根裏の散歩者』は大分はしょってあるが、それでも写真が足りない。そもそもがパロル舎の『乱歩 夜の夢こそまこと』からのカットを使っているからだが、出版時にはなかった殺される遠藤を加えたり、トリミングしてアップにしたり、上映の順番どおりにナンバーをふったりしているうちに朝になる。ebayに1920年代ボシュロム製"クォーツ”レンズが出品されており、田村写真の田村氏に知らせていたのだが、一眠りしたら無事落札されていた。これで私のピクトリアルレンズとで、”水晶レンズ党”でも作りたいところ。紫外線をよく通すこれらのレンズ。来るべきカラー時代にそなえて作られたに違いないが、当時、天然水晶を溶解して安定供給は無理であったろう。たいした数が作られた様子はない。やはり張り合わせなしの1枚レンズらしい。 午後文学館にて通しでリハーサル。プロジェクターの操作は学芸員の方にお任せするつもりだったが、自分でやってみたくなり、やってみると、暗い中操作を誤り、出来立ての『屋根裏の散歩者』は順番がずれ、おかしなことに。他三篇は無事。特に『指』は当日の観客しか面白くないという予定通りの作品になった。


5某日13 朗読ライブリハーサル

使用する画像の選択、配置に直前まで手を加え、世田谷文学館に向う。プロジェクターが上手く作動するものなのか、画質を含め不安が少々。予定の6時に文学館に到着。 前の催事が片付くのを待って、さっそくリハーサルを始める。画質は全く問題なし。まず短編の『指』これは他の作品とちがって今回のために撮りおろした作品であるし、超が付く短編ということもあって、特に変更点もなし。嶋津健一さんのピアノの聞かせどころも用意されている。しかし、どういうわけか、縮小表示された画像に○○が映っていない。かと思うと、○○○○の○○が映っていたり。原因は解らず。会場に妙な空気流れる。 『白昼夢』再演であるが、カットも増やし、本の中では見せられなかった部分を大写しにしたり工夫してみた。 『人間椅子』田中 完さんの朗読が冴え、もっとも緊張感のある作品に仕上がった。 『屋根裏の散歩者』これはカット割りなどほとんど決まっていなかったので、朗読、演奏を少しづつ進めながら決めていった。長編ということもあり、大分文章を削ってあるが、モルヒネを飲まされた遠藤が死んでいく行程は、特に嶋津さんが演奏面でこだわった部分である。 初演はただ画像を順番に流しただけだったことを思うと、今回は大分完成度は上がったようである。 


5某日12 一日

朗読ライブ用に『屋根裏の散歩者』の追加撮影をする。遮光が面倒なので夜中に撮影。郷田三郎に殺される遠藤は来月には他所に行く予定なので、今のうちに撮影しておく。寝ている乱歩は退屈する郷田という設定で撮影。 時間をかけて人形を作る作業と、息を詰めて動かない人形の中から、シャッターチャンスを見つける写真撮影は、私の中で程よいバランスである。 近所の古本屋で、『文藝春秋デラックス現代の謎神秘の世界』信じていないといいながら、子供の頃からこんなタイトルに弱い。講談社現代新書『切腹の話』持っているのに、探す手間を考えて買ってしまう。 フト見ると本の上に財布。さっきこの辺りにいた婆さんの物かとも思ったが、某日10ワープする老婆を思い出し店主に渡す。前回拾ったのも改装前の、この
古書店に寄った日であった。


5某日12 久しぶりに魚

先日、久しぶりにHと熱帯魚ショップ巡りをした。昨年、フラワーホーンの稚魚を、世話を怠り全滅させてしまった。確か、乱歩用に、死体を切り刻むことに熱中していた頃ではなかったか。それ以来、意欲が失せていたのだが、Hから送られてくる魚の画像に刺激され、ようやく再開の気分になってきた。 一年も経つと、あれだけ流行していたフラワーホーンの姿がみえない。沢山子供を産むので値崩れを起こし、ショップが撤退してしまったようだ。某ショップにて、ようやく幼魚クラスを見つける。ついでに他の魚も購入。 帰宅後水槽に移し、しばらくすると、バシャバシャと騒がしい。覗いてみると、もともとウチにいたテキサスシクリッドのオスが、新参のメスに水面まで追い詰められジタバタしている。一回り以上大きいクセにまったくだらしがないが、いずれにしても、まず始めに陸に上がった魚はオスであったろう。


5某日11 朗読ライブ打ち合わせ

木場の喫茶店でピアニストの嶋津健一さんと、朗読ライブの打ち合わせをする。『白昼夢』『指』は原作どおりだが、『人間椅子』『屋根裏の散歩者』は、はしょらなければならず、朗読の田中 完さんとは、すでに一度打ち合わせをし、台本のコピーを作ってきてくれていた。昨年のライブでは、ぶっつけ本番であったが、今回は音楽が入ったり、朗読だけのパートがあったりと、工夫されている。特に『指』では劇中曲として、オリジナルの曲を披露する予定らしい。私の撮影した画像も、当日の世田谷文学館の観客にしか通じないようにできていて、1カット数秒の上映時間のためだけに撮影したものである。嶋津さんがピアニストだったことから発想したのであるが、はたしてどんなものであろうか。映画と違うので、画像を詰め込みすぎては、朗読が生きてこない。この辺りの塩梅は、次回のリハーサルで試行錯誤の予定である。 ようやくアメリカの悪口以外のことが、頭に浮かび始める。


5某日10 良いことなどあるのか?

いったん外へ出ると喫煙する場所がない。我慢するくらいならいっそのこと止めてやろうという気になったのだが。 思ったより禁断症状もなく、これならいつでも止められるから、何も今じゃなくてもいいだろうと、大塚周夫に囁き続けられるという禁断症状が続いている。その間、雑記を二度書いて途中で止めた。アメリカの悪口くらいしか浮かんでこないのである。


5某日9 決心したわけではないが

先週腹具合が悪くなり、それをきっかけに、以来タバコを吸っていない。最近、飲酒時に吸いすぎると喉が痛いことがあったが、だからそうしたわけでもない。だいたい止めようと思ったことがないので、禁煙に挑んだことがないのである。 舌の調子が数日ヘンで、それに乗じて試しているのだが、一番危険な酒の席もクリアーし、禁断症状というほどのこともなく、そろそろ1週間になろうとしている。意外な展開だが、そのせいで、一つの思いがよぎっている。『世間の節煙に苦しむ連中と比べ、私の意志の強さはどうだ?こんな簡単なことなら、いつでもできるではないか。だったら、なにも今それをする必要があるのか?』ということである。つまりこれが中毒者の妄想なのであろう。子供の頃、外国アニメで観た、悪魔のささやきそのままである。そう思うとささやいてるのは、リチャード・ウィドマークやネズミ男の大塚周夫のようでもある。


5某日8 猫

煮込み屋Kは、4時頃行くと猫がうろちょろしている。もともとノラだが、それぞれ名前が付いてお客からも可愛がられている。変形コの字のカウンターの中の、ビールケースの下に産んだ子供を隠していた雌猫がいた。子供は泣き声を立てないし、親猫は女将さん以外は誰も寄せ付けないで警戒していたが、ついに子供達がゾロゾロでてきて授乳を始めた。女将さんは踏み潰さないよう仕事をするのが大変。 客の中には、それこそ鬼瓦のような物まで混ざっているが、全員デレーッとしながら、その様子を眺めている。その間、子猫が羨ましいだの、人間の母乳は案外不味いだの、下町の酒場らしい会話が飛び交ったのは言うまでも無いが、その光景は、恐ろしいほどホノボノとしていた。


5某日7 恥を取り出す

乱歩の短編『指』に使う、ピアニストの切断された手を入れる標本瓶。手持ちの瓶を使おうと思っていたが、蓋が開かず困っていた。実験道具などを販売している店に問い合わせ、壊すのを覚悟で木槌で叩くのが良いと教わった。お湯に漬ける方法は全く駄目で、濡らしたらかえって開かなくなるという。15分あまり叩き続けてようやく。 中から出て来たのは三十年近く前に作った作品である。アイデアとしては、むしろ今のものかもしれないが、出来が恥ずかしくて目も当てられない。良くぞ調子に乗って発表などしなかったとホッとした。 作品を発表するということは、多かれ少なかれ、恥をさらすことに違いないが、それにしたって程度というものがある。この瓶は、サイズを指定して作ったもので捨てるに惜しく、かといって人目にさらす訳にはいかないとしまっていたものである。取り出した中身は直ちに処分しなければならない。 出て来る筈もないので言えるのだが、私が作ったもので最も恥ずかしいものは、小学2、3年生の時に書いた、挿絵入り推理小説である。捕り物帖とホームズもどきが登場する二編。内容をかすかに覚えているだけに冷や汗が出る。


5某日6 父三回忌

どうも父は雨男らしい。時が経つのは早い。ようやく一区切りついたというところであろう。 夜、コンビニで買い物をしていると、酔っ払った工務店のオジサン。焼き鳥屋Kで飲んでる途中で犬の餌を買いに来たらしい。一杯付き合えという。昨日行ったばかりだし、今日は休みである。とにかく一杯ということで、しかたなく顔を出すと、ここの親父もすでに上機嫌。四十年来の付き合いだという、二人のけなしあいを聞いてるだけで笑える。しかし二人ともロレツがまわらず、フグにあたったオヤジと毒キノコにあたったオヤジの会話の如し。そこそこにして、ヨタヨタの工務店の親父を送って帰る。新木場で今イワシが釣れているという。今度誘うから行こうと、たぶん言っていた。


5某日5 3日目

午前中ハイキングコースなど歩こうと考えていたが、のんびりしているうちに再び大掃除の時間となる。この三人の道中は、はたから、どう見えるのだろうという話になり、女性二人が互いに、私の奥さん役をなすり付けあっているのが非常に心外であった。 今回は道端の野蕗、畑のネギやジャガイモなどを利用した、二人のやりくりのおかげで食卓が充実。呆れるほど廉く済んでしまったので、帰りに再びカネシチ水産にて、刺身などを御馳走する。地物のウニの味には唸った。お土産に、カサゴ、金目鯛、カマスの干物など買って嬉しそうな二人であった。 今回バスの予約、乗り継ぎその他、私のまったく不得手な分野をTさんにすっかりお任せし、一寝入りしたら八重洲に着いていた。帰宅し、一転殺伐とした我が部屋に嫌気がさし、いつもの焼き鳥屋の親父のところへ、カジキマグロの塩辛を持っていく。暖簾を仕舞った中で常連が酒や、釣ってきたイカなど持ち寄り飲んでいるところへ押しかける。


5某日4 2日目

鯨の解体場がある和田浦の漁港で釣りでもと出かけるが、強風のため海を眺めるだけにして、元捕鯨船員の宿だったという食堂にて鯨定食を食す。てんぷら、かつ、ステーキなど。柔らかく美味しい。ここで食べるたび、給食で食べさせられた悪夢が彼方に飛んでゆく。 野菜の直売所で野菜の補充のつもりが5時で閉店。しかたがないので、道端の野蕗を持ち帰る。 食堂で買った鯨の刺身の盛り合わせ(ミンク鯨特上・赤身・皮、イワシ鯨、ニタリ鯨、ツチ鯨)は、味がそれぞれ違い楽しい。いわし鯨はいわしの味がするのでその名が付いたに違いない。その他にも目をつぶって食べれば魚としか思えない物があり面白い。天の川など眺めたりして、4時まで飲む。


5某日3 GW

八重洲口からバスで2泊3日の予定で房総に向う。今回は両手に花、女性二人との旅行である。始めに行こうと言っていた男が駄目になり、他の連中は釣りは嫌いだとか予定がたたないなどで、心ならずもこういう事になった。私の日ごろの行いが良いということであろうか。 鴨川駅目前の5キロで渋滞に捕まったが、なんとか鴨川にたどり着く。江見にて野菜など買い、歩いてカネシチ水産に向う。3時間超の長旅に、さらに歩かされ、イラついているであろうお二人に、金目鯛の煮付け定食にて御機嫌を伺う。平和を望むのであれば、まず女性の血糖値を上げることが先決である。 到着したのは親戚の別荘なのだが、むさくるしい連中と来ると、窓を開け放ったあと、まずビールとなるが、着いてそうそう大掃除が始まる。掃除の時間に何をしていいか解らずフラフラしていますと通知表に書かれた私は、ただ邪魔。冷蔵庫の調味料その他、むさくるしい連中であれば、多少の賞味期限はどうということはないが、今回はそれは許されず、懐中電灯無しでは歩けない数キロの夜道を買いにいかされる。田んぼのカエルがやかましい。 天の川など眺めたりして、4時まで飲む。


5某日2 『指』

朗読ライブの短編は『指』に決まった。ピアニストが手首を切断されてしまう話だが、これはジャズピアニストの嶋津健一さんが出演されるので提案してみた。超短編ということもあり、劇中曲として弾いていただくのも面白いであろう。この日の数分間のため、近日中に撮りおろす予定。 そもそもこの企画は、『乱歩 夜の夢こそまこと』出版に合わせておこなったライブイヴェントで、プロデューサーのTさんが、嶋津さんに乱歩をテーマにピアノを弾いてもらおうと提案し、嶋津さんが田中 完さんに朗読してもらうのであればと生まれたものである。その時は『白昼夢』と『人間椅子』の二編だったが、評判が良かった。『人間椅子』は短編といっても、時間の都合上短くしたのだが、その構成も嶋津さんがされていたのを知ったのはつい先日のことである。 『指』はだいたいカット割りが決まった。乱歩はグロテスクにしようと思えばいくらでもできるが、あくまで朗読ライブである。先日来悩んでいたオチ?もようやく思いついた。


5某日1 開かない壜

6月の朗読ライブでは、拙著の中からの三篇に、使われなかったカットを加え構成する予定だが、これに収録されていない、乱歩の超短編を1篇予定している。これには撮影に使う小物が必要で、文学館にお願いしているのだが、ウチにある液侵標本用の壜も使おうと引っ張り出してみた。これは二十年以上開けていないせいで、蓋がまったく開かない。これは困った。中に入っているものが犠牲になっても仕方が無いと、お湯に漬けてみているがどうだろう。(フォルマリンや妙な物が入っているわけではない)これがないと、オチもなにも。 昔注文で作ってもらった物だが、蓋の内側に何かをひっかけるようになっている。これにテグスのようなもので標本をぶら下げるようになっているのであろう。小学2、3年生の私とN君は、標本が何故液中に浮かんでいるのか解らず、珈琲の空き瓶に水に溶いた洗濯のりを入れ、その中に昆虫採集用防腐剤を注射した金魚を入れたのが、当然底に沈んでがっかりした。