黒蜥蜴

04

7某日6 一日

― 昨晩、『我が家のポケット小僧はまだ128センチです。いつでもご用命ください』とのメールをいただく。添付された画像を見ると、可愛らしく、まさにポケット小僧である。しかも父上に激似なのが可笑しい。有り難く参考資料として保存させていただいた。こうなると待たれるのは、黒蜥蜴役の妖艶な志願者であろう。

この時点では黒蜥蜴は人間でと考えていた。


10某日18 黒蜥蜴

新保博久氏は「今時、黒蜥蜴をやれる女性などおりますかねェ」とおっしゃっていたが、いるとしたら女性でもなく、化け物のような人物かもしれない。 私がイメージする黒蜥蜴は、しいて揚げるならばヒッチコック映画のキム・ノヴァクであろうか。しかし、そうもいかないので造るしかないのかもしれない。人形の相手は、出来る事なら人間にしたいところである。私の人形はゴム製でも関節がついているわけもない。つまり動かない人形同士だと、いくら組み合わせたところで、撮れるのは数場面だが、その点相手が人間ならば、人間に動いてもらって、かなりの場面がつくりだせるというわけである。 黒蜥蜴を造るとしたら明智小五郎も考えないではないが、乱歩作品の中では、悪人の方が圧倒的に魅力的である。正義の味方は刺身のツマといっては言い過ぎだろうか。それなら二十面相と黒蜥蜴が、雷鳴とどろく時計塔の上で、宝石の奪い合いというのは、いかにも画になる。まあ思ってみただけで、造るというわけではないはずである。妙な日本語である。


11某日3 K中

昨日は、ごろごろしながら本を読み、黒蜥蜴のドレスからのぞく胸の隆起を作っていた。とりあえず撮影用に上半身だけで済まそうと考えていたのだが、様々な隆起を作りたくなり、全身を作ることに。 作品集を作る話があり、とりあえず乱歩だけでと提案。夕方出版社まで出向く。担当者とは、すでにイメージについて話していたので、顔あわせと云うことで早々に茶碗に酒が注がれる。出版社も色々である。 ― 私の初作品集は来年、江戸川乱歩で。


11某日1 ダークエンジェル

結局、黒蜥蜴を造り始める。始めるにあたって、デジタルを使ったある事を思い付き、専門家の友人に確認したところ「できます」と云うことで、それならばと造ることにした。 人形作家は数多いが、私のように男ばかり造っている作家は少ないであろう。責任の持てる範囲でと思うとそうなってしまう。同じ方法では女性は描けないという気もするのだが。 それはともかく、造るぶんには楽しみは断然多いわけである。黒蜥蜴は架空の女性なのだから、例えばバストはジェ−ン・マンスフィールド。ウエストはビビアン・リー。ヒップはまたジェ−ン・マンスフィールド。という事もやれない事はない。(もちろんそんな事にはならないが) 黒蜥蜴を始めて読んだのは中学生の時だが、大人のムードでなどと、今の自分を基準にしてしまうと、とんだ大年増になってしまうので気をつけなければならない。

良く覚えていないが、おそらく人間と人形の部分的合成の事を云っているのではないか?P26と29だけ胴体に人間を使ったが、あとはすべて人形である。ただし、髪、乳首、ヘソ、陰毛は実物を使用した。


11某日6 芋獣

朝目が覚め、起きあがるまでが一仕事である。生れたての仔馬を演じなければならない。こうなると、寝床で読書でもしているほかはないが、造りかけの黒蜥蜴に目がいくと、つい『芋虫』の如くズリズリとにじり寄り、手を伸ばして裸の臀部に粘土を盛り付けたりする。その際、できるだけ苦痛のない姿勢を探すものだから、とても人に見せられるカタチではない。 着衣の人形と違って、裸の場合は頭部と同じような密度で、全身を制作しなければならず時間がかかる。しかもペーパー(紙ヤスリ)は極力、最後の最後に限るべきである。面倒になって早々にペーパーをかけると、叩くとペタペタいいそうな”肉”のイメージは出てこないのである。 しかし、『盲獣』が女体に食らいつくが如しの猟奇的スタイルて造っていると、客観的に見れば、恐るべき執念という絵になろうが、本人は好きでやってるので、どうという事はない。例えば芸術家の壮絶なエピソードというのは、見る側が、そこまでして造る程の物かという時に限って効果的である。

ぎっくり腰中


11某日9 一日

実家に用事で帰るが、70センチ超という、私の作品としては例外的に大きく作った黒蜥蜴を持って帰り、制作を続ける。 上半身だけのつもりで始め、途中で気が変わり腰から膝までを追加。そこでまた気が変わり、つま先までと、実にヒドイ造りかたである。まるで江戸川乱歩のような無計画。そんなわけで、腕のポーズが決まらず肩から下がまだ無い。 あまり見ていたせいか、顔が綺麗なんだか汚いんだか判らなくなる。思い付いて実家の近所の陶芸家Sさん宅に、黒蜥蜴をもってお邪魔する。デジカメで撮ってもらい、モニターで客観的に眺めてみようという訳である。 奥さんのMさんは陶芸ばかりでなく、更紗など布を使ったものも手がけるので、黒い布を何種類か出してくれる。裸の黒蜥蜴に色々まとわせてみると、なんだか妙な空気が・・・。 

黒蜥蜴はここから二転三転、四転五転さすらう事になる。


12某日1 一日

某デジタルラボに出かける。モニターには加工中のアイドルの画像。睫毛を描いている。整形だけでは飽き足らず、こんな事も事務所がうるさく指示をするらしい。このアイドルのデビュー当時のドラマ出演を、再放送で見た事があるが、にわかには気がつかないほど顔が違っていた。あれだけ眼を切り開くと、睫毛が生えない部分もありそうである。こういった作業では、モデルやアイドルの脚を長く加工する事など、極普通の事らしい。”たまたま”黒蜥蜴を持っていたので女性社員に、ヘアースタイルの事やアクセサリーについての疑問をぶつける。自分が作ったのにもかかわらず「このヘヤースタイルはどうなってるんです?」 ―


12某日5 やり直し

黒蜥蜴の頭部が気に入らなくなりやり直し。何かを造る時、最も難しいのは止め時である。昨年の私であれば許したものを、今年の私は納得しない。これが延々と続くのであろう。 ほとんど完成したと思っていたが、何か引っかかっており、何が気になるのか常に考えているものだから、友人と話していてもノリが悪いと云われてしまう。そこでこの未練がいけないと首を潰した。黒蜥蜴はゆっくり続ける事にして、本日より天井裏に潜む乱歩を造る事にする。始めに作家を造って写真を撮ろうと考えた時、間髪入れずに浮かんだのが天井裏の乱歩であった。


12某日11 乱歩の甘い罠

黒蜥蜴が死体を盗み出した事になっているT大にて、職員として内部に潜り込んでいるTさんの手引きにより撮影を敢行。夕方から夜にかけての撮影だが、暗くなるのはあっという間である。鉄格子のはまった窓や、欠けたタイル貼りの壁、アールデコ調の街灯など趣がある。クリスマスの電飾はセンスがなんともお粗末。途中から出版社のS氏も合流。撮影終了後近所の焼き鳥屋へ。さらにH氏も来る。 乱歩作品には、読者がイメージするための広々とした空間が用意されている。これが甘い匂いを発する罠になっていて、この匂いにクリエーター魂を刺激された人々が、映画化などを試み失敗を繰返す。私はこの匂いに酔って、野暮な事をしでかさないよう頭を悩ませているのだが、編集者やH氏は、あれを造れ、もっとこうすべきなどと酒に酔って上気した顔で私に詰め寄るのである。しかし、乱歩作品を手がける場合、罠の縁から底を覗きこむようにして、酔っ払って中に落ちる事は避けなければならない。この魅力的な罠は、乱歩作品が永久に古びないために一役かっている。


05

1某日1 元旦

大晦日から実家に帰るというのは久しぶりである。元旦から乱歩原作の『氷中の美女』50’大映『蜘蛛男』58’大映『黒蜥蜴』63’年大映を観ながらダラダラと過ごす。『氷中の美女』は水島道太郎以外、華がある俳優が登場せずつらい。『蜘蛛男』はそこそこ楽しめたが、藤田進は明智というより波越警部であろう。藤田の持ち味ではあるが、終始アクセントがなまっていて明智には見えない。『黒蜥蜴』は子供の頃TVで観たきりのはずだが、これが三島版にかなり忠実で実に楽しめた。私には叶順子は出てくるだけで良いし、ミュージカル仕立てというところが特に良い。三島作、用心棒の歌(〜こんなに強くていいのかね♪)も聴けたが、用心棒の中に国際プロレスの阿部脩がいた。 もともと乱歩の原作は、小学校高学年向けの作品という感じだが、ミュージカル仕立てにすることにより、ウソ臭さが相殺されて大人の鑑賞に堪える作品になっている。うまい事を考えたものだが、どうせならもっとミュージカルの場面が欲しかった。 考えて見ると乱歩作品は、ミュージカルにでもしないと実現不可能な物が多いという気がする。酒を飲みながら観ていると、母が「黒蜥蜴ってメケメケじゃなかった?」


1某日13 黒蜥蜴

黒蜥蜴にイヤリングを着ける。リングではないのだが、イヤリングでいいのだろうか? 結局、残していれば8人分くらいの頭部を造った勘定になるが、ようやく。 私にとって男の人形の場合、何かをしたり、しでかしたり、思ったり考えている所さえ造れば、画になってしまうという単純な物であるが、女の場合はそうは行かない。だから技法からサイズから、男とは変えるのが当然と思い込んでおり、同じ土俵に並べるのは難しい。それくらいジャンルの違うものと感じているのである。しかし同じ世界の中に描く限りは、技法を違えてはおかしな物である。そこで黒蜥蜴はいつもより大きく造った。これでは並べて展示するには様子は良くないが、しかたがない。予告編をアップしたいところだが、着彩を始めるまで自分を信用できないので止めておく。沈没するから早く脱出しろと云われると何か思いついてしまい、さらに造りたくなるという厄介な性分なのである。しかしその分、沈没が迫ると冴えてくる。


1某日15 眼鏡を壊す

朝目が覚めると眼鏡が背中の下で壊れていた。制作中の作品を眺めようと、ごろりと横になり、そのまま寝てしまった。良くある事である。当人に寝るつもりは無く、起き上がって制作を続ける気でいるのだが、こういう時は、おそらく5秒以内に寝てしまっている。これが私が眼鏡を壊す理由の第一位なのである。また寝てしまったと、立ち上がった時に踏み潰してしまうのが第二位である。これで空腹になった時に食事を摂っていると、規則正しい生活とは無縁という事になるのだが、学生時代や、陶器工場に勤めていた時代の、規則正しい生活の苦痛を考えると、よっぽど体に良いと思える。 何も起こらないわりに、ちょっと飛ばしすぎたかと雑記を書かないでいると、相変わらず何も起きないので問題は無い。その間『白昼夢』用の乱歩の制作が進み、黒蜥蜴もペーパーの番手をさらに細かくし、いつでも着彩に入れる。明日は打ち合わせで来る編集者に見張りに立って貰い、某アパートに潜入の予定。万が一警察を呼ばれた場合、編集者に無理やりやらされた事にする。しかしおそらく昭和三十年代、東京下町で育んだ、危険を察知する能力が鈍っていると思えないので大丈夫であろう。加えて今回はシャッター音その他、音がしないカメラを各種取り揃えて準備万端である。


2某日1 明智小五郎

明智小五郎役を、ある俳優さんにお願いしたところ快諾を受ける。これで二十面相、黒蜥蜴に展開が開けるであろう。聞くところによると、デビュー作はエドガーアランポーの詩をこよなく愛する青年の役だったそうだ。乱歩先生、明智もやりたいところだろうが、こればかりはさすがに遠慮いただいた。 乱歩作品の中で、黒蜥蜴と並んで触れると危険なキャラクターに小林少年がいる。どんな美少年を造ったり連れてきたとしても、見る人を納得させることはできないであろう。百人いたら、百とおりの小林君がいるわけで、あの赤いホッペには乱歩の魔法がかけられているゆえに、永遠に古びず生き続ける。こんなやっかいな小僧に、私は今のところかかわるつもりはない。 黒蜥蜴に着ける飾りを入手。包装紙やリボンなどいらないが、綺麗なのでとっておく。何かに使えるかもと考えるので物ばかり増えていく。宝飾品はあとで合成を考えていたが、人形に着けてみると小さな飾りも豪勢になる。このまま着けてもらうことにした。


5某日6 撮影

早朝、明智l小五郎役をお願いした市山貴章さんと編集者二人と都内某所に集合。8時半より撮影を開始。早々に私のミスが発覚したが、都合の悪いことは書かない雑記なので省略。以後、順調に進む。時間的に造れるかどうか判らないが、女性編集者を相手に、黒蜥蜴との最後のラブシーンを演じてもらい終了。出版社に寄り、D坂の『白梅軒』にて明智と共演のTさんも合流。二人には浴衣に着替えてもらい、神田のエリカに向かう。営業中なので時間は30分。夜のシーンで遮光が肝心。助っ人も増える。ここではすでにアングルその他、決まっていたので3脚を立て、1本撮って終了。午前中に時間制限のある撮影が終わり、ホッとして皆さんと珈琲をいただく。私も市山さんもTレックスとELPを観ていた話から、70年代ロックの話などで歓談。 昼食の後、江東区の某鉄筋アパートに潜入。途中人の気配に、私と拳銃を持った市山さんは狭いバルコニーに退避。撮影は順調かつあっという間に終了。長居は無用。疾風のように次の撮影地へ。ここでは荒れた壁その他様々な要素があり、市山さん、自前のスーツが汚れるのもかまわず、ファインダー内は活劇調に。やはりプロは違う。そして最後に天井の高い出版社をお借りし、高所用撮影にて終了。茶碗酒で乾杯。


5某日11 一日

昨日は髑髏に蝋燭を撮影してみたが、流れた蝋のため、カッパのようにみえて面白くない。別の意味では面白いが結局採用せず。貴重な時間が無駄になったが、撮影自体は楽しいものであった。 某公園にて、この期におよんで『盲獣』用”鎌倉ハム”を撮影。後に嫌気がさして、乱歩が削除したシーンである。現在の感覚からすればたいしたことはなく、乱歩の生真面目さが感じられるエピソードである。黒蜥蜴の仕上げにかかる。締め切りとは有り難いもので、おかげで止めることができる。

黒蜥蜴は都合6回は顔が変った。