Karl Struss PICTORIAL LENS


1931年版 シカゴ CENTRAL CAMERA COMPANYのカタログより

カール・ストラスが1909年に特許を取得。張り合わせなしの1枚玉。後に溶解
水晶に変更。鏡胴はアルミニューム製 F5・5 9インチ

KARL.・STRUSS(1886〜1981)コロンビア大学でクラレンスH・ホワイトに
写真を学んだ後、12年スティーグリッツのフォトセセッションに参加。
14年ホワイトのニューヨークのスタジオを引き継ぎ、商業写真家として
ヴォーグ、ハーパスバザー、ヴァニティフェアーにて活躍。
1916年にはアメリカ公演中のバレエダンサー、ニジンスキーを撮影しているが
特に『ティル・オイレンシュピーゲル』は4×5incグラフレックスに同レンズで撮影して
いると思われる。
ドイツ系米人のため、第二次大戦によりニューヨークでのスタジオ活動を断念。
ハリウッドに移りセシルB・デミルのもとでスチールカメラマンとなり、その後
映画の撮影技師としてパラマウントと契約。『ベン・ハー』25'『ジキル博士とハイド氏』32'
『チャップリンの独裁者』40'『ハリウッド大通リ』36'『ターザンと密林の王女』51'
『ライムライト』52'『恐怖の蝿男』58'『恐怖のワニ人間』59'その他、多くの作品で
撮影を担当。1928年にはF・W・ムルナウの『サンライズ』で撮影部門にて、初の
アカデミー賞を受賞。その他数本の映画を監督。