白昼夢

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11某日11 人形から産毛

―江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集『子不語の夢』(皓星社)を読む。『白昼夢』に出てくる屍蝋(水に浸かった死体が石鹸状になる)だが、死体はそう簡単に屍蝋化しないようである。中学生の私でもおかしいとは思った。しかしそうだとしても、『白昼夢』が短編の名作である事に変わりはない。 乱歩作品には『白昼夢』以外にも、人形だと思ったら産毛が生えていた。という場面があるが、私の使用している粘土はパルプの繊維が入っている。ペーパーをかけるとまさに産毛状に毛羽立つ。使えるかもしれない。


12某日7 白昼夢

朝起きてボンヤリしていると突然『白昼夢』の画が浮かぶ。乱歩の大人向け作品の中で始めに衝撃を受け、乱歩にはまるきっかけとなった作品であるが、どんな画面を造るか思いつかなかった。 上からボタモチが落ちてくるように浮かび、目の前にあったFAX用紙に走り描きする。色々なアイデアを出してという場合と違い、こう云う場合はおそらく完成の暁には、走り描きそのままになるはずである。少し工夫しようと思っても、始めの走り描きが結局一番という事になる。浮かんだは良いが、この場面はどうやって撮るんだよと我にかえるが、ほどなく良い方法を思い付く。どうも今日は冴えている。 ただ頭に浮かび過ぎるのも良くない。まだ目の前には無いけれど、頭の中に完成品があるので飽きてしまうのである。ここに古いレンズや、その日の天候、腹具合などの偶然が重なり、時には”事故”を招いて頭の中に描いていたより良い画が出きれば良い。自分が撮ったような気がしない作品がだいたい出来が良いのである。

P220〜1212乱歩は後から合成するつもりだったが、間にあるガラスの映り込みはやっかいな問題である。いっそのこと、ガラス箱と乱歩を現場に持って行き内側から撮影することにした。


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2某日14 一日

『白昼夢』これはガラスケースに収められた生首のカットで終わる予定だがキャスティングが決まらず。これは人形では面白くないので、是非本物を使いたいところ。しかもそこらに転がっているような生首ではオチが決まらない。


3某日2 密偵より

『白昼夢』用生首が手に入りそうだとメール。ついでに美しい手も入手の可能性ありとのこと。『白昼夢』だけでなく『盲獣』その他用の死体パーツが不足している。密偵に美しいパーツを見つけたら連絡せよと頼んでおいたのである。職場内に美形がいるらしい。フランケンシュタイン博士の間抜けな助手のように、出来の悪い脳みそを調達してくるようなヘマはせぬよう念を押しておいた。


3某日17 ダウジングロッド

―木場から両国まで歩いて江戸東京博物館へ。エミール・ガレをやっていたが、興味がないので『東京空襲60年』〜犠牲者の奇跡〜を観る。風船爆弾のレプリカが展示されていた。和紙をコンニャクで張り合わせたとは聞いていたが、相当頑丈な感じ。しかし、こんなものを造るのに駆り出された女学生が哀れである。多少はアメリカ本土に到達したらしいが、さぞ呆れたことであろう。北朝鮮を笑えない。 帰り道、ついでに江戸深川資料館に寄る。展示品は相変わらず。一周りし出る。しばらく歩いていると、取り組むかどうか迷っていたに出くわす。2カット撮影。ナルホド。天気も良くないのに、柄にもなく突然散歩しようという気になったのは、これを見せるためだったのか。誰が? 急いで現像する。以前撮影した、組み合わせるべき風景と比べてみると、天候が同じで、光線状態がそろっていて驚く。引きが強くなってきた。こういう状態になってきたら、悪い頭はなるべく使わず、水脈を探すダウジング用の棒に徹するべきでなのである。

P113 この用品店に、深川の運送店、漢方薬店、本郷の薬局などを合成して作製。よってほとんど原形は留めていない。2P121


3某日18 白昼夢

『白昼夢』は、薬屋の店主が女房を殺してバラバラにし、屍蝋化した死体を店先に飾っていたという話だが、私が中学生の時、大人むけ乱歩作品にはまるきっかけとなった作品である。白昼の笑顔が怖いというのは、私にとって始めてのイメージであった。 店先に展示されている”部品”は頭部だけである。男は愛する女房を、見せたくてしょうがない。どうせだったら全部品を展示するべきであろう。しかし考えてみると、すべて展示しては、この作品の秀逸なオチが決まらなくなる。街中で男が一生懸命、我が女房を見てくれというのに、聴衆は笑うばかりで信じようとしない。ここでもし頭部だけでなく、すべてが展示されていたなら、興味津々、黒山の人だかりであろう。当然オチが決まらなくなる。だが私は裸のトルソが、ショウウィンドウに飾られた画像を造ってしまった。何故なら造るのが面白いからである。 いつものように、ここで予告編と行きたいところだが、それではオチが決まらなくなる。

P120〜121この作品は中学時代から何回読んだか判らないが死体は5つにバラバラにしたのであって、首は切断されていないことを今回の撮影後に、初めて気付いたのであった。最後の『―顔があった』の印象が強かったせいであろう。、この段階では気付いていない。中学生の時に読んだ講談社版の挿絵は横尾忠則であったが、やはり首を描いていた。勘違いしている人は多いはずである。しかし、両手足が無い女房がニッコリでは、そのグロテスクさは今回の趣旨を越えているので、私は作品化しなかったかもしれない。怪我のコウミョウである。


4某日13 白昼夢

今日は『白昼夢』の撮影の予定だったが、朝から雲行きが怪しい。白昼に生首のコントラストが効果的な作品なので、晴れていなければ意味がない。そう考えると乱歩作品は、晴れているか曇天で、雨が降っている印象がない。 手伝ってくれるTさんと連絡を取り合い、思い切って出かける。 幸い晴れてきたので、さっそく撮影を開始。このカットが浮かんだのは何ヶ月も前だが、やっとここに至った。レンズの画角、乱歩の人形、背景の商店、商店までの距離と、一辺に判断する要素が多すぎる。こんな時は、かえって固定して計算ずくで撮るより、リズミカルに雰囲気で行く方が結果が良い。 ファインダーを覗くと、私が自分でイメージし、そうしようとしたのに関わらず、実際その通りになってみると、乱歩先生の様子が可笑しくてしょうがなく、笑いをこらえきれずにカメラを支える手が震える。私の撮影は本来、ファインダーを覗いている私にしか解らない画になっていて、横で見ていても想像がつかないものだが、Tさんも可笑しいらしく笑っていた。自分の思惑を超えたものが出来るという事は、制作する上での醍醐味である。

P120〜121箱を覗いている乱歩を作り、箱ともども現場にで撮影した撮影地:江戸東京たてもの園


5某日9 白昼夢

2時半に駒沢大学駅に初対面のNさんと編集者と待ち合わせをし、駒沢公園へ。『白昼夢』用の首の撮影である。切断された首や胴体など、いかにも人形で済むようなものを、それをあえて人間でやっている。人形がバラバラなど当たり前すぎて面白くないと考えたからである。太陽が出たり入ったりしているので、タイミングを見計らって撮る。ニッコリと笑っている瞬間を殺される浮気者の女房。イメージは出来ていたのでスムーズに進み、良い笑顔が撮れた。―

P120〜121女房役は女優の仲音映里さん。ヘアースタイルはデジタルで昔風に加工。このシーンは笑顔がポイントである。けっして浮気者という顔をしていてはいけない。だいたいドラッグストアの主人の被害妄想の可能性もないことはない。往来で女房の死体をバラバラにして店先に飾ってあるから見てくれと演説しているのだから、男はすでに狂っていたのであろう。