盲獣

04

12某日13 泣いたカラス少々笑う

予定した撮影場所の、年内の公開はあと数日らしい。今日しかないと出発。上野から特急に乗る。カップ酒にシウマイ。冬枯れた関東平野を眺めつつ読むは乱歩の『猟奇の果』。「猟奇の徒よ、君たちはあまりに猟奇者であり過ぎてはならない。」が身に染む。押絵と旅する気分で閑散とした駅に到着。タクシーにて目的地へ。 到着するといきなり室内撮影禁止の張り紙。見なかった事にしようと中に入ると、叔母さんがチケットを切りながら「縁側から外は良いですけど、室内は撮影できません」とカウンターパンチ。シマッタ!カバンから三脚がはみ出してる。予想しないではなかったが、確かめるとメゲルと思い確認せずに来たのである。半分へこみながら目的の部屋へ入る。ズバリ!惨劇はここで行われるべきである。叔母さんには申し訳無いが、シャッター音のしないハーフ版カメラで数カット。一眼レフはシャッター音が大きい。一カットだけシャッターを切る。同時にクシャミでごまかすが、怪しんだ叔母さん、そばに来て貼り付く。結局一カットで断念。撮影後すぐ帰る予定であったが、30分も居なかったので、近所に住む旧知の陶芸家Sさん宅に寄る。Sさんは二十年以上前から何も変わっていない。工房にはニール・ヤングの写真。息子が好きなことをやってるのが悔しくてしょうがないと嬉しそうに笑う。しばらく楽しく過ごしたが、帰りは暗い夜道をトボトボ。『ここまで来て一カットかー。だから写真て嫌なんだよ』とブツブツ。クシャミでブレタかなと後悔しながら駅に向かった。 帰ってさっそく現像すると写っていた。入手したばかりの20ミリレンズが物をいった。

悪いことはするものではない。盲獣風呂のシーンを撮影に出かけたが、文化遺産を血だらけにしてはいけない。とても使用は無理と断念。


12某日15 切断された腕

忘年会の帰り。ピアニストのTさんに、例えば盲獣にバラバラにされた死体の腕でもやってくれないかと訊いてみる。「私ピアノ弾いてるので手がゴツクて。」いやピアニストだって殺される事ぐらいあるだろう。そんな事は全くかまいません。 小学生の頃、父から訊いた話。学生時代、友人の下宿に遊びに行くと、そこにN大の医学生が居て、カバンに人間の腕を入れていたそうである。大学から持って帰って解剖の自習でもしようというのか、昔の事とは云え実にいい加減な話しである。珍しく父の口から出た面白い話しに、猟奇少年の私は興味深々である。ところが話しはそれだけなのである。その学生がどんな男で、こんなことを云ったとか、腕には剛毛が生えていたとか、何かありそうな物だが何もなく、面白くも可笑しくもない。友達の家に遊びに行ったら、カバンに切断された腕を入れた男が居たのである。嘘でも良いから、話を盛り上げる工夫をしたってバチは当たらないだろうと腹が立った。もっとも平凡な父からすれば腹を立てている理由が判らず、私自身が当たったバチに見えていたかもしれない。


05

2某日5 雪を求めて川治温泉へ

掲示板にいただいた積雪情報を元に、切断された脚役の友人を伴い、浅草から東武線にて鬼怒川方面に向かう。今年に入って東京は雪が降らず、塩やメリケン粉での代用も考えたが、バランスが悪いので本物の雪にする事にした。雪の様子を見ながら川治温泉で降りる。ダムを眺めたりしながら撮影場所を探し、温泉街で昼食後、道路わきの雪溜まりを撮影場所に決める。友人にも自分の脚がうめられる雪山作りを手伝ってもらう。 人を生き埋めにする場合、特に何かの書類にサインをしてもらいたい場合、その人、自らに穴を掘ってもらうのが鉄則だそうである。そのほうがサインをしやすい気分になるらしい。今回は、雪の中からわずかに脚が覗いていればよい。仕上げにペットボトルの水に絵の具を溶かした血糊をポタポタ。思惑と少々色味が違い、どうみてもカキ氷にイチゴシロップ。切断から時間が経っているので、血は少しで良い事にする。私は伊藤晴雨と違うので、さっさと撮り終えた。 たった1カットのためにここまで来てしまったが、”書斎派”の私としては、できれば我が家でイメージする世界のすべて創り上げる事が理想である。

P1081カットのために雪をもとめて出かけた。ホンモノらしくするのは本意ではないので、点々と滴る血は、後に気が変り消す。


3某日5 皇居に向かって

午後二時ごろ、おそい朝食のため、糠漬けにした牛蒡の漬かり具合を確認していると、玄関のチャイム。ドアを開けると7〜8人の女性がいきなりなだれ込んできた。唖然とする私をよそに、いつも外光を利用して撮影する部屋にかってに入り込み、次々と服を脱ぎだす。リーダー格とおぼしい女性が「皇居はどちら?」と聞くので「あっち」と、一応迷惑そうな顔をして窓の外を指差すと、一斉に皇居に向かって整列した。そんなシチュエーションを本日撮影したらこんな感じだろうという場面ができた。ホンノ予告編ところで、それにしたって。今頃の新牛蒡の糠漬けは、まったくもって美味である。

この時点では、黒蜥蜴がコレクションした人間の剥製に使用することも考えていたが、結局盲獣風呂にP110


4某日9 縁日

ヘリウム入り風船を買いに縁日に出かける。レビューの女王、水木蘭子の切断された足を風船にぶら下げ、浅草寺上空を飛ばすためである。それにしても、なんという場面であろう。考えたのは私ではなく江戸川乱歩である。―


4某日11 風船

検索してみると森下に『夢ふうせん』という風船専門店があった。ここなら地下鉄で2駅だし、歩いても行ける。電話で問い合わせをしようと思いつつ、風船をプカプカさせながら町を歩く気がしない。かといってヘリウムのボンベを買ってまで、と思っていると、森下在住のHさんから、夢ふうせんの情報をいただき、一緒に行っても良いとのこと。それなら森下あたりで撮影し、風船はHさんに押し付けて帰ってくれば良い。 行ってみると、形も色も様々で、風船も様変わりしている。微妙な色合いの物もあるが、昔ながらの7色をお願いする。紐も昔ながらのもので。 撮影場所はHさんの使っている駐車場。 風が強く、なかなか思ったような形になってくれないが、風がおさまるたびシャッターを切る。子供が風船を欲しそうな顔で観ている。私一人だったら早撮りになってしまうところだが、Hさんのおかげで落ち着いて撮れた。 終了後、隣りの公園で遊んでいる子供に風船をあげようと向かうと、今時の子供も風船が好きと見えて、滑り台の上から一斉に手を出す。リーダーは、一回り大きい女の子。風船の数より人数が多いのでケンカしないように云って渡すと、大騒ぎしながらも、ジャンケンで決めている。『盲獣』では、飛んできた風船をラグビーのように子供同士が奪い合う

P109及び裏表紙


4某日14 湯船に浮かぶ死体

『盲獣』用に、真っ赤な血に満たされた湯船に浮かぶ死体の画像を制作。タイルに飛び散った血飛沫。こう書くと陰惨な場面でしかないが、これを観てその残虐さに目を覆う人は、おそらく一人もいないであろう。乱歩本人を登場させ、しかも盲獣役をやってもらう都合上、本人が顔をしかめるような場面は似合わない。長時間モニターに向かってバラバラ死体を湯船に浮かべていると、集中していたせいか、奥歯をかみ締めていることに気付いた。こんなことではいけない。近所の運送屋のパーツを撮りに行く帰りに、富岡八幡宮で一服。灯りが点り、たまにお参りにくる人を眺めながら、しばらくボンヤリ。

P110一人湯船に浮かんでいれば不気味なシーンも、過剰にすれば可笑しいのではないかと考えたのであったが。しかし、歯をかみ締めながら作るようなシーンではない。


4某日15 盲獣

『盲獣』用ヌード撮影。以前撮影したイメージに近いが、今回は乱歩が着物を着ているのと、背景の女性がボリュームアップ。ついでといってはなんだが、死体用のポーズもとってもらう。殺されてしまうにもかかわらず、彼女からは、ドリンク剤の差し入れをいただいた。お気使い有り難いこと。 撮影現場は、一見馬鹿々しいような状態ではあるが、(二見、三見してもそうだが)その分高まる共犯意識。2時間で終了。 協力いただいた甲斐を感じてもらおうと、イメージ通りに出来上がった画像を、メールにて送る。 『盲獣』は、触覚芸術などと乱歩ならではのアイディアはあるものの、私の好きな乱歩作品ベスト10には入らない。作中の、とんでもない場面をただ作りたかっただけ、と云っては云いすぎであろうか。しかし、そもそも私はただ作りたいだけの人間である。”殺人”の動機としては立派なものである。『盲獣』をテーマにしない限り、あんなイメージを手がけるチャンスは無い。

P口絵及びP101この乱歩は上半身のみ。着物をヌードにフィットさせるため、そでの部分だけ布を使用した。口絵のモノクロ版の再撮である。乱歩の頭に乳房を乗せたカットも撮ったが、少々やりすぎと使用せず。※2P106〜107、P111


4某日16 浅草

天気も良いので撮影に出かける。一眼レフを持っていく気が起きないので、ヤシカエレクトロ35GXを肩に、オリンパスXA4をポケット。サンダル履きで出発。連休前にと浅草寺に行くが、すでに人手が多い。―

ヤシカエレクトロは70年代前後、お父さんが子供の運動会を撮るようなカメラである。3種の画角の機種をそろえたが、露出は正確。難点は歪曲収差が多く、直線が曲がる。フレアー、ゴーストは当然多いが、私はそんなレンズしか使う気がしない。作品集では半分以上使用している。


5某日2 一日

予定より少々グロテスクになり躊躇していた『盲獣』のカット。友人に送ってみると『ハハハハハッ!』で始まる返事が来た。笑えるなら、それも有りであろう。 先日撮影した浅草寺。今ひとつだったので、連休の混雑の中再撮に出かけ、風船に結ばれた片脚、無事浅草寺上空を漂う。 明日は押絵と旅する乱歩を撮影する予定である。

※1P105 ※2浅草寺は古いカメラで撮影したが、さすがに青空などは苦手で、再撮することになった。


5某日11 一日

―某公園にて、この期におよんで『盲獣』用”鎌倉ハム”を撮影。後に嫌気がさして、乱歩が削除したシーンである。現在の感覚からすればたいしたことはなく、乱歩の生真面目さが感じられるエピソードである。

※P109上 このシーンは綺麗な手をさわやかに撮りたいと考えた。油でベトベトというシーンのため、ベビーオイルを塗布。某公園の木陰にて撮影。